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第一章 魔術師の日常
004 学校とアルバイト
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自宅から、徒歩三十分の公立高校。
理修は、この春から入学した一年生だ。ちなみに、兄の拓海がニ年生。早生まれの明良が、理修と同じ一年生として一緒に通っている。
「おはよっ、理修っ」
「おはよう、奈々。今日はちょっと早いんじゃない?」
いつもは、後十五分はしないと来ないクラスメイトに、何かあるなと感じながらも挨拶をする。
「えへへ。理修ぅ、宿題みせてっ」
「……だと思ったよ……良いけど、同じ問題、昼の放課にできるか見るから、逃げないように」
「ぅええぇぇぇっ……」
提出に間に合わないからと写す事は譲歩してやるが、やらないまま終わらせる気はない。
「理修って、変だよね……」
「何が?」
どこが変なのかと、首を傾げる。
「何がって、普通見せて終わりじゃん? 何かお礼を要求されるならまだしも、勉強を見てくれるって……ないよ?」
苦笑する奈々に、そういうものなのかと思いながらも、そう言えば、なぜかは話した事がなかったなと、こちらの意見を述べてみることにした。
「だって、必要な事でしょ? これを写す事によって、奈々はこの後の授業についていけなくなる可能性があるんだよ? いつか『あの時やっとけば……』って思うのと同時に、私のノートを写したってのが思い出されるの。何かそれって、私のせいみたいじゃない?」
「……もしかして、これって理修の為……?」
「もちろんっ」
胸を張って言ってやった。
答えや、他人のノートを写す行為によって出る影響は自己責任ではあるが、人は責任転嫁が得意だ。それこそ、小さな子どもでもやっているくらい。簡単でたいして痛みも伴わない。
「『自分の行動に、常に責任を持て』って言うのが、亡くなった祖父の教えの一つなの」
「へぇぇ……厳しいおじいちゃんだったんだねぇ……」
「そんな事ないよ?」
「はい?」
祖父は、魔術師としての力ある者の心得を説いていただけだ。その行動が、誰に何にどんな影響を及ぼすか、常に想定し行動しろと言うこと。
「これって常識じゃない? ある人には、これが出来るかどうかが、大人と子どもの違いだって言われたよ?」
「真面目過ぎだよ……でも、わかった。ちゃんとやってみる。分かんなかったら教えてくれるんでしょ?」
「もちろん」
こんな感じで、友人関係はいたって良好だ。
一日の授業が終わると、理修はアルバイトに向かう。
平日、一日おきの月、水、金のみのバイトは、こちらの世界の異能者が集う組織での事務仕事だ。
表向きは、世界でもトップクラスの人材派遣会社。
『シャドーフィールド』
要人の護衛から、探偵の真似事まで、何でも請け負うこの会社は、全員が特殊な能力者達で構成されている。その為、人数はそう多くはない。少数精鋭で成り立っているのだ。
街中にある立派な自社ビルに入ると、今日も忙しなく走り回る人々の光景が広がっていた。
「あっ、待ってたよぉ理修ちゃんっ」
担当階へと向かう途中で、息を急ききって突撃してくる同僚に、反射的に逃げそうになった。
「いやぁっ、逃げないでっ。厄介事ではあるけど、逃げちゃいやぁっ」
いつもは、研究室に籠りっきりのはずの『彼』が、突撃してきた時点で身構えるより先に逃亡したくなるのは、仕方のない防衛行動だ。
ボコボコと波打つ筋肉は彫刻のように美しく。お化粧も暑くなりすぎない肌を重視したもの。仕草だって女らしいのだが、間違いなく彼は男だ。
近づくと、とにかく圧迫感が凄い。
「うっうっ……だって、私のモルモッ……っギンちゃんが、また持ってかれちゃったんだもんっ……」
「はぁ……モルモット……またですか……」
「っ、やだもぉ……モルモットだなんてっ」
なぜ頬を赤らめているのか。否定はしなかった。
「もぅもぅっ、からかっちゃいやんっ。良いから早く、オババの所に行って来て」
「……わかりました……」
理修はこれ以上側にいるよりはと、早足でエレベーターへと向かう。
『地下五階』
ここに、皆が『オババ』と呼ぶ魔女が住んでいる。地下のはずなのに、エレベーターから降りてすぐの扉を開けると、そこには草原が広がっており、見上げれば空は青く澄み切った清らかな風が大地を駆ける。
頭を上げれば、少し先にある小さなレンガ造りの家が見える。そこが魔女の住処だ。
『お入り』
ドアの前に立つと同時に、中から声が響いた。
「失礼します」
ドアを開けて躊躇いなく、中へと入る。
「今日は、どうしたんだい」
そこには、大きく豪華なソファに寝転び、キセルをくわえる美女がいた。
「勇者が拉致られました」
その一言で、全てを察した美女は、堪らず笑い転げた。
「っくっ、ははははっ……っ、これで何度目だいっ!? あの坊やも人気者だねぇ。さすがはここの社員だっ」
理修も苦笑を浮かべるしかない。
「まったく、仕方が無いねぇ。すぐに居場所を特定しよう。待っといで」
そう言ってオババが、隣りの部屋へと消えていくのを、大人しく見送るのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 7. 12
理修は、この春から入学した一年生だ。ちなみに、兄の拓海がニ年生。早生まれの明良が、理修と同じ一年生として一緒に通っている。
「おはよっ、理修っ」
「おはよう、奈々。今日はちょっと早いんじゃない?」
いつもは、後十五分はしないと来ないクラスメイトに、何かあるなと感じながらも挨拶をする。
「えへへ。理修ぅ、宿題みせてっ」
「……だと思ったよ……良いけど、同じ問題、昼の放課にできるか見るから、逃げないように」
「ぅええぇぇぇっ……」
提出に間に合わないからと写す事は譲歩してやるが、やらないまま終わらせる気はない。
「理修って、変だよね……」
「何が?」
どこが変なのかと、首を傾げる。
「何がって、普通見せて終わりじゃん? 何かお礼を要求されるならまだしも、勉強を見てくれるって……ないよ?」
苦笑する奈々に、そういうものなのかと思いながらも、そう言えば、なぜかは話した事がなかったなと、こちらの意見を述べてみることにした。
「だって、必要な事でしょ? これを写す事によって、奈々はこの後の授業についていけなくなる可能性があるんだよ? いつか『あの時やっとけば……』って思うのと同時に、私のノートを写したってのが思い出されるの。何かそれって、私のせいみたいじゃない?」
「……もしかして、これって理修の為……?」
「もちろんっ」
胸を張って言ってやった。
答えや、他人のノートを写す行為によって出る影響は自己責任ではあるが、人は責任転嫁が得意だ。それこそ、小さな子どもでもやっているくらい。簡単でたいして痛みも伴わない。
「『自分の行動に、常に責任を持て』って言うのが、亡くなった祖父の教えの一つなの」
「へぇぇ……厳しいおじいちゃんだったんだねぇ……」
「そんな事ないよ?」
「はい?」
祖父は、魔術師としての力ある者の心得を説いていただけだ。その行動が、誰に何にどんな影響を及ぼすか、常に想定し行動しろと言うこと。
「これって常識じゃない? ある人には、これが出来るかどうかが、大人と子どもの違いだって言われたよ?」
「真面目過ぎだよ……でも、わかった。ちゃんとやってみる。分かんなかったら教えてくれるんでしょ?」
「もちろん」
こんな感じで、友人関係はいたって良好だ。
一日の授業が終わると、理修はアルバイトに向かう。
平日、一日おきの月、水、金のみのバイトは、こちらの世界の異能者が集う組織での事務仕事だ。
表向きは、世界でもトップクラスの人材派遣会社。
『シャドーフィールド』
要人の護衛から、探偵の真似事まで、何でも請け負うこの会社は、全員が特殊な能力者達で構成されている。その為、人数はそう多くはない。少数精鋭で成り立っているのだ。
街中にある立派な自社ビルに入ると、今日も忙しなく走り回る人々の光景が広がっていた。
「あっ、待ってたよぉ理修ちゃんっ」
担当階へと向かう途中で、息を急ききって突撃してくる同僚に、反射的に逃げそうになった。
「いやぁっ、逃げないでっ。厄介事ではあるけど、逃げちゃいやぁっ」
いつもは、研究室に籠りっきりのはずの『彼』が、突撃してきた時点で身構えるより先に逃亡したくなるのは、仕方のない防衛行動だ。
ボコボコと波打つ筋肉は彫刻のように美しく。お化粧も暑くなりすぎない肌を重視したもの。仕草だって女らしいのだが、間違いなく彼は男だ。
近づくと、とにかく圧迫感が凄い。
「うっうっ……だって、私のモルモッ……っギンちゃんが、また持ってかれちゃったんだもんっ……」
「はぁ……モルモット……またですか……」
「っ、やだもぉ……モルモットだなんてっ」
なぜ頬を赤らめているのか。否定はしなかった。
「もぅもぅっ、からかっちゃいやんっ。良いから早く、オババの所に行って来て」
「……わかりました……」
理修はこれ以上側にいるよりはと、早足でエレベーターへと向かう。
『地下五階』
ここに、皆が『オババ』と呼ぶ魔女が住んでいる。地下のはずなのに、エレベーターから降りてすぐの扉を開けると、そこには草原が広がっており、見上げれば空は青く澄み切った清らかな風が大地を駆ける。
頭を上げれば、少し先にある小さなレンガ造りの家が見える。そこが魔女の住処だ。
『お入り』
ドアの前に立つと同時に、中から声が響いた。
「失礼します」
ドアを開けて躊躇いなく、中へと入る。
「今日は、どうしたんだい」
そこには、大きく豪華なソファに寝転び、キセルをくわえる美女がいた。
「勇者が拉致られました」
その一言で、全てを察した美女は、堪らず笑い転げた。
「っくっ、ははははっ……っ、これで何度目だいっ!? あの坊やも人気者だねぇ。さすがはここの社員だっ」
理修も苦笑を浮かべるしかない。
「まったく、仕方が無いねぇ。すぐに居場所を特定しよう。待っといで」
そう言ってオババが、隣りの部屋へと消えていくのを、大人しく見送るのだった。
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2019. 7. 12
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