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第二章 繰り返す過ち
017 空いた時間の過ごした方
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いつもよりかなり早い時間に上がる事になった理修はたった今、嫌がる銀次を所属部署に放り込んできた所だ。これで完全に任務完了となった。
遠ざかっていくその部署からは、賑やかな声が響いていた。
『ギンちゃぁぁんっ』
『うぎゃぁぁぁっ、離せぇぇぇっ……っ!!』
『いやぁん、もう絶対に離さないんだからぁっ』
『ふざけんなっ、触んじゃねぇぇぇっ!!』
『イヤよっ、乙女パワーをなめないでっ』
『っお前っ、男だろぉがぁぁぁっ!!』
ガシャン、バタンと色んな音が同時に響いてくる。これがいつも通りだと分かっている理修は、特に気にする事なく、溜め息をつきながらその場を後にする。
「元気な事ね……」
『ぎゃぁぁぁっ!!』
今日の悲鳴もよく響くようだ。
理修は、先に家で家族の夕食の準備を済ませる事にした。まだ外も明るく、日が沈むまでには時間がある事を確認すると、やるべき事は決まっていた。
夕食を作り、父にメモを残す。拓海と明良にメールを送り、夕食の事と帰りが遅くなる事を伝えると、理修は再び家を出た。
杖に乗って飛行する事十五分。超速飛行によって辿り着いたのは、かつて幼少期を過ごした祖父の家だった。
ちょっとした山一つ丸ごとの土地が敷地だ。その山の頂上付近に建つ家は、控え目な大きさで、見た目もあまりよくはない。祖父が手ずから趣味で建てた家だという事で、造りも単純な平屋建ての家だ。
中に入ると、そこはまるで今でも誰かが住んでいるかの様な、埃一つない真新しいとまで言える空間が広がっている。勿論、魔術によるもので、状態保存の魔術を建物全てにかけてある。それを理修が気にするはずもなく、部屋を幾つか抜け、真っ直ぐに目的とする扉を開ける。
その扉は地下へと続く扉で、一見するとただの壁でしかない。少し分厚い壁としか感じない、いわゆる隠し扉だった。扉自体も、理修とリュートリールにしか開けられない。
真っ暗な長い階段を難なく下り、一つの部屋へと入る。実はこの地下には、様々な部屋が存在する。
書庫や備蓄庫。研究用の部屋や、危険物を封印する部屋。薬草を扱う調薬室など、まるで蟻の巣の様に沢山の怪しい部屋が、地下へと根を下ろしているのだ。
理修が入った部屋は、この地下の最も深くにある。家具の一つもなく、ただ淡く光る何かが部屋を浮遊している二十畳程の広さの部屋だ。
「さてと……行きますか」
そう呟いた理修は部屋の中央に立つと、愛用の杖を出現させる。先端を打ち鳴らすと、魔力を練り上げた。すると、薄暗い部屋が淡い光で満たされていく。
足下に刻まれた大きな魔方陣が一際輝いて浮かび上がる。正しく発動された術は、理修を光で包み込み、そのままふっとかき消した。
「お帰りなさいませ、リズ様」
その扉を開けると、予想通りの出迎えがあった。
「ただいま、リディさん。報告をお願いしますね」
「かしこまりました」
トゥルーベルの屋敷へ転移した理修は、家令のリディアル・フライムに出迎えられた。
見た目は三十代後半と言った所だが、その実、六百歳近いらしい魔族。昔から変わらない姿をしている。『らしい』と言うのは、本人もあまり気にしていないので、実年齢がはっきりしないのだ。
この屋敷で家令になって既に四百年が経過しているのは間違いなく、リュートリールが雇った優秀な人材だった。
すぐに自室でこちらの世界での服に着替え、執務室へ向かうと、そこには箱を抱えたリディが待っていた。
「お持ちしました。今回は少し多いようです」
「そうですか……ありがとうございます」
受け取った箱には、きれいに分類されて詰められた手紙と書類。
それから一時間程、その手紙と書類にひたすら目を通す。
「……これは……すぐに返事を書かないと……こっちは裏付けが必要……ん? さっきので裏付けが取れる?」
内容によっては返事を書かなくてはならない物もあり、中身によって更に分類して机に広げていく。これらは、リュートリールの知人達からの物だ。
この世界にある各国から寄せられた国の現状や問題事の相談から他愛のない挨拶まで、中には先日の婚約騒ぎを聞き付け、早くも祝いを述べる物まであった。
全てに目を通し、急ぎの返事をしたためる頃には日も落ちていた。
時間を確認しようと顔を上げた時、タイミング良くドアがノックされ、メイドの声が響いた。
「リズ様。お食事の時間です」
「すぐに行きます」
屋敷の食堂。
大きな屋敷にあるような、屋敷の主が食事をしたり、会食や晩餐をする為の部屋もあるが、貴族嫌いなリュートリールは、当然の様にそれを嫌った。その為、この屋敷では使用人と一緒に食堂で食事を取るのが常だった。
「あ、お帰りリズ」
「リズちゃん、お帰りぃ」
沢山の人達に気軽に挨拶を受ける。
この屋敷に住む使用人は八十人弱。家族で住み込みで働く者も多く、更には種族もバラバラだ。
リュートリールによって拾われたり、恩を受けたと言う者ばかりで、殆どの者は故郷を追われたりと、帰る場所を失くした者達だった。
その為、全員が家族の様に生活をしている。リズにとっても、大切な母や父。兄や姉達だった。
「リズちゃん、お帰り。今日は、リズちゃんの好きなホーンラビットの肉入りシチューだよ」
「っ本当!?」
好物の料理とあって、珍しく興奮気味に飛び付く。
「おいしいっ」
「それは良かった。いくら状態維持が出来るからって言っても、出来たてをすぐに食べて欲しいからね。今日で良かった」
「ありがとうっ。いつもおいしいよ?ユースさんのご飯は、一日の楽しみだもの」
「おや、嬉しい。たまにリズちゃんが送ってくれるお手製のお菓子も、私らの楽しみになってるよ」
理修は、自身の食べる夕食を作らない。時間短縮の意味もあるが、こちらの夕食を楽しみにしているからだ。
実は、理修の部屋にあるタンスの引き出しの一つと、こちらに設置した箱の中を、空間と転移の魔術によって繋いでいるのだ。こちらの箱に夕食を入れて蓋をすると、理修の部屋のタンスに転送される。
幼い理修が、マジックショーを見て思い付いたこの『転送魔術』は、リュートリールの好奇心を大いに刺激した。二人で食事も睡眠も忘れて研究したのだった。
この『転送魔術』は、付与魔術に分類される。
付与魔術とは、物や人に魔術を付与する事で、魔力がなくとも付与された効果の魔術を発動する事ができるというものだ。身近な所では、魔導具がそれに当たる。しかし、問題になるのは、付与魔術は魔力を大量に必要とするという事だ。
魔術を発動させる為の魔力を同時に付与させなくてはならず、普通に魔術を使う場合の約三倍は一度に消費する事になる。
この『転送魔術』は、更に術式が複雑すぎて、普通の魔力量では付与しきれないという欠点があり、その為今現在、理修にしか扱えない魔術だったりする。
「ごちそうさまでした。これから外に出るけど、欲しい物とかあります?」
「そうさねぇ……肉があると嬉しいね」
「分かりました。帰りに何か狩ってきますね」
「あぁ、気を付けて」
「はい。行ってきます」
**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 7. 25
遠ざかっていくその部署からは、賑やかな声が響いていた。
『ギンちゃぁぁんっ』
『うぎゃぁぁぁっ、離せぇぇぇっ……っ!!』
『いやぁん、もう絶対に離さないんだからぁっ』
『ふざけんなっ、触んじゃねぇぇぇっ!!』
『イヤよっ、乙女パワーをなめないでっ』
『っお前っ、男だろぉがぁぁぁっ!!』
ガシャン、バタンと色んな音が同時に響いてくる。これがいつも通りだと分かっている理修は、特に気にする事なく、溜め息をつきながらその場を後にする。
「元気な事ね……」
『ぎゃぁぁぁっ!!』
今日の悲鳴もよく響くようだ。
理修は、先に家で家族の夕食の準備を済ませる事にした。まだ外も明るく、日が沈むまでには時間がある事を確認すると、やるべき事は決まっていた。
夕食を作り、父にメモを残す。拓海と明良にメールを送り、夕食の事と帰りが遅くなる事を伝えると、理修は再び家を出た。
杖に乗って飛行する事十五分。超速飛行によって辿り着いたのは、かつて幼少期を過ごした祖父の家だった。
ちょっとした山一つ丸ごとの土地が敷地だ。その山の頂上付近に建つ家は、控え目な大きさで、見た目もあまりよくはない。祖父が手ずから趣味で建てた家だという事で、造りも単純な平屋建ての家だ。
中に入ると、そこはまるで今でも誰かが住んでいるかの様な、埃一つない真新しいとまで言える空間が広がっている。勿論、魔術によるもので、状態保存の魔術を建物全てにかけてある。それを理修が気にするはずもなく、部屋を幾つか抜け、真っ直ぐに目的とする扉を開ける。
その扉は地下へと続く扉で、一見するとただの壁でしかない。少し分厚い壁としか感じない、いわゆる隠し扉だった。扉自体も、理修とリュートリールにしか開けられない。
真っ暗な長い階段を難なく下り、一つの部屋へと入る。実はこの地下には、様々な部屋が存在する。
書庫や備蓄庫。研究用の部屋や、危険物を封印する部屋。薬草を扱う調薬室など、まるで蟻の巣の様に沢山の怪しい部屋が、地下へと根を下ろしているのだ。
理修が入った部屋は、この地下の最も深くにある。家具の一つもなく、ただ淡く光る何かが部屋を浮遊している二十畳程の広さの部屋だ。
「さてと……行きますか」
そう呟いた理修は部屋の中央に立つと、愛用の杖を出現させる。先端を打ち鳴らすと、魔力を練り上げた。すると、薄暗い部屋が淡い光で満たされていく。
足下に刻まれた大きな魔方陣が一際輝いて浮かび上がる。正しく発動された術は、理修を光で包み込み、そのままふっとかき消した。
「お帰りなさいませ、リズ様」
その扉を開けると、予想通りの出迎えがあった。
「ただいま、リディさん。報告をお願いしますね」
「かしこまりました」
トゥルーベルの屋敷へ転移した理修は、家令のリディアル・フライムに出迎えられた。
見た目は三十代後半と言った所だが、その実、六百歳近いらしい魔族。昔から変わらない姿をしている。『らしい』と言うのは、本人もあまり気にしていないので、実年齢がはっきりしないのだ。
この屋敷で家令になって既に四百年が経過しているのは間違いなく、リュートリールが雇った優秀な人材だった。
すぐに自室でこちらの世界での服に着替え、執務室へ向かうと、そこには箱を抱えたリディが待っていた。
「お持ちしました。今回は少し多いようです」
「そうですか……ありがとうございます」
受け取った箱には、きれいに分類されて詰められた手紙と書類。
それから一時間程、その手紙と書類にひたすら目を通す。
「……これは……すぐに返事を書かないと……こっちは裏付けが必要……ん? さっきので裏付けが取れる?」
内容によっては返事を書かなくてはならない物もあり、中身によって更に分類して机に広げていく。これらは、リュートリールの知人達からの物だ。
この世界にある各国から寄せられた国の現状や問題事の相談から他愛のない挨拶まで、中には先日の婚約騒ぎを聞き付け、早くも祝いを述べる物まであった。
全てに目を通し、急ぎの返事をしたためる頃には日も落ちていた。
時間を確認しようと顔を上げた時、タイミング良くドアがノックされ、メイドの声が響いた。
「リズ様。お食事の時間です」
「すぐに行きます」
屋敷の食堂。
大きな屋敷にあるような、屋敷の主が食事をしたり、会食や晩餐をする為の部屋もあるが、貴族嫌いなリュートリールは、当然の様にそれを嫌った。その為、この屋敷では使用人と一緒に食堂で食事を取るのが常だった。
「あ、お帰りリズ」
「リズちゃん、お帰りぃ」
沢山の人達に気軽に挨拶を受ける。
この屋敷に住む使用人は八十人弱。家族で住み込みで働く者も多く、更には種族もバラバラだ。
リュートリールによって拾われたり、恩を受けたと言う者ばかりで、殆どの者は故郷を追われたりと、帰る場所を失くした者達だった。
その為、全員が家族の様に生活をしている。リズにとっても、大切な母や父。兄や姉達だった。
「リズちゃん、お帰り。今日は、リズちゃんの好きなホーンラビットの肉入りシチューだよ」
「っ本当!?」
好物の料理とあって、珍しく興奮気味に飛び付く。
「おいしいっ」
「それは良かった。いくら状態維持が出来るからって言っても、出来たてをすぐに食べて欲しいからね。今日で良かった」
「ありがとうっ。いつもおいしいよ?ユースさんのご飯は、一日の楽しみだもの」
「おや、嬉しい。たまにリズちゃんが送ってくれるお手製のお菓子も、私らの楽しみになってるよ」
理修は、自身の食べる夕食を作らない。時間短縮の意味もあるが、こちらの夕食を楽しみにしているからだ。
実は、理修の部屋にあるタンスの引き出しの一つと、こちらに設置した箱の中を、空間と転移の魔術によって繋いでいるのだ。こちらの箱に夕食を入れて蓋をすると、理修の部屋のタンスに転送される。
幼い理修が、マジックショーを見て思い付いたこの『転送魔術』は、リュートリールの好奇心を大いに刺激した。二人で食事も睡眠も忘れて研究したのだった。
この『転送魔術』は、付与魔術に分類される。
付与魔術とは、物や人に魔術を付与する事で、魔力がなくとも付与された効果の魔術を発動する事ができるというものだ。身近な所では、魔導具がそれに当たる。しかし、問題になるのは、付与魔術は魔力を大量に必要とするという事だ。
魔術を発動させる為の魔力を同時に付与させなくてはならず、普通に魔術を使う場合の約三倍は一度に消費する事になる。
この『転送魔術』は、更に術式が複雑すぎて、普通の魔力量では付与しきれないという欠点があり、その為今現在、理修にしか扱えない魔術だったりする。
「ごちそうさまでした。これから外に出るけど、欲しい物とかあります?」
「そうさねぇ……肉があると嬉しいね」
「分かりました。帰りに何か狩ってきますね」
「あぁ、気を付けて」
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2019. 7. 25
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