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第六章 秘伝と知己の集い
322 悪口ではない
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高耶達は、今日の会場になる大ホールに着いた。
テーブルの設置は終わっており、今はカトラリーなどが用意されようとしているようだ。旅館とはいえ、今回は和ではなく洋風の料理なのだろう。
だからピアノもある大ホールにしたと言うのもあるし、予想よりも出席率が良かったために、宴会場では手狭になったという事情もありそうだ。
丸いテーブルがいくつも並び、奥には大きな長机が用意されている。さながら結婚式の披露宴のような配置だ。
そこで、テーブルのカトラリーの傍に、名札を並べていたのは、三人の女性。
「え? あ、蔦枝くんっ。久し振り」
一人目は、お狐様の件から家族ぐるみでの付き合いもある瀬良智世だ。その弟の誠は視える力が強いこともあり、現在、週二で蓮次郎の所の橘家で講義を受けている。
誠はあれから学校の先輩でもある由姫家の双子と共に、瑶迦の所へ来て優希達とも遊んだり勉強を見てくれたりしている。
双子の性格のせいもあるだろうが、それに引っ張りれるようにして、誠もとても元気になっている。最近はもっぱら双子のフォローをする事が多い。
突拍子もないことをしでかしたりする津と伶にギリギリ振り回されない所の見極めも出来るようになったようで、周りには密かに将来的にも高評価をもらっていた。
どのみち、視えない人たちと暮らしていくのは大変なので、こちらの業界に所属するようになる。補佐として使えると見た蓮次郎達が、今からどの家の誰に付けるかを考えているらしい。
そんなわけで、同級生である姉の智世より、誠の方とは高耶も顔を合わせることが多かった。
「ああ。そういえば、誠に幹事だって聞いたな」
「言い出しっぺでもあるんだから、当然じゃない。え? 百貨店で話した時、居たよね?」
「……ケーキバイキングの店だろ?」
「うん。間があったね。さすが蔦枝くん……」
「……」
呆れた顔をされた。
「あははっ。まあ、まあ、あの時は大変だったもんねえ。あ、私のことは覚えてる?」
「……伊原だろ?」
「うん。その間っ。その間ウケるっ。けど、完全に忘れてなかったみたいだから、なかったことにするっ。久しぶりっ」
「おう……」
危なかった。同級の女の子というのは、高耶にとって優先度が低いのだ。
そして、三人目。こちらは面影が何となく記憶にあるが、当然のように名前は出て来なかった。
「うわ~。かつてのいじめっ子といじめられっ子が一緒に居るとか、変な感じね」
「っ、ちょっ、ツユっ」
伊原久美が少し慌て気味にして槇を横目で確認していた。しかし、ツユと呼ばれた女性はあっけらかんとしている。
いじめっ子とは槇、満、嶺の三人組み。いじめられっ子とは、高耶と彰彦の事だろう。高耶に自覚は皆無だが、周りにはそう映っていた。
「いいじゃん。もう時効でしょ? だから、私も『おつゆ』って言われて揶揄われたこと、許すし。まあ、今思えばあだ名みたいなもんだけど」
「「「……」」」
これは、槇、満、嶺にはっきりと向けられた。ショートカットの艶やかな黒髪が良く似合う子だ。勝気な少し吊り上がった目も、大人になったことで、更に大人っぽさがプラスされている。
そこで高耶は思い出した。
「ああ、生徒会長の松田露子か」
「え? なに? 今思い出したの? 私、結構目立ってたと思ってたんだけどな……」
信じられないという顔をされた。だが、思い出せた高耶はちょっと誇らしげだ。ほぼ付き合いのなかった女子の名前を覚えていたというのは奇跡に近い。
俊哉もそれが分かっているから、驚いていた。
「っ、マジか。高耶が女子で覚えてるやつがいるなんて……まさか初恋……」
「っ、あら」
それはとっても光栄だと松田露子が笑う。しかし、理由は高耶らしいものだった。
「着物が似合いそうだなって思ったんだよ」
「っ、え、あ、に、似合うかしら……っ」
松田露子が少し恥ずかしげに目元を赤らめる。しかし、高耶はそんなことは気にせず、続けた。
「知り合いの子に似ててさ。見た目の年齢も同じくらいだったから。それも露子って名前も日本人らしくていいなと」
「……えっと……」
松田露子も気付く。初恋とか、そんな甘酸っぱい感じの認識ではないことに。
そして俊哉が手を打った。
「ああっ。寿園ちゃんに似てるわ! あの子の髪が黒かったらマジそっくり!」
「だろ? 昔は寿園も黒髪だったし、着物着てそれらしい感じだったから。めっちゃ似てるなって覚えてたんだよ。それも生徒会長やってたし」
「なるほどな~っ!」
納得という俊哉。けれど、他はそうはいかない。智世も、瑶迦の所へ行ったことはあるが、寿園には会えていなかったので、分からない。
だが、何となくイメージしてみたようだ。
「う~ん……おかっぱっぽかったよね……それで着物……」
「着物におかっぱって、座敷童子じゃん?」
「「「「「っ、それだ!」」」」」
「……」
誰もが納得した。とはいえ、露子としては複雑な心境だ。
「……あの頃にそれを言われなくて良かったと思うべきかしら……」
「あ~、あだ名が座敷童子になったかもな~」
俊哉の指摘に、露子がキツく眉を寄せた。
「最悪じゃない……」
これに、高耶は目に入ったピアノへ足を向けながら何気ない様子で答えた。
「可愛いと思うけどな」
「「「「え……」」」」
「っ、かわっ……っ」
既に高耶はピアノの方へ歩いて行っている。槇、満、嶺と久美が、今何と言ったかと高耶に目を向けたが、それには気付かない様子。
可愛いという言葉に、動揺する露子も同じように高耶を見ていた。
だが、座敷童子を瑶迦の所で一度でも見たことがあった俊哉と智世は、その姿を思い出しながら『座敷童子』は悪口にはなり得ないなと頷いた。
想像力豊かな彰彦も同様だ。
「「まあ、確かに?」」
「うむ」
そんな少々混乱する中、高耶はピアノを弾こうとしており、いつの間にか合流したエリーゼが手際よく屋根を持ち上げ、突き上げ棒を立てる。
そこに、武雄がやって来た。
「ん? 高耶? ピアノ弾くの?」
「ああ。ちょいここの空気入れ換える」
「あ~、お祓いみたいな?」
「そんな感じだ。構わず準備しててくれ」
「うん」
そうして、ピアノを弾き始めたのだが、そろそろ聴き慣れているはずの俊哉までも聴き惚れてしまい、そうなると当然、初めて聴く者達の手も止まる。
旅館の従業員達も動かなくなり、ただの演奏会と化した。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
テーブルの設置は終わっており、今はカトラリーなどが用意されようとしているようだ。旅館とはいえ、今回は和ではなく洋風の料理なのだろう。
だからピアノもある大ホールにしたと言うのもあるし、予想よりも出席率が良かったために、宴会場では手狭になったという事情もありそうだ。
丸いテーブルがいくつも並び、奥には大きな長机が用意されている。さながら結婚式の披露宴のような配置だ。
そこで、テーブルのカトラリーの傍に、名札を並べていたのは、三人の女性。
「え? あ、蔦枝くんっ。久し振り」
一人目は、お狐様の件から家族ぐるみでの付き合いもある瀬良智世だ。その弟の誠は視える力が強いこともあり、現在、週二で蓮次郎の所の橘家で講義を受けている。
誠はあれから学校の先輩でもある由姫家の双子と共に、瑶迦の所へ来て優希達とも遊んだり勉強を見てくれたりしている。
双子の性格のせいもあるだろうが、それに引っ張りれるようにして、誠もとても元気になっている。最近はもっぱら双子のフォローをする事が多い。
突拍子もないことをしでかしたりする津と伶にギリギリ振り回されない所の見極めも出来るようになったようで、周りには密かに将来的にも高評価をもらっていた。
どのみち、視えない人たちと暮らしていくのは大変なので、こちらの業界に所属するようになる。補佐として使えると見た蓮次郎達が、今からどの家の誰に付けるかを考えているらしい。
そんなわけで、同級生である姉の智世より、誠の方とは高耶も顔を合わせることが多かった。
「ああ。そういえば、誠に幹事だって聞いたな」
「言い出しっぺでもあるんだから、当然じゃない。え? 百貨店で話した時、居たよね?」
「……ケーキバイキングの店だろ?」
「うん。間があったね。さすが蔦枝くん……」
「……」
呆れた顔をされた。
「あははっ。まあ、まあ、あの時は大変だったもんねえ。あ、私のことは覚えてる?」
「……伊原だろ?」
「うん。その間っ。その間ウケるっ。けど、完全に忘れてなかったみたいだから、なかったことにするっ。久しぶりっ」
「おう……」
危なかった。同級の女の子というのは、高耶にとって優先度が低いのだ。
そして、三人目。こちらは面影が何となく記憶にあるが、当然のように名前は出て来なかった。
「うわ~。かつてのいじめっ子といじめられっ子が一緒に居るとか、変な感じね」
「っ、ちょっ、ツユっ」
伊原久美が少し慌て気味にして槇を横目で確認していた。しかし、ツユと呼ばれた女性はあっけらかんとしている。
いじめっ子とは槇、満、嶺の三人組み。いじめられっ子とは、高耶と彰彦の事だろう。高耶に自覚は皆無だが、周りにはそう映っていた。
「いいじゃん。もう時効でしょ? だから、私も『おつゆ』って言われて揶揄われたこと、許すし。まあ、今思えばあだ名みたいなもんだけど」
「「「……」」」
これは、槇、満、嶺にはっきりと向けられた。ショートカットの艶やかな黒髪が良く似合う子だ。勝気な少し吊り上がった目も、大人になったことで、更に大人っぽさがプラスされている。
そこで高耶は思い出した。
「ああ、生徒会長の松田露子か」
「え? なに? 今思い出したの? 私、結構目立ってたと思ってたんだけどな……」
信じられないという顔をされた。だが、思い出せた高耶はちょっと誇らしげだ。ほぼ付き合いのなかった女子の名前を覚えていたというのは奇跡に近い。
俊哉もそれが分かっているから、驚いていた。
「っ、マジか。高耶が女子で覚えてるやつがいるなんて……まさか初恋……」
「っ、あら」
それはとっても光栄だと松田露子が笑う。しかし、理由は高耶らしいものだった。
「着物が似合いそうだなって思ったんだよ」
「っ、え、あ、に、似合うかしら……っ」
松田露子が少し恥ずかしげに目元を赤らめる。しかし、高耶はそんなことは気にせず、続けた。
「知り合いの子に似ててさ。見た目の年齢も同じくらいだったから。それも露子って名前も日本人らしくていいなと」
「……えっと……」
松田露子も気付く。初恋とか、そんな甘酸っぱい感じの認識ではないことに。
そして俊哉が手を打った。
「ああっ。寿園ちゃんに似てるわ! あの子の髪が黒かったらマジそっくり!」
「だろ? 昔は寿園も黒髪だったし、着物着てそれらしい感じだったから。めっちゃ似てるなって覚えてたんだよ。それも生徒会長やってたし」
「なるほどな~っ!」
納得という俊哉。けれど、他はそうはいかない。智世も、瑶迦の所へ行ったことはあるが、寿園には会えていなかったので、分からない。
だが、何となくイメージしてみたようだ。
「う~ん……おかっぱっぽかったよね……それで着物……」
「着物におかっぱって、座敷童子じゃん?」
「「「「「っ、それだ!」」」」」
「……」
誰もが納得した。とはいえ、露子としては複雑な心境だ。
「……あの頃にそれを言われなくて良かったと思うべきかしら……」
「あ~、あだ名が座敷童子になったかもな~」
俊哉の指摘に、露子がキツく眉を寄せた。
「最悪じゃない……」
これに、高耶は目に入ったピアノへ足を向けながら何気ない様子で答えた。
「可愛いと思うけどな」
「「「「え……」」」」
「っ、かわっ……っ」
既に高耶はピアノの方へ歩いて行っている。槇、満、嶺と久美が、今何と言ったかと高耶に目を向けたが、それには気付かない様子。
可愛いという言葉に、動揺する露子も同じように高耶を見ていた。
だが、座敷童子を瑶迦の所で一度でも見たことがあった俊哉と智世は、その姿を思い出しながら『座敷童子』は悪口にはなり得ないなと頷いた。
想像力豊かな彰彦も同様だ。
「「まあ、確かに?」」
「うむ」
そんな少々混乱する中、高耶はピアノを弾こうとしており、いつの間にか合流したエリーゼが手際よく屋根を持ち上げ、突き上げ棒を立てる。
そこに、武雄がやって来た。
「ん? 高耶? ピアノ弾くの?」
「ああ。ちょいここの空気入れ換える」
「あ~、お祓いみたいな?」
「そんな感じだ。構わず準備しててくれ」
「うん」
そうして、ピアノを弾き始めたのだが、そろそろ聴き慣れているはずの俊哉までも聴き惚れてしまい、そうなると当然、初めて聴く者達の手も止まる。
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