上 下
14 / 80
第一章 魔術師の日常

014 勇者を召喚することの意味

しおりを挟む
理修は全ての下準備を終えると、謁見の間へと通された銀次を天井の張りの上から見守っていた。

各国の代表らしき十数人の人々が並んでいる手前で銀次は立ち止まり、彼らと正面から対峙する。

やがて、玉座に座った男が仰々しく口を開いた。

「よくぞ、我らの召喚に応えてくださった。歓迎しよう勇者よ」

何が『歓迎しよう』だ。無理矢理拐っておいてよく言う。

おそらく、銀次も同じ思いを抱いているのだろう。背中が、苛立った感情を映していた。勿論、理修も湧き起こりそうになる殺意を抑えていた。その事に当然、気付かない男は声を張り上げて訴える。

「魔族は脅威だ。かつて、我らの物だった東の大陸を占拠し、その大地の恩恵を奪っていった」

魔族と呼ばれる彼らは多くの技術を発明し、発展に努めた。長命な彼らは時間を使い、技術を惜しみなく磨いた。

それを人々は妬んだのだ。最初に争いの火を抱いたのは人。奪おうとしたのも、愚かな人だった。そして、抵抗する魔族達に敵わずに追い立てられて海を渡った。

「ようやくこの大陸全てが我らの物となり、平和を手に入れた。だが、不安なのだ。いつ魔族達が海を越え、我らを脅かすかと……」

この大陸にも魔族と呼ばれる者達は存在していた。それを人は、一方的に排斥した。だからこそ、その不安は仕方がない事。恨まれている事を自覚しているからこその、疑心暗鬼。自分達の行いを正当化する為の理由。

「勇者よ。我ら人の安寧の為、魔族を討ち滅ぼすのだ」

全ては、人の『業』が生み出した負の連鎖。欲しては退けられ、また欲する。手に入らない物をこそ、人は欲してしまう。その拙い想像力で、手に入れた時の己を輝かせて見せる。そして、決してその先には思いが至らない事に気付かない。愚かで、いつまでも稚拙な生き物。

「「ふざけんな」」

銀次と理修の呟きが重なった。

「……勇者よ……今なんと……」
「ふざけんなと言った。お前らの都合だけで、虐殺犯になってたまるかよっ」
「なっなっなっ……っ」
「っ、無礼なっ」
「貴殿は勇者だろうっ」

口々に言う代表者達に、銀次と理修は冷めた瞳を向ける。

「何が『無礼』だ。意味分かって言ってんのか? まぁ、ちゃんと理解してたら話の通じる相手を一方的に蹂躙しようなんて考えないよな?」

呆れたように銀次は、わざとらしく溜め息をついて見せる。

「残念だったな。こっちがなんにも知らないなんて思うんじゃねぇぞ? それとお前」
「なっなんだ……?」
「『勇者』ってのは、手前ぇらの都合で働く人形じゃねぇんだ。そっちがどう思ってんのか知らねぇが、俺も意思を持った一人の人間だ。それも、この世界の理屈や常識を知らない余所者だ。王だか代表だか知らねぇが、俺が『命令』を聞くのはお前らじゃねぇ。気を付けるんだな。お前らは、危険な者を召喚したんだ。『勇者』っていう、信念で生きる化け物をお前らは召喚した」

そう、『勇者』とは己の信念を曲げず、貫き通す生き物。


『勇気ある者』
『勇ましき者』


それらは、強い信念が呼び起こす姿。

「この世界に生まれた『勇者』ならお前らの意思に沿った信念を抱いたかもしれん。だが、俺は異世界の人間だ。俺が信じられるものは、この世界にはない」

『勇者』としての資質を持った銀次は、何度も召喚される。その術は信念の呼応。心から『勇者』の存在を求め、願う純粋無垢な想い。

『勇者』という存在を信じる想い。喚ぶ事を躊躇わない強い心。それに『勇者』は応えてしまう。

「俺は『勇者』だ。だが『魔王』にも『邪神』にも『災厄』にもなれる者だ。そんな者に頼み事をするなら、相応の覚悟を決めろ」
「っ、何を覚悟せよと……っ?」
「滅びる覚悟だよ」
「っ!?」

その問いに答えたのは理修だった。

「っ、何者だっ!?」

フワリと降り立った理修は、ゆったりとした歩みで進み、やがて銀次を庇うような位置で立ち止まった。これ以上、見ていられなかったのだ。

「理修……」

銀次の声を背に受けながら、真っ直ぐに玉座を見据えた。

「お前達には失望した」
「っなっ!?」
「貴様っ、ここがどこだかっ」
「口を開くな」

理修がそう言って指を鳴らすと、代表達が口元を手で覆い悶えはじめた。

「りっ、理修っ……息っ……」
「あぁ、つい……」

銀次の言葉で、口を塞いだだけでなく、ついでに息を止めてしまっていた事に気付いた理修は、もう一度指を鳴らして息をさせる。

「悪かったわね。殺す気はないのよ? ちょっと苛立ってはいるけど」
「「「…………っ」」」

悪びれずに言う理修に、代表達の瞳が恐怖の色に染まる。そう、見ていられなかったのは銀次の孤独な背中と醜い同族。

「お前達が魔族と呼ぶ者達の王に、私は会った。無為の争いを厭い、かつてのお前達の愚行を赦し、共存を望んでいた。それなのにお前達は……下らない生き物だな……これ以上の恥を晒す前に、滅ぼしてしまった方が良いのかもしれない……」

理修の中には、落胆しかない。その瞳には、侮蔑の色だけが浮かんでいる。

「理修……」

その時、銀次が後ろから理修の手を取った。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 7. 22
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...