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第六章 秘伝と知己の集い
344 礼儀正しい子どもでした
しおりを挟む時島先生が息も絶え絶えに、目に涙を浮かべて土下座する槇達に声を掛けた。
「お前達は本当に、ロクな事をしなかったからなあ。ふふっ、はははっ」
もう堪えられないと笑い声を上げる。
「は~、笑った。あ~、明日か明後日には、腹筋が痛みそうだ。もう一回温泉にでも入っておくしかないな」
これに、俊哉が頷く。
「いいんじゃね? 俺も入ろっかな。俺も改めて思い出すと笑えるわ。ってか、満達にはこれ、黒歴史ってやつ?」
満と嶺、槇が気まずげに眉を寄せた。
「ほんとっ、子どもの時の俺らって最悪じゃんっ」
「うわ~、いやあ、高耶達があんま気にしてなさそうで良かったけど……確かにロクなことしてねえわ……」
「……すまない……」
満と嶺は、槇に釣られてやっていたというのがある。やる方の味方というのが一番安全で楽な立ち位置だったというのもあるのだろう。それでも、それを選んだのは彼らだ。
時島は、息を吐いて苦笑しながら、落ち込む三人を見る。
「蔦枝や小野田が、気に病まない者たちだったから良かったが、やられた方はやった者が思う以上に傷付くことだ。外傷は治りやすくする方法があるが、心の傷は見えないし治ったと確実に分かるものでもない」
これを、現在の加害者に話しても心に響かないだろう。届くのは、理解できるのは、残念なことに事が終わってしばらくしてからだ。
「日本では、やられた方のケアに重点を置くし『やられる方に問題がある』なんて真面目な顔で言う者が多い……」
「あ~、あるある。知ったかぶった奴とかさ。そういう奴らって、やられた事ねえんだよな。実際に目の前であったら、見て見ぬ振りするんだよ。そんで、そういう事言う時は、問題が浮き彫りになってきた時。色んな奴らの前で言うんだろ」
俊哉がつまらなそうに口を尖らせ、胡座をかいた足に頬杖をついて言う。
そして、彰彦が何気ない様子で続けた。その手はノートに何か書き付けている。目もその手元のノートに向いたままだ。
「海外では、やった方にもカウンセラーがつくらしいな。まあ、何が原因かを探るのに、被害者の情報だけでは不足だ。ましてや、原因となるのは、事柄ではなく仕草なども入る。そんなもの、当事者が気付くはずがない」
「そうだ……やられた方に原因があるというのは、ある意味では正しいのかもしれないが、だからと言って『やられる方に問題がある』訳ではない。それが気に入らなかったと手を出した方にこそ問題があると目を向けなくてはならないものだ……」
時島は寂しそうに手元に視線を落とす。学校の教師には、ずっと毎年のようについて回る問題なのだ。
そして、教師では見付けづらく、見付けても卒業までや学年が変わるまでの時間制限がある。その上、解決するためのマニュアルも確実な解決策もない。
けれど、やられた方にとっては、大事な唯一の子どもの頃の大切な時間を黒く染めてしまうものだ。
「相手の受け取り方だよな。あと、その時の気分。アレだよ。何か気に入らなくて、むしゃくしゃしたおっさんとかおばちゃんが、お客様は神様だって立場を傘に着て八つ当たりっつうクレームを付けるのと一緒。アレ、店員悪くない事多いじゃん?」
この俊哉の言葉に、満が嫌そうな顔で答えた。
「……分かる……ちょっとお釣りを渡す時に動作が早かっただけなのに、乱暴に渡して来たとか。商品出してる時に早く並べて新しいのから選んでもらおうってこっちは思ってるのに、商品見たいのにどいてくれなかったとか言われるんだよな……親切でも受け取り方次第なんだなって思うよ……」
「そうそう。どんだけ気を付けてもさ、何気ない仕草でも、受け手が機嫌悪かったりとか、嫌な事思い出したとかで八つ当たりされんの迷惑だよな」
うんと頷く嶺や槇も、バイト先などでそんな思いをした経験があるんだろう。
そんな経験をしているのかと、微笑ましげに時島は彼らを見つめる。
「そうだな。お客は気に入らなければその店に行かないとか、その店員を避けるって選択も出来るが、学校は気に入らないから行かないなんて選択が出来るものではない。相手がクラスメイトなら、嫌でも一年間同じ狭い教室の中で顔を合わせることになる。だから、そういう問題が出るんだろうな……」
お互いが逃げ場もない。嫌な気持ちを抱いたまま同じ空間に居るのだ。最悪な関係にもなる。そして、人生経験が浅いから、解決策も頭にない。逃げるという策さえも頭にない事の方が多く、追い詰められてしまう。
「……冷静に考えると……最悪じゃん。それ……」
「それ、逃げたくなるわ……けど、行くしかないから追い詰められる……うわ~……俺ら最悪……」
「あの頃は……俺が勝手にむしゃくしゃしてただけ……だな……今更気付くとか……本当に最悪だ……」
「今更でも、理解できたなら良かったんだろうな」
「「「……」」」
時島はそう判断した。
「お前達は運が良かった。相手が、蔦枝達のような子どもらしくない冷静さと、興味のある事以外を軽く見られる性格だったことを幸運だったと思え。心の傷で亡くなる者もいるんだからな。だが、自分たちが悪かったというのは覚えていろよ」
「「「はい」」」
彼らは二度と、理不尽に人を貶めないと己に誓ったようだ。
そこで、聞き役に回っていた高耶が口を開く。
「先生……俺……子どもらしくなかったですか……?」
「ん? 今更か? 子どもらしい子と言うのはなあ、夏休み入る前と冬休みに入る前の終業式の日に『ご指導ありがとうございました。また来学期、よろしくお願いします』なんて言って、わざわざ担任に頭下げに来ないんだよ」
「……」
そうなのかと高耶は目を丸くした。小学校からずっと、担任にはきちんとそうして挨拶して来たのだ。それが常識だと思っていた。
「ぷっ、なに高耶っ。そんなことしてたのかっ!」
「……いや……そういうもんだと……確かに、やってる奴はいなかったが……それは武道をやってないからだと……」
誰もそれがおかしいというのを言わなかったし、本当に当たり前の礼儀だと思っていたのだ。
「お前は本当に、礼儀正しい生徒だったな。始業式の日には『今学期もご指導よろしくお願いします』と挨拶にも来た。毎学期、そうやって挨拶に来るのを待つのが、職員室では他の先生達も楽しみにしていたよ。お前の担任になるのが誇らしくてなあ」
「……」
「え? なに? 俺ら的には担任が誰になるかで盛り上がるけど、先生らはもしかして、高耶の担任になるかどうかで盛り上がったりしてたとか?」
「したな。こう……あんな礼儀正しく挨拶されると、身が引き締まる思いというか……とても新鮮でな」
うんうんと嬉しそうに、その時を思い出すように目を閉じて腕を組む時島。
俊哉も何かを思い出すように宙に視線を投げた。
「あ~……だから、先生達ちょっと高耶に優しかったんだ? 優等生だからかと思ってたけど」
「仕方ないだろう。担任でなくてもあんな子に尊敬されたいと思うからな」
「分からんでもない。そういうところが、高耶が蓮次郎のおっちゃん達に気に入られるんだろうな~」
「そうだな」
「……」
なんだかしみじみと分析され、納得されたようだ。
「まあ、だからあれだ。心配しなくても、蔦枝の真摯な言葉や態度は、信じられないものも信じたくなる力がある。きっと、白木のご両親も受け入れてくれるだろう。そうだな……私も同席しようか」
「っ、是非! お願いします!」
槇が今度は時島に向かって深く頭を下げた。
「ああ。蔦枝の力にもなれそうで嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
高耶は『子どもらしくなかった』というのに、地味に衝撃を受けていた。自分の常識がおかしいかもしれないと少しだけ自覚した瞬間だった。
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