煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

022 天とはなにか

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2018. 10. 23

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湯呑みを手にしながら、世間話でもするように樟嬰は突然切り出した。

「……それは……あの愚王が反乱を起こした民衆を処刑しようとしたからだったんじゃ……他になにが……」

叉獅は王を憎んでいる。王であるにも関わらず、なんの責任も果たそうとしない愚王など、いらないと思っているのだ。

「う~ん。僕の方にも、それ以外で思い当たる事はないですよ? 民衆が乱を起こした原因だって、うちの領の四倍の税率で、天候の関係で、すっごい不作だったのにも関わらず、きっちり領官を使って徴収させたって……そりゃぁ温厚な民でも切れますよ。生死に関わるんですから。王の愚行に、天がお怒りなんです」

嘩羅はいっそ王をバカにするように鼻で笑った。

「そんじゃぁ、そんな王様を選んだ玉が悪いんじゃないのか?」

叉翰が冷静に判断する。

これに、朶輝が不思議そうに樟嬰を見て答える。

「私は、今出た三人それぞれの要因全てだと思っておりましたが、違うのですか?」
「違うとは言いきれない。ただ、そもそも天が判断する事にズレが生じている」
「天の理が間違っていると? わたしは、信心深い方ではないですが、天が行いを見ておられるからこそ、確かな警告として降下という事象が起こるのではないのですか?」

そうだ。天を信じていてもいなくても、確かな事象として降下がある。瘴気や妖魔達が増え、多くの者が倒れていくのは、明らかなことだ。

その天の判断が必ずしも正しいのかという事に疑問を抱いても、判断する事柄が何なのかを疑問に思った事もない。

天は存在し、絶対的に超越したものなのだと思っている。それが、そもそもの間違いだ。

「お前達だけではなく、全ての人は常識として、事柄はともあれ、天が罰として降下、国を滅亡させると思っているんだろう。だが、良く考えてもみろ。この手の常識は、人が創り上げたものだ。より良く生きる為であったり、他人への配慮からであったり……または、自身の身を守る為であったりする。そんな人の決めた理に、天は納まりはしない。そもそも、天とは何だ。考えた事はあるか?」

皆一様に黙り込んでしまった。

それぞれの中で、世界が形を変えようとしていた。

天とは何かと問われれば、それは絶対の存在だと答える。

どんなものだと問われれば、人々の行いを見て、間違いを犯せば、罰を与えるものだと答えるだろう。

それほど根付いた常識が、今崩れ去ろうとしている。平静でいられるはずがない。青い顔で俯き考えていく。

◆  ◇  ◆

「そう悩む程の事はない。ただ、『天』と呼ばれる国を滅ぼせる程の力を持った者達が、存在していると言うだけの事だ」
「……そのような事……簡単に受け入れられるものではありません……」
「この世界に生きる者が、他にもいるというだけだろう。種族が違うだけで、この世界で生きようとする意志を持った生き物だ。人と違うとしたら、先天的に持っている精霊を使役する力くらい……」
「樟嬰様。では、つまりその種族の者が、生きようとする意思によってこの国に干渉していると……」

朔兎は、青い顔で言った。

地底で神族に会っているのだ。その神族が、この国を滅ぼそうとしているのではないのかと思ったのだろう。安心させるように笑みを向ける。そして、静かに語りかけるように言った。

「この国を滅ぼそうとしているのは、皇龍界に住むとある種族だ。それは、彼らの身を守る為であり、更には、この世界をかつての清浄な姿へ戻そうと考えている」

一方的に、悪意を持って滅ぼそうとしているわけではない。彼らも生きるためであり、世界を元の姿に戻したいと願っているだけなのだ。

「では、その種族が生きる為に、私達の国は今、滅びようとしているのですかっ」

衝撃だろう。皇龍界に残る神族は、確かに自身が生きる為に、降下させているのだ。この状況を見れば、理不尽に映るのは当然だった。

「そいつらが生きる為に、俺らは死のうとしてるのかっ……おかしいだろ……っ」

狼狽する叉翰。人も生きるのに必死なのだ。それを邪魔と切り捨てられてはたまらない。

「どうにかなんないんですか~。この国を救うなんて途方もない事を、一体どうすれば良いんです? このまま大人しく滅びよ~とでも皆に言うんですかっ」
「嘩羅っ。樟嬰様を責めるのは、お門違いですっ。何か……何かあるはずです。つまり、その上にいる方々の生を妨げる何かを、私達や国が持っているという事でしょう。ならば、当初の考え通り私達で、その原因を排除すれば良いのです。そう言う事で良いのですか、樟嬰様」
「そうだ」
「けど、何が原因なんです~。見当くらいつけないと、時間ないですよ」
「心配には及ばない。朔兎。報告を聞こう」

◆  ◆  ◆

朔兎は、懐から布に包まれた花びらを樟嬰の前に置いた。

「どうぞ。壁領の四つの領では、かなり人が減っていました。誰も居ない家屋が点在し、妖魔の姿も確認できました。カルマとアルズです。作物も、殆ど全滅に近いかと窺えました」
「そうか……こちらも似たようなものでな。だが、この葉月では妖魔が少ない。降下位置からすると、全土に妖魔が頻繁に顕れている時期だ。嘩羅。お前の情報に何か引っ掛かっていないか?」

嘩羅は情報収集に長けている。人好きのする表情と話し方は、噂話を集めるのにも役に立つ。

「確かに、僕の確認した情報によるとですね~、葉月と王城の近くには、妖魔の目撃情報は少ないですよ~。あっ、でも、華月院の屋敷の中に、長老達しか入れない場所があって、そこをちょろちょろしてたって言う下働きの子が、物凄く不気味な鳴き声を聞いたって言うんです。だから、もしかしたら、華月院の討伐隊が、何処で極秘に捕らえて退治しているんじゃないかって噂ですよ」

樟嬰は、朔兎と顔を見合わせた。

華月院の討伐隊は、当主と共に国中に出向き、討伐を行う妖魔退治の精鋭だ。だが、先の当主である沙稀が死んだ日、ほとんどが殉死し、今は部隊の再編中のはずだ。

「新しい部隊が構成されたとは聞いていないんだが……心当たりはないか?」
「ありません。討伐隊を組織する場合、影の幾人かが選抜されます。ですが、そのような動きはありませんでした」

気付いていないということでもないはずだ。三妃からもそんな話は聞いていない。

「あの、樟嬰様。気になる情報があるのですが……」

朶輝が言い難い様子で口を開いた。

「討伐隊が、華月院のご当主とお出かけになった日、討伐隊の人数が本来の半分しか確認されていなかったそうなのです。お帰りになった時には、当主のお付き二人だけ戻ってきたと……」
「なに?」

朔兎に確認のために目を向けるが、彼は困惑しながら首を横に振った。

「そう言えば~。未確認ですけどその日、本当にご当主が一緒に出ていったのか自体が怪しいらしいんです。確かに妖魔を退治しましたけど、華月院の浄化の光が確認できなかったとか聞きました。対峙していた妖魔の数も半端じゃなかったようですし、とても討伐隊だけでどうにかできるものではなかったはずだと」

どういう事だろう。確かに、沙稀と会ったのはその数日前だ。出立時にいつも訪ねてくるはずなのに、あの日はそれがなかった。

何か知らない事があるような気がした。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

次回、一日お休みさせていただき
木曜25日です。
よろしくお願いします◎
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