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第一章 魔術師の日常

003 いつもの月曜日

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理修は、ゆっくりと目を開けた。

覚醒に向かい、天井を眺める。そこにある木目を認識すると、やっと自分がどこにいるのかが分かった。

「……そっか、今日は月曜日……」

そう少し落胆しながら、のそりと起き上がった。カーテンを開けると、仄かに朝日が感じられる。

時刻は午前五時三十分。未だ家族は夢の中だろう。

理修は、足音を立てる事なく洗面所で顔と髪を整え、ついでに洗濯機を作動させると、部屋で制服に着替えた。

姿見で確認も終え、準備が整うとふと思い立って机の引き出しに手を翳す。鍵となる小さな魔方陣の光が掌で瞬くと、ゆっくり引き出しを開けた。

そこにあったのは、小さな小箱。

それを大切に手に取り、パカッと音をさせて開く。中には、美しい小さな指輪が鎮座していた。これを見ると自然と笑みが零れる。

「まったく……こんな豪華な指輪、どうしろって言うのよ……」

それは昨日、恋人であるウィルバートに、婚約の証だと言われて渡された物だ。つまりは『婚約指輪』だった。

あの試合の後、晴れて婚約が決まり、婚約式を半年後としたのだが、ウィルバートが苦言を呈した。

曰く。


『国民達も認めたのも同然なのだ。そんなに時間がかかるのならば、婚約式などという形式張ったものなど不要だろう』


要約すると、婚約式などすっ飛ばして『早く結婚したい』と言う事だ。

これには、理修も同意するのだが、大国の一つである国王の結婚なのだ。時間がかかるのは仕方がない。

それを渋々だが納得させた重鎮達は、かなり疲弊していた。ウィルバートは、そんな重い空気を一切無視して、すかさず理修に懇願した。

『リズ。婚約式まで、まだ時間がある……だから、それまでの間はこの指輪がわたしとリズが恋人であると言う証だ』

その時の顔が今にも泣きそうな程必死で、一番初めに求婚された時を思い出した。だから、いつもは受け取らない様な豪華な指輪を、思わず受け取ってしまったのだ。

「じぃ様が生きてたら、何て言ったかしらね」

親友のウィルバートが、必死になって自分の孫娘に求婚したと知ったら何を思っただろうか。

「ふふっ。今頃、決着の着かない決闘をし続けていたでしょうね……」

目を向けた先には、写真立ての中で笑う祖父の姿があった。

◆  ◇  ◆

カチャカチャと食器を重ねる音と、水音が響くダイニングには、未だ理修以外の姿はない。食事を手早く済ませた理修は、使った食器を洗っていた。

時刻は六時三十分。

そろそろ家族が起き出す頃だ。洗い終えた食器を布巾で拭き取り、棚へ静かに戻す。

制服の上から着けたエプロンはそのままに、回し終わった洗濯物を取りに向かう。

手慣れた速さで洗濯を外に干しにかかる頃、ようやく起き出した家族達が、ダイニングへと入る気配を察した。

六人がけのダイニングテーブル。

起きてきた家族四人の席には、朝食のプレートが並べられている。

形の良い可愛らしいオムレツ。彩りを添えるサラダに、カリッと焼き上がったウィンナー。デザートには、スマイルカットのオレンジ。

テーブルの中央に置かれた籠には、たっぷり積み上がったロールパン。

コーヒーメーカーが、コーヒーの香ばしい匂いを漂わせ、キッチンのカウンターに置かれた小さな鍋には、まだ熱いコーンスープが用意されている。

「……今日も美味しそうだ……っ」
「……」

そう呟くのは父だ。その後、無言で入ってきて席につくのが長男の拓海。

「ふぁぁぁっ……」

大きな欠伸をしながら入ってくるのが次男の明良。

「おはよう……」

最後に、徹夜明けでふらついている母。

父がスープを配る。その後、チラリと外で洗濯物を干している理修の背中に視線を向け、母を見ると苦笑して席につく。

「いただきます」

父が手を合わせると、全員が食べ始めた。それを気配で察した理修は、ほっと息を吐き、いつものように家族の居る空間を避けて部屋に戻る。そして、癖になった溜め息をつくのだった。

◆  ◇  ◆

他人から見れば、とても不自然な家族に見えるかもしれない。家の事は、専ら理修の仕事だった。

それは、祖父が亡くなり、両親の元に引き取られた十歳の時から変わらない。

初めてこの家に連れて来られた時、唖然としたのを覚えている。

「……ナニコレ……」

十歳の子どもでも呆れる程、雑多に物が置かれる部屋。はっきり言って、足の踏み場がない。

キッチンは、せっかくのシステムキッチンが機能していないようだし、食器も水に浸かったまま。

辛うじて洗濯物は出来ているようだが、部屋の隅にあるハンガーラックには、大量のビニールを被った服もある。

「……『せんたく屋さん』の……」

祖父と暮らしていた時に、教えてもらっていた理修は、田舎にはないクリーニングを『お金のかかる洗濯屋さん』と認識していたので、知らず知らずのうちに、眉間にシワを寄せていた。

理修は、祖父が脱帽する程の倹約家になっていたからだ。だが、そんな理修の心の内を知らない両親は、理修を自室となる部屋に案内すると、すぐに母は仕事の為に自室へこもり、父も出掛けると言って出て行った。

薄情とも取れる両親の態度に、理修は子どもらしくない溜め息をつく。

それが、今でも変わらない癖だった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 7. 11
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