煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第三章

073 応援要請

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領主としての仕事のかたわら、華月院の当主としての仕事をこなすのに慣れてきたこの頃。

お茶を淹れてくれた朔兎に礼を言いながら、領主の執務室で決裁書類の確認を行なっていた。

「樟嬰様! 応援要請が来ております!」
「ん? どこだ?」

執務室に飛び込んで来た武官。その後ろから叉獅が顔を出す。

しゃくです! アルズの群が二つ確認されたと」
「壁領ではないな……黄城きいじょうの方が近いはずだが?」
「それが、壁領のとつに空民の部隊が出ているらしいのです」
「なるほど……で、どうだ?」

樟嬰は右手の壁際へ目を向ける。すると、そこに月影の一人がいつの間にか控えていた。その男が答える。

「アズルは十五ほどが一つの群れを形成。それを二つ確認いたしました。突から来たようです」
「ほお……では、空民の部隊の状況は分かるか?」

そう声をかけると、その男の隣に影が生まれる。そこに一人の男が現れた。現れたと言っても、突然湧いて出たわけではない。身体能力の為せる技だ。彼はこの葉月城の影。一応官吏の一人だ。月影にも劣らない能力を持っている。

「報告いたします。空民の部隊はアズルと混戦の上、半数が怪我で離脱しております。死者も出ており、厳しい状況かと」
「そちらにも武官を派遣する。叉獅、途中にあるせんごうに連絡をしておく。武官を借り、それらをまとめて指揮しろ。状況によって作戦は任せる。それから、影と月影から数人出してくれ。連絡を頼みたい」
「現場での補佐もいたします」
「無理はするなよ。頼む」
「「はっ!」」

今の所、領城付きの影と月影の仲は悪くはない。うまく連携も取るだろう。

「叉獅。頼むぞ」
「お任せください」

叉獅は部屋を飛び出して行った。影達もいつの間にかこの場から消えている。

書類を持って状況を頭で整理するのに立ち尽くしていた朶輝が重く息を吐いた。

「空民の部隊が半数も……大丈夫でしょうか」
「幸い、こちらの方は浄化が済んでいて、比較的手が空いている。人員がかなり割けるだろう。なんとかなるさ。もし、難しければ私も出る」
「っ、それは、華月院の当主としてですか?」
「そうなるな」
「……叉獅達を信じます」

朶輝は、樟嬰が華月院まで背負っていることに、最近難色を示している。心配してくれているのは分かっている。だが、ここまできたら、もうやれる事は全てしたいのだ。

「朶輝様、ご心配なく。樟嬰様が出られる前には、わたくしが出ます。月影を全て投入して駄目などということには先ずなりませんので」
「そう……ですね。はい。では、ここの仕事を早く終わらせましょう」
「朶輝は本当、しっかりしてるよ……」

緊急時であっても、任せられる者がいるのなら、目の前の書類の束を減らすことを考える。やれる者が他に居るかどうか。それが朶輝の優先順位を決めていた。こういうまとめることが出来る補佐は有難い限りだと、樟嬰はほっと息を付くのだった。

◆  ◆  ◆

王城では、ひっきりなしに来る報告に、官吏達が悲鳴をあげていた。

「空民が突での妖魔騒ぎに対応しているため、尺の対応に間に合いません。そこで領主は葉月領主に応援を要請したようです!」

この報告を受けて、玉は顔をしかめた。他領の、それも端にある葉月領に応援を要請したというのに驚いたのだ。内陸にある領が、葉月領に要請するというのが理解できなかったというのもある。

「なぜわざわざ葉月に……」

距離もある。周りの領に頼むのが一般的だろう。だが、理由もあった。

「周辺の領には、軒並み要請を断られたそうです。あの辺りは、自領で守りを固めるしかありません。それほど戦力が残っていないのです」
「どういうことだ?」
「はっ、これはその……報告とは違うのですが……噂で、武官の人数がかなり減っているようなのです。妖魔と対峙して死者は増える一方。町の男達は家族を守ろうと必死になっています。そのため、武官志望の者は年に数人居ればいい方だと……」
「な……っ」

そこで記憶の中から申請されていた官吏の名簿の量を思い出す。思い当たる節はある。数年前から、極端に官吏志望者が減ったのだ。

この王領でもそうで、人員不足に頭を抱える上官は多い。玉は指示し、自身でできることは全てやる。そのため、それほど深刻だとは思い至らなかったのだ。

「葉月領に隣接するじくせんは、葉月の武官が指導をしたらしく、人数が揃っているのです。そのため、武官を呼ぶならば葉月にというのが領主達の総意だとか」
「葉月が……」

普通は、他領のことに口や手は出さない。だが、現在は違うらしい。葉月から変わったのだ。

「アズルが大量に発生したことで、周辺の領にも少なからず妖魔が出没しているようです。ここは、葉月に任せるしかありません……」
「そうか……これ以降の報告も頼む。状況を知りたい」
「承知しました」

玉は不安を感じていた。長い歴史の中で、王への不信感が高まると、瘴気が増え、降下したという。今の王はお飾りだ。あれでは誰もついてはこない。王城への応援要請など、ここ数年は出たことがないのだ。

「……この場合の原因は私か……」

こんな王を選んだのは自分だ。ならば、その王を断罪するのも自分でなくてはならない。玉は顔を上げ、決意を新たにする。

こういう時、思い出すのは玉となった時の託宣。

「最後の王を選ぶ者……か……」

その最後を選ぶ権利くらい勝ち取ってみせようと玉は奥歯を噛み締めて王の部屋へと向かったのだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
年末、年始は仕事三昧のため
次回は来年10日になります。
よろしくお願いします◎
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