秘伝賜ります

紫南

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第一章 秘伝のお仕事

007 仕事しろ

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2017. 12. 13

**********

昔から、不思議な力を持つ陰陽師という存在が周知されていたことにより、現代でもこういった科学では説明できないものは、一部で認知されて、秘匿されている。

理解できないものは恐怖や不安の対象だ。おおよそ、科学で正体を証明することが出来るとされる現代で、余計な混乱を起こさないためにどうするか。

はっきり解明できないなら隠してしまえという暴挙に出たのだ。

オカルトはそういうものだと納得するのに、これはダメとか線引きは難しい問題だろう。

そんな事情もあり、公にならないようにと高耶達のような者を支援する存在は様々な業界にいる。

もちろん警察にもいるのだ。彼らは元来、秩序を守る者。何より、影食いなどの妖の影響を受けた者が犯罪者になることで、その存在を理解する者も必要となる。

高耶は倒した青年に腰掛けながら、先ずとあるアドレスにメールを送る。すると、電話番号が返信されてきた。

そこに電話を掛けると、近くにいる担当に繋がるのだ。こういった案件は素早く動く必要がある。そのための措置だった。

『っ!? 高耶君! 久しぶり!!』
「……迅さんか……」
『なにその、心底残念ですって感じの声っ! 酷いんじゃないっ?』
「さっさと、迅速に来てもらえます?」
『まっかせてよ!! 迅・速に行くかっ……』

鬱陶しいテンションがどうにも合わない。プツっと切っておいた。

しかし、そのすぐ後にスマホを耳に当てたまま、一人の若い男がやってくる。

「切るの速いよっ!」
「……おっす……さっさと回収してくれ」

短髪、癖っ毛の童顔刑事。それが三先迅《ミサキジン》という男だ。

「するけどねっ。ちょっとはコミュニケーションっていうか、こう、仕事以外でも会話をねっ」
「仕事してくれ」
「分かったっ。今度美味しいケーキ屋さんでお話しようよ」
「……」

この男、少々というか、大分面倒くさい男で、あまり関わり合いになりたくない人物だったりする。

「あっ、それかこれからそこのクレープが美味しいっ」
「すんません、おじさん。そこの角二つ行った所に交番があるんで駐在さん呼んできてもらえます?」
「あ、ああ……」
「ちょっと、高耶君っ!? 俺、警察っ、刑事だよっ!? なんで代わり連れてこようとしてんのっ!?」
「仕事しようとしねぇからだろ」

低い声で言ってやれば、迅は不貞腐れたような表情をしながらようやく男に手を伸ばす。

「もうちょっと構ってくれてもいいのにさ……」
「せめて就業時間外にしろ……っ」

そう口にしてからしまったと思った。迅の目が輝いたのだ。

「そうするっ! 連絡するから、メールっ、メールアドレス教えてっ」
「勒《ロク》さんが良いと言ったら好きにしてくれ」
「っ……それ無理でしょっ。実質無理ってことでしょっ!?」

明らかに言動からしてダメダメな男だが、この間に高耶が腰を上げると素早く男を拘束していた。仕事はできるのだ。すると、後から来た相棒の刑事だろう一人の男性に男を引き渡す。

「あ~……せっかく会えたのにぃ……」
「もう帰れ。それと、その自転車も多分あいつのだ。あとそいつの持ってたナイフがあれ。そんで、この子達は俺が送ってく」
「うん……明日時間ができたら署に来てね……」
「分かってる。お疲れさん」
「はい……気を付けて」

肩を落として帰っていく迅を見送ると、微妙な顔をしてこちらを見ている見守り隊のおじいさんと目が合う。

「その……君も色々あるんだな……」
「……何か誤解してますよね? あの人、ただの武術バカっていうか……ちょっと気に入られてるだけです……」

生暖かい目を向けられたので、弁明しておく。しかし、年長者の目は厳しい。

「……ちょっと?」
「いえ、失礼、異常なくらいに……」

たまたま手伝いに行った道場で、迅の武術の指導に高耶が当たったことがあった。そこで気に入られてしまったようなのだ。迅は童顔だし言動がアレだが、実年齢は三十五歳くらい。意味不明な若者ではない。

どうも気に入られたのも、見た目と中身の違いというのが良かったらしい。迅は童顔を気にしているから。

実際はかなり才能もある有能な刑事だ。高耶を前にするとスイッチが入るだけで、本来は頼りになる男らしい。

「さて、送ってくか。えっとカナちゃんとミユちゃんだったか? お家までついて行ってあげるから……って、今泣くっ!?」

あの男が連れて行かれた事で安心したのか、二人の少女は同時に泣き出した。

「お、おいっ、こ、これはどうすればっ……」

冷静だった高耶も、子ども達には弱い。大混乱だ。そうすると、もう冷静な頭ではなくなる。だから、優希のこの言葉に素直に従った。

「おにいちゃん、だっこだよっ」
「へっ? よ、よしっ! 優希はここで動くなよ!」

そう一言伝えてから優希を下ろす。危ないので一歩離れてから二人の少女をヒョイっと片腕ずつで持ち上げた。

「ほら、抱っこだ」
「「っ!?」」

驚いて泣くのを止めた二人。それに高耶はほっとする。

「良かった……泣き止んだな。もう怖いお兄さんもいないだろ? お家に帰ろうな?」
「っ、うん」
「か、かえるっ」

これで問題は解決だと目を向けた先には、見守り隊のおじいさんが口をあんぐりと開けてこちらを見つめていた。

「ん?」
「あ、いや……兄ちゃん、見た目によらず力持ちなんだな……」
「あ~、まぁそれなりには鍛えてますんで」
「そうか。いや、本当に人は見かけで判断してはいかんな」
「はぁ……」

それから、高耶だけでは事情説明も難しいだろうということで、おじいさんもついて来てくれた。

二人の家は、お隣同士らしい。ただ、ミユちゃんの方は家に誰もいないということで、カナちゃんのお家に母親が帰って来るまで待たせてもらっているのだという。お陰で説明を二回する手間が省けそうだ。

カナちゃんの家に着くと、高耶はまだ降りないという二人を抱きかかえたままおじいさんにベルを鳴らしてもらう。

「はい……」

恐る恐る顔を出したカナちゃんの母親は、さすがに面食らったような顔を見せた。そこをすかさずおじいさんが事情説明に入る。

この時、優希は高耶の服の裾を掴んで歩いてついてきている。その間、カナちゃんやミユちゃんと楽しそうに話をしていた。高耶はあえて聞かない振りで通す。

内容はこうだ。

「ユウキちゃんのおにいちゃん、カッコイイね」
「いいなぁ……おにいちゃんほしい」
「えへへユウキのおにいちゃんだもん」

といったもので、始終キャッキャとはしゃいでくれた。女の子はいくつであっても女の子だなと感じ入ってしまう。

説明が終わると、カナちゃんの母親は勢いよく頭を下げてきた。

「ありがとうございますっ。ご迷惑をおかけしましたっ」
「いえ、妹の友達でしたし、大事に至らなくて良かったです」

そう言って二人を降ろす。すると、揃って顔を上げてお礼を言った。

「「ありがとうございました」」
「うん。どういたしまして。これからはちゃんと通学路を歩くんだよ」
「「はいっ」」

怖い思いはしたけれど、良い勉強にはなっただろう。

「カナちゃん、ミユちゃんまたあしたね」
「ユウキちゃん、バイバイ」
「またね~」

優希は児童センターに行くので普段一緒には帰れない。こうして二人と帰れたのは楽しかったのだろう。

ここでおじいさんとも別れる。

「それじゃぁ、ここでな」
「はい。ありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ助かったよ。じゃぁな」

優希と手を繋いで歩き出す。しかし、しばらくして優希が笑顔で言った。

「だっこ」
「優希……分かった」

甘やかし過ぎだとは思っても、今回だけはと抱き上げる。こうして今回だけは、今回だけはと毎回になるのには気付いていない。

「あははっ、たか~い」
「ちゃんと掴まってろよ?」
「うんっ」

夜には憂鬱な集まりもあるのだ。今だけはこうして幸せを噛み締めていても許されるだろう。

とりあえず、帰ったら盛大に文句一杯の呪い並みのメールを、今頃モニターの前で満足気にふんぞり返っているだろう人物に送ろうと心に決めていた。
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