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第一章 秘伝のお仕事
039 浄化
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青く、澄んだクリスタル。それで精巧に作られたユニコーンのよう。長く鋭い角は、虹色に輝いており、瞳は黒曜石のようだ。
しかし、それは動き、時折目を閉じる。生きているのだ。そして、高耶の意思を読み取り、苦しむ女の傍へ駆け寄ると、素早く女を結界で包み込み、体に入った瘴気を浄化する。
その間に高耶は息をなるべく止め、再び水刃刀をその手に戻す。少々、息が上がったのは、力を一気に使ったためだ。
瘴気が周りになければ、水刃刀の力を弱めて清晶を喚び出すこともできたのだが、この状況では仕方がない。
「っ、はぁ……喉が痛ぇ……相当ヤバイな……」
ほんの数秒、式神を呼び出す間になんとか吸い込まないようにしていても入って来ていた瘴気が、喉を焼いていた。
《味方に殺されかけるなんて、バカな女》
「……清晶……お前、本当に女嫌いだよな……」
その姿は、高耶が設定したものであり、水の力を持つ式神であるというだけだ。ユニコーンだから女性に優しいとかそういうことではない。
そして、この清晶は夢見がちな女や、口煩い女が嫌いだ。性格的に合わないらしい。
《勘違いしないでよ。僕はバカな女が嫌いなだけだよ》
ユニコーンという存在に、女性は夢見がちだ。水の力を持つ清晶は、瘴気を浄化できるのだが、ユニーコンが助けてくれたというだけで自分は美しく、清らかな存在なのだと思い上がる者がほとんどだ。それ以前に醜い感情で瘴気に取り憑かれていたというのに、そんなことは忘れてしまう。
そんな女性に何度も出会っていれば、女性不信になっても仕方がない。お陰で、すっかり女嫌いのユニコーンが出来上がってしまった。
「お前の基準は厳しいんだよ……まぁ、いい。外へ連れて行って、治療もしてやってくれ。ただし、逃がさんようにな。外に、天柳がいる。一緒に見張っててくれ」
《……わかった……怪我……気を付けて》
「分かってる」
ふっと笑って答える。高耶の目はずっと鬼を捉えたままだ。気恥ずかしそうに目を逸らして言った姿が容易に想像できた。女性に失望したとはいえ、優しい奴なのだ。
結界から抜けていく清晶の気配を感じながら、高耶は鬼を静かに見つめていた。
鬼はといえば、高耶がこの瘴気の中、ほとんど何ともないことに今更ながらに気付き、少々焦りの色が見える。
《なぜだ……なぜ、ヒトごときがこの中で正常でいられる?》
「一応、これでも陰陽師だからな。これくらいの対策はできる。諦めろ。これ以上は、お前に手はないんだろう?」
《っ……》
先ほどから、鬼から感じる力が小さくなっていることに気付いていた。黒い炎によって、本来ならば決着は付いただろう。それを、鬼も想定していた。しかし、相手が悪かったのだ。
「この黒い炎は、消えないんだろう? お前の溜め込んだ負の感情が消えない限り燃え続ける。木だけじゃない。土も、生き物も、水さえ燃やして、全てを瘴気に変える。けど、俺には効かない。瘴気を浄化するのは、そう難しいことじゃないからな」
そう言って、高耶は静かに、しかし鋭く空気を裂くように水刃刀を振り抜く。すると、一帯で燃え盛っていた黒い炎が消し飛んだ。
《なっ……に……っ》
「武術を極めるには、己を律することから始まる。邪念ってのを打ち払うってのは基本だ。それを極めることで、陰陽師よりも強力に、瘴気を払う力を発揮することができる。こんなものは俺にとっては、まだ基本の技なんだよ」
《なんだとっ》
陰陽師にとってはこれが極みだろう。しかし、秘伝の者にとっては、これはまだ入り口でしかない。外界からの影響を取っ払うのが、技を極めるための土壌、場所を作ることになる。良い技は、環境にも作用されるのだ。
もうふた振りすれば、高耶と鬼の周りには黒い炎がなくなった。むしろ、キラキラと光を纏う清らかな空気が辺りを満たしていく。
それを見た鬼は、憑き物が落ちたような、そんな穏やかにも見える表情をしていた。
《ばかな……こんなことが……我らを呪ったヒトに……っ、ハハ》
これで観念するかと思えたのだが、唐突に鬼が狂ったように笑いだした。
《ハハハハハっ。許せるものかっ!! お前のような存在をっ、我らが許せるものかぁぁぁ!!》
「くっ」
勢いよく向かってきた鬼は、斬りかかろうとした水刃刀を歯で受け止めた。そのまま押し切られる。鬼にはもう腕がないのだ。これはもう捨て身だろう。
黒く炭化した木を高耶の背で何本も粉々にし、少々大きな岩に押し付けられる形になった。その岩は、未だ黒い炎を纏っている。
「ぐっ……っ」
それに押し付けられる高耶は、炎が背中を少しばかり焼く感覚を味わっていた。いくら水刃刀が絶えず高耶の周りを浄化しているとはいえ、今はその力を鬼の歯を受けるために注いでいる。その分、効果範囲が狭まっているのだ。
《フゥゥゥ!!》
「っ、このっ」
その時、結界が神の力を完全に纏ったのを感じた。神の力が、結界を全て受け持ってくれたらしい。
これならば、結界に割いていた力を全て水刃刀へ注ぎ込むことができる。
「はぁぁぁっ!!」
《んぐっ、なんっ……だと……っ!?》
そうして、渾身の一撃が押し戻す勢いで鬼の体を斜めに切り裂いたのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
しかし、それは動き、時折目を閉じる。生きているのだ。そして、高耶の意思を読み取り、苦しむ女の傍へ駆け寄ると、素早く女を結界で包み込み、体に入った瘴気を浄化する。
その間に高耶は息をなるべく止め、再び水刃刀をその手に戻す。少々、息が上がったのは、力を一気に使ったためだ。
瘴気が周りになければ、水刃刀の力を弱めて清晶を喚び出すこともできたのだが、この状況では仕方がない。
「っ、はぁ……喉が痛ぇ……相当ヤバイな……」
ほんの数秒、式神を呼び出す間になんとか吸い込まないようにしていても入って来ていた瘴気が、喉を焼いていた。
《味方に殺されかけるなんて、バカな女》
「……清晶……お前、本当に女嫌いだよな……」
その姿は、高耶が設定したものであり、水の力を持つ式神であるというだけだ。ユニコーンだから女性に優しいとかそういうことではない。
そして、この清晶は夢見がちな女や、口煩い女が嫌いだ。性格的に合わないらしい。
《勘違いしないでよ。僕はバカな女が嫌いなだけだよ》
ユニコーンという存在に、女性は夢見がちだ。水の力を持つ清晶は、瘴気を浄化できるのだが、ユニーコンが助けてくれたというだけで自分は美しく、清らかな存在なのだと思い上がる者がほとんどだ。それ以前に醜い感情で瘴気に取り憑かれていたというのに、そんなことは忘れてしまう。
そんな女性に何度も出会っていれば、女性不信になっても仕方がない。お陰で、すっかり女嫌いのユニコーンが出来上がってしまった。
「お前の基準は厳しいんだよ……まぁ、いい。外へ連れて行って、治療もしてやってくれ。ただし、逃がさんようにな。外に、天柳がいる。一緒に見張っててくれ」
《……わかった……怪我……気を付けて》
「分かってる」
ふっと笑って答える。高耶の目はずっと鬼を捉えたままだ。気恥ずかしそうに目を逸らして言った姿が容易に想像できた。女性に失望したとはいえ、優しい奴なのだ。
結界から抜けていく清晶の気配を感じながら、高耶は鬼を静かに見つめていた。
鬼はといえば、高耶がこの瘴気の中、ほとんど何ともないことに今更ながらに気付き、少々焦りの色が見える。
《なぜだ……なぜ、ヒトごときがこの中で正常でいられる?》
「一応、これでも陰陽師だからな。これくらいの対策はできる。諦めろ。これ以上は、お前に手はないんだろう?」
《っ……》
先ほどから、鬼から感じる力が小さくなっていることに気付いていた。黒い炎によって、本来ならば決着は付いただろう。それを、鬼も想定していた。しかし、相手が悪かったのだ。
「この黒い炎は、消えないんだろう? お前の溜め込んだ負の感情が消えない限り燃え続ける。木だけじゃない。土も、生き物も、水さえ燃やして、全てを瘴気に変える。けど、俺には効かない。瘴気を浄化するのは、そう難しいことじゃないからな」
そう言って、高耶は静かに、しかし鋭く空気を裂くように水刃刀を振り抜く。すると、一帯で燃え盛っていた黒い炎が消し飛んだ。
《なっ……に……っ》
「武術を極めるには、己を律することから始まる。邪念ってのを打ち払うってのは基本だ。それを極めることで、陰陽師よりも強力に、瘴気を払う力を発揮することができる。こんなものは俺にとっては、まだ基本の技なんだよ」
《なんだとっ》
陰陽師にとってはこれが極みだろう。しかし、秘伝の者にとっては、これはまだ入り口でしかない。外界からの影響を取っ払うのが、技を極めるための土壌、場所を作ることになる。良い技は、環境にも作用されるのだ。
もうふた振りすれば、高耶と鬼の周りには黒い炎がなくなった。むしろ、キラキラと光を纏う清らかな空気が辺りを満たしていく。
それを見た鬼は、憑き物が落ちたような、そんな穏やかにも見える表情をしていた。
《ばかな……こんなことが……我らを呪ったヒトに……っ、ハハ》
これで観念するかと思えたのだが、唐突に鬼が狂ったように笑いだした。
《ハハハハハっ。許せるものかっ!! お前のような存在をっ、我らが許せるものかぁぁぁ!!》
「くっ」
勢いよく向かってきた鬼は、斬りかかろうとした水刃刀を歯で受け止めた。そのまま押し切られる。鬼にはもう腕がないのだ。これはもう捨て身だろう。
黒く炭化した木を高耶の背で何本も粉々にし、少々大きな岩に押し付けられる形になった。その岩は、未だ黒い炎を纏っている。
「ぐっ……っ」
それに押し付けられる高耶は、炎が背中を少しばかり焼く感覚を味わっていた。いくら水刃刀が絶えず高耶の周りを浄化しているとはいえ、今はその力を鬼の歯を受けるために注いでいる。その分、効果範囲が狭まっているのだ。
《フゥゥゥ!!》
「っ、このっ」
その時、結界が神の力を完全に纏ったのを感じた。神の力が、結界を全て受け持ってくれたらしい。
これならば、結界に割いていた力を全て水刃刀へ注ぎ込むことができる。
「はぁぁぁっ!!」
《んぐっ、なんっ……だと……っ!?》
そうして、渾身の一撃が押し戻す勢いで鬼の体を斜めに切り裂いたのだ。
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