異世界『魔術師』の孫〜婚約者のためなら国一つ消しても良いと思ってます(本音)〜

紫南

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第二章 繰り返す過ち

024 『勇者』の選択

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「考えといてね」

屋上で理修の作った弁当を食べ終わると、そう軽く言われた。

「分かった」

そう言うのがやっとだった。

直ぐには決められそうにないと、理修も分かっているのだろう。

「あの時と変わらないな……」

それが、初めて出会った時に聞いた台詞と同じだと思い出し、無意識に笑みがこぼれた。

けれど同時に、苦い思い出も蘇る。

あの世界で自分の愚かさを知り、人の醜さを再認識したのだ。

◆  ◆  ◆

「お前は誰だ……?」

窓からスルリと入り込んできた侵入者は、持っていた長い杖を自身の影に吸い込ませると、優雅に部屋のソファに腰掛けた。

「私はリズリール。魔術師よ。あなたと同じ、地球産のね」
「は……? 今、地球と言ったか?」

呆然とする司さんにリズリールと名乗った少女は構わず続ける。

「聞こえなかった?太陽系の中の『地球』、『日本』在住の中学生よ」
「……中学生って……」

何の冗談かと思った。リズリールの姿は、こちらの一般的な魔術師のスタイルだ。それがよく似合っている。地球の、それも自分と同じ中学生だとは思えない程、その姿は自然だった。

「まぁ、そんな事は信じなくてもどっちでも良いわ。本題に入るわね」

アッサリと、しかし強引に話を進め出したリズリールに、司はただ呆然と立ち尽くす。

「梶原司。あなたは、勇者としてこの世界のこの国……ダグストに召喚された。『勇者』とは本来『世界が喚ぶ者』その世界の意思が召喚者に働き掛けた上で成立するのが召喚魔術よ。けど、時に人の想いは、世界の意思を無視してそれを可能にしてしまうの」

その言葉を聞いた時、落胆しなかったと言えば嘘になる。自分という存在は、この世界でも必要ではなかったのだと理解した。すると、聖女や一緒に戦った兵士達の顔が頭に浮かんだ。

時折何かに耐えるように、すがるように見えるのに、司を気遣う聖女。

肩を叩き合い、一緒に魔獣に立ち向かった兵士達。

彼らは、間違いなく自分の存在を喜び、認めてくれた。例え、世界に認めてもらえなかったとしてもそれだけで司には十分だった。

「俺は……」
「けどあなたは、彼らを見捨てられない……か」
「なぜ……」

考えを見透かされている。彼らの為になら犠牲になってもいいのだと思ったことを、今目の前で見つめてくる彼女は気付いているのだと直感する。

「ふぅ……まぁ、それが『勇者』よね……けど、最初に言ったようにそれでは困るのよ」

そう言ったリズリールは、右手を前へ突き出した。するとそこに光る球体が現れ、バスケットボール程の大きさにまで風船の様に膨らむ。その球体は宙に浮いたまま停止した。

「見なさい」

一瞬強く瞬いた球体は、テレビの様に映像を映し出した。

『準備はどうなっている?』
『間も無くです……』

そこに映ったのは、この国の王と聖女だった。彼らが居るのは、神殿だろう。見覚えのある白い柱が見える。

『リュス神様のお力があれば、あの目障りな魔族共を根絶やしにする事ができる。そうすれば我が国はあの豊かな地を手に入れ、更なる発展を遂げる。必ずや世界の頂点に立てる』
『はい……』

王は、嬉しそうに声を立てて笑う。しかし、すぐに真面目な顔になると、聖女に冷たい目を向けた。

『だが、リュス神様を目覚めさせるには、あの勇者では役不足ではないか?』
『問題ありません。勇者としての魂の価値だけで十分なのです』

感情が抜け落ちた様な声と表情で、聖女は坦々と告げる。

『そうかっ。まぁ、所詮『勇者』などただの材料でしかない。はははっ、これで我らの悲願も叶う。リュス神様もさぞやお喜びであろうっ』

再び嬉しそうに笑う王の目は、正気を失くしている様に見えた。そこで映像は消え、呆然とする司にリズリールが声をかけた。

「どう?分かった?奴らにとってのあなたの価値は、自分達が発展する為の踏み台や部品でしかないの」
「……それでも……」

それでも必要とされているのだ。『勇者』としての自分を。

それが司には嬉しかった。自己犠牲だ。偽善だと言われても、必要とされる事だけが、この時の司には価値があったのだ。

「……これだから『勇者』は……良いわ。あなたが犠牲になりたいと言うのであれば止めない。ただ、あなたには情報が足りていないわ。仮にも『勇者』なのだから、その行動の責任は取ってもらわなくてはね」
「どういうことだ?」

リズリールは暫く何事かを思案すると、空中から紙を出す。

「これを」
「……これは……地図?」

折りたたまれたその紙は地図だ。それも、この国周辺の物。

「地図は読めるでしょ?ただ、この世界の人に見られないようにね。地図なんて物は流通してないから、知られれば面倒な事になる。そこに『ガイル』って書かれた魔族の街があるわ。この国に一番近い街ね。そこを見てきなさい」
「見る……」

突然の指示に驚きながら、地図で『ガイル』と書かれた場所を探す。

程なく、魔族領の端にその日本語で書かれた文字を見つけた。なんだか日本語に妙な懐かしさを覚える。

「良い?一人で、少し出掛けて来るって感じで行くのよ?寧ろ今から出るのが良いわね。ここから歩いてニ時間って所だから。サンドリュークに入る時は、ギルドカードがあれば入れるわ。よく見てきなさい。国境を越えれば、私の言いたい事が分かるわ」
「…………」

訳が分からないと不満な顔を向ければ、リズリールは苦笑した。

「そんな顔しないで。同郷のよしみでサービスしてるの。本当なら強制的に連れ帰って終わりなんだけど、あなた色々と苦しそうだから」
「苦し……」

そんな風に見えるのだろうかと考える。この目の前で不敵に言い切る少女は同じ中学生。そんな子どもに何が分かるというのか。

「今、何か失礼な事考えた?」
「っ、いや……」

この見透かした様な感じが不気味だ。逆らわない方が良いと直感が働く。

「なら、直ぐに行動しなさい。今夜また来るわ。その時までにどうしたら良いのか、考えておいてね」
「分かった」

有無を言わさぬその態度と、そう言ってあっさりまた窓から消えてしまうリズリールの奔放さに、なんだか力が抜けるようだ。

「同じ中学生……か……」

そう呟くと、一晩考えて一つしかないと思っていた選択肢が増えている事に気が付いた。知らず狭くなっていた視野が広がる感覚。

「行ってみるか」

そう言った時、胸にあった黒い澱みが消えた。

「せっかく異世界に来たんだ」

見てみたいと思った。そこにどんな答えが待っていたとしても、行動しなければ何も得られない。

司は朝の光の中、初めて一人でこの異世界へと飛び出したのだった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 7. 30
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