24 / 419
第一章 秘伝のお仕事
024 すれ違った人
しおりを挟む2018. 1. 22
**********
冷ややかな目で麻衣子を見つめた後、高耶は再びそこへ視線を戻す。
幻影として見えている神楽は覚えることができた。後は音だけだ。神楽は音と踊り。踊りが違うならば、音も違ってくる。もう一度、今度は音を拾おうと集中する。しかし、それは途中で打ち切られた。
「なんなのよ、あんたっ。余所者のくせにっ」
「……」
肩を上下に動かすぐらい大きなため息が出た。
「っ、なんとか言いなさい。何が目的っ」
「神に正しい神楽を奉納する。邪魔をするのならお前は俺の敵だ」
「なっ、敵とか、あんたバカじゃないの!? はっ、ゲームのし過ぎとか、そういうことね。嫌だわ。これだから都会の人間は」
「……」
もう無理だ。ここで引き上げよう。そう判断して、高耶は麻衣子を見ることなく背を向けた。
「ちょっ、逃げるのっ」
「……」
歩みを進める高耶に、麻衣子が追いすがる。しかし、そこで風が阻んだ。
「っ、なに……っ!?」
小さな目に見えないほどの竜巻が、麻衣子の足を止める。なんのことはない。少々風の道を弄っただけの陰陽術ともいえない小細工だ。
「ここだと正面に見えるのか……」
階段を降りようとする時、まっすぐ目を向けた先には山があり、目を凝らすとその山の中に山神の社が見えた。
場所は確認できた。後は充雪が帰ってくるのを待って、神と封印の状況を確認する。神楽については、全て終わってからでも問題はない。
ここの神主と直接やり取りできるように、連盟から働きかけてもらうことにする。
高耶は長い階段へ足を踏み出す。しかし、数段下りたところで、階段を駆け上がってくる女性に気付いた。
「っ……?」
赤と白のコントラスト。その女性は、巫女服を着ている。それなのに、とても身軽に、危うげなく階段を駆けてきた。惹きつけられるように目を向けたその顔は、知り合いにとてもよく似ていた。
「源……っ」
榊源龍にそっくりなのだ。髪の長さは腰まである。美しい黒髪を束ねた女性には表情がなかった。いつも微笑みを絶やさないように見える優しげな表情を見慣れている高耶としては、違和感を覚える。
それが女性であることは確かだ。胸の膨らみも、華奢な体の線も源龍とは違うと思える。何よりも違うのがその気配だった。
「っ……!」
すれ違う時、体の芯から冷たい何かが湧き上がるようにぞくりと震えた。
振り返る事ができなかった。聞こえたのは麻衣子の声だけ。
「あっ、薫さん。どこ行ってたの? うわっ、休憩終わるギリギリ! 急ごう!」
「……」
去っていく気配。高耶はまたゆっくりと階段を下りはじめる。
「……妙だな……」
人ではない気配だと断言することは出来なかった。だからといって妖の気配でもない。一瞬だが直感が告げたのは目の前の山から漏れている気配と同じ。
「鬼の気配だと……?」
そこでようやく振り返る。
確信を持ってその気配を探れば、間違いないと思えてくる。
「あれが鬼渡家ってことか……はっ、笑えねぇ……」
高耶に鬼を相手にした経験はない。けれど、体の底から感じたのは、純粋な畏怖の感情。妖を相手にしてそれを感じたことはなかった。
唯一感じたのは、父を亡くした時。
「……嫌な事を思い出させてくれる……」
とっくに割り切ったと思っていた。自分はもう乗り越えたと。けれど、それを思い出すには十分な感覚を呼び起こした。
「ヤれるか……俺に……」
一歩一歩、階段を踏みしめながら高耶は自問する。
危惧しているのは、相手が人であるということだ。これが鬼であるのならば高耶は躊躇などしないだろう。
湧き出た黒く濁った思いを感じる。それは、忘れたいと思ったもの。過去の過ちの記憶だ。
「……父さん……」
小さく呟いたその声は、幼な子が遠くへ行ってしまった親を求めるように頼りない響きだった。
**********
冷ややかな目で麻衣子を見つめた後、高耶は再びそこへ視線を戻す。
幻影として見えている神楽は覚えることができた。後は音だけだ。神楽は音と踊り。踊りが違うならば、音も違ってくる。もう一度、今度は音を拾おうと集中する。しかし、それは途中で打ち切られた。
「なんなのよ、あんたっ。余所者のくせにっ」
「……」
肩を上下に動かすぐらい大きなため息が出た。
「っ、なんとか言いなさい。何が目的っ」
「神に正しい神楽を奉納する。邪魔をするのならお前は俺の敵だ」
「なっ、敵とか、あんたバカじゃないの!? はっ、ゲームのし過ぎとか、そういうことね。嫌だわ。これだから都会の人間は」
「……」
もう無理だ。ここで引き上げよう。そう判断して、高耶は麻衣子を見ることなく背を向けた。
「ちょっ、逃げるのっ」
「……」
歩みを進める高耶に、麻衣子が追いすがる。しかし、そこで風が阻んだ。
「っ、なに……っ!?」
小さな目に見えないほどの竜巻が、麻衣子の足を止める。なんのことはない。少々風の道を弄っただけの陰陽術ともいえない小細工だ。
「ここだと正面に見えるのか……」
階段を降りようとする時、まっすぐ目を向けた先には山があり、目を凝らすとその山の中に山神の社が見えた。
場所は確認できた。後は充雪が帰ってくるのを待って、神と封印の状況を確認する。神楽については、全て終わってからでも問題はない。
ここの神主と直接やり取りできるように、連盟から働きかけてもらうことにする。
高耶は長い階段へ足を踏み出す。しかし、数段下りたところで、階段を駆け上がってくる女性に気付いた。
「っ……?」
赤と白のコントラスト。その女性は、巫女服を着ている。それなのに、とても身軽に、危うげなく階段を駆けてきた。惹きつけられるように目を向けたその顔は、知り合いにとてもよく似ていた。
「源……っ」
榊源龍にそっくりなのだ。髪の長さは腰まである。美しい黒髪を束ねた女性には表情がなかった。いつも微笑みを絶やさないように見える優しげな表情を見慣れている高耶としては、違和感を覚える。
それが女性であることは確かだ。胸の膨らみも、華奢な体の線も源龍とは違うと思える。何よりも違うのがその気配だった。
「っ……!」
すれ違う時、体の芯から冷たい何かが湧き上がるようにぞくりと震えた。
振り返る事ができなかった。聞こえたのは麻衣子の声だけ。
「あっ、薫さん。どこ行ってたの? うわっ、休憩終わるギリギリ! 急ごう!」
「……」
去っていく気配。高耶はまたゆっくりと階段を下りはじめる。
「……妙だな……」
人ではない気配だと断言することは出来なかった。だからといって妖の気配でもない。一瞬だが直感が告げたのは目の前の山から漏れている気配と同じ。
「鬼の気配だと……?」
そこでようやく振り返る。
確信を持ってその気配を探れば、間違いないと思えてくる。
「あれが鬼渡家ってことか……はっ、笑えねぇ……」
高耶に鬼を相手にした経験はない。けれど、体の底から感じたのは、純粋な畏怖の感情。妖を相手にしてそれを感じたことはなかった。
唯一感じたのは、父を亡くした時。
「……嫌な事を思い出させてくれる……」
とっくに割り切ったと思っていた。自分はもう乗り越えたと。けれど、それを思い出すには十分な感覚を呼び起こした。
「ヤれるか……俺に……」
一歩一歩、階段を踏みしめながら高耶は自問する。
危惧しているのは、相手が人であるということだ。これが鬼であるのならば高耶は躊躇などしないだろう。
湧き出た黒く濁った思いを感じる。それは、忘れたいと思ったもの。過去の過ちの記憶だ。
「……父さん……」
小さく呟いたその声は、幼な子が遠くへ行ってしまった親を求めるように頼りない響きだった。
148
お気に入りに追加
1,490
あなたにおすすめの小説

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…

称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。


私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる