48 / 85
第二章
048 妖か幽霊か
しおりを挟む
2019. 2. 20
**********
朶輝の執務室に、少女が住み着いていると噂になるまでには、それほど時間はかからなかった。
「なあなあ、なんでか私が妖か幽霊かと賭けで盛り上がっているようなのだが」
「嬉しそうですね……」
樟嬰はここ数日、領城内を歩き回っているのだが、誰一人その姿を近くで見た者はいないという。
声も聞いたこともなく、いつの間にか書類が届けられており、消えている。
妖か幽霊かと言われるのも不思議ではなかった。
「あ、こっちの情報は確定だった。それと備蓄庫どころか、武器庫もカランとしていたのだが、あれはいいのか?」
樟嬰は時に気配を断ち、様々な情報を入手していた。入出金の裏を取り、帳簿に間違いがないかをチェックしていく。
はっきり言って、驚くほど優秀だ。
そして、今回もとんでもないことを調べてきていた。
「……は?」
「いや、気になってそっちの帳簿も覗いて来たんだ。そうしたら、半分以上を売り払っているようでな。まあ、武官が少なくなっているから良いかとも思わなくもないが、これで領軍って機能しているのか?」
「……」
まさかと朶輝は真っ青になった。そして、そのまま部屋を飛び出し、軍部へ押し入った。
そこは、とても閑散としていた。
「な、なに……」
訓練場はほとんど使われた形跡がなく、武官達は出払っていた。
後から来た樟嬰がいくつかの書類を見ながら説明する。
「城に常駐させるだけの人数はもういないようだな。辛うじて、領の境界の門に小隊が一つと、町の見回りに数人がいるだけだ。将軍どころか、隊長格も昨年で辞めている。町から入ってきた噂によると『葉月領は華月院が守るから必要ない』と言われたそうだ」
「い、亥頂将軍も……」
「別の領に移ったらしいな。簡単に言うと、この領は見捨てられたらしい」
「っ……!」
忙しいさにかまけて、こちらにまで目が届かなかった。まさかそんなことになっているなど誰が予想できるだろう。
「いくら華月院の部隊があっても、領を守るべき領軍がいなくてどうするつもりなんだっ!」
「それ、あのブタに言ってみるか? 鼻息を吹っかけられて終わりだぞ」
「くっ……」
樟嬰の予想は正しい。全く聞く耳など持たないだろう。いつものように邪険にされて終わりだ。
「珀楽様はこのこと……」
あの人は知っているのだろうか。この領城で、最も仕事をしているあの人は。
「珀楽は、なんとか領を内側から崩れんようにするので必死だ。軍部までは手が回らんさ」
「どうすれば……っ」
自分に力がないのが悔しい。
そんな朶輝の想いを見透かしたように、樟嬰が笑っていた。
「全部お前一人でやろうとするな。もっと頼れ」
「ですがっ……」
言われて考えて、なぜ自分はこんなにも年下の少女に叱責されているのかと困惑した。情けない。そう思って目を向けると、そこでは不敵に笑う少女の姿がある。
「軍部の再編は任せろ。なあに、もし今領軍が出なくてはならない事態になっても、私一人で十分だ。守ってやるから安心しろ」
「っ……」
冗談だろうか。そう思うけれど、樟嬰の見せる自信に満ちた様子に本気だというのがわかった。
「私の実力は知っているだろう? ちゃんと指導もしてやるさ」
「……」
それはそれで心配だというのは口にしないでおいた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日の予定です。
よろしくお願いします◎
**********
朶輝の執務室に、少女が住み着いていると噂になるまでには、それほど時間はかからなかった。
「なあなあ、なんでか私が妖か幽霊かと賭けで盛り上がっているようなのだが」
「嬉しそうですね……」
樟嬰はここ数日、領城内を歩き回っているのだが、誰一人その姿を近くで見た者はいないという。
声も聞いたこともなく、いつの間にか書類が届けられており、消えている。
妖か幽霊かと言われるのも不思議ではなかった。
「あ、こっちの情報は確定だった。それと備蓄庫どころか、武器庫もカランとしていたのだが、あれはいいのか?」
樟嬰は時に気配を断ち、様々な情報を入手していた。入出金の裏を取り、帳簿に間違いがないかをチェックしていく。
はっきり言って、驚くほど優秀だ。
そして、今回もとんでもないことを調べてきていた。
「……は?」
「いや、気になってそっちの帳簿も覗いて来たんだ。そうしたら、半分以上を売り払っているようでな。まあ、武官が少なくなっているから良いかとも思わなくもないが、これで領軍って機能しているのか?」
「……」
まさかと朶輝は真っ青になった。そして、そのまま部屋を飛び出し、軍部へ押し入った。
そこは、とても閑散としていた。
「な、なに……」
訓練場はほとんど使われた形跡がなく、武官達は出払っていた。
後から来た樟嬰がいくつかの書類を見ながら説明する。
「城に常駐させるだけの人数はもういないようだな。辛うじて、領の境界の門に小隊が一つと、町の見回りに数人がいるだけだ。将軍どころか、隊長格も昨年で辞めている。町から入ってきた噂によると『葉月領は華月院が守るから必要ない』と言われたそうだ」
「い、亥頂将軍も……」
「別の領に移ったらしいな。簡単に言うと、この領は見捨てられたらしい」
「っ……!」
忙しいさにかまけて、こちらにまで目が届かなかった。まさかそんなことになっているなど誰が予想できるだろう。
「いくら華月院の部隊があっても、領を守るべき領軍がいなくてどうするつもりなんだっ!」
「それ、あのブタに言ってみるか? 鼻息を吹っかけられて終わりだぞ」
「くっ……」
樟嬰の予想は正しい。全く聞く耳など持たないだろう。いつものように邪険にされて終わりだ。
「珀楽様はこのこと……」
あの人は知っているのだろうか。この領城で、最も仕事をしているあの人は。
「珀楽は、なんとか領を内側から崩れんようにするので必死だ。軍部までは手が回らんさ」
「どうすれば……っ」
自分に力がないのが悔しい。
そんな朶輝の想いを見透かしたように、樟嬰が笑っていた。
「全部お前一人でやろうとするな。もっと頼れ」
「ですがっ……」
言われて考えて、なぜ自分はこんなにも年下の少女に叱責されているのかと困惑した。情けない。そう思って目を向けると、そこでは不敵に笑う少女の姿がある。
「軍部の再編は任せろ。なあに、もし今領軍が出なくてはならない事態になっても、私一人で十分だ。守ってやるから安心しろ」
「っ……」
冗談だろうか。そう思うけれど、樟嬰の見せる自信に満ちた様子に本気だというのがわかった。
「私の実力は知っているだろう? ちゃんと指導もしてやるさ」
「……」
それはそれで心配だというのは口にしないでおいた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日の予定です。
よろしくお願いします◎
2
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。


『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる