28 / 411
第一章 秘伝のお仕事
028 嫌いなものだってあります
しおりを挟む
2018. 1. 31
**********
清雅麻衣子は今年で十八になる高校三年生だ。家が道場であることも手伝って、小さい頃から体を動かすのが大好きだった。
一つ上に兄もいて。子どもながらにいつか二人で道場を守っていこうと誓い合っていた。しかし、麻衣子が小学校も三年になる頃には、祖父と父の不仲が理解できるようになっていた。
父は現在、大学に通う兄と都会に出て普通のサラリーマンをしている。別に道場を継ぐのが嫌なわけではないと以前言っていた。ただ、厳しい祖父に嫌気がさしただけだと言って母が笑ったのを覚えている。
ヘソを曲げた後が長いのは、祖父そっくりなのだ。お互い自分の意思を曲げないのだから、長期戦になるのは分かりきっていた。
だから、頭の良い兄が宥めすかし、父が頭を冷やすまで麻衣子が道場と祖父を守ると決めた。
そこへ現れたのが麻衣子や兄とあまり年の変わらない一人の青年だ。お世辞にも愛想が良いとは言えない祖父が、表情を和ませて話しかけていた。
この辺りでは、祖父が顔役だ。現役で動き回れる者の中では一番年長で、皆が祖父には頭が上がらなかった。
ほとんどの男が清雅の道場へ通っていたこともあるのかもしれない。男の習い事といえば、武術だったのだから。
そんな町に来た余所者の青年が祖父と親しげにしていたら警戒するのは当たり前だ。
「あいつは絶対、詐欺師よ。都会では良くあるってお兄ちゃんが言ってたもの……」
確信を持って家路を急ぐ。神社であの青年と別れてから、もうどれだけ経っただろう。祖父とまた接触しているかもしれない。大事な道場が潰されてしまうかもしれないと思うと、神楽の稽古に集中できなかった。
何度も怒られたが、そんな事よりも祖父と道場が気がかりだった。
「ただいま! お祖父ちゃんっ」
「なんだ。騒々しい」
「あれから、あの怪しい男は来なかった?」
「怪しい……まさか、高耶君のことを言っているのか?」
祖父が眉根を寄せるのが見える。
「迷惑をかけていないだろうな?」
「なんで? 絶対怪しいじゃない。お金を出せとか言われなかった?」
「っ、お前っ……なんてことを言うんだ! まさかっ、高耶君にそういうことを言ったんじゃないだろうな!」
「い、言ってないけど……」
久し振りに怒られた。祖父が怒ると、肌が感じるほど空気が凍る。怖いと思う。けれど、例えわかってもらえなくても、守らなくてはならないという思いが麻衣子を強くする。
「だっておかしいじゃん。なんでお祖父ちゃんが、あんな礼儀も知らなさそうな若い男の人を気にかけるのよ。お父さんとも上手くできないくせに!」
「っ、麻衣子!!」
言い逃げするが勝ちだ。そう思って、麻衣子は部屋に駆け込んだ。
「騙されてるに決まってる。道場の事も、神さまのことも、あんな奴に分かるはずないわ」
このことを兄に相談しよう。今ここには自分しかいない。守れるのは自分だけなのだから。
◆◆◆◆◆
高耶は家族達に断りを入れてから、充雪を伴って神社に来ていた。
「結界は張るが、見張りを頼む」
《おう。特に源龍に似た女って言ったか。見てみてぇなぁ》
「鬼渡かもしれないんだぞ……」
呑気な様子の充雪に呆れながら、高耶は件の大木の前に立つ。そこで神楽舞を全て覚えると、次に持っていた数枚の紙に走り書きのように何かを書きつけていく。
時に数字。時に五線紙に音符を書いていく。二回周り過去の様子を確認してから場所を移動する。
「……やっぱりか……」
高耶は、現在神楽が奉納される場所に立ち、そこで同じように過去の情景を確認して肩を落とした。
《全然違ぇなぁ》
「一から楽譜を起こす気ではいたが……面倒くせぇ……」
《お前はマジで優秀だなぁ。あんな作業、オレは絶てぇ、できねぇよ》
神楽が昔とは違うと聞いてまさかと思った。神が伝えた神のための舞と音楽。それが神に力を与える。
その神につき神楽も違い、当然、それに伴う音楽も違う。ただし、日本は八百万と言われるほどに神が多い。失伝することも珍しいことではなかった。
こういった昔ながらのものが多く残る場所では、それが比較的新しい年代まで引き継がれているのだ。
高耶が書き付けていたのは、神楽の楽譜だった。後で正式に楽器ごとの楽譜に書き直さなくてはならない。和楽器の楽譜はそれぞれの楽器で様式が違うので、これが大変だった。
「正式な奉納は連盟の神楽部隊に頼むしかないな」
今回のこの神社の神楽には間に合わないだろう。
《おヌシのような若造が言っても信じんだろうしなぁ。そういえば、道場の孫娘が神楽舞をする巫女だとか言っていなかったか?》
そこから頼めないのかと充雪が言うが、高耶は大きくため息をついてみせた。
「あの喧しい女が、人の話を聞くとは思えん。寧ろ、関わり合いたくない」
《……たまに思うが、おヌシ……女嫌いではないよな?》
「いや、嫌いになりそうだ……」
本気で二度と会いたくないと思うほど、高耶は麻衣子に苦手意識を持っているようだった。
**********
清雅麻衣子は今年で十八になる高校三年生だ。家が道場であることも手伝って、小さい頃から体を動かすのが大好きだった。
一つ上に兄もいて。子どもながらにいつか二人で道場を守っていこうと誓い合っていた。しかし、麻衣子が小学校も三年になる頃には、祖父と父の不仲が理解できるようになっていた。
父は現在、大学に通う兄と都会に出て普通のサラリーマンをしている。別に道場を継ぐのが嫌なわけではないと以前言っていた。ただ、厳しい祖父に嫌気がさしただけだと言って母が笑ったのを覚えている。
ヘソを曲げた後が長いのは、祖父そっくりなのだ。お互い自分の意思を曲げないのだから、長期戦になるのは分かりきっていた。
だから、頭の良い兄が宥めすかし、父が頭を冷やすまで麻衣子が道場と祖父を守ると決めた。
そこへ現れたのが麻衣子や兄とあまり年の変わらない一人の青年だ。お世辞にも愛想が良いとは言えない祖父が、表情を和ませて話しかけていた。
この辺りでは、祖父が顔役だ。現役で動き回れる者の中では一番年長で、皆が祖父には頭が上がらなかった。
ほとんどの男が清雅の道場へ通っていたこともあるのかもしれない。男の習い事といえば、武術だったのだから。
そんな町に来た余所者の青年が祖父と親しげにしていたら警戒するのは当たり前だ。
「あいつは絶対、詐欺師よ。都会では良くあるってお兄ちゃんが言ってたもの……」
確信を持って家路を急ぐ。神社であの青年と別れてから、もうどれだけ経っただろう。祖父とまた接触しているかもしれない。大事な道場が潰されてしまうかもしれないと思うと、神楽の稽古に集中できなかった。
何度も怒られたが、そんな事よりも祖父と道場が気がかりだった。
「ただいま! お祖父ちゃんっ」
「なんだ。騒々しい」
「あれから、あの怪しい男は来なかった?」
「怪しい……まさか、高耶君のことを言っているのか?」
祖父が眉根を寄せるのが見える。
「迷惑をかけていないだろうな?」
「なんで? 絶対怪しいじゃない。お金を出せとか言われなかった?」
「っ、お前っ……なんてことを言うんだ! まさかっ、高耶君にそういうことを言ったんじゃないだろうな!」
「い、言ってないけど……」
久し振りに怒られた。祖父が怒ると、肌が感じるほど空気が凍る。怖いと思う。けれど、例えわかってもらえなくても、守らなくてはならないという思いが麻衣子を強くする。
「だっておかしいじゃん。なんでお祖父ちゃんが、あんな礼儀も知らなさそうな若い男の人を気にかけるのよ。お父さんとも上手くできないくせに!」
「っ、麻衣子!!」
言い逃げするが勝ちだ。そう思って、麻衣子は部屋に駆け込んだ。
「騙されてるに決まってる。道場の事も、神さまのことも、あんな奴に分かるはずないわ」
このことを兄に相談しよう。今ここには自分しかいない。守れるのは自分だけなのだから。
◆◆◆◆◆
高耶は家族達に断りを入れてから、充雪を伴って神社に来ていた。
「結界は張るが、見張りを頼む」
《おう。特に源龍に似た女って言ったか。見てみてぇなぁ》
「鬼渡かもしれないんだぞ……」
呑気な様子の充雪に呆れながら、高耶は件の大木の前に立つ。そこで神楽舞を全て覚えると、次に持っていた数枚の紙に走り書きのように何かを書きつけていく。
時に数字。時に五線紙に音符を書いていく。二回周り過去の様子を確認してから場所を移動する。
「……やっぱりか……」
高耶は、現在神楽が奉納される場所に立ち、そこで同じように過去の情景を確認して肩を落とした。
《全然違ぇなぁ》
「一から楽譜を起こす気ではいたが……面倒くせぇ……」
《お前はマジで優秀だなぁ。あんな作業、オレは絶てぇ、できねぇよ》
神楽が昔とは違うと聞いてまさかと思った。神が伝えた神のための舞と音楽。それが神に力を与える。
その神につき神楽も違い、当然、それに伴う音楽も違う。ただし、日本は八百万と言われるほどに神が多い。失伝することも珍しいことではなかった。
こういった昔ながらのものが多く残る場所では、それが比較的新しい年代まで引き継がれているのだ。
高耶が書き付けていたのは、神楽の楽譜だった。後で正式に楽器ごとの楽譜に書き直さなくてはならない。和楽器の楽譜はそれぞれの楽器で様式が違うので、これが大変だった。
「正式な奉納は連盟の神楽部隊に頼むしかないな」
今回のこの神社の神楽には間に合わないだろう。
《おヌシのような若造が言っても信じんだろうしなぁ。そういえば、道場の孫娘が神楽舞をする巫女だとか言っていなかったか?》
そこから頼めないのかと充雪が言うが、高耶は大きくため息をついてみせた。
「あの喧しい女が、人の話を聞くとは思えん。寧ろ、関わり合いたくない」
《……たまに思うが、おヌシ……女嫌いではないよな?》
「いや、嫌いになりそうだ……」
本気で二度と会いたくないと思うほど、高耶は麻衣子に苦手意識を持っているようだった。
113
お気に入りに追加
1,407
あなたにおすすめの小説
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
おばあちゃん(28)は自由ですヨ
美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。
その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。
どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。
「おまけのババアは引っ込んでろ」
そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。
その途端、響く悲鳴。
突然、年寄りになった王子らしき人。
そして気付く。
あれ、あたし……おばあちゃんになってない!?
ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!?
魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。
召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。
普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。
自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く)
元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。
外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。
※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。
※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要)
※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。
※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる