煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

036 立ち昇る希望の焔

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2018. 11. 12

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箕夜は、綺麗に手入れされた庭園をゆっくりと歩く。もう長いことここに足を踏み入れなかった。

思い出すのは、沙稀と樟嬰がここで遊んでいた姿だ。無邪気に手を振る沙稀に、驚いて逃げるように屋敷の中へと駆けた。

『あの子は、私よりも聡い子です』

樟嬰の言葉が蘇る。

愛していた。

樟嬰しか愛さないと決めていた自分が、どうしても目で追ってしまう子だった。望んで産んだ子ではなかった。向けられる想いに気付いていても、頑なに否定するしかできなかった。

自分の子だと言えるのは樟嬰だけ。あの人との子どもだけだと言い聞かせてきたから。

けれど心が言う事をきかなかった。気付いていた。気付いていたのだ。

箕夜は、涙の溢れ出した顔を覆って立ち尽くした。

「ごめんなさいっ……っ、ごめっ……沙稀っ……ッ」

一度も抱きしめてやる事ができなかった。逝ってしまった愛しい子ども。今更遅過ぎると、後悔だけが募っていた。

「あの子は幸せだったよ」

突然後ろからかけられた声に驚く。

こんな事はありえない。二度と会う事はないと覚悟していた。

ゆっくりと振り向けば、そこには昔と少しも変わらぬ精悍な男が立っていた。

「久しぶりだな……箕夜……」
「……檣様……っ」

檣は、そっと箕夜の涙に濡れた頬を両手で包み込む。

「お前は、私が居ない時は泣かないんじゃなかったのか」
「……っ……檣様っ……檣様っ」

更に涙を溢れさせ、檣の衣を両手できつく掴む。まるで迷子の子どもが、ようやく見つけた母に泣き縋るように。

「すまなかったな、側に居てやれなくて」
「っいいえっ……いいえっ……っ」

会えるなんて思わなかった。

二度と会う事などないのだと思って別れたのだから。

「でもっ、なぜ……」
「瘴気で濁っていたこの大地を、樟嬰と朔兎という青年が浄めた。ここに地霊と地民の加護が戻った。神族である私は、瘴気に弱い。あてられれば、命さえも危うくなる。本来、この華月院のある場所は、最も清い土地なのだ。こうして私が、ノコノコと散歩に出て来てしまうくらいにな」

檣は、箕夜に笑顔を向けた。

「……では、一緒にお散歩しましょう。これからは毎日でも……」
「そうだな」

そうして涙を拭った箕夜も、檣に笑顔を向け、二人手を繋いで、出会った頃と変わらぬ美しい庭園を、歩いて行った。

◆  ◆  ◆

「あの庭園、兄様が手入れしたんでしょう」
「何の事だ」
「三妃から、療養中によく抜け出して庭園の手入れをしている兄様を見かけたと聞きました。
どういった風のふきまわしですか」

屋敷の一番高い屋根の上。庭園も、街も一望できる場所。

ひなたぼっこでもするようにゆったりと特等席に腰を下ろした柳は、笑みを浮かべているようだ。

その隣にそっと腰を下ろし、仲良く手を繋いで美しい庭園を歩く父母を見る。

「なぜ兄様は、瘴気のある地上にわざわざ出てきていたのです。他の兄様や姉様は、何も言わないから、柳兄様が地上にいるなんて知りませんでした。その上、まさか同じ屋敷内に……」

降下し続ける瘴気の渦巻くこの時に、純粋な神族である柳には、地上に出るなど自殺行為としか言いようのない行動だ。

「桂薔には話した事なかったな。俺は……待ってるんだ。お前と同じ……弟を待つお前と同じだよ」
「……誰かを待っているのですか……人を……そういえば、兄様は人族が好きだと以前おっしゃっていましたね」
「あぁ、知っているか、桂薔。この国にあるべき魂は決まっているんだ。だから、この国で死んだ者は、必ずこの国に帰ってくる。感じるんだ……少し前から、あいつが帰ってきてるのを……」
「では、その方を探していたのですか」
「いや、俺は探さない。それが死に際のあいつが約束させた事だ。あいつが俺を見つけて帰ってくる。だから、せめて地上には出ていてやろうと思ってな……」

遥か彼方を見つめる瞳。その姿は、長い時を生きる者ゆえの寂しさが見えた。

「待ち続けるのも悪くない。けど、会えるなら、それはそれで我慢するもんでもない」

父母を見る柳の瞳は優しい。

「兄様は優しい。母上が父上に会いたがっているとは思いませんでした。私はずっと、母上は父上にさえ何の感情も抱いてはいない人だと思っていましたから。父上も、決して私の前で母上の話をしませんでしたし……」

兄や姉達も母親の話は出したことがほとんどなかった。だから気にも止めていなかったのだ。

樟嬰は知らない。箕夜は正しく檣の妻であることを。死して生まれ変わった兄姉達の母。それが箕夜だ。

柳はそんな父母を羨ましそうに見つめていた。再び出会う奇跡を前にして、その可能性の尊さを噛み締めているのだ。

「あの二人を見てみろ。普段の父上なら、ここにこうして俺達が居る事に気付くだろうが、あれは全く気付いていないぞ。大姫も、まるで年若い娘のようだ」
「……そうですね」

同意を示し、二人を見つめる。しばらく静かに見守っていると、柳がゆっくりと腰を上げた。

「さて、俺は一度下に戻る。お前はここに居ろ。もうすぐ良いものが見られるぞ」

ニヤリと笑った柳の顔は、少年のように無邪気に見えた。

◆  ◆  ◆

『毎回、これは突然で、何よりも美しいものなんだ』

そう告げて去っていった柳を見送り、陽光と風の心地良さを満喫すべく、紅炎を召喚し、その毛並みに埋もれながら久しぶりに晴れ渡った空を見上げる。

その時、ふと後ろから気配を感じて身を起こすと、朔兎がこちらに向かって来ていた。

「ここにいらしたのですか。朶輝殿が呼んでいますよ」
「構わない。こんな良い天気に、執務室なんかに監禁されてたまるか」
「……気が済んだら、早く下りて来てください」

そのまま去っていこうとする朔兎に違和感を感じて振り向く。

「何か機嫌悪くないか? 言いたい事でもあるなら言えよ?」

立ち止まった朔兎は、明らかに何かを堪えるように見えた。

「こっちに来い」

これに素直に従い、紅炎を隔てて隣に座った。何か言い出すのを、じっくりと待つ。

「……石を……」
「ん……石?」

樟嬰は、朔兎が何を言いたいのか、察しがついたが、あえて気づかぬ振りをする。

しばらく待つと、意を決したように口を開いた。

「何ゆえ月影達に緋炎石をお渡しになったのですか」
「お前には青影桔石をやっただろ。私に仕える誓いを立てると言うから、面倒でな。心からの言葉だと感じたから、信頼するぞという意味で渡した。誓約は、お前とだけで十分だ」

不満そうな顔を消す事はなく、何かを考えるように遠くを見ている朔兎が小さな子どものように思えて笑みを零す。

「お前には、とっておきをやるつもりだからな」
「っ、とっておき……それは……っ」

口を開こうとした樟嬰は、今までに感じた事のない沸き立つ何かを感じて、反射的に町の方を見た。正確には町ではなく国の側壁を。

同じようにそちらへ目を向けた朔兎が驚愕の声を上げる。

「っ、あれはっ……ッ」

壁からせり上がったように、美しく煌めく紅い光が立ち上っていた。

「これが煌焔コウエンか」
「コウエン……」
「国が上昇する時、外界からの守りとなる浄化の炎だ。妖魔は侵入する事ができない。煌めく焔。煌焔コウエンだ」
「では、上昇しているのですね国が……」
「あぁ。美しいな……」
「はい……ところで、とっておきとは何ですか?」

ものすごく気になっていた様子に、穏やかに笑いながら答えた。

「私の真名をお前に……」

ただ一人にしか預ける事ができない、神族としての真名を教えよう。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、また明日です。
よろしくお願いします◎
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