秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
322 / 416
第六章 秘伝と知己の集い

322 悪口ではない

しおりを挟む
高耶達は、今日の会場になる大ホールに着いた。

テーブルの設置は終わっており、今はカトラリーなどが用意されようとしているようだ。旅館とはいえ、今回は和ではなく洋風の料理なのだろう。

だからピアノもある大ホールにしたと言うのもあるし、予想よりも出席率が良かったために、宴会場では手狭になったという事情もありそうだ。

丸いテーブルがいくつも並び、奥には大きな長机が用意されている。さながら結婚式の披露宴のような配置だ。

そこで、テーブルのカトラリーの傍に、名札を並べていたのは、三人の女性。

「え? あ、蔦枝くんっ。久し振り」

一人目は、お狐様の件から家族ぐるみでの付き合いもある瀬良せら智世ともよだ。その弟のまことは視える力が強いこともあり、現在、週二で蓮次郎の所の橘家で講義を受けている。

誠はあれから学校の先輩でもある由姫ゆき家の双子と共に、瑶迦の所へ来て優希達とも遊んだり勉強を見てくれたりしている。

双子の性格のせいもあるだろうが、それに引っ張りれるようにして、誠もとても元気になっている。最近はもっぱら双子のフォローをする事が多い。

突拍子もないことをしでかしたりするしんれいにギリギリ振り回されない所の見極めも出来るようになったようで、周りには密かに将来的にも高評価をもらっていた。

どのみち、視えない人たちと暮らしていくのは大変なので、こちらの業界に所属するようになる。補佐として使えると見た蓮次郎達が、今からどの家の誰に付けるかを考えているらしい。

そんなわけで、同級生である姉の智世より、誠の方とは高耶も顔を合わせることが多かった。

「ああ。そういえば、誠に幹事だって聞いたな」
「言い出しっぺでもあるんだから、当然じゃない。え? 百貨店で話した時、居たよね?」
「……ケーキバイキングの店だろ?」
「うん。間があったね。さすが蔦枝くん……」
「……」

呆れた顔をされた。

「あははっ。まあ、まあ、あの時は大変だったもんねえ。あ、私のことは覚えてる?」
「……伊原だろ?」
「うん。その間っ。その間ウケるっ。けど、完全に忘れてなかったみたいだから、なかったことにするっ。久しぶりっ」
「おう……」

危なかった。同級の女の子というのは、高耶にとって優先度が低いのだ。

そして、三人目。こちらは面影が何となく記憶にあるが、当然のように名前は出て来なかった。

「うわ~。かつてのいじめっ子といじめられっ子が一緒に居るとか、変な感じね」
「っ、ちょっ、ツユっ」

伊原久美が少し慌て気味にして槇を横目で確認していた。しかし、ツユと呼ばれた女性はあっけらかんとしている。

いじめっ子とは槇、満、嶺の三人組み。いじめられっ子とは、高耶と彰彦の事だろう。高耶に自覚は皆無だが、周りにはそう映っていた。

「いいじゃん。もう時効でしょ? だから、私も『おつゆ』って言われて揶揄われたこと、許すし。まあ、今思えばあだ名みたいなもんだけど」
「「「……」」」

これは、槇、満、嶺にはっきりと向けられた。ショートカットの艶やかな黒髪が良く似合う子だ。勝気な少し吊り上がった目も、大人になったことで、更に大人っぽさがプラスされている。

そこで高耶は思い出した。

「ああ、生徒会長の松田露子か」
「え? なに? 今思い出したの? 私、結構目立ってたと思ってたんだけどな……」

信じられないという顔をされた。だが、思い出せた高耶はちょっと誇らしげだ。ほぼ付き合いのなかった女子の名前を覚えていたというのは奇跡に近い。

俊哉もそれが分かっているから、驚いていた。

「っ、マジか。高耶が女子で覚えてるやつがいるなんて……まさか初恋……」
「っ、あら」

それはとっても光栄だと松田露子が笑う。しかし、理由は高耶らしいものだった。

「着物が似合いそうだなって思ったんだよ」
「っ、え、あ、に、似合うかしら……っ」

松田露子が少し恥ずかしげに目元を赤らめる。しかし、高耶はそんなことは気にせず、続けた。

「知り合いの子に似ててさ。見た目の年齢も同じくらいだったから。それも露子って名前も日本人らしくていいなと」
「……えっと……」

松田露子も気付く。初恋とか、そんな甘酸っぱい感じの認識ではないことに。

そして俊哉が手を打った。

「ああっ。寿園ちゃんに似てるわ! あの子の髪が黒かったらマジそっくり!」
「だろ? 昔は寿園も黒髪だったし、着物着てそれらしい感じだったから。めっちゃ似てるなって覚えてたんだよ。それも生徒会長やってたし」
「なるほどな~っ!」

納得という俊哉。けれど、他はそうはいかない。智世も、瑶迦の所へ行ったことはあるが、寿園には会えていなかったので、分からない。

だが、何となくイメージしてみたようだ。

「う~ん……おかっぱっぽかったよね……それで着物……」
「着物におかっぱって、座敷童子じゃん?」
「「「「「っ、それだ!」」」」」
「……」

誰もが納得した。とはいえ、露子としては複雑な心境だ。

「……あの頃にそれを言われなくて良かったと思うべきかしら……」
「あ~、あだ名が座敷童子になったかもな~」

俊哉の指摘に、露子がキツく眉を寄せた。

「最悪じゃない……」

これに、高耶は目に入ったピアノへ足を向けながら何気ない様子で答えた。

「可愛いと思うけどな」
「「「「え……」」」」
「っ、かわっ……っ」

既に高耶はピアノの方へ歩いて行っている。槇、満、嶺と久美が、今何と言ったかと高耶に目を向けたが、それには気付かない様子。

可愛いという言葉に、動揺する露子も同じように高耶を見ていた。

だが、座敷童子を瑶迦の所で一度でも見たことがあった俊哉と智世は、その姿を思い出しながら『座敷童子』は悪口にはなり得ないなと頷いた。

想像力豊かな彰彦も同様だ。

「「まあ、確かに?」」
「うむ」

そんな少々混乱する中、高耶はピアノを弾こうとしており、いつの間にか合流したエリーゼが手際よく屋根を持ち上げ、突き上げ棒を立てる。

そこに、武雄がやって来た。

「ん? 高耶? ピアノ弾くの?」
「ああ。ちょいここの空気入れ換える」
「あ~、お祓いみたいな?」
「そんな感じだ。構わず準備しててくれ」
「うん」

そうして、ピアノを弾き始めたのだが、そろそろ聴き慣れているはずの俊哉までも聴き惚れてしまい、そうなると当然、初めて聴く者達の手も止まる。

旅館の従業員達も動かなくなり、ただの演奏会と化した。







**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 558

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

処理中です...