21 / 405
第一章 秘伝のお仕事
021 親子は難しい
しおりを挟む
2018. 1. 15
**********
夜が明けた。一仕事終えた高耶は、気分を落ち着けるためにもと、一人で部屋の温泉に浸かっていた。
露天風呂から見えるのは、朝靄に包まれる幻想的な山の風景。しかし、高耶は景色を楽しむように見えていても、その実、充雪の気配を見つけようと集中していた。
「あのジジィ……これは山神の所か?」
自身の力が山に流れている事を悟った高耶は、恐らく充雪が山神の所にいるのだと察した。
「まったく……」
イレギュラーな事が起こったのは明白。だが、今は繋がりを強化している状態だ。こちらから働きかけることはできないが、充雪から連絡を取ることは難しくない。それをしないのは、忘れているのか、山神に面倒な事を押し付けられてそれに思い至らないかのどちらかだろう。
「脳筋だしな……仕方ない」
動きながらも思考し、計算するという芸当が出来ないのは知っている。良いも悪くも、反射や直感でもって結果を出すのが脳筋だ。高耶も悪いことだとは思っていない。そこまで至るには、相当の経験則が必要なのだから。
「俺がおかしいのか?」
歴代の当主の中ではかなり異端だ。充雪はたまに高耶の事を父親である夜鷹のようだと言う。自分が追い求めていた人物像そのものだと。
そんな思考に浸っていると、そこへ父がやってきた。
「おはよう、高耶君。朝風呂良いねぇ」
「おはようございます」
隣りに入ってきた父に挨拶する。父は肩まで湯に浸かりながら景色を見る。
「スゴイねぇ……綺麗だ」
「ええ」
一緒になって、今度は何も考えず眼前に広がる景色を見つめた。
「……」
静かに見つめる高耶へ目を向けた父は首を傾げた。
「何か悩んでる?」
「……いえ……あ~、いや、少しだけ……」
なぜわかったのかという思いのせいで、どんな顔をしていいのか戸惑う。今までならば何でも誤魔化せた。否、誤魔化そうと思った。けれど、今は違う。
「ちょっと、トラブっているみたいです」
「誰と?」
「……神と……ですかね。あそこに見える山です。あそこには、古い神がいます。邪魔をされているわけではないようですけど……」
山を見つめる高耶の目は、いつの間にか鋭い光を宿していた。
「神様が相手なの?」
「いいえ、神様は協力者です。だから、まぁ、なんとかなります」
「ははっ、神様が協力者だなんてね」
それからしばらく、黙って湯に浸かっていた。次第に明るくなってくる山の様子を確認してようやく湯から上がったのだ。
朝食は、部屋に用意してもらった。のんびりと、高耶の式である珀豪と共に食事ができて優希も喜んでいた。
「ハクちゃん、これたべる?」
《我の事より、これを食べよ。野菜はしっかり取らねばいかんぞ》
「は~い」
むしろ、優希の世話を珀豪が進んで焼いていた。
《主よ。我はこのままで良いか?》
「ああ。優希が気に入ってるみたいだし、お前も子ども好きだろう」
《む、う、うむ……否定できん……》
珀豪は面倒見が良い。それが最も発揮されるのが子ども相手の時だ。
「……」
「母さん、どうかしたのか?」
母は先ほどから全く口を開いていない。朝食を食べる速度や一口の量が異様に遅いし小さいのも気になった。母の目は、珀豪と優希に向いていた。
「高耶……」
「あ、ああ。なんだ?」
「……あなたが手がかからなかったのって、ハク君がいたからじゃないの?」
「ん?」
意味がすぐには分からなかった。それを察したのだろう。母は更に続ける。
「だって、高耶、留守番も、買い物もお料理も全部、いつの間にかできるようになったし、私は手がかからなくて良いわって思ってただけだったけど……良く考えたらおかしいじゃない」
高耶は父が死んで、家で一人になっても、全く手のかからない子だった。それはもちろん、充雪や式達のおかげではあった。
「……まぁ、珀豪達と誓約したのが十一だったかな……充雪はそれより前から一緒にいたから……」
「やっぱりっ。なんで言わないのよ!」
「いや……その……」
言えなかったという事は昨晩話したはずなのだがと高耶は苦笑する。これに、助け舟を出してくれたのは父だ。
「まぁまぁ、高耶君は僕達の事を思って言わなかったんだから。ねっ」
「そ、そうだけど……」
納得できないと顔をしかめる母。これでは高耶の邪魔になると判断した珀豪が言う。
《主よ。外に出るのではないのか? 家族は我が守ろう》
「あ、ああ。頼む。俺は道場に行ってくるから」
「ハクちゃんといっしょにいていいの?」
《うむ。主の許可は取ったぞ》
「わぁ~いっ」
父も今日は一日、のんびりとこの旅館で過ごすと決めたらしい。話し相手にも珀豪は適任だ。
高耶は逃げるように、昨日の道場へ向かうため、旅館を出て行ったのだ。
**********
夜が明けた。一仕事終えた高耶は、気分を落ち着けるためにもと、一人で部屋の温泉に浸かっていた。
露天風呂から見えるのは、朝靄に包まれる幻想的な山の風景。しかし、高耶は景色を楽しむように見えていても、その実、充雪の気配を見つけようと集中していた。
「あのジジィ……これは山神の所か?」
自身の力が山に流れている事を悟った高耶は、恐らく充雪が山神の所にいるのだと察した。
「まったく……」
イレギュラーな事が起こったのは明白。だが、今は繋がりを強化している状態だ。こちらから働きかけることはできないが、充雪から連絡を取ることは難しくない。それをしないのは、忘れているのか、山神に面倒な事を押し付けられてそれに思い至らないかのどちらかだろう。
「脳筋だしな……仕方ない」
動きながらも思考し、計算するという芸当が出来ないのは知っている。良いも悪くも、反射や直感でもって結果を出すのが脳筋だ。高耶も悪いことだとは思っていない。そこまで至るには、相当の経験則が必要なのだから。
「俺がおかしいのか?」
歴代の当主の中ではかなり異端だ。充雪はたまに高耶の事を父親である夜鷹のようだと言う。自分が追い求めていた人物像そのものだと。
そんな思考に浸っていると、そこへ父がやってきた。
「おはよう、高耶君。朝風呂良いねぇ」
「おはようございます」
隣りに入ってきた父に挨拶する。父は肩まで湯に浸かりながら景色を見る。
「スゴイねぇ……綺麗だ」
「ええ」
一緒になって、今度は何も考えず眼前に広がる景色を見つめた。
「……」
静かに見つめる高耶へ目を向けた父は首を傾げた。
「何か悩んでる?」
「……いえ……あ~、いや、少しだけ……」
なぜわかったのかという思いのせいで、どんな顔をしていいのか戸惑う。今までならば何でも誤魔化せた。否、誤魔化そうと思った。けれど、今は違う。
「ちょっと、トラブっているみたいです」
「誰と?」
「……神と……ですかね。あそこに見える山です。あそこには、古い神がいます。邪魔をされているわけではないようですけど……」
山を見つめる高耶の目は、いつの間にか鋭い光を宿していた。
「神様が相手なの?」
「いいえ、神様は協力者です。だから、まぁ、なんとかなります」
「ははっ、神様が協力者だなんてね」
それからしばらく、黙って湯に浸かっていた。次第に明るくなってくる山の様子を確認してようやく湯から上がったのだ。
朝食は、部屋に用意してもらった。のんびりと、高耶の式である珀豪と共に食事ができて優希も喜んでいた。
「ハクちゃん、これたべる?」
《我の事より、これを食べよ。野菜はしっかり取らねばいかんぞ》
「は~い」
むしろ、優希の世話を珀豪が進んで焼いていた。
《主よ。我はこのままで良いか?》
「ああ。優希が気に入ってるみたいだし、お前も子ども好きだろう」
《む、う、うむ……否定できん……》
珀豪は面倒見が良い。それが最も発揮されるのが子ども相手の時だ。
「……」
「母さん、どうかしたのか?」
母は先ほどから全く口を開いていない。朝食を食べる速度や一口の量が異様に遅いし小さいのも気になった。母の目は、珀豪と優希に向いていた。
「高耶……」
「あ、ああ。なんだ?」
「……あなたが手がかからなかったのって、ハク君がいたからじゃないの?」
「ん?」
意味がすぐには分からなかった。それを察したのだろう。母は更に続ける。
「だって、高耶、留守番も、買い物もお料理も全部、いつの間にかできるようになったし、私は手がかからなくて良いわって思ってただけだったけど……良く考えたらおかしいじゃない」
高耶は父が死んで、家で一人になっても、全く手のかからない子だった。それはもちろん、充雪や式達のおかげではあった。
「……まぁ、珀豪達と誓約したのが十一だったかな……充雪はそれより前から一緒にいたから……」
「やっぱりっ。なんで言わないのよ!」
「いや……その……」
言えなかったという事は昨晩話したはずなのだがと高耶は苦笑する。これに、助け舟を出してくれたのは父だ。
「まぁまぁ、高耶君は僕達の事を思って言わなかったんだから。ねっ」
「そ、そうだけど……」
納得できないと顔をしかめる母。これでは高耶の邪魔になると判断した珀豪が言う。
《主よ。外に出るのではないのか? 家族は我が守ろう》
「あ、ああ。頼む。俺は道場に行ってくるから」
「ハクちゃんといっしょにいていいの?」
《うむ。主の許可は取ったぞ》
「わぁ~いっ」
父も今日は一日、のんびりとこの旅館で過ごすと決めたらしい。話し相手にも珀豪は適任だ。
高耶は逃げるように、昨日の道場へ向かうため、旅館を出て行ったのだ。
96
お気に入りに追加
1,304
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる