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第一章 秘伝のお仕事
016 眠るものは
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2018. 1. 3
**********
旅行二日目の朝。
昨晩眠ったのは十二時を回った頃。お陰でいつもよりは睡眠時間が取れた。
優希が隣にいたこともあり、少々布団は狭かったが、目覚めはすこぶる良かった。
充雪の話に興奮していた優希も、高耶が眠る頃には眠っていた。今はまだ目を覚ましてはいない。
時刻は朝の七時。両親もまだ目覚めていないらしい。高耶は一人身支度を整え、今日の予定を考える。
《お、起きたのか? それ、材料を集めておいたぞ》
「早いな。なら、優希達が起きる前に完成させるか」
そうして、一時間ほどで呪具が完成した。
八時。優希が目を覚ました。それと同時に、襖の向こうで人の動く気配がする。
「おはよう、おにいちゃん……」
「ああ、おはよう。母さん達も起きたみたいだから、着替えておいで」
「うん。あ……セツじぃは?」
襖を開けようとして、優希が振り返る。高耶は苦笑し、指を空中に向ける。
「ここにいる。また夜にな」
「うんっ。セツじぃ、またおはなし、きかせてね」
《おうっ》
充雪の声は優希には聞こえないが、頷いてやると、笑顔で襖を開けて出て行った。
「で? この余ったやつで優希が見えるようにする呪具を作れってことか?」
《察しがいいな。さすがはオレの見込んだ男だ》
「おい……」
こういう時だけ調子がいい。充雪が集めてきた材料の中に、明らかに必要となる材料とは違うものが紛れ込んでいた。
それらを集めると、まさに妖が視えるようになる呪具を作るためのものが残っていたのだ。
「作っても、使うのは俺といる時だけになるぞ。今はただでさえ危ないかもしれないんだ。視えるってだけで攻撃してくるのもいるからな」
妖は、視えないからこそ悪さができる。自分たちの仕業だと分からないから、面白いのだ。けれど、そこに視えるものが現れれば、水を差すことになる。
弱い妖ならば、視られたという衝撃で消滅することさえあるのだが、視えるというだけで敵視され、危害を加えられることもあるのだ。
妖相手に戦う手段を持たない者が視えるのは良いことではない。
《むむ……確かに……》
「同時に結界を周りに張れるようなものならいいんだがな……」
《っ、できそうじゃないかっ!?》
「呪具は専門外だろうが……まぁ、時間をかければなんとか……」
無理ではないかもしれない。高耶は、何かを作ったりするのが嫌いではない。新しい呪具もそれなりに作ってきた。今回作った呪具もアレンジされているもので、かなり効果が高くなっている。
《やるぞっ。いいだろう?》
「……ここにいる間にできればだぞ……」
《徹夜しろっ。大丈夫だ。なんとかなるっ》
「俺は生身だ。爺さんと一緒にするなよ?」
どうにも最近、よく無茶を押し付けられる。生身の人間なのだと忘れられていやしないかと心配になるほどだ。
「おにいちゃ~ん。あさごはんいこ」
「ああ……これ、仕掛けてきておいてくれ。こっちの作業は後だ」
《おうっ、任せろっ》
充雪に神のための呪具を頼み、高耶は腰を上げた。笑顔で待っている優希の頭を撫で、朝食に出かけたのだ。
◆◆◆◆◆
どす黒い感情が渦巻き、集まっていく。それは、つい最近から得られるようになった彼の餌だ。お陰で忌々しい人の施した術も、その上から抑えつけてくる神の力も跳ね除けられそうだ。
しかし、後一歩という所で、なぜかふっと神の力が強まった。
《なぜ……なぜ、ここまでの力があの神にあるっ……》
長い間地道に、集めた負の感情から細く細く糸を紡ぎ、愚かな人々の心から、その神の記憶を消していった。信仰が神の力だ。それが無くなれば弱まっていく。そうしてここまで弱めたというのに、何が起きたというのか。
《どうしてっ……》
深淵の中、それは考える。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『悔しいか』
《っ……》
『力を貸してやろうか』
《……誰だ……》
おかしな気配だった。妖とも人とも思えない。けれど、神ではないことは確かだ。
『鬼よ。人が、神が憎くはないか。この地上が欲しくはないか』
《……憎いっ、封じた『人』が! 欲しいっ、自由が!》
『ならば打ち破ってみせろ。餌はあちらにもあるぞ』
《っ……いいぞ、そうか、あの感情よりもっ……いいぞ、いいぞ!》
手繰り寄せていた感情よりも上質な負の感情。近くにあったというのに、なぜ気付かなかったのか。
『くくっ、封印が解けるのも、時間の問題だな……』
そうして、それは静かに去っていったのだ。
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旅行二日目の朝。
昨晩眠ったのは十二時を回った頃。お陰でいつもよりは睡眠時間が取れた。
優希が隣にいたこともあり、少々布団は狭かったが、目覚めはすこぶる良かった。
充雪の話に興奮していた優希も、高耶が眠る頃には眠っていた。今はまだ目を覚ましてはいない。
時刻は朝の七時。両親もまだ目覚めていないらしい。高耶は一人身支度を整え、今日の予定を考える。
《お、起きたのか? それ、材料を集めておいたぞ》
「早いな。なら、優希達が起きる前に完成させるか」
そうして、一時間ほどで呪具が完成した。
八時。優希が目を覚ました。それと同時に、襖の向こうで人の動く気配がする。
「おはよう、おにいちゃん……」
「ああ、おはよう。母さん達も起きたみたいだから、着替えておいで」
「うん。あ……セツじぃは?」
襖を開けようとして、優希が振り返る。高耶は苦笑し、指を空中に向ける。
「ここにいる。また夜にな」
「うんっ。セツじぃ、またおはなし、きかせてね」
《おうっ》
充雪の声は優希には聞こえないが、頷いてやると、笑顔で襖を開けて出て行った。
「で? この余ったやつで優希が見えるようにする呪具を作れってことか?」
《察しがいいな。さすがはオレの見込んだ男だ》
「おい……」
こういう時だけ調子がいい。充雪が集めてきた材料の中に、明らかに必要となる材料とは違うものが紛れ込んでいた。
それらを集めると、まさに妖が視えるようになる呪具を作るためのものが残っていたのだ。
「作っても、使うのは俺といる時だけになるぞ。今はただでさえ危ないかもしれないんだ。視えるってだけで攻撃してくるのもいるからな」
妖は、視えないからこそ悪さができる。自分たちの仕業だと分からないから、面白いのだ。けれど、そこに視えるものが現れれば、水を差すことになる。
弱い妖ならば、視られたという衝撃で消滅することさえあるのだが、視えるというだけで敵視され、危害を加えられることもあるのだ。
妖相手に戦う手段を持たない者が視えるのは良いことではない。
《むむ……確かに……》
「同時に結界を周りに張れるようなものならいいんだがな……」
《っ、できそうじゃないかっ!?》
「呪具は専門外だろうが……まぁ、時間をかければなんとか……」
無理ではないかもしれない。高耶は、何かを作ったりするのが嫌いではない。新しい呪具もそれなりに作ってきた。今回作った呪具もアレンジされているもので、かなり効果が高くなっている。
《やるぞっ。いいだろう?》
「……ここにいる間にできればだぞ……」
《徹夜しろっ。大丈夫だ。なんとかなるっ》
「俺は生身だ。爺さんと一緒にするなよ?」
どうにも最近、よく無茶を押し付けられる。生身の人間なのだと忘れられていやしないかと心配になるほどだ。
「おにいちゃ~ん。あさごはんいこ」
「ああ……これ、仕掛けてきておいてくれ。こっちの作業は後だ」
《おうっ、任せろっ》
充雪に神のための呪具を頼み、高耶は腰を上げた。笑顔で待っている優希の頭を撫で、朝食に出かけたのだ。
◆◆◆◆◆
どす黒い感情が渦巻き、集まっていく。それは、つい最近から得られるようになった彼の餌だ。お陰で忌々しい人の施した術も、その上から抑えつけてくる神の力も跳ね除けられそうだ。
しかし、後一歩という所で、なぜかふっと神の力が強まった。
《なぜ……なぜ、ここまでの力があの神にあるっ……》
長い間地道に、集めた負の感情から細く細く糸を紡ぎ、愚かな人々の心から、その神の記憶を消していった。信仰が神の力だ。それが無くなれば弱まっていく。そうしてここまで弱めたというのに、何が起きたというのか。
《どうしてっ……》
深淵の中、それは考える。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『悔しいか』
《っ……》
『力を貸してやろうか』
《……誰だ……》
おかしな気配だった。妖とも人とも思えない。けれど、神ではないことは確かだ。
『鬼よ。人が、神が憎くはないか。この地上が欲しくはないか』
《……憎いっ、封じた『人』が! 欲しいっ、自由が!》
『ならば打ち破ってみせろ。餌はあちらにもあるぞ』
《っ……いいぞ、そうか、あの感情よりもっ……いいぞ、いいぞ!》
手繰り寄せていた感情よりも上質な負の感情。近くにあったというのに、なぜ気付かなかったのか。
『くくっ、封印が解けるのも、時間の問題だな……』
そうして、それは静かに去っていったのだ。
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