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第一章 秘伝のお仕事
005 協力者は研究者
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2017. 12. 8
**********
大学で午前の授業を一つ終えた高耶は、さっさと一人昼食を済ませると、次の講義のある教室へ早々に入った。そこで声をかけてきたのは、小学生の頃の学友、和泉俊哉《イズミシュンヤ》だ。
生まれた土地から遠く離れたとしても、大学では思わぬ再会を果たすことがある。俊哉とはまさにこの大学で再会したのだ。
「おい、高耶。休むならちゃんと俺にもメールしろよ。寂しいだろ」
「……悪りぃ……」
ここにも寂しがりやがいたかとため息が漏れそうになった。
「ま、いいけどよ。昨日はどうしたん?」
「途中で妹を見つけたから連れ帰った」
「はぁ? 妹って、小学校に入ったって義理の? 見つけたってどこでだよ」
「公園。クラスの子に家族の悪口言われて悔しくて飛び出したらしい。大人しく見えて、案外直情型なのかもな」
今のうちから感情を操作しろなんてことは思わないが、思い切った行動を取る可能性はあると知ることができた。
「いやいや、それしっかり普段から物を考えてる証拠だって。言われた嫌味とか気付かない奴は多いぞ? 俺んとこ、小さい従兄弟が結構いるけど、いつだってぽかんと口開けてるしな」
「まあ、気は遣ってそうだな。環境が環境だし、家族での話も子どもだからって除け者にもしない」
父になった人は、優希がもっと小さい時から自分が本当の父親ではなく、優希の父親の弟だと話して聞かせていたらしい。
大きくなってから『言っていなかったけれど』と切り出すのは、慕ってくれる優希に不義理だと考えたのだ。
高耶や母は、それに賛同した。優希も、事実を知って受け止めているからこそ、おかしいと言われた事に腹を立てたのだろう。
「家族に隠し事はしないってことか。良い家族だな」
「……ああ……」
隠し事はある。多分、高耶だけが今の家族を裏切っている。それを思うと少しだけ気が重くなった。
しかし、そこで丁度講師が入ってくる。今は雑念を捨て、これに集中しようとノートを開いた。
◆◆◆◆◆
帰りは全速力だった。見つからないようにという注釈が付く。扉を使うのだ。この、まるで子どもの夢を体現した『ナントカドア』と名付けられそうな能力は、行った事のある場所でドアや扉があればそこに繋ぐことが出来る。
ただし、なぜだか利用制限はある。その辺は神とか霊界とかの世界の律の関係らしい。よって一日三回まで。
防犯カメラを警戒して往復を使えば、実質一日に使えるのは二回だけだ。それでは緊急の時などに使い勝手が悪い。
だから、人気のない雑居ビルやカメラを気にせずに使える場所は常にチェックしている。お陰で間違いなく何かあってカメラの画像を調べられれば、一度や二度、カメラを気にする怪しい行動が映っていることだろう。
しかし、高耶には裏ワザがあった。
「俺だ。悪いが大学といつもの図書館で頼む」
講義が終わってすぐ俊哉と別れ、カメラに映らないように人気のないサークル用の教室棟に向かう。
ここはカメラもなく、警備員が時折回るくらいで、ほとんど使われていない。あまりにも古い建物なので、教室の登録だけして、サークルのメンバーは荷物置き場にするくらい。集まる場所などファミレスや広い食堂とかでも構わないのだから。
お陰でここのドアから移動がしやすい。
電話の向こうでは普段と変わらない怠そうな声が聞こえている。
『タッくんさぁ、そんな毎日せかせか動き回って疲れない?』
「途中で止まる方が疲れるだろ。休む時は確実に休む。動ける時は動き続けるってのが俺のポリシーだ」
そう話ながら素早く鍵を開けて無人の教室に滑り込む。因みに、鍵開けも秘伝のものだ。高耶におおよそ開けられない鍵はない。勘違いされては困るが、これは歴とした鍵師から預かった技術だ。
『もっとのんびりしなよ大学生~』
「気にするな。もう良いか?」
ドアを閉め、内側から鍵をかけて確認する。
『あ~、ちょい待ち。後一分』
「……珍しく時間がかかるな」
いつもならもう準備ができているはずのタイミングだ。
『サービス情報を提供しようと思ってさ♪』
「何の情報だ? 何度も言うが、俺は正義の味方じゃないからな?」
電話の向こうの相手は、高耶のような力を持つ者たちの協力者だ。因みに男だ。
『いいじゃんかぁ。僕の研究でぇ、この世界がぁ、平和になるんだよ~っ』
この男、いい人間ではあるのだ。職務に真面目に向き合うというか、向き合い過ぎるところがあるのは困ったものではあるが。
『ついこの前ねぇ。カメラの画像にはっきりとあちら側のものが映るようにできる加工に成功したんだよっ』
「……」
『これで、すぐに対処できるでしょっ。発見が早まるでしょっ。犯罪者が減るでしょっ!』
そう。例えば影食い。あれは、負の感情を増幅させる。高耶など影食いを見ることのできる者が突発的に犯罪行為に走ってしまう者を見たら、影食いに集られ、真っ黒な姿に見える。
これがあちら側のものの影響だ。それを少しでも抑えられるよう、定期的な町の清浄化作業も行われている。
ただ、影食いは夏の雑草並みにすぐ出てくるのでキリはない。
『君たちが見えている世界が、僕のモニターには映し出されるんだっ。スゴイでしょっ。尊敬しちゃうでしょっ。褒め称えたくなるでしょ!?』
「……スゴイスゴイ……おい、これいつまで続くんだ? もう一分経ったよな? 切るからな?」
付き合っていられない。こちらは今、急いでいるのだ。優希を待たすなど許されることではない。
『あっ、いいけどそのまま繋いでてね? こっからがプレゼント情報だからぁ』
「さっさと言え。いいかげん怒るぞ」
呪ってやろうかと考えが及ぶほど苛ついている自覚があった。
『もぉ、せっかちだなぁ。結論を急ぐのは現代人の悪いところだよ?』
「時と相手によるんだよ」
最近は、ミステリーでもどんな事件が起こったのか、それを先に見せてそれを解明していく主人公のドラマの方が受け入れられやすい傾向が見られる。
黄門様の物語が未だに人気があるのはこの影響か。必ずこうなるという展開があるものの方が現代人は好きなのだ。
恋愛ものなんか、絶対にこいつらがくっつくんだよねと期待しながら見続けるのが盛り上がるように。結論が分かるから安心して見ていられるのだろう。
想像力が落ちている証拠だ。あれこれ考えることに楽しみを見出せない。
ある意味、習い事を結果が見えないからといって数ヶ月で辞めてしまうのもそんな現代人の習性によるものだと思う。忍耐力が落ちているのだ。耐える、我慢するという能力を放棄しかけている。
そんな現代だから、突発的に負の感情が高まれば抑えることができない。魔がさすなどという言葉が珍しくない現状だ。
よって、町の清浄化作業にしても、昔よりも数が増えてしまっている。
ドアを抜けると、そこは学校に程近い古い図書館。市がなんとか保たせている状態の寂しい図書館の入り口だ。誰かに見つかる可能性が低いとはいえ、ドアを閉めてすぐにトップスピードで目につかない道の角まで移動した。
ここから優希の学校まで一分とかからない。校舎はすでに見えていた。まだ子ども達は出てきていないようだ。安心してのんびりと歩く。その手には未だ通話中のスマホがあった。
『それでぇ。本当にここに映っているのと君たちが見えるものが同じかどうかを確認したくてねぇ。丁度、タッくんの妹ちゃんが使う通学路の近くにこの時間、真っ黒なのが出没するからぁ。確認して欲しいっていうかぁ。ぶっちゃけ完全に危険人物? 的なのが近くにいるよんって教えてるっていうかぁ』
「お前……っ」
ダラダラと話されて頭の中で情報をまとめるのは手間だが、その情報は聞き捨てならないものだった。
『あっ、お礼? 感謝しちゃう? どんどんしてっ』
「っ……そうだな。今まで黙っていたことへのお礼参りは今度してやるから……首洗って待ってろっ」
『あれっ!? ちょっ、待っ……』
通話をブチっと切って校門へ向かう。仕事の妨げにならないよう。高耶達の家族や友人は保護対象だ。その調査も電話向こうの彼は負っていたのだが、研究にかまけてそれを疎かにしていたらしい。
これはお仕置きが必要だろう。ただその前に、大切な家族である優希に被害が及びそうなことについて対処しなくてはならないかもしれない。
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生まれた土地から遠く離れたとしても、大学では思わぬ再会を果たすことがある。俊哉とはまさにこの大学で再会したのだ。
「おい、高耶。休むならちゃんと俺にもメールしろよ。寂しいだろ」
「……悪りぃ……」
ここにも寂しがりやがいたかとため息が漏れそうになった。
「ま、いいけどよ。昨日はどうしたん?」
「途中で妹を見つけたから連れ帰った」
「はぁ? 妹って、小学校に入ったって義理の? 見つけたってどこでだよ」
「公園。クラスの子に家族の悪口言われて悔しくて飛び出したらしい。大人しく見えて、案外直情型なのかもな」
今のうちから感情を操作しろなんてことは思わないが、思い切った行動を取る可能性はあると知ることができた。
「いやいや、それしっかり普段から物を考えてる証拠だって。言われた嫌味とか気付かない奴は多いぞ? 俺んとこ、小さい従兄弟が結構いるけど、いつだってぽかんと口開けてるしな」
「まあ、気は遣ってそうだな。環境が環境だし、家族での話も子どもだからって除け者にもしない」
父になった人は、優希がもっと小さい時から自分が本当の父親ではなく、優希の父親の弟だと話して聞かせていたらしい。
大きくなってから『言っていなかったけれど』と切り出すのは、慕ってくれる優希に不義理だと考えたのだ。
高耶や母は、それに賛同した。優希も、事実を知って受け止めているからこそ、おかしいと言われた事に腹を立てたのだろう。
「家族に隠し事はしないってことか。良い家族だな」
「……ああ……」
隠し事はある。多分、高耶だけが今の家族を裏切っている。それを思うと少しだけ気が重くなった。
しかし、そこで丁度講師が入ってくる。今は雑念を捨て、これに集中しようとノートを開いた。
◆◆◆◆◆
帰りは全速力だった。見つからないようにという注釈が付く。扉を使うのだ。この、まるで子どもの夢を体現した『ナントカドア』と名付けられそうな能力は、行った事のある場所でドアや扉があればそこに繋ぐことが出来る。
ただし、なぜだか利用制限はある。その辺は神とか霊界とかの世界の律の関係らしい。よって一日三回まで。
防犯カメラを警戒して往復を使えば、実質一日に使えるのは二回だけだ。それでは緊急の時などに使い勝手が悪い。
だから、人気のない雑居ビルやカメラを気にせずに使える場所は常にチェックしている。お陰で間違いなく何かあってカメラの画像を調べられれば、一度や二度、カメラを気にする怪しい行動が映っていることだろう。
しかし、高耶には裏ワザがあった。
「俺だ。悪いが大学といつもの図書館で頼む」
講義が終わってすぐ俊哉と別れ、カメラに映らないように人気のないサークル用の教室棟に向かう。
ここはカメラもなく、警備員が時折回るくらいで、ほとんど使われていない。あまりにも古い建物なので、教室の登録だけして、サークルのメンバーは荷物置き場にするくらい。集まる場所などファミレスや広い食堂とかでも構わないのだから。
お陰でここのドアから移動がしやすい。
電話の向こうでは普段と変わらない怠そうな声が聞こえている。
『タッくんさぁ、そんな毎日せかせか動き回って疲れない?』
「途中で止まる方が疲れるだろ。休む時は確実に休む。動ける時は動き続けるってのが俺のポリシーだ」
そう話ながら素早く鍵を開けて無人の教室に滑り込む。因みに、鍵開けも秘伝のものだ。高耶におおよそ開けられない鍵はない。勘違いされては困るが、これは歴とした鍵師から預かった技術だ。
『もっとのんびりしなよ大学生~』
「気にするな。もう良いか?」
ドアを閉め、内側から鍵をかけて確認する。
『あ~、ちょい待ち。後一分』
「……珍しく時間がかかるな」
いつもならもう準備ができているはずのタイミングだ。
『サービス情報を提供しようと思ってさ♪』
「何の情報だ? 何度も言うが、俺は正義の味方じゃないからな?」
電話の向こうの相手は、高耶のような力を持つ者たちの協力者だ。因みに男だ。
『いいじゃんかぁ。僕の研究でぇ、この世界がぁ、平和になるんだよ~っ』
この男、いい人間ではあるのだ。職務に真面目に向き合うというか、向き合い過ぎるところがあるのは困ったものではあるが。
『ついこの前ねぇ。カメラの画像にはっきりとあちら側のものが映るようにできる加工に成功したんだよっ』
「……」
『これで、すぐに対処できるでしょっ。発見が早まるでしょっ。犯罪者が減るでしょっ!』
そう。例えば影食い。あれは、負の感情を増幅させる。高耶など影食いを見ることのできる者が突発的に犯罪行為に走ってしまう者を見たら、影食いに集られ、真っ黒な姿に見える。
これがあちら側のものの影響だ。それを少しでも抑えられるよう、定期的な町の清浄化作業も行われている。
ただ、影食いは夏の雑草並みにすぐ出てくるのでキリはない。
『君たちが見えている世界が、僕のモニターには映し出されるんだっ。スゴイでしょっ。尊敬しちゃうでしょっ。褒め称えたくなるでしょ!?』
「……スゴイスゴイ……おい、これいつまで続くんだ? もう一分経ったよな? 切るからな?」
付き合っていられない。こちらは今、急いでいるのだ。優希を待たすなど許されることではない。
『あっ、いいけどそのまま繋いでてね? こっからがプレゼント情報だからぁ』
「さっさと言え。いいかげん怒るぞ」
呪ってやろうかと考えが及ぶほど苛ついている自覚があった。
『もぉ、せっかちだなぁ。結論を急ぐのは現代人の悪いところだよ?』
「時と相手によるんだよ」
最近は、ミステリーでもどんな事件が起こったのか、それを先に見せてそれを解明していく主人公のドラマの方が受け入れられやすい傾向が見られる。
黄門様の物語が未だに人気があるのはこの影響か。必ずこうなるという展開があるものの方が現代人は好きなのだ。
恋愛ものなんか、絶対にこいつらがくっつくんだよねと期待しながら見続けるのが盛り上がるように。結論が分かるから安心して見ていられるのだろう。
想像力が落ちている証拠だ。あれこれ考えることに楽しみを見出せない。
ある意味、習い事を結果が見えないからといって数ヶ月で辞めてしまうのもそんな現代人の習性によるものだと思う。忍耐力が落ちているのだ。耐える、我慢するという能力を放棄しかけている。
そんな現代だから、突発的に負の感情が高まれば抑えることができない。魔がさすなどという言葉が珍しくない現状だ。
よって、町の清浄化作業にしても、昔よりも数が増えてしまっている。
ドアを抜けると、そこは学校に程近い古い図書館。市がなんとか保たせている状態の寂しい図書館の入り口だ。誰かに見つかる可能性が低いとはいえ、ドアを閉めてすぐにトップスピードで目につかない道の角まで移動した。
ここから優希の学校まで一分とかからない。校舎はすでに見えていた。まだ子ども達は出てきていないようだ。安心してのんびりと歩く。その手には未だ通話中のスマホがあった。
『それでぇ。本当にここに映っているのと君たちが見えるものが同じかどうかを確認したくてねぇ。丁度、タッくんの妹ちゃんが使う通学路の近くにこの時間、真っ黒なのが出没するからぁ。確認して欲しいっていうかぁ。ぶっちゃけ完全に危険人物? 的なのが近くにいるよんって教えてるっていうかぁ』
「お前……っ」
ダラダラと話されて頭の中で情報をまとめるのは手間だが、その情報は聞き捨てならないものだった。
『あっ、お礼? 感謝しちゃう? どんどんしてっ』
「っ……そうだな。今まで黙っていたことへのお礼参りは今度してやるから……首洗って待ってろっ」
『あれっ!? ちょっ、待っ……』
通話をブチっと切って校門へ向かう。仕事の妨げにならないよう。高耶達の家族や友人は保護対象だ。その調査も電話向こうの彼は負っていたのだが、研究にかまけてそれを疎かにしていたらしい。
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