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第三章 真実を知る家族
035 忙しくなります
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家族に魔術師である事を知られてから数日が過ぎた。だが理修は、以前と変わらない日々を送っている。それは何故か。
シャドーフィールドの事や、魔術の事。異世界などの諸々の話を、銀次と青華があれから度々家に遊びに来ては、家族の問いに合わせて説明してくれていたからだ。
「なら、もしかして、僕らも魔術が使えたりするのかい?」
理修が出掛ける用意をして自室から出ると、父の期待するような声が聞こえてきた。階下にあるリビングでは今、銀次が家族の話し相手になっている。それに苦笑しながら理修は、何も言わずに後をついて来る青華に言った。
「それじゃぁ、青華さん。数日、よろしくお願いしますね」
「はい。お任せください。必ずやリズ様の人気を上げ、学校一の素晴らしい生徒となってみせます」
「う、うん?そうゆうのはいらない」
「そ、そんなっ、私では役不足だと……」
「いや、そうじゃなっ」
「分かりましたっ。お帰りになるまでに、全校生徒がリズ様に跪くようにいたします」
キラキラと瞳を輝かせ、ここではない何処かを見ている様子の青華のその言葉の途中で、早くも見切りをつけた理修は、リビングにいる銀次に声を掛けた。
「銀次。青華さんをお願い」
「ん?あ~……了解。青、戻って来い」
「じゃぁ、よろしく。銀次は、私が留守の間に喚び出されないように気を付けて」
「……フラグが立つから止めて……」
「はっ、リズ様?この青華、必ずや立派に留守を守ってみせます」
「程々でお願いします……」
玄関を出る時に、部屋から出てきた兄弟二人に行ってくると言い、リビングから顔を覗かせる父に手を振り返す。そして、ドアを閉める寸前、姿を現した母と目が合った気がした。
「まさかね……」
理修は、いつも通り魔術で姿を消し、杖に乗ってシャドーフィールドへと向かった。
◆ ◆ ◆
空を飛び、シャドーフィールドのビルを目指す。見えて来たビルの三十階に、理修はそのまま一直線に向かう。その階の東側。そこに、普通の人には決して見えない入り口がある。それは謂わば、魔女専用の入り口。
『魔女は箒に乗って空を飛ぶ』
こんな物語に出てくる話は、あながち間違いではない。何百年と愛用の箒を使っている魔女も確かにいるのだ。そして今、理修の目の前を飛んでいく魔女も、箒を愛用する一人。
「おや、リズリール。珍しく地上からじゃないんだね?」
その見た目は、二十代後半と言った所だろう。だが、実年齢はもう数百を数えるはずだ。
「ええ。今日は、魔女連からの呼び出しですから。サぁヤ姐こそ、珍しい時間ですね?」
彼女は、現在サヤカと名乗っている魔女。『現在』とは、名前は時代によって変える主義だからだそうだ。
「今日は一日寝てるはずだったのに呼び出されてさぁ。寝起きで飛んでたら、さっきカラスを轢きかけたよ……」
「……どんなスピード出したんです?」
「ん~?二百キロは余裕」
「……寝起きは止めた方が良いと思います」
やっぱりそうかなと、未だ少し寝ぼけた様子で言うサヤカ。その後について、スピードを充分落としてから、理修も三十階の入り口へと入る。その入り口は、一階同様、自動ドアだ。通過する時にピンポンと音が鳴るのはいつか止めて欲しいと思う。喫茶店かコンビニみたいだ。
飛べる理修には便利な入り口なのだが、この入り口を使う時だけは、その音で微妙な気分になるので、普段はもっぱら一階か屋上の入り口を使う理修だった。
「その杖、いいよね」
「はぁ……ありがとうございます」
三十階は、飛空制限速度が十キロ。トロトロと二人縦に並んだまま進む中、理修の方を振り向きながら、サヤカが羨ましそうにそう言う。
「箒もさぁ、何だかんだで愛着あるんだけどね~。若い頃の努力の証って言うかぁ……」
「はぁ……」
何でも、魔女として師匠に弟子入りした時、見習いが最初に任される仕事が掃除だった。常に手元にあった箒。それが手に馴染む頃、己の中に魔力を知る。
師匠とは言っても、懇切丁寧に何もかもを教えてくれる訳ではない。掃除をしながら、書庫や実験室で知識を仕入れ、技術を盗み見る。そして試すのだ。与えられているのは杖ではなく箒だけ。だからそれを使う。
「師匠もさぁ。それを見越して箒に色々仕込んでるんだよね……気付くかってぇの」
懐かしいような、悔しいような表情を作るサヤカに苦笑を向ける。
「それが修行の一貫なのですね。それで、努力の証と」
「そう。けど、やっぱ古いよね。飾り付けた所で、箒は箒だしさぁ。私もイメチェンの時かなぁ。なんて」
「い、イメチェン……ですか……」
確かに魔女にとっての箒は装飾品のような物かもしれないと思う理修だが、箒に乗ったサヤカが見られなくなるのは少し寂しいと感じる。
「魔女らしくてステキですけどね、箒」
「ん?そう?」
「はい。私の場合は、師匠が魔女ではなく、魔術師なので杖ですけど、小さい頃は、箒じゃない事が嫌でしたよ?」
「ほぉ……そう言えば、小さい頃のあんたは良くこっちを見てたね?そういう事?」
「そういう事でした」
「なぁるほど。ははは、これは良い。なら、まだまだ子ども達に憧れる魔女さんでいようかな」
「そうしてください」
「ラジャ」
理修はこうして、『箒に乗った魔女』の保護に成功したのだった。
魔女連の会議室。
そこに理修は辿り着く。中には、魔女連代表のジェスラートが、気だるい様子で椅子に腰掛けて待っていた。
「来たか。お前も忙しい所悪いんだが、迎えを頼みたくてな」
「迎えですか?」
理修は、迎えに行かなくてはならないような事になる人物を瞬時に数人、頭の中に並べる。
「あぁ、今回は勇者ではない。修行バカのジジィとその孫だ」
「あ~……」
その存在を久しく忘れていた理修は、一気に脱力する。
「やっぱり忘れていたか?友達甲斐のない奴だなぁ」
「……否定はしません……」
そう。その修行バカなお祖父さんに付き合う孫娘は、理修の同年代の友人だ。学校も一緒で、今は休学中だった。幼馴染みとも言える彼女は、度々修行と言って何ヶ月も会えなくなるので、いない事にも慣れてしまうのだ。
「そろそろあのジジィの仕事が溜まってきていてな。連れ戻して来てくれ」
「分かりました。行って来ます」
そして理修は、修行バカの二人を連れ戻す為、異世界へと渡るのだった。
◆ ◆ ◆
由佳子は、数日前に氷坂から受け取った書類と睨み合っていた。
「氷坂さんってば、今更何を?」
困惑を抱えたまま見る書類には、ある情報が書かれていた。
『梶原要の行方について』
「……要……」
それはもう長い間、呼ぶ事のなかった名前。思い出したくないとさえ思った過去の記憶。
「……要……」
何度となく呟く。それは、何かを取り戻すような。そんな響きを持っている。そして、最後の部分を目で追った。
『梶原司。現在、シャドーフィールドに在籍。母親の情報は一切伝わっていない』
「…………」
その部分を、何度も読んでしまうのだ。あの時、助けられた時に見た顔。誤解されがちな、少し強面なその顔。それに、一瞬記憶の中の人の顔と重なった。それが気の所為ではなかった事実に困惑するのだ。
「あの子が……私の子ども……」
死産だったと聞かされていた。確かに動転していたあの時に、その姿を確認しなかった。ショックを受けている間に消えていた恋人。当時は、恨みながらも忘れる事しか出来なかった。
「あの子が……っ、生きていた……っ」
無意識に手をやるのは、かつて子どもがいたお腹。その胎動を思い出すのだ。
知らなくてはならないと思った。曖昧になっていた過去を、全てを明らかにして会いに行きたいと思った。
由佳子は、すぐに手元の社内電話を手に取る。
『はい』
「至急、スケジュールの調整を頼むわ。二日か三日、どこでもいいわ。二週間以内で空けてちょうだい」
『承知いたしました』
その秘書の応えにふっと息を吐いて、由佳子は書類を机の引き出しに入れた。
「待っててね」
決意を込めて、そう呟く由佳子の目には、窓から見えるシャドーフィールドのビルが映っていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 8. 9
シャドーフィールドの事や、魔術の事。異世界などの諸々の話を、銀次と青華があれから度々家に遊びに来ては、家族の問いに合わせて説明してくれていたからだ。
「なら、もしかして、僕らも魔術が使えたりするのかい?」
理修が出掛ける用意をして自室から出ると、父の期待するような声が聞こえてきた。階下にあるリビングでは今、銀次が家族の話し相手になっている。それに苦笑しながら理修は、何も言わずに後をついて来る青華に言った。
「それじゃぁ、青華さん。数日、よろしくお願いしますね」
「はい。お任せください。必ずやリズ様の人気を上げ、学校一の素晴らしい生徒となってみせます」
「う、うん?そうゆうのはいらない」
「そ、そんなっ、私では役不足だと……」
「いや、そうじゃなっ」
「分かりましたっ。お帰りになるまでに、全校生徒がリズ様に跪くようにいたします」
キラキラと瞳を輝かせ、ここではない何処かを見ている様子の青華のその言葉の途中で、早くも見切りをつけた理修は、リビングにいる銀次に声を掛けた。
「銀次。青華さんをお願い」
「ん?あ~……了解。青、戻って来い」
「じゃぁ、よろしく。銀次は、私が留守の間に喚び出されないように気を付けて」
「……フラグが立つから止めて……」
「はっ、リズ様?この青華、必ずや立派に留守を守ってみせます」
「程々でお願いします……」
玄関を出る時に、部屋から出てきた兄弟二人に行ってくると言い、リビングから顔を覗かせる父に手を振り返す。そして、ドアを閉める寸前、姿を現した母と目が合った気がした。
「まさかね……」
理修は、いつも通り魔術で姿を消し、杖に乗ってシャドーフィールドへと向かった。
◆ ◆ ◆
空を飛び、シャドーフィールドのビルを目指す。見えて来たビルの三十階に、理修はそのまま一直線に向かう。その階の東側。そこに、普通の人には決して見えない入り口がある。それは謂わば、魔女専用の入り口。
『魔女は箒に乗って空を飛ぶ』
こんな物語に出てくる話は、あながち間違いではない。何百年と愛用の箒を使っている魔女も確かにいるのだ。そして今、理修の目の前を飛んでいく魔女も、箒を愛用する一人。
「おや、リズリール。珍しく地上からじゃないんだね?」
その見た目は、二十代後半と言った所だろう。だが、実年齢はもう数百を数えるはずだ。
「ええ。今日は、魔女連からの呼び出しですから。サぁヤ姐こそ、珍しい時間ですね?」
彼女は、現在サヤカと名乗っている魔女。『現在』とは、名前は時代によって変える主義だからだそうだ。
「今日は一日寝てるはずだったのに呼び出されてさぁ。寝起きで飛んでたら、さっきカラスを轢きかけたよ……」
「……どんなスピード出したんです?」
「ん~?二百キロは余裕」
「……寝起きは止めた方が良いと思います」
やっぱりそうかなと、未だ少し寝ぼけた様子で言うサヤカ。その後について、スピードを充分落としてから、理修も三十階の入り口へと入る。その入り口は、一階同様、自動ドアだ。通過する時にピンポンと音が鳴るのはいつか止めて欲しいと思う。喫茶店かコンビニみたいだ。
飛べる理修には便利な入り口なのだが、この入り口を使う時だけは、その音で微妙な気分になるので、普段はもっぱら一階か屋上の入り口を使う理修だった。
「その杖、いいよね」
「はぁ……ありがとうございます」
三十階は、飛空制限速度が十キロ。トロトロと二人縦に並んだまま進む中、理修の方を振り向きながら、サヤカが羨ましそうにそう言う。
「箒もさぁ、何だかんだで愛着あるんだけどね~。若い頃の努力の証って言うかぁ……」
「はぁ……」
何でも、魔女として師匠に弟子入りした時、見習いが最初に任される仕事が掃除だった。常に手元にあった箒。それが手に馴染む頃、己の中に魔力を知る。
師匠とは言っても、懇切丁寧に何もかもを教えてくれる訳ではない。掃除をしながら、書庫や実験室で知識を仕入れ、技術を盗み見る。そして試すのだ。与えられているのは杖ではなく箒だけ。だからそれを使う。
「師匠もさぁ。それを見越して箒に色々仕込んでるんだよね……気付くかってぇの」
懐かしいような、悔しいような表情を作るサヤカに苦笑を向ける。
「それが修行の一貫なのですね。それで、努力の証と」
「そう。けど、やっぱ古いよね。飾り付けた所で、箒は箒だしさぁ。私もイメチェンの時かなぁ。なんて」
「い、イメチェン……ですか……」
確かに魔女にとっての箒は装飾品のような物かもしれないと思う理修だが、箒に乗ったサヤカが見られなくなるのは少し寂しいと感じる。
「魔女らしくてステキですけどね、箒」
「ん?そう?」
「はい。私の場合は、師匠が魔女ではなく、魔術師なので杖ですけど、小さい頃は、箒じゃない事が嫌でしたよ?」
「ほぉ……そう言えば、小さい頃のあんたは良くこっちを見てたね?そういう事?」
「そういう事でした」
「なぁるほど。ははは、これは良い。なら、まだまだ子ども達に憧れる魔女さんでいようかな」
「そうしてください」
「ラジャ」
理修はこうして、『箒に乗った魔女』の保護に成功したのだった。
魔女連の会議室。
そこに理修は辿り着く。中には、魔女連代表のジェスラートが、気だるい様子で椅子に腰掛けて待っていた。
「来たか。お前も忙しい所悪いんだが、迎えを頼みたくてな」
「迎えですか?」
理修は、迎えに行かなくてはならないような事になる人物を瞬時に数人、頭の中に並べる。
「あぁ、今回は勇者ではない。修行バカのジジィとその孫だ」
「あ~……」
その存在を久しく忘れていた理修は、一気に脱力する。
「やっぱり忘れていたか?友達甲斐のない奴だなぁ」
「……否定はしません……」
そう。その修行バカなお祖父さんに付き合う孫娘は、理修の同年代の友人だ。学校も一緒で、今は休学中だった。幼馴染みとも言える彼女は、度々修行と言って何ヶ月も会えなくなるので、いない事にも慣れてしまうのだ。
「そろそろあのジジィの仕事が溜まってきていてな。連れ戻して来てくれ」
「分かりました。行って来ます」
そして理修は、修行バカの二人を連れ戻す為、異世界へと渡るのだった。
◆ ◆ ◆
由佳子は、数日前に氷坂から受け取った書類と睨み合っていた。
「氷坂さんってば、今更何を?」
困惑を抱えたまま見る書類には、ある情報が書かれていた。
『梶原要の行方について』
「……要……」
それはもう長い間、呼ぶ事のなかった名前。思い出したくないとさえ思った過去の記憶。
「……要……」
何度となく呟く。それは、何かを取り戻すような。そんな響きを持っている。そして、最後の部分を目で追った。
『梶原司。現在、シャドーフィールドに在籍。母親の情報は一切伝わっていない』
「…………」
その部分を、何度も読んでしまうのだ。あの時、助けられた時に見た顔。誤解されがちな、少し強面なその顔。それに、一瞬記憶の中の人の顔と重なった。それが気の所為ではなかった事実に困惑するのだ。
「あの子が……私の子ども……」
死産だったと聞かされていた。確かに動転していたあの時に、その姿を確認しなかった。ショックを受けている間に消えていた恋人。当時は、恨みながらも忘れる事しか出来なかった。
「あの子が……っ、生きていた……っ」
無意識に手をやるのは、かつて子どもがいたお腹。その胎動を思い出すのだ。
知らなくてはならないと思った。曖昧になっていた過去を、全てを明らかにして会いに行きたいと思った。
由佳子は、すぐに手元の社内電話を手に取る。
『はい』
「至急、スケジュールの調整を頼むわ。二日か三日、どこでもいいわ。二週間以内で空けてちょうだい」
『承知いたしました』
その秘書の応えにふっと息を吐いて、由佳子は書類を机の引き出しに入れた。
「待っててね」
決意を込めて、そう呟く由佳子の目には、窓から見えるシャドーフィールドのビルが映っていた。
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2019. 8. 9
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