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第二章

056 対応はしています

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樟嬰は約束の時間よりかなり早く、門まで来て城壁の上から様子を見ていた。

「これなら予想の範囲内ではあるな」

こちらに向けて集まりつつあるその気配を感じ取りながら、樟嬰は考える。

妖魔退治に慣れてきた新兵達の心配はそれほどしていない。だが、今回は今までよりも格段に相手の数が多い。

「叉獅なら指揮も問題ないと思うが……」

その呟きを拾う者がいた。

「そこまで期待されても困るんですがねえ」

現れたのは、叉獅だ。挨拶回りをした時と変わらない出で立ち。立派な将軍様だ。

「これはあいつらのというより、俺の初陣ですか」
「まあ、そうなるかもな。いや、正規軍としての初陣だな」

新兵達は、一匹ずつしか妖魔を相手にしていない。軍として、集団としての戦闘は初めてになる。

戦い方や場の空気も全く違うだろう。それに戸惑い瓦解すれば、全滅もあり得る。

「集団戦闘はいかに士気を落とさず、与えられた場を守れるかが重要だ。周りを見るのは指揮官の役目。必要のない判断をしないように集中させろよ」
「……難し過ぎるでしょう……俺は素人ですよ」
「数人は率いたことがあるだろう? そう大した違いはない。一番重要な部分の確認はできたしな」

樟嬰はくくっと笑いながら振り返る。

「重要な部分?」
「そこはまあ……終わった後にでもあいつらから聞けるだろう」
「はあ……それより、ここは華月院が出て来るのではないですか? お膝元でしょう」

妖魔の大規模な侵攻があれば、対応するのは華月院の特別な部隊。それが出てきてもおかしくない規模の予感があるのだ。叉獅は訝しむ。

「知っているものが少ないから仕方がないが、華月院が対応するのは大規模な侵攻を『起こした』時だ。今回のは確かに規模は大きいが、アレらが対応するものではない」
「……どういうことで?」

違いが分からないのは当たり前だ。これは秘匿されているのだから。

「華月院がやることは、叉獅でも知っているように、大きなものだ。だが、それが起きるのはこの辺りだけだと気付いているか?」
「っ……確かに、王都の方での作戦は聞いたことがない……ですけど、あの辺りは王軍の管轄ですし、中央はまた別でしょう」

華月院の管轄はこの辺りと決まっているようなものだ。だが、本来は違う。

「華月院の役割はこの国全ての守護だ。本来ならば、遠かろうが王都まで出向いて妖魔退治をするべきものでな……まあ、現状に王都も不満を持ってはいないし、持たせていないから問題にはならんが」

こっちまで出向けと言われれば、するべきなのだ。ただ、それを言われないことをいいことに、現状を維持している。

「重要なのは、華月院の本来の役割を半分もしていないのに、なぜ問題にならないかということだ。言っておくが、間違いなく王都にいる玉ならば華月院の役割を正しく知っているはずだぞ」
「玉……王の補佐でしたか……それが知っていても文句を言わない……いや、言われない方法を取っている?」

叉獅が思い当たった答えに、樟嬰は満足気に頷く。

「正解だ。『華月院は大きな妖魔の侵攻に対応する』と認識されている。まあ、大小は人の感覚にもよるが、それでも文句が出ない。『大きい』といえるものに、間違いなく対応しているからだ」

華月院が出てきたのだから大きな侵攻だったと認識されるのではなく、確かに大きな、数の多い侵攻だったと誰もが認める数を退治している。

「それも定期的にな」
「っ……まさか、大きなものになるようにしている……?」
「そう。やつらは、大規模なものにして出撃する。定期的にな」
「……では、自然発生した場合は……」
「対応しない。いや、できないといった方が良いか。元々、そうなった理由は華月院当主の持つ特殊な力による」
「確か、浄化する力だと……」
「そうだ」

それは、民間にも広く知られた奇跡の力。だからこそ、華月院は王に次いで重要視されているのだ。

「あの力は簡単にホイホイ使えるようなものじゃない。当主の命さえ削るからな」
「っ……た、確か現在の当主はまだ……」
「幼いな。だからこそ、回数はこなせない」
「……」

全土まで面倒を見られない理由はこれもあるのだ。

「だが、役目は役目だ。だから、やつらはまとめて大きな侵攻にして出撃する」
「集める……のですか」
「今は当主のこともあってそれほど大規模にはならんよ。寧ろ、今回の方が大きいぞ」
「っ!?」

叉獅は、樟嬰が先ほどから目を向けている方へと弾かれたように視線を投げた。

「自然発生したにしては大きい方だ。報告だとお前たちが復興させた村を壊滅させた時と同じくらいだな。村の一つ二つは簡単に潰す」
「こ、ここに来るまでにある村々は!?」
「心配するな。避難指示は出してある。新兵以外の残っていた兵を向かわせたからな」

避難誘導くらいはできるようにこちらも指導済みだったのだ。

「だからこそ、ここまで来てしまうということでもある。あれくらいの規模ならば、村を三つほど犠牲にすれば自然解散するんだ。破壊、殺戮衝動というのか、それが溜まるとああして集団になるという習性があってな」
「……そ、そんな習性が……」
「あまり知られてはおらんな。避難が上手く行ったという証拠だろう」

その時、カンカンと言う音が激しく響いてきた。

「警報がきたな。さて、戦闘準備だ」
「はい!」

叉獅としては、どうして樟嬰がこれほどまでに華月院の事情にも詳しいのか知りたかったが、今はと意識を切り替えていた。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、30日の予定です。
よろしくお願いします◎
2019. 5. 20
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