秘伝賜ります

紫南

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第一章 秘伝のお仕事

029 帰る支度をしましょう

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2018. 2. 2

**********

旅行最後の祝日の月曜日。

チェックアウトは昼までだ。ゆっくりと眠っている家族達を、昨日から呼び出したままになっている珀豪と天柳に任せ、伝言も頼んだ後で出かけた。

とはいえ、高耶は今旅館の中を歩いていた。

《間違いなく、ここから持っていかれているな》

これに声を出さないよう念話によって会話を進める。

(まさか、泊まっているここからとはな……だが、わからなくはない。嫉みの方が純粋な怒りよりも妖達には力になる)

つい最近までは、ホテルの客達の不満が餌として流れていたらしい。しかし、同じ場所に、もっと力になる餌があると気付いたようだ。

それは、旅館に泊まる人々がホテルの客に対して持つ感情だ。

旅館の温泉を、ホテルの客が利用することもある。逆に高耶達のように、旅館の客がホテルのレストランを利用できることもある。

すれ違うことで、自分たちの現状よりも優遇されているという現実を見せられる。それが、強い嫉みを生み、良い餌となるのだ。

(だが、妙だな。この旅館、ちゃんと山神を祀っている。これならば、鬼に気付かれることなくキレイに浄化されるはずだ)

旅館の敷地内でゆっくりと浄化が進み、外に出る前に処理されるはずである。ただ、今までは山神の力も弱っていた。そのため、充分に発揮されていなかったのだろう。

(誰かに気付かされたか)
《鬼渡だろうな》
(ああ。けど、そう思うとやはり妙だ。なぜ鬼渡は鬼の封印を解かない?)
《む……》

教えるのは良いとして、なぜ封印を解いてやらないのか。封印を解けば、鬼は好きな所へ行って食事をしてくるだろう。世話を焼いてやる必要はないのだ。

(考えられるのは、単純に解く力がない……鬼が力を取り戻して、自力で出るしか方法がないのかもしれない)
《ありそうだな。半端とはいえ、神まで力を貸す封印術だ。基本は陰陽術は陰陽術でしか解けんからな》

陰陽術はそれ以外の方法で解こうとすれば、命さえ危なくなるほどの反発が起こる。この反発をものともしない力量ならば別だが、それでもかなりの霊力を消耗することになる。それだけ特別な術なのだ。

ただし、術も完璧ではない。周りの環境の変化によっても崩れる場合がある。力を弱らせ、反発の力を少なくすれば術を破ることも可能になってくるだろう。

(とりあえず、ここの神棚はどこだ?)
《あっちだな。オレが行く》
(頼んだ。札はこれな。俺は外からこの流れを止める)
《分かった》

これ以上ここを鬼の餌場にさせるつもりはない。

「完全に断たせてもらうぞ」

その呟きの後、高耶は旅館とホテルを囲む浄化の結界を山の神の力に絡めて作り上げる。

「これで当分はいいか……」

鬼と向き合うのは後日。この地に危険な鬼がいるというのは確認できた。神と折り合いをつけながらどうするべきか連盟に判断を仰ぐ必要がある。

鬼渡が関わっている以上、慎重にならなくてはいけない。だから今回はここまでだ。

高耶は、少々後ろ髪を引かれながらも部屋に戻る。家族は荷作りを済ませていた。

「お帰り。そろそろ帰るよ」
「はい。それにしても……ものすごい量のお土産ですね……」
「あはは……やっぱりそう思うよね?」

どうやっても大人三人で運んでいける量ではない。これに、充雪が提案する。

《アレだ。もう力のことも話てんだからよぉ。おヌシの部屋に直接繋げて土産だけでも移動したらいいんじゃないか? この部屋にカメラもないし、土産の量なんて確認されてねぇよ》
「……そうだな……」

別に悪いことではない。扉をつなげる時に周りの人々の認識に引っかからなければ何をしてもいいのだ。

家族や親しい友人に力のことが知られるのは構わないが、不特定多数の者に知られて混乱させるのは禁止されている。

その恐慌や畏怖の感情が妖達の餌になってしまうのだから、避けるのは当然だった。

「どういうこと? 高耶、ちゃんと説明してちょうだい」
「ん……ああ……ここのドアをこうして……」

そう言って、小さな一人用のシャワー室のドアに手をかけ、印を結ぶ。そうして、ゆっくりと開けた。

「俺の部屋に繋げられるんだ」
「……え……」
「うそ……」
「あれ? おにいちゃんのへや……?」

開けた先にあったのは、紛れも無い高耶の部屋。机と本棚とベッドしか見えないシンプルな部屋だ。

「ここに土産を放り込む。そんで閉める」
「……えっ!?」
「ちょっ、ちょっと、今のどうなんのっ!?」
「あけていいっ? あけていいっ?」
「開けてもいいぞ。もう繋がってないからな」

混乱する父母をよそに、優希はキラキラと輝く表情でドアを開ける。

「あれ? おにいちゃんのへやじゃないよ?」
「だから、繋がってないって言ったろ? 荷物はちゃんと持って帰るんだぞ。さすがにズルしたのが他の人にバレるからな」
「うんっ。しーだねっ」

内緒なんだよねと人差し指を立てて笑う優希。頭のいい子だ。

「高耶……なんて便利な力持ってるのよ……」
「あははっ。ビックリしたぁ」

呆れる母と腹を抱えて大笑いする父。順応力は高いらしい。

「さて、帰るんだろ?」
「そうね。あぁ、身軽になったわ。なんなら、中身だけさっき出しちゃえば良かったわね」
「ホントだ。残念」
「……優希、大人ってズルいよな……」
「おにいちゃんもオトナでしょ?」

切り返しも文句ない。本当に頭のいい子だ。

《主よ。我らは先に》
《優希。また会いましょうね》
「あ、ハクちゃん、テンちゃん……かえっちゃうの?」

寂しそうにする優希に、珀豪と天柳は申し訳なさそうに答える。

《ここの者達や道中、我らの姿を見られるわけにはゆかんのだ。ゆるせ》
《主様。帰ったらまたお願いしますわ》
「分かってる……後でな。優希、帰ったらまた呼ぶから、今は我慢な」
「うぅ……わかった。またね」

こうして、最後に一悶着あったが、初めての家族旅行は無事終了したのだ。
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