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第二章
060 文官の腕の見せ所
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2019. 6. 30
**********
朶輝はこの数日で全てを終わらせるつもりで準備を整えていた。
領官でもない樟嬰にあれだけお膳立てされたのだ。本職である朶輝が失敗するわけにはいかない。
何より、樟嬰にカッコ悪い所を見せたくはなかった。
朶輝は密かに同じように上の排除を考える者達と接触し、通常業務が止まらない程度に調整しながら不正の証拠をまとめてきたのだ。
そして、捕縛には新しく入った武官達を使った。今や正義感に溢れ、親や友人達の住む町を守るのだと意気込む彼らに敵と認識された者達は、呆気なく捕らえられていく。
金をやると言われても武官達は全く聞く耳を持たなかった。正しく自らの力で稼いだお金の尊さを知っているのだ。汚れた金など見向きもしない。
全ては樟嬰の作戦だった。彼らがあのような変化を遂げるのも計算していたのだろう。
最高の駒を用意されているのだ。これで奮起しないのは文官ではない。
「朶輝様。第三班、捕縛完了です」
「部屋を制圧しました。これより査察に入ります」
「第一班、査察終わりました。裏帳簿と金庫を発見。鍵は発見出来ず、本人が持っている可能性があります。尋問許可をお願いします」
次々に入ってくる報告。それに追われながらも成果が上がっていることに皆がやる気を満たしていく。
「尋問、俺がやりますよ。得意なんで」
そう手を上げて入って来たのは、つい二日前に武官になった火澄という男だ。これに、どうしようかと一瞬迷えば、すかさず樟嬰が口を挟んだ。
「火澄なら問題ないぞ。月下楼にいた時から、そういうのは上手いと評判だった」
「樟嬰殿がそう言うのでしたら……お願いします」
「任されやした!」
「こら、火澄。もう少し言葉遣いを……」
「勘弁っすよ。お嬢~」
そう言って火澄は笑いながら逃げるように担当文官と部屋を出て行った。
「叉獅、本当にあれが将軍補佐でいいのか?」
「仕向けたお人がよく言いますね」
武官の割り振りのために樟嬰の隣で資料を睨んで頭を抱える叉獅は苦笑いを浮かべながら指摘する。
「仕方ないだろう。あれくらいしか、お前の補佐に良さそうなのがいなかったんだ。そもそも、お前がいつまでも決めないのが悪い」
「いやぁ、居ないんですよね~。難しいです」
将軍補佐の副将軍の二人。その指名を叉獅は悩んでいた。そこに、意外にも気が回ると評判の火澄を紹介したのだ。
これが気も合ったらしく、引き合わせて一日で火澄を武官に勧誘、副将軍に任命していた。
「火澄は良いですよ。腕っ節も文句ないし、何より気が利きます。会ってビビっと来ました。ああいうの、もう一人いないですかね?」
「嫁を探してるわけではないんだぞ? そこは拳で語り合って決めるものじゃないのか?」
「すごい偏見です。どこで聞いた情報ですか」「ん? 月下楼だ」
「……友情確かめ合うのとはまた違いますからね?」
「なるほど」
そんな話をしている間にも、部屋には多くの者が出入りしている。だが、誰一人として目を惹く容姿をした樟嬰に興味本位の視線は向けない。寧ろ、上司と向き合うように礼をする。
これに樟嬰は不思議そうに首を傾げる。
「なあ、叉獅。なんであいつら、私が居るのを不審に思わんのだ? 確かに朶輝の手伝いをしていたが、あまり姿は見せていないはずなんだがな……」
存在を認識されるほど、城内を我が物顔で歩いてはいなかった。寧ろ、気配を消していたほどだ。
これに叉獅は目をそらした。
「いやぁ……俺はよく知らんです」
「……そうか」
なんだか何かの企てがありそうだと察しながらも、目の前の問題を片付けることに集中する。
「朶輝、こっちの裏帳簿と帳簿の照会終わったぞ」
「はい。では、現物の照会に……残っている第一班の方でお願いします」
「なら二人護衛に回して……おい、四班から二人頼む」
そうして、急速に捕縛は進んでいった。
しかし、しばらくして、思わぬ報告が飛び込んでくる。
「大変です! 首領と補佐が領外へ逃げました!」
「は?」
てっきり、生家である華月院に逃げ込むと思っていた首領は、まさかの領外逃亡を図ったのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日の予定です。
よろしくお願いします◎
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朶輝はこの数日で全てを終わらせるつもりで準備を整えていた。
領官でもない樟嬰にあれだけお膳立てされたのだ。本職である朶輝が失敗するわけにはいかない。
何より、樟嬰にカッコ悪い所を見せたくはなかった。
朶輝は密かに同じように上の排除を考える者達と接触し、通常業務が止まらない程度に調整しながら不正の証拠をまとめてきたのだ。
そして、捕縛には新しく入った武官達を使った。今や正義感に溢れ、親や友人達の住む町を守るのだと意気込む彼らに敵と認識された者達は、呆気なく捕らえられていく。
金をやると言われても武官達は全く聞く耳を持たなかった。正しく自らの力で稼いだお金の尊さを知っているのだ。汚れた金など見向きもしない。
全ては樟嬰の作戦だった。彼らがあのような変化を遂げるのも計算していたのだろう。
最高の駒を用意されているのだ。これで奮起しないのは文官ではない。
「朶輝様。第三班、捕縛完了です」
「部屋を制圧しました。これより査察に入ります」
「第一班、査察終わりました。裏帳簿と金庫を発見。鍵は発見出来ず、本人が持っている可能性があります。尋問許可をお願いします」
次々に入ってくる報告。それに追われながらも成果が上がっていることに皆がやる気を満たしていく。
「尋問、俺がやりますよ。得意なんで」
そう手を上げて入って来たのは、つい二日前に武官になった火澄という男だ。これに、どうしようかと一瞬迷えば、すかさず樟嬰が口を挟んだ。
「火澄なら問題ないぞ。月下楼にいた時から、そういうのは上手いと評判だった」
「樟嬰殿がそう言うのでしたら……お願いします」
「任されやした!」
「こら、火澄。もう少し言葉遣いを……」
「勘弁っすよ。お嬢~」
そう言って火澄は笑いながら逃げるように担当文官と部屋を出て行った。
「叉獅、本当にあれが将軍補佐でいいのか?」
「仕向けたお人がよく言いますね」
武官の割り振りのために樟嬰の隣で資料を睨んで頭を抱える叉獅は苦笑いを浮かべながら指摘する。
「仕方ないだろう。あれくらいしか、お前の補佐に良さそうなのがいなかったんだ。そもそも、お前がいつまでも決めないのが悪い」
「いやぁ、居ないんですよね~。難しいです」
将軍補佐の副将軍の二人。その指名を叉獅は悩んでいた。そこに、意外にも気が回ると評判の火澄を紹介したのだ。
これが気も合ったらしく、引き合わせて一日で火澄を武官に勧誘、副将軍に任命していた。
「火澄は良いですよ。腕っ節も文句ないし、何より気が利きます。会ってビビっと来ました。ああいうの、もう一人いないですかね?」
「嫁を探してるわけではないんだぞ? そこは拳で語り合って決めるものじゃないのか?」
「すごい偏見です。どこで聞いた情報ですか」「ん? 月下楼だ」
「……友情確かめ合うのとはまた違いますからね?」
「なるほど」
そんな話をしている間にも、部屋には多くの者が出入りしている。だが、誰一人として目を惹く容姿をした樟嬰に興味本位の視線は向けない。寧ろ、上司と向き合うように礼をする。
これに樟嬰は不思議そうに首を傾げる。
「なあ、叉獅。なんであいつら、私が居るのを不審に思わんのだ? 確かに朶輝の手伝いをしていたが、あまり姿は見せていないはずなんだがな……」
存在を認識されるほど、城内を我が物顔で歩いてはいなかった。寧ろ、気配を消していたほどだ。
これに叉獅は目をそらした。
「いやぁ……俺はよく知らんです」
「……そうか」
なんだか何かの企てがありそうだと察しながらも、目の前の問題を片付けることに集中する。
「朶輝、こっちの裏帳簿と帳簿の照会終わったぞ」
「はい。では、現物の照会に……残っている第一班の方でお願いします」
「なら二人護衛に回して……おい、四班から二人頼む」
そうして、急速に捕縛は進んでいった。
しかし、しばらくして、思わぬ報告が飛び込んでくる。
「大変です! 首領と補佐が領外へ逃げました!」
「は?」
てっきり、生家である華月院に逃げ込むと思っていた首領は、まさかの領外逃亡を図ったのだった。
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