23 / 411
第一章 秘伝のお仕事
023 邪魔をしてはいけません
しおりを挟む
2018. 1. 19
**********
泉一郎の感謝の言葉から先、他愛のない話を続けていた高耶だったが、不意に先ほどの孫娘の事が気になった。
「そういえば、先ほどのお孫さん……巫女の姿をしていましたが……」
「ああ。麻衣子ですね。ええ。この西側に神社がありまして。代々、ウチの女達はそこで巫女をやることになっとるのです」
神主というわけではないようだ。娘だけが神社に仕えると言う。
「武術をやる家柄であるためかどうかは知りませんが、神楽を踊るのが伝統です」
「神楽を……」
それを聞いてもしかしたらと思った。
「……神楽が昔から変わってはいないかどうか知っていますか?」
「はい? それは……娘に聞いてみます」
泉一郎は、難しい表情を見せた高耶の様子で、それが重要なことだと感じたのだろう。すぐに確認しようと動く。そして、先ほどのお茶を出してくれた女性を呼んでくれた。
「神楽ですか。そういえば……いつからかは知りませんが、今使っている神楽は山向こうの神社で奉納されていたものと同じだと聞いたことが……」
ということは、本来のものではないかもしれない。それを聞いて、高耶は腰を上げた。
「ありがとうごさいます。この後、神社の方へ行ってみようと思います」
「民俗学のレポートでも書くの? 学生さんは大変ねぇ」
「いえ、これが仕事ですから」
「まぁまぁ、とっても熱心ね。そうよね。学生さんは勉強が仕事だもの。頑張って」
「はい」
うまい具合に勘違いしてくれたようだ。それを聞いていた泉一郎は苦笑していた。
「では、失礼します」
女性に礼を言って門へ足を向ける。すると、高耶を見送ろうと泉一郎が付いて来た。
「今回は本当に世話になりました」
「いいえ。お役に立てて良かった」
高耶は最後に連絡先を託し、ここを後にした。
◆◆◆◆◆
向かった神社は広く、ちらほらと屋台も見られた。参拝客も多くはないがこの時間帯でも数人見られる。ただし、どうやら観光客ではないようではあった。
すれ違った老婆に声をかけてみる。
「すみません。こちらで披露される神楽はどこでやられるのでしょうか」
「神楽かい? それならほれ、舞台が見えるじゃろ」
聞くまでもなく、舞台は社の正面に用意されている。けれど、そこが本来の場所ではない事が高耶にはわかった。
「おかしいですね……資料ではあの辺りだったと聞いたのですが……」
指を差したのは、正面ではなく社よりも右手にある大木。そこに微かではあるが、神事を行った残滓が感じられた。
怪しまれないよう、この場は大学ネタを使わせてもらうことにする。これならば、古い町の文化を調べに来た大学生と思えるだろう。その目論見通り、老婆は素直に話してくれた。
「それはまた大昔の話だよ? あたしの大婆から聞いた話によると、確かあの大木の端だったらしいね」
その大木には、縦に亀裂が走っていた。
「お神楽の披露の最中に雷が落ちてねぇ。それから、木の傍は危ないって移動したらしいよ」
その雷が落ちたらしい木を見つめてわかる。その雷は正しく神の雷だったようだ。
「……その頃のお神楽はもう、今のものでしたか……?」
「ん? どういう意味だい?」
「いえ、ご存知なければいいのです。ありがとうございます。あの大きな木を近くで見てこようと思います」
「ははっ、そうかい。気をつけな」
物好きもいたものだと呆れ顔をされてしまったが、欲しい情報は手に入った。
「まずは正しいかどうかの確認……雷より前だな」
昼が近付く時間帯。だんだんと人が減って行くのはありがたい。
高耶は大木から少し離れた場所で立ち止まると、力に集中する。さすがに昼間。それも外だ。道場でやったように記憶を見せるわけにはいかない。今やるのは、高耶だけが見ることのできる術だ。
しばらく微動打にしない高耶。参拝客の邪魔にもならない場所だ。そこは心得ている。しかし、それを目ざとく見つけ、声をかけてきたのが先ほどの孫娘、麻衣子だった。
「ちょっと、あんた。こんな所で立って寝るのやめてくれる? 迷惑だわ」
「っ……失礼しました……」
もう少しで全て見られたのだが残念だ。内心舌打ちして丁寧な言葉のまま対応する。はっきり言って危なかった。これが高耶だったから良かったが、並の術者ならば術が無理矢理解ける反動で気を失っていただろう。
高耶も感じた一瞬の頭痛に、僅かに顔をしかめる。絶対的に邪魔をされないようにする事は可能だが、今は術の重ねがけなどする余裕がない。力が今も充雪へと流れているのだから。
目立たないようにしていたとはいえ、昼間で人通りもある。予想はしていたから文句は言えない。これが町中ならば、最近の他人への接触を嫌がる風潮のお陰で、滅多に声をかける者はいないのだが、こういう場所では仕方がない。
「あんた怪しいよね。ただの観光客っぽいのに、お祖父ちゃんと知り合いだし……ウチにお金はないからねっ」
新手の詐欺だとでも思われたのだろうか。巫女の女性に怒られている青年というのは、変に目立つ。
「……仕事でこの辺りの調査をしているんです。泉一郎さんとは、その過程で知り合いました」
「ふぅ~ん……なんの仕事よ」
「今は土地の神様について主に調べています」
「はっ、嘘っぽい」
「……っ」
ちょっとイラっとした。
「あまり邪魔をしないでいただけますか? 滞在期間も限られていますので」
「へぇ、神様について調べてるなら、巫女である私の話を聞きたがるものじゃない?」
「お若い方では正確さに欠けますので」
「言ってくれるじゃないっ。これでも古株よっ。都会にいるような、にわか巫女じゃないんだからねっ」
なんだか、ただ単にいちゃもんをつけられているだけという感じがしてきた。こちらとしては本当に時間を惜しんでの行動だ。こんなものに付き合っていられない。
「……黙ってろ。邪魔だと言っているだろう」
「っ、なっ、なによっ。本性を表したわね! やっぱり怪しい。自警団に報告っ……!」
「黙れと言ったぞ」
「っ!?」
高耶が本気で睨めば、女は身を強張らせ喉をヒクつかせる。
「あっちへ行ってろ。こっちは仕事中だ」
冷ややかな高耶の目は、尚も女を射抜いたのだ。
**********
泉一郎の感謝の言葉から先、他愛のない話を続けていた高耶だったが、不意に先ほどの孫娘の事が気になった。
「そういえば、先ほどのお孫さん……巫女の姿をしていましたが……」
「ああ。麻衣子ですね。ええ。この西側に神社がありまして。代々、ウチの女達はそこで巫女をやることになっとるのです」
神主というわけではないようだ。娘だけが神社に仕えると言う。
「武術をやる家柄であるためかどうかは知りませんが、神楽を踊るのが伝統です」
「神楽を……」
それを聞いてもしかしたらと思った。
「……神楽が昔から変わってはいないかどうか知っていますか?」
「はい? それは……娘に聞いてみます」
泉一郎は、難しい表情を見せた高耶の様子で、それが重要なことだと感じたのだろう。すぐに確認しようと動く。そして、先ほどのお茶を出してくれた女性を呼んでくれた。
「神楽ですか。そういえば……いつからかは知りませんが、今使っている神楽は山向こうの神社で奉納されていたものと同じだと聞いたことが……」
ということは、本来のものではないかもしれない。それを聞いて、高耶は腰を上げた。
「ありがとうごさいます。この後、神社の方へ行ってみようと思います」
「民俗学のレポートでも書くの? 学生さんは大変ねぇ」
「いえ、これが仕事ですから」
「まぁまぁ、とっても熱心ね。そうよね。学生さんは勉強が仕事だもの。頑張って」
「はい」
うまい具合に勘違いしてくれたようだ。それを聞いていた泉一郎は苦笑していた。
「では、失礼します」
女性に礼を言って門へ足を向ける。すると、高耶を見送ろうと泉一郎が付いて来た。
「今回は本当に世話になりました」
「いいえ。お役に立てて良かった」
高耶は最後に連絡先を託し、ここを後にした。
◆◆◆◆◆
向かった神社は広く、ちらほらと屋台も見られた。参拝客も多くはないがこの時間帯でも数人見られる。ただし、どうやら観光客ではないようではあった。
すれ違った老婆に声をかけてみる。
「すみません。こちらで披露される神楽はどこでやられるのでしょうか」
「神楽かい? それならほれ、舞台が見えるじゃろ」
聞くまでもなく、舞台は社の正面に用意されている。けれど、そこが本来の場所ではない事が高耶にはわかった。
「おかしいですね……資料ではあの辺りだったと聞いたのですが……」
指を差したのは、正面ではなく社よりも右手にある大木。そこに微かではあるが、神事を行った残滓が感じられた。
怪しまれないよう、この場は大学ネタを使わせてもらうことにする。これならば、古い町の文化を調べに来た大学生と思えるだろう。その目論見通り、老婆は素直に話してくれた。
「それはまた大昔の話だよ? あたしの大婆から聞いた話によると、確かあの大木の端だったらしいね」
その大木には、縦に亀裂が走っていた。
「お神楽の披露の最中に雷が落ちてねぇ。それから、木の傍は危ないって移動したらしいよ」
その雷が落ちたらしい木を見つめてわかる。その雷は正しく神の雷だったようだ。
「……その頃のお神楽はもう、今のものでしたか……?」
「ん? どういう意味だい?」
「いえ、ご存知なければいいのです。ありがとうございます。あの大きな木を近くで見てこようと思います」
「ははっ、そうかい。気をつけな」
物好きもいたものだと呆れ顔をされてしまったが、欲しい情報は手に入った。
「まずは正しいかどうかの確認……雷より前だな」
昼が近付く時間帯。だんだんと人が減って行くのはありがたい。
高耶は大木から少し離れた場所で立ち止まると、力に集中する。さすがに昼間。それも外だ。道場でやったように記憶を見せるわけにはいかない。今やるのは、高耶だけが見ることのできる術だ。
しばらく微動打にしない高耶。参拝客の邪魔にもならない場所だ。そこは心得ている。しかし、それを目ざとく見つけ、声をかけてきたのが先ほどの孫娘、麻衣子だった。
「ちょっと、あんた。こんな所で立って寝るのやめてくれる? 迷惑だわ」
「っ……失礼しました……」
もう少しで全て見られたのだが残念だ。内心舌打ちして丁寧な言葉のまま対応する。はっきり言って危なかった。これが高耶だったから良かったが、並の術者ならば術が無理矢理解ける反動で気を失っていただろう。
高耶も感じた一瞬の頭痛に、僅かに顔をしかめる。絶対的に邪魔をされないようにする事は可能だが、今は術の重ねがけなどする余裕がない。力が今も充雪へと流れているのだから。
目立たないようにしていたとはいえ、昼間で人通りもある。予想はしていたから文句は言えない。これが町中ならば、最近の他人への接触を嫌がる風潮のお陰で、滅多に声をかける者はいないのだが、こういう場所では仕方がない。
「あんた怪しいよね。ただの観光客っぽいのに、お祖父ちゃんと知り合いだし……ウチにお金はないからねっ」
新手の詐欺だとでも思われたのだろうか。巫女の女性に怒られている青年というのは、変に目立つ。
「……仕事でこの辺りの調査をしているんです。泉一郎さんとは、その過程で知り合いました」
「ふぅ~ん……なんの仕事よ」
「今は土地の神様について主に調べています」
「はっ、嘘っぽい」
「……っ」
ちょっとイラっとした。
「あまり邪魔をしないでいただけますか? 滞在期間も限られていますので」
「へぇ、神様について調べてるなら、巫女である私の話を聞きたがるものじゃない?」
「お若い方では正確さに欠けますので」
「言ってくれるじゃないっ。これでも古株よっ。都会にいるような、にわか巫女じゃないんだからねっ」
なんだか、ただ単にいちゃもんをつけられているだけという感じがしてきた。こちらとしては本当に時間を惜しんでの行動だ。こんなものに付き合っていられない。
「……黙ってろ。邪魔だと言っているだろう」
「っ、なっ、なによっ。本性を表したわね! やっぱり怪しい。自警団に報告っ……!」
「黙れと言ったぞ」
「っ!?」
高耶が本気で睨めば、女は身を強張らせ喉をヒクつかせる。
「あっちへ行ってろ。こっちは仕事中だ」
冷ややかな高耶の目は、尚も女を射抜いたのだ。
123
お気に入りに追加
1,407
あなたにおすすめの小説
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
おばあちゃん(28)は自由ですヨ
美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。
その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。
どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。
「おまけのババアは引っ込んでろ」
そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。
その途端、響く悲鳴。
突然、年寄りになった王子らしき人。
そして気付く。
あれ、あたし……おばあちゃんになってない!?
ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!?
魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。
召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。
普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。
自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く)
元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。
外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。
※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。
※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要)
※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。
※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる