秘伝賜ります

紫南

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第六章 秘伝と知己の集い

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三曲ほど続けて弾き終えると、一度高耶は呼吸を整える。

そこで、完全に手が止まってしまっている一同に気付いた。皆、一様に陶然としてしまっていた。

「ん?」

一番初めに正気付いたのは俊哉だ。大きく息を吐いて吸う。口灯蛾や小さな妖は一掃されていた。

「はあぁぁぁ……マジ視えてると余計に凄まじいわ……で? 高耶~ぁ、ついでにこれ全館いけねえの?」

それなりに旅館内にも妖は潜んでいる。視えてしまうようになった俊哉としては、全部綺麗にして欲しいようだ。

「そこまでしなくても、ここは少ない方だからな。綺麗にし過ぎるのも問題あるし」
「え~、まあ、でもそうか」

とはいえ、高耶もここまで来たら、やれることはやっておきたい。今度と言って、今やれる事を後に回すのは性格的にあまりしないし、したくない。

「どのみち、ピアノもだが、調律は必要だからもう少し弾きたいが……」
「「「「「……っ」」」」」

期待するような目を向けられるが、手が止まるのは困るだろう。

「……準備が進まないようだから、明日以降に……」
「「「「「……っ、えぇぇえっ!」」」」」

キレの良い声が揃った。

「いや……邪魔になってるようだし……」

手が止まるということはそういうことだと高耶は認識していた。

これに即座に女性達が反応する。

「「っ、邪魔!?」」
「邪魔なわけないじゃん!!」

何言ってるんだと露子はテーブルを叩く。幸い、カトラリーはまだ置かれていないテーブルだったので、被害はない。

「そうだよ、高耶っ! 何言ってんの!? こんなすごいピアノ初めて聞いたんだけどっ! うちのピアノってこんな音出たの!? っていうか、調律してないかもっ」

武雄がなんだか混乱していた。

「ああ……調律はまあ……問題になるほど狂っていないんだが……やって良いなら少し弄りたいな……」
「出来るの!? いやそれもビックリだけどっ、こんな弾けるとかすごいって!!」
「……」

大興奮しているのは良く分かった。

「はっはっはっ。高耶はすげえだろっ。あ、で? 調律? 今からやる?」
「そうだな……それなら邪魔しないだろうし」
「けど、ああいうのって普通、周りで音立てられるとか、こっちが邪魔する事にならねえ?」
「いや、集中すれば問題ない」

高耶は周りの音を自分で聴こえなくすることが可能なのだ。これも秘伝の持つ技の一つ。

「そっか。なら今からやれよ。そんで、同窓会始まってから食事の時とかに弾いて。やっぱ聴いてもらってこそじゃん? コンサートの予行練習にもなるし」
「そう……だな。分かった」

そこに、清晶がやって来る。一応はと、この旅館の従業員の服を着ていた。

《調律の道具なら預かって来た》
「ん? ああ、伊調さんが?」
《うん。必要になるかもって》
「助かる。そうだ、女将さんに許可を……」

一応は許可をもらわなければと一歩踏み出しかけた所で、武雄が手を上げた。

「問題ない! ばあちゃんには俺から言っとく! 好きにやっちゃって!」
「……分かった。三十分くらいで終わらせるから」
「良いって! けどさあ、演奏する時……その……ばあちゃん達も聴いていいかな」
「それは別に……」
「っ、ありがとう! あっ、けど手が止まっちゃうんだよな……」

もれなく聴き惚れて動かなくなるだろう。旅館の者が、その間ほぼ動かないというのは、問題になりそうだ。

これがあるため、バイト先のクラブの方でも一回の演奏時間を長く出来ないのだ。聴き慣れてきても、ついつい従業員の手は止まりがちになる。

最近は特に、力をそれほど乗せなくてもそうなる。演奏技術も上がってきているのだろう。

そんな問題点も把握しているのが、高耶のマネージャーを自称する俊哉だ。

「今からその辺は調整するわ。料理もその間に冷めちまうしな。任せろって!」

俊哉の自信満々な様子に、露子が目を丸くする。

因みに、既に清晶は部屋から出て行っていた。視線は持っていっていたが、ツッコむ隙なく消えている。

「和泉、あんた……すごいのね」
「ん? おう。これくらいやれなきゃ、高耶と一緒に遊べねえからなっ!」
「いいわね……男の友情ってやつ……見方を変えたらもっと美味しいやつよね……」
「「つ、ツユちゃんっ」」
「ふっ」

ニヒルに笑う露子。智世と久美が露子を見る。そして、三人で見つめ合って、大真面目な顔で親指を立てて頷き合った。これは美味しいと。

そんなある意味ぐっと女性達の心を掴んだ俊哉は、早速と段取りの確認に移る。

高耶はもう調律に入っていた。

そこでようやく槇達も動き出す。真っ先に動いたのは槇だ。俊哉へ声をかける。

「っ……その……何か手伝えることはないか……」
「え? 何? 手伝ってくれんの? じゃあ、松田ぁ~。槇達が手伝ってくれるってよっ」
「あらそう? それなら頼もうかしら」
「おう……」
「あ、俺らも?」

そう自分達を指を差す満と嶺。とはいえ、部屋に戻るという選択は頭になかった。そろって女性達に視線を受け、頷く。

「あ、はい。やらせてください」
「ここに居たいです」
「「「そうよね」」」
「「はい……」」

しれっと彰彦は高耶の手伝いに回っている。ピアノの屋根を外したりするのは、中々一人では大変だ。

そうして自然に手伝えるのは、彰彦だからかもしれない。

「うむ……やはり調律も知っておかなくては、異世界の音楽文化に切り込むのは難しいかもしれんな……」

次は調律らしい。彼だけは通常モードだった。

そうして、待ちに待った同窓会が始まる。







**********
読んでくださりありがとうございます◎
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