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第二章
049 助けられて
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2019. 3. 10
遅くなりました。
**********
町を囲む頑強な壁。町と町の間にある大地は妖魔達の土地だ。
この国は瘴気が湧くと聞く下層へと近付いていっている。今は降下してはいないが、それでも本来の場所よりは半分以上下にあった。
二百年くらい前からだろうか。次第に妖魔が増えてきた。それは瘴気から生まれるという、凶暴な獣達だ。
領軍は、その領に住まう民達を守ることが使命。暴漢を取り押さえることもそうだが、この妖魔達と戦うことも仕事の一つなのだ。
妖魔の数が増える昨今では、人々の諍いを仲裁することよりも、妖魔から門を守ることの方が重要だった。
「っ、くそっ、この辺りは妖魔が多いなっ」
葉月領の手前。一人の青年が、長い槍を振り回し、妖魔と戦っていた。
「ひぃっ」
「おいっ、そっから動くなよっ」
「はっ、はいぃぃぃっ」
青年は、この領の二つ向こうから行商人の護衛として雇われていた。しかし、妖魔の数もさることながら、一緒に護衛をしていたメンバーがつい先ほど、妖魔の群れに恐れをなして逃げ出してしまったのだ。
それも、商人の荷物をいくつか持って逃げた。
「あいつらっ、最初っから盗む気だったなっ」
狙っていたとしか思えないタイミングと持ち出しの手際。
怒りよりも先に感心してしまった自分がいた。
「はあっ!!」
《ギャギャッ》
腕には自信があった。だが、十体以上の妖魔を相手に誰かを守りながらというのはかなり厳しい状況だ。
これまで一人で旅をしてきたため、こういった状況は経験不足だった。
「セヤッ」
《グギャァ》
「っ、はあっ、はあっ……っ」
息も切れてきた。本格的に不味い。
「あっ、危ないっ!」
「くっ!」
商人が思わず叫んで尻餅をつく。何とか大怪我は免れたが、その時、右肩を妖魔の鋭い爪が撫でていった。これでは満足に槍が振るえない。
「っ……」
完全に腰を抜かしている商人に逃げろと言ったところで逃げられない。あとどこまで耐えられるか。倒しきれるかと必死で考える。
この場所から門は見える。だが、領軍が助けに出てくる様子はない。
どの領も軍は壁の中に閉じこもり、ほとんど外には出てこないのだ。
「ちっ、腰抜けどもがっ」
頼ってはならない。そう思ってはいても、見えているのにと思わずにはおれない。その時だった。
「手伝おう」
「え……」
唐突に妖魔が吹っ飛んで行った。
見えたのは、銀の煌めき。長剣にしては短く見えた。その後もひょいひょいと妖魔が右に左にと吹っ飛んでいく。
どの妖魔も一撃だった。
「これで最後だな」
《ギャッ……ッ》
「……」
「あとは焼却処理でいいか。まったく、食料にもならんとは、害虫以下だな」
銀の鉄扇を振り回していた小さな少女が目の前にいた。その少女は愚痴をこぼすとあっさり倒れている妖魔を燃やしてしまう。
その力は凄まじく、そして、美しかった。
「さてと、怪我を見せろ」
「あ……いや……」
近付いてきた少女を見て、本当に小さいと思っていた。胸までもないのだ。年齢は十二・三歳だろうかと推測する。
「む、ちょっと背が高いな。屈め。それでは怪我が見えんではないかっ」
「あ、すんません……」
なんだか逆らえない感じがした。
謝りながら身を屈め、膝をつく。少女は水で流し、何か薬を塗って布で縛ってくれた。
「これで大丈夫だろう。一日したらまた貼り直してやるからな」
「……ありがとう……」
「気にするな。礼はちゃんといただく」
「……へ?」
言われた意味が分からず呆然としていると、少女は後ろで気絶していた商人の様子を見ていた。
「こっちはしばらく起きんな。馬車は……車軸も問題なさそうだし、走るか……よしっ」
少女がピュイっと指笛を吹くと、逃げたはずの馬がトコトコと駆けてきた。
「よしよし。怖かったか。もう大丈夫だからな」
《ブルル》
「……」
馬を馬車につなぎ直した少女は商人を乗せるように声をかけてきた。
「葉月の領門はすぐこそだ。日が落ちる前に行くぞ」
「あ、ああ……」
一体どこの誰なんだとか、そういう疑問はしたくても口にできなかった。
御者席に座り、その隣に当然のように少女が乗った。
無事に領門をくぐった後、そのまま少女が案内する方角へ向かう。そこは、花街だった。
「知り合いの店だ。宿屋ではないが、泊めてもらうといい」
ありがたい申し出だ。商人は未だ目を覚まさないし、どの宿がいいかなんてのも良くわからない。下手な宿を取って商人に負担をかけるのも問題だ。
店はとても立派だった。もしや、彼女はこの花街の子どもだろうかと考える。美しく、可愛わしい顔立ち。きっとあと数年もすれば、誰もが目を止めるほどの芸妓になるだろう。
そんなことを考えていると、少女は門番として立っていた屈強な男へ声をかける。
「門の外で拾った。宿のあてがないようだから連れてきた。緑林殿に伝えてくれ。私はそろそろ帰らねばならん」
「わかりやした! あ、樟嬰様っ。送りますよ!」
「いらん。その客人を頼んだぞ」
「はい!」
「えっ、ちょっ」
「またな」
そう言って、少女はそのまま去って行った。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、20日の予定です。
よろしくお願いします◎
遅くなりました。
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町を囲む頑強な壁。町と町の間にある大地は妖魔達の土地だ。
この国は瘴気が湧くと聞く下層へと近付いていっている。今は降下してはいないが、それでも本来の場所よりは半分以上下にあった。
二百年くらい前からだろうか。次第に妖魔が増えてきた。それは瘴気から生まれるという、凶暴な獣達だ。
領軍は、その領に住まう民達を守ることが使命。暴漢を取り押さえることもそうだが、この妖魔達と戦うことも仕事の一つなのだ。
妖魔の数が増える昨今では、人々の諍いを仲裁することよりも、妖魔から門を守ることの方が重要だった。
「っ、くそっ、この辺りは妖魔が多いなっ」
葉月領の手前。一人の青年が、長い槍を振り回し、妖魔と戦っていた。
「ひぃっ」
「おいっ、そっから動くなよっ」
「はっ、はいぃぃぃっ」
青年は、この領の二つ向こうから行商人の護衛として雇われていた。しかし、妖魔の数もさることながら、一緒に護衛をしていたメンバーがつい先ほど、妖魔の群れに恐れをなして逃げ出してしまったのだ。
それも、商人の荷物をいくつか持って逃げた。
「あいつらっ、最初っから盗む気だったなっ」
狙っていたとしか思えないタイミングと持ち出しの手際。
怒りよりも先に感心してしまった自分がいた。
「はあっ!!」
《ギャギャッ》
腕には自信があった。だが、十体以上の妖魔を相手に誰かを守りながらというのはかなり厳しい状況だ。
これまで一人で旅をしてきたため、こういった状況は経験不足だった。
「セヤッ」
《グギャァ》
「っ、はあっ、はあっ……っ」
息も切れてきた。本格的に不味い。
「あっ、危ないっ!」
「くっ!」
商人が思わず叫んで尻餅をつく。何とか大怪我は免れたが、その時、右肩を妖魔の鋭い爪が撫でていった。これでは満足に槍が振るえない。
「っ……」
完全に腰を抜かしている商人に逃げろと言ったところで逃げられない。あとどこまで耐えられるか。倒しきれるかと必死で考える。
この場所から門は見える。だが、領軍が助けに出てくる様子はない。
どの領も軍は壁の中に閉じこもり、ほとんど外には出てこないのだ。
「ちっ、腰抜けどもがっ」
頼ってはならない。そう思ってはいても、見えているのにと思わずにはおれない。その時だった。
「手伝おう」
「え……」
唐突に妖魔が吹っ飛んで行った。
見えたのは、銀の煌めき。長剣にしては短く見えた。その後もひょいひょいと妖魔が右に左にと吹っ飛んでいく。
どの妖魔も一撃だった。
「これで最後だな」
《ギャッ……ッ》
「……」
「あとは焼却処理でいいか。まったく、食料にもならんとは、害虫以下だな」
銀の鉄扇を振り回していた小さな少女が目の前にいた。その少女は愚痴をこぼすとあっさり倒れている妖魔を燃やしてしまう。
その力は凄まじく、そして、美しかった。
「さてと、怪我を見せろ」
「あ……いや……」
近付いてきた少女を見て、本当に小さいと思っていた。胸までもないのだ。年齢は十二・三歳だろうかと推測する。
「む、ちょっと背が高いな。屈め。それでは怪我が見えんではないかっ」
「あ、すんません……」
なんだか逆らえない感じがした。
謝りながら身を屈め、膝をつく。少女は水で流し、何か薬を塗って布で縛ってくれた。
「これで大丈夫だろう。一日したらまた貼り直してやるからな」
「……ありがとう……」
「気にするな。礼はちゃんといただく」
「……へ?」
言われた意味が分からず呆然としていると、少女は後ろで気絶していた商人の様子を見ていた。
「こっちはしばらく起きんな。馬車は……車軸も問題なさそうだし、走るか……よしっ」
少女がピュイっと指笛を吹くと、逃げたはずの馬がトコトコと駆けてきた。
「よしよし。怖かったか。もう大丈夫だからな」
《ブルル》
「……」
馬を馬車につなぎ直した少女は商人を乗せるように声をかけてきた。
「葉月の領門はすぐこそだ。日が落ちる前に行くぞ」
「あ、ああ……」
一体どこの誰なんだとか、そういう疑問はしたくても口にできなかった。
御者席に座り、その隣に当然のように少女が乗った。
無事に領門をくぐった後、そのまま少女が案内する方角へ向かう。そこは、花街だった。
「知り合いの店だ。宿屋ではないが、泊めてもらうといい」
ありがたい申し出だ。商人は未だ目を覚まさないし、どの宿がいいかなんてのも良くわからない。下手な宿を取って商人に負担をかけるのも問題だ。
店はとても立派だった。もしや、彼女はこの花街の子どもだろうかと考える。美しく、可愛わしい顔立ち。きっとあと数年もすれば、誰もが目を止めるほどの芸妓になるだろう。
そんなことを考えていると、少女は門番として立っていた屈強な男へ声をかける。
「門の外で拾った。宿のあてがないようだから連れてきた。緑林殿に伝えてくれ。私はそろそろ帰らねばならん」
「わかりやした! あ、樟嬰様っ。送りますよ!」
「いらん。その客人を頼んだぞ」
「はい!」
「えっ、ちょっ」
「またな」
そう言って、少女はそのまま去って行った。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、20日の予定です。
よろしくお願いします◎
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