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第三章
083 道は一つ
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折れた腕の痛みと頭痛が拮抗し、どちらの痛みか分からなくなる頃。空気が確実に変わった。
「……もういい……」
「はい……」
柳は気付いているのだろうか。樟嬰は力を使い過ぎて、視力に影響が出ていた。そのため、浄化の光が消えたはずの今でも、目は仄かな光しか映さない。
ゆっくりと座り込む樟嬰の体を支えていた柳は、すぐに慌てたように手を離し、駆け出して行った。
倫駿と将軍がそれに続いたらしい。王のもとへ向かったのだ。
「主城!」
「大丈夫だ。痣として少し残っているが、瘴気は取り込んでいたものも全て浄化できている」
柳の言葉を聞いて、樟嬰もようやく安心する。
ふっと気が抜けた。目が見えないため、感覚がおかしい。自分が倒れたことに気付いたのは、朔兎の声を聞いたからだ。
「樟嬰様!!」
背中に添えられる手を感じた。ゆっくりと髪の色も変わっているはずだ。それは、力を制御しきれないことを示していた。
「っ、樟嬰……さま?」
倫駿の息を呑む声が聞こえた。
「まさか……神族……っ」
「樟嬰様! 失礼します!」
「さく……と……っ」
次第に声も出辛くなってくる。意識を保っていられない。そうなるかもしれないとは思っていたが、もう少し余裕があるつもりだった。
「ッ、朔! 玉座の間に急げ! 下への扉を影に守らせている」
「はい!」
朔兎が抱き上げる。その感覚を最後に、樟嬰の意識は途切れた。
朔兎は完全に樟嬰の体から力が抜けたことに気付き焦る。
「樟嬰様!! くっ」
今は下に急ぐしかない。部屋を出ようとした所に閻梨がやってきた。
「王は! っ、樟嬰様!?」
閻梨は、神族としての髪色をした樟嬰の姿を見て飛び上がった。弱った時にその姿になってしまうことを閻梨も知っている。だからこそ、青ざめる。
朔兎は閻梨に一礼してすれ違うと駆け出す。
「閻梨様! 後の説明はお願いします!」
「は、はい!」
そうして、朔兎は玉座の間から地下へ繋がる扉へ向かった。
柳は先ず、王を寝室へ運ばことにする。抱き上げると、呆然と見上げる倫駿へ告げる。
「寝室へ案内しろ」
「あ、はい」
将軍も突然この場に現れた柳に、何も言えなかった。明らかに人とは違う気配を感じていたのだ。
倫駿は先頭に立って、奥の部屋へ案内する。閻梨が駆け寄ってきた。護衛は、倫駿の護衛をする二人の青年だ。
王を抱える柳に閻梨が近付く。
「柳様……」
閻梨は、柳とも顔を合わせている。時には、地下の地宮へ赴き、樟嬰や柳の父である檣と言葉を交わしているのだ。
「外の瘴気も晴れておりますが、こちら側は不安定でございます。お身体に……」
「俺は、弟妹達よりは丈夫だ」
「ですが……」
「元々俺は次期長として、人界と神界を行き来する外交官だった。まあ、幼い頃から瘴気に慣れるようにと無茶をした弊害で、代わりに浄化の力が弱まってしまったがな」
「そう……でしたか」
人でも人族でも、長男が後を継ぐことは決まっている。よって、柳は物心ついた頃には、そういった人界との繋がりについて考えるようになっており、活発な子どもであったこともあって、人界へ遊びに行くことが多かった。
それはまだ人族が本来の大地、今の最下層で生きていた頃だ。
次第に瘴気が増え出し、他の神族達が地宮や中央宮に引き籠っりだした時でも、柳は冷静に人界との繋がりをと出かけていたのだ。
「こちらです」
王を寝かせる。
顔には薄いが、青黒い痣がいくつか残っている。だが、眠る表情は穏やかだ。少し衰弱しているようにも見えるが、それでも、命の危機はないだろう。
「王は……これで大丈夫なのですか?」
倫駿が柳と閻梨に目を向け、どちらともなく確認する。答えたのは柳だ。
「いや、また瘴気は体に溜まっていくだろう。姿さえ変わるほどに侵されていたのだ。受け入れやすくなっている」
「それでは……またあのように……」
「薬はある。だが……これは完治というか、瘴気を受け入れなくなることはない。天臣には辛いだろう。永遠に、瘴気に侵される続ける。それにより、魂が欠けていく。最後は……消滅する」
「そんな……っ」
魂の消滅。その最期はとても痛みの伴うものだと言われている。
「天臣の籍から外し、魂が消滅する前に肉体に死を与えてやるしかない。だが……本人が納得することのないまま死を迎えれば……最下層の最も濃い瘴気の中でしか生きられない妖魔になる」
「それでは消滅することより……っ」
「そうだな……今はもう、あの地で妖魔を浄化できる者は居ないだろう。だから……助かるには、一択しかない」
道はたった一つだけ。天臣の籍を抜け、王を辞めて、全てに納得し、死を受け入れる。
しかし、それは今までの王を見ている倫駿や将軍には絶望的なものにしか思えない。
「……無理です。主城は……王位にしがみつかれるでしょう……」
「それでも、納得させるしかない」
「……はい……っ」
倫駿はグッと拳を握り、王を見る。しかし、心は樟嬰の倒れた姿を映していた。
************
読んでくださりありがとうございます◎
また来月10日予定です。
よろしくお願いします◎
「……もういい……」
「はい……」
柳は気付いているのだろうか。樟嬰は力を使い過ぎて、視力に影響が出ていた。そのため、浄化の光が消えたはずの今でも、目は仄かな光しか映さない。
ゆっくりと座り込む樟嬰の体を支えていた柳は、すぐに慌てたように手を離し、駆け出して行った。
倫駿と将軍がそれに続いたらしい。王のもとへ向かったのだ。
「主城!」
「大丈夫だ。痣として少し残っているが、瘴気は取り込んでいたものも全て浄化できている」
柳の言葉を聞いて、樟嬰もようやく安心する。
ふっと気が抜けた。目が見えないため、感覚がおかしい。自分が倒れたことに気付いたのは、朔兎の声を聞いたからだ。
「樟嬰様!!」
背中に添えられる手を感じた。ゆっくりと髪の色も変わっているはずだ。それは、力を制御しきれないことを示していた。
「っ、樟嬰……さま?」
倫駿の息を呑む声が聞こえた。
「まさか……神族……っ」
「樟嬰様! 失礼します!」
「さく……と……っ」
次第に声も出辛くなってくる。意識を保っていられない。そうなるかもしれないとは思っていたが、もう少し余裕があるつもりだった。
「ッ、朔! 玉座の間に急げ! 下への扉を影に守らせている」
「はい!」
朔兎が抱き上げる。その感覚を最後に、樟嬰の意識は途切れた。
朔兎は完全に樟嬰の体から力が抜けたことに気付き焦る。
「樟嬰様!! くっ」
今は下に急ぐしかない。部屋を出ようとした所に閻梨がやってきた。
「王は! っ、樟嬰様!?」
閻梨は、神族としての髪色をした樟嬰の姿を見て飛び上がった。弱った時にその姿になってしまうことを閻梨も知っている。だからこそ、青ざめる。
朔兎は閻梨に一礼してすれ違うと駆け出す。
「閻梨様! 後の説明はお願いします!」
「は、はい!」
そうして、朔兎は玉座の間から地下へ繋がる扉へ向かった。
柳は先ず、王を寝室へ運ばことにする。抱き上げると、呆然と見上げる倫駿へ告げる。
「寝室へ案内しろ」
「あ、はい」
将軍も突然この場に現れた柳に、何も言えなかった。明らかに人とは違う気配を感じていたのだ。
倫駿は先頭に立って、奥の部屋へ案内する。閻梨が駆け寄ってきた。護衛は、倫駿の護衛をする二人の青年だ。
王を抱える柳に閻梨が近付く。
「柳様……」
閻梨は、柳とも顔を合わせている。時には、地下の地宮へ赴き、樟嬰や柳の父である檣と言葉を交わしているのだ。
「外の瘴気も晴れておりますが、こちら側は不安定でございます。お身体に……」
「俺は、弟妹達よりは丈夫だ」
「ですが……」
「元々俺は次期長として、人界と神界を行き来する外交官だった。まあ、幼い頃から瘴気に慣れるようにと無茶をした弊害で、代わりに浄化の力が弱まってしまったがな」
「そう……でしたか」
人でも人族でも、長男が後を継ぐことは決まっている。よって、柳は物心ついた頃には、そういった人界との繋がりについて考えるようになっており、活発な子どもであったこともあって、人界へ遊びに行くことが多かった。
それはまだ人族が本来の大地、今の最下層で生きていた頃だ。
次第に瘴気が増え出し、他の神族達が地宮や中央宮に引き籠っりだした時でも、柳は冷静に人界との繋がりをと出かけていたのだ。
「こちらです」
王を寝かせる。
顔には薄いが、青黒い痣がいくつか残っている。だが、眠る表情は穏やかだ。少し衰弱しているようにも見えるが、それでも、命の危機はないだろう。
「王は……これで大丈夫なのですか?」
倫駿が柳と閻梨に目を向け、どちらともなく確認する。答えたのは柳だ。
「いや、また瘴気は体に溜まっていくだろう。姿さえ変わるほどに侵されていたのだ。受け入れやすくなっている」
「それでは……またあのように……」
「薬はある。だが……これは完治というか、瘴気を受け入れなくなることはない。天臣には辛いだろう。永遠に、瘴気に侵される続ける。それにより、魂が欠けていく。最後は……消滅する」
「そんな……っ」
魂の消滅。その最期はとても痛みの伴うものだと言われている。
「天臣の籍から外し、魂が消滅する前に肉体に死を与えてやるしかない。だが……本人が納得することのないまま死を迎えれば……最下層の最も濃い瘴気の中でしか生きられない妖魔になる」
「それでは消滅することより……っ」
「そうだな……今はもう、あの地で妖魔を浄化できる者は居ないだろう。だから……助かるには、一択しかない」
道はたった一つだけ。天臣の籍を抜け、王を辞めて、全てに納得し、死を受け入れる。
しかし、それは今までの王を見ている倫駿や将軍には絶望的なものにしか思えない。
「……無理です。主城は……王位にしがみつかれるでしょう……」
「それでも、納得させるしかない」
「……はい……っ」
倫駿はグッと拳を握り、王を見る。しかし、心は樟嬰の倒れた姿を映していた。
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また来月10日予定です。
よろしくお願いします◎
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