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第一章 秘伝のお仕事
004 納得させるのは難しい
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2017. 12. 6
**********
また一日が始まる。一限目を受講していない日、大学生である高耶は、授業が始まるまで時間がある。だからゆっくりと寝ていても良いのだが、共働きの両親や小学生の妹が揃って朝食をしようと思うのなら起きないわけにはいかない。
特に夫である父を早くに亡くし、二人だけで暮らしてきた手前、母を見送るのは義務だと思っていた。
それは、家族が増えた今でも変わらない。朝食を食べ、先ず母が出て行く。それから父、そして、妹となるのだが、箸の運びが遅くなっている優希を見兼ねて出がけの父にお願いする。
「父さん、通学団に優希は俺が送って行くと伝えていってもらえますか」
「いいのかい?」
「ええ。また帰って来そうですし、行きに話してみます」
「わかった。ありがとう、高耶くん」
「いえ」
少し良い格好をし過ぎかもしれないが、懐いてくれている妹のためと思ってほしい。
父を見送り、未だ難しい顔で朝食を口に運んでいる優希へ声をかける。
「優希、通学団には先に行ってもらったよ。ちゃんと食べたら学校まで送ってやるから、今日は授業を受けてくるんだぞ」
「っ、おにいちゃんついてくるの?」
「ああ。だから、今日はお休みできないぞ」
「……はい」
少しだけ前向きになったように見えた。その間に洗濯機を回してくる。優希を送ってから一度戻って干せばいい。
まだ少し萎縮しているのだろうか。出かける前の戸締りを確認している間に、ランドセルを背負って玄関で待っていた優希が特に小さく見えた。
「行くか」
「うん……」
「ほら、お家に行ってきます」
「いってきます……」
応えてくれる人が誰もいなくても『行ってきます』と『ただいま帰りました』は言うのが家の約束だ。
家には守り神がいる。だから『行って帰って来ます』と言うことと『今帰って来ました』と報告することは必要なのだと実の父に教えられた。その通りであるのを知っているのは高耶だけだ。
手を繋いで通学路を歩く。当然、もう子ども達は歩いてはいない。そこで、優希に聞いてみた。
「昨日、学校で嫌なことがあったのか?」
「……うん……」
これで会話が終了してしまったらそこまで。無理には聞かない。ぎゅっと握られた手を握り返し、学校に向かって歩く。しかし、しばらくしてポツポツと優希が話し出した。
「カナちゃんとミユちゃんが、ユウキのおとうさんはほんとうのおとうさんじゃないからヘンだっていったの……」
なるほどと思った。この新興住宅街の子ども達はみんな同じ学校だ。これだけ多くの家々が犇めき合っていれば、どこの家庭がどういった事情を持っているのか勘ぐって噂を立てられるのは仕方がない。その噂というか、親の話ていることを子ども達はちゃんと聞いている。
大人ならば外で、特に本人のいる場所で口にするのを遠慮することでも、子どもにはまだ分からない。だから無神経に『知っている』をひけらかす。子どもは承認欲求を抑えられないのだから。
「あたらしいおかあさんはいじわるするのがフツウだっていうし……おにいちゃんがオタクだからキモいとか……」
「うっ……マジか……」
やはり見た目は強い力を持っているようだ。仕事の時はちゃんと髪も撫で付け、メガネも外して前髪も分けるのだが、そうするとどうしても今風の若者になってしまう。それが嫌なのだ。
見た目でしか判断できないというのが高耶は嫌いだった。人付き合いが苦手だと思っている高耶としては、気軽に話しかけやすい見た目というのを仕事の時以外は避けている。
プライベートの時ぐらい、マイペースに静かに過ごしたいという目論見もあった。
「おにいちゃんはオタクじゃないもんっ。おかあさんやさしいもんっ。ユウキのおとうさんはふたりいるんだもんっ」
「そっか……そうだな。なら、そう言ってやればいい。それでもわかってもらえなかったら諦めろ。大きくならないと分からないんだと思ってやれ」
「……ん……」
まだそうやって切り替えるのは難しいだろう。それでも、どうしても自分を納得させなくてはやってられないこともあるのだ。
そこで優希の手を離し、帽子を被った頭を優しく叩くと昨日のように抱き上げた。
「わっ」
「分かってもらえなくて悔しいなら、勉強を頑張れ。勉強が出来るのは頭が良いからだってみんな考えるから。その頭の良い優希の言ってることが正しいって思うようになるさ。勉強しておいで」
「……うんっ」
子どもは単純なところもある。納得するのもさせるのもこれが今は一番の方法だろう。少々時間はかかるかもしれないがそこは我慢だ。すぐには解決できないこともあるのだと知るのも勉強だろう。
「さて、急ぐぞ。帽子をちゃんと押さえとけ」
「うわわっ、ははっ、はや~いっ」
一気にトップスピードに乗る。朝のこの時間は車や人の通りが多いので、射程距離を広く取り、気配を確実に読み取って駆ける。一つ二つ通学団を抜いたようだ。
校門に辿り着くと笑い声を上げる優希を下ろす。とても良い笑顔だ。ここまで優希には振動はほとんどなかったはず。上体を固定して走るのは忍術の基本なのだから。
「間に合ったな。優希、帰りもここに迎えに来てやるから、勉強頑張れよ」
「わかったっ」
やっぱり優希には笑顔が似合う。元気に学校に入っていくのを見送って、校門の所に立っていた教師に頭を下げる。
見た目はアレでも、その態度を見た教師や子ども達、送り迎えをする親達は高耶に良い印象を持つ。そして、奇しくも『見た目では分からない』を体現したのだ。
この場の一瞬でそんな変化をもたらしたとは知る由もない高耶は、それからのんびり家へ戻ったのだ。
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また一日が始まる。一限目を受講していない日、大学生である高耶は、授業が始まるまで時間がある。だからゆっくりと寝ていても良いのだが、共働きの両親や小学生の妹が揃って朝食をしようと思うのなら起きないわけにはいかない。
特に夫である父を早くに亡くし、二人だけで暮らしてきた手前、母を見送るのは義務だと思っていた。
それは、家族が増えた今でも変わらない。朝食を食べ、先ず母が出て行く。それから父、そして、妹となるのだが、箸の運びが遅くなっている優希を見兼ねて出がけの父にお願いする。
「父さん、通学団に優希は俺が送って行くと伝えていってもらえますか」
「いいのかい?」
「ええ。また帰って来そうですし、行きに話してみます」
「わかった。ありがとう、高耶くん」
「いえ」
少し良い格好をし過ぎかもしれないが、懐いてくれている妹のためと思ってほしい。
父を見送り、未だ難しい顔で朝食を口に運んでいる優希へ声をかける。
「優希、通学団には先に行ってもらったよ。ちゃんと食べたら学校まで送ってやるから、今日は授業を受けてくるんだぞ」
「っ、おにいちゃんついてくるの?」
「ああ。だから、今日はお休みできないぞ」
「……はい」
少しだけ前向きになったように見えた。その間に洗濯機を回してくる。優希を送ってから一度戻って干せばいい。
まだ少し萎縮しているのだろうか。出かける前の戸締りを確認している間に、ランドセルを背負って玄関で待っていた優希が特に小さく見えた。
「行くか」
「うん……」
「ほら、お家に行ってきます」
「いってきます……」
応えてくれる人が誰もいなくても『行ってきます』と『ただいま帰りました』は言うのが家の約束だ。
家には守り神がいる。だから『行って帰って来ます』と言うことと『今帰って来ました』と報告することは必要なのだと実の父に教えられた。その通りであるのを知っているのは高耶だけだ。
手を繋いで通学路を歩く。当然、もう子ども達は歩いてはいない。そこで、優希に聞いてみた。
「昨日、学校で嫌なことがあったのか?」
「……うん……」
これで会話が終了してしまったらそこまで。無理には聞かない。ぎゅっと握られた手を握り返し、学校に向かって歩く。しかし、しばらくしてポツポツと優希が話し出した。
「カナちゃんとミユちゃんが、ユウキのおとうさんはほんとうのおとうさんじゃないからヘンだっていったの……」
なるほどと思った。この新興住宅街の子ども達はみんな同じ学校だ。これだけ多くの家々が犇めき合っていれば、どこの家庭がどういった事情を持っているのか勘ぐって噂を立てられるのは仕方がない。その噂というか、親の話ていることを子ども達はちゃんと聞いている。
大人ならば外で、特に本人のいる場所で口にするのを遠慮することでも、子どもにはまだ分からない。だから無神経に『知っている』をひけらかす。子どもは承認欲求を抑えられないのだから。
「あたらしいおかあさんはいじわるするのがフツウだっていうし……おにいちゃんがオタクだからキモいとか……」
「うっ……マジか……」
やはり見た目は強い力を持っているようだ。仕事の時はちゃんと髪も撫で付け、メガネも外して前髪も分けるのだが、そうするとどうしても今風の若者になってしまう。それが嫌なのだ。
見た目でしか判断できないというのが高耶は嫌いだった。人付き合いが苦手だと思っている高耶としては、気軽に話しかけやすい見た目というのを仕事の時以外は避けている。
プライベートの時ぐらい、マイペースに静かに過ごしたいという目論見もあった。
「おにいちゃんはオタクじゃないもんっ。おかあさんやさしいもんっ。ユウキのおとうさんはふたりいるんだもんっ」
「そっか……そうだな。なら、そう言ってやればいい。それでもわかってもらえなかったら諦めろ。大きくならないと分からないんだと思ってやれ」
「……ん……」
まだそうやって切り替えるのは難しいだろう。それでも、どうしても自分を納得させなくてはやってられないこともあるのだ。
そこで優希の手を離し、帽子を被った頭を優しく叩くと昨日のように抱き上げた。
「わっ」
「分かってもらえなくて悔しいなら、勉強を頑張れ。勉強が出来るのは頭が良いからだってみんな考えるから。その頭の良い優希の言ってることが正しいって思うようになるさ。勉強しておいで」
「……うんっ」
子どもは単純なところもある。納得するのもさせるのもこれが今は一番の方法だろう。少々時間はかかるかもしれないがそこは我慢だ。すぐには解決できないこともあるのだと知るのも勉強だろう。
「さて、急ぐぞ。帽子をちゃんと押さえとけ」
「うわわっ、ははっ、はや~いっ」
一気にトップスピードに乗る。朝のこの時間は車や人の通りが多いので、射程距離を広く取り、気配を確実に読み取って駆ける。一つ二つ通学団を抜いたようだ。
校門に辿り着くと笑い声を上げる優希を下ろす。とても良い笑顔だ。ここまで優希には振動はほとんどなかったはず。上体を固定して走るのは忍術の基本なのだから。
「間に合ったな。優希、帰りもここに迎えに来てやるから、勉強頑張れよ」
「わかったっ」
やっぱり優希には笑顔が似合う。元気に学校に入っていくのを見送って、校門の所に立っていた教師に頭を下げる。
見た目はアレでも、その態度を見た教師や子ども達、送り迎えをする親達は高耶に良い印象を持つ。そして、奇しくも『見た目では分からない』を体現したのだ。
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