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第二章
066 機嫌の良い文官達
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2019. 8. 30
***********
樟嬰は次の日から、首領として領城で仕事をするようになった。とはいえ、樟嬰も今までのように家に知られないように出てきている。
何より、樟嬰が華月院の娘であるということは、極力知られない方が良い。住民達も、華月院の者に支配されていたという印象は強い。今はまだそこから解放されたばかりだ。不安にしてはならない。
ならば、仕事振りによって『樟嬰』という存在が華月院という嫌な印象から離れるまでは明かさずにいようと決定したのだ。それは、領官の中でも同じ。あえて言うことはしなかった。
「樟嬰様! こちらの確認をお願いします!」
領官達は元気に声を張り上げて部屋に入ってくる。
「こちらも印をお願いいたします!」
「ああ……すまんが、目を通すのに時間がかかる。今日中には終えるが、部署で待っていて……」
「ここでお待ちします!」
「……いや、他に仕事が……」
「ありません! 他のは全部済ませてきました! ここでお待ちします!」
「……」
この答えが何度も続いており、確認書類待ちの列が入室待ちの者の列とは別に廊下にできていた。
「……朶、朶輝はまだか?」
「そうですねえ。お帰りは明日の昼頃になるのではないかと」
「……そうか……珀楽、機嫌がいいな」
「もちろんでございます。領官達の気持ちも良く分かりますよ」
「……ほどほどにな?」
「はい!」
本来の補佐である朶輝は現在、王城へ出向いている。
武官など、領官を雇うならば特に許可や書類などの提出は必要ないのだが、さすがに首領は違う。とはいえ、任命式のようなものはないし、領官達の推薦状の山を持参して『この人がやりますので』と書類に印をもらっておしまいだ。
だからこそ、今まで不満があっても華月院から首領を任命することになっていた。
しかし、今回の推薦状の数は一味違う。なんせ、領官全員の推薦状なのだ。最低五人でいいところを武官も入れて三百以上。
それを笑顔の朶輝が持って行くのだ。きっと王の補佐である玉さえも仰天することだろう。言いたいのはこれだ。
『全員が同意するんだから文句ないよね?』
これを空民と呼ばれる大地の中央にいるこの国の守護者達も確認することになる。実質、この国の首領達を束ねる役目の者達だ。首領達の集う会もそこで開かれる。
彼らは次にある首領会で、樟嬰を実際に見て更に仰天することだろう。年若い上に女。王は玉が選ぶので性別は特に気にされることはない。だが、首領で女性というのは初めてだ。それも成人前の身元も明かせない少女。
気を引き締めなくてはならないなと今から覚悟している。
「ん? これは試算が違うのか? おい。これを持って来たのは……」
「私です! え? あっ、確かに違います! やり直して参ります♪」
「……頼む……」
「はい!!」
間違いを指摘されたというのに、その武官は更に元気になって帰って行った。しかし、身を翻す時に涙が滲んでいるように見えて首を傾げる。
「泣かせてしまったか? 確かにこんな小娘に間違いを指摘されるのは悔しいだろうな……」
「いえいえ。あれは指摘されて嬉しかったのです。感涙ですよ」
「は? あ、ここは不備があるか……これの担当は……」
珀楽も樟嬰も、話をしながら確実に目を通している。
今度は指摘の仕方に気を付けねばと考えながらも担当を呼んだ。
「すまんな。ここの……」
「はっ! す、すぐに! すぐに書き直して参りますぅぅぅ!」
「あ、おい。あまり気を落とさず……」
「樟嬰様。あれも感動で打ち震えておりますのでご心配無用です」
「は?」
カタカタと受け取る時に手先が震えていたのだ。怒らせてしまったかと思えば違うらしい。
「なあ、よくわからないんだが?」
「「「どこですか!? ご説明させていただきます!!」」
「え、あ、いや……こっちではないから大丈夫だ……」
「「「承知しました!」」」
「……」
わからない。
全くの謎行動だ。
仕事を続けながら、珀楽が楽しそうに笑って解説してくれた。
「今までの首領でしたら、目を通さずに印を押すだけでした。わたくしが確認もしておりましたが、他に補佐もおられましたので全ては目を通せておりません。これによって、許可されてから問題が発覚して、その処理の方に追われるということが何度かありました」
大抵、印を持つ反対の手では食べ物を掴み、食べながらの手の上下運動。内容まで見ないのが当然だった。
そのため、試算が間違っていようと、書類に不備があろうとそのまま遂行されてしまい、後でおかしい事に気付く。そうなれば、進めていたものも最初からやり直しということにもなりかねない。
その上、首領は責任を取らないのだから彼らが休みもなく駆けずり回ることになっていた。
「ですが、樟嬰様は一つ一つ目を通してくださる。それも間違いを指摘してくださるのです。嬉しいに決まっていますでしょう」
「……そこまでダメな頭だったのか……よく頑張ったものだ……」
彼らはいちいち反応してくれることや、時間がかかっても目を通してくれる樟嬰に感動していたらしい。
『ココ! ココ間違ってるって教えて貰った!』
『うおっ、マジだ! マジで間違ってるぅ♪』
『スゲえっ、スゲえよ! あ、これ額に入れとこ? 部屋に飾っとこ?』
『よ~っし! 書き直しだ~!』
耳の良い樟嬰には、部署に帰った者達の声が聞こえてしまった。額に入れて飾るらしい。
「……普通、書き直しというのは嫌がるはずだろう……」
嬉々として書き直し始めるだろう彼らの様子がありありと頭に浮かんでしまった。彼らは病んでいる。
「つ、次、水路の増設案だ。持って行ってくれ。許可する」
「ありがとうございますぅぅぅ!」
「あ、ああ……できれば武官を何人か借りれるよう、安全対策案も出してくれ。それと、現場の働く者たちの声はなるべく多く聞くように頼む」
「はいぃぃぃ!!」
「……」
ルンルンと飛び跳ねながらの退室だった。そして部署に戻った彼はそれを掲げながら言うのだ。
『印貰った! その上……っ、その上に助言までいただいたぞぉぉぉっ!』
『なんだと!?』
『『『うぉぉぉっ!! やるぞぉぉぉ!!』』』
樟嬰がビクっとしたのは仕方がないだろう。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日の予定です。
よろしくお願いします◎
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樟嬰は次の日から、首領として領城で仕事をするようになった。とはいえ、樟嬰も今までのように家に知られないように出てきている。
何より、樟嬰が華月院の娘であるということは、極力知られない方が良い。住民達も、華月院の者に支配されていたという印象は強い。今はまだそこから解放されたばかりだ。不安にしてはならない。
ならば、仕事振りによって『樟嬰』という存在が華月院という嫌な印象から離れるまでは明かさずにいようと決定したのだ。それは、領官の中でも同じ。あえて言うことはしなかった。
「樟嬰様! こちらの確認をお願いします!」
領官達は元気に声を張り上げて部屋に入ってくる。
「こちらも印をお願いいたします!」
「ああ……すまんが、目を通すのに時間がかかる。今日中には終えるが、部署で待っていて……」
「ここでお待ちします!」
「……いや、他に仕事が……」
「ありません! 他のは全部済ませてきました! ここでお待ちします!」
「……」
この答えが何度も続いており、確認書類待ちの列が入室待ちの者の列とは別に廊下にできていた。
「……朶、朶輝はまだか?」
「そうですねえ。お帰りは明日の昼頃になるのではないかと」
「……そうか……珀楽、機嫌がいいな」
「もちろんでございます。領官達の気持ちも良く分かりますよ」
「……ほどほどにな?」
「はい!」
本来の補佐である朶輝は現在、王城へ出向いている。
武官など、領官を雇うならば特に許可や書類などの提出は必要ないのだが、さすがに首領は違う。とはいえ、任命式のようなものはないし、領官達の推薦状の山を持参して『この人がやりますので』と書類に印をもらっておしまいだ。
だからこそ、今まで不満があっても華月院から首領を任命することになっていた。
しかし、今回の推薦状の数は一味違う。なんせ、領官全員の推薦状なのだ。最低五人でいいところを武官も入れて三百以上。
それを笑顔の朶輝が持って行くのだ。きっと王の補佐である玉さえも仰天することだろう。言いたいのはこれだ。
『全員が同意するんだから文句ないよね?』
これを空民と呼ばれる大地の中央にいるこの国の守護者達も確認することになる。実質、この国の首領達を束ねる役目の者達だ。首領達の集う会もそこで開かれる。
彼らは次にある首領会で、樟嬰を実際に見て更に仰天することだろう。年若い上に女。王は玉が選ぶので性別は特に気にされることはない。だが、首領で女性というのは初めてだ。それも成人前の身元も明かせない少女。
気を引き締めなくてはならないなと今から覚悟している。
「ん? これは試算が違うのか? おい。これを持って来たのは……」
「私です! え? あっ、確かに違います! やり直して参ります♪」
「……頼む……」
「はい!!」
間違いを指摘されたというのに、その武官は更に元気になって帰って行った。しかし、身を翻す時に涙が滲んでいるように見えて首を傾げる。
「泣かせてしまったか? 確かにこんな小娘に間違いを指摘されるのは悔しいだろうな……」
「いえいえ。あれは指摘されて嬉しかったのです。感涙ですよ」
「は? あ、ここは不備があるか……これの担当は……」
珀楽も樟嬰も、話をしながら確実に目を通している。
今度は指摘の仕方に気を付けねばと考えながらも担当を呼んだ。
「すまんな。ここの……」
「はっ! す、すぐに! すぐに書き直して参りますぅぅぅ!」
「あ、おい。あまり気を落とさず……」
「樟嬰様。あれも感動で打ち震えておりますのでご心配無用です」
「は?」
カタカタと受け取る時に手先が震えていたのだ。怒らせてしまったかと思えば違うらしい。
「なあ、よくわからないんだが?」
「「「どこですか!? ご説明させていただきます!!」」
「え、あ、いや……こっちではないから大丈夫だ……」
「「「承知しました!」」」
「……」
わからない。
全くの謎行動だ。
仕事を続けながら、珀楽が楽しそうに笑って解説してくれた。
「今までの首領でしたら、目を通さずに印を押すだけでした。わたくしが確認もしておりましたが、他に補佐もおられましたので全ては目を通せておりません。これによって、許可されてから問題が発覚して、その処理の方に追われるということが何度かありました」
大抵、印を持つ反対の手では食べ物を掴み、食べながらの手の上下運動。内容まで見ないのが当然だった。
そのため、試算が間違っていようと、書類に不備があろうとそのまま遂行されてしまい、後でおかしい事に気付く。そうなれば、進めていたものも最初からやり直しということにもなりかねない。
その上、首領は責任を取らないのだから彼らが休みもなく駆けずり回ることになっていた。
「ですが、樟嬰様は一つ一つ目を通してくださる。それも間違いを指摘してくださるのです。嬉しいに決まっていますでしょう」
「……そこまでダメな頭だったのか……よく頑張ったものだ……」
彼らはいちいち反応してくれることや、時間がかかっても目を通してくれる樟嬰に感動していたらしい。
『ココ! ココ間違ってるって教えて貰った!』
『うおっ、マジだ! マジで間違ってるぅ♪』
『スゲえっ、スゲえよ! あ、これ額に入れとこ? 部屋に飾っとこ?』
『よ~っし! 書き直しだ~!』
耳の良い樟嬰には、部署に帰った者達の声が聞こえてしまった。額に入れて飾るらしい。
「……普通、書き直しというのは嫌がるはずだろう……」
嬉々として書き直し始めるだろう彼らの様子がありありと頭に浮かんでしまった。彼らは病んでいる。
「つ、次、水路の増設案だ。持って行ってくれ。許可する」
「ありがとうございますぅぅぅ!」
「あ、ああ……できれば武官を何人か借りれるよう、安全対策案も出してくれ。それと、現場の働く者たちの声はなるべく多く聞くように頼む」
「はいぃぃぃ!!」
「……」
ルンルンと飛び跳ねながらの退室だった。そして部署に戻った彼はそれを掲げながら言うのだ。
『印貰った! その上……っ、その上に助言までいただいたぞぉぉぉっ!』
『なんだと!?』
『『『うぉぉぉっ!! やるぞぉぉぉ!!』』』
樟嬰がビクっとしたのは仕方がないだろう。
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よろしくお願いします◎
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