秘伝賜ります

紫南

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第六章 秘伝と知己の集い

321 偽善って

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会場に向かうように歩きながら、俊哉が高耶へ確認する。

「それって良くあんの?」
「昔よりは少なくなったが……ある。けど、こっちも頼まれなければそのままだ。狭間の空間に入ると、時間の流れが違うから助け出しても、体が適応できなくなったり、家族が気味悪がったり、上手く社会に戻れなかったりするから」

よって、そのまま完全に魂の寿命が尽きるか、冥府の管理者が回収しに来るまでそのままにするのが、逆に幸せだったりするというのが、こちらの業界での認識だ。

「体が適応出来ないってのは具体的には?」
「こっちでの十年が……場所によって狭間だと一年とか半年とかだったりするんだ。完全に時間が止まる場所もあるくらいだから。そうなると、こちらに引っ張り出すことで肉体が時間を取り戻そうとして、一気に老けたりする」
「……浦島太郎じゃん……」
「同じだからな。こっちの業界では、竜宮城は狭間の空間にあるものだから」
「一気に現実に……っ怖っ。これだから昔話は嫌だっ」

俊哉が夢から覚めるようだと現実味を帯びた話になったことで、鳥肌を立てた。

これを聞いていた槇や満、嶺が顔色を悪くする。

「……浦島太郎……」
「え? これマジで? マジな話?」
「いや、高耶だし……マジかも……」
「「「……」」」

因みに、彰彦は一番後ろでうんうんなるほどと頷いていた。

高耶は後ろにいる槇達の様子など気にせずに続ける。

「上手く適応したとしても、体の成長が違うから、ほぼ十年前にいなくなった頃と同じ姿で現れるんだ。助け出したとしても、表に出せないだろ」
「見つかりましたって発表できないな……変な研究所とか、オカルト系の危ない奴らが寄ってきそう……」
「ああ。こっちの業界の者なら良いが、普通の家庭に、いくら行方不明だった子が戻って来たって受け入れ難いだろ……だから、狭間に落ちたら、昔からもうそれは神に捧げられたってことで、終わりにするんだ」

生け贄などという言い方はしない。それは必然だったのだと受け入れるしかないのだ。

槇が震えそうになる声で問いかける。

「美紗は……い、生きてる……のか……?」
「ああ。こっちの時間で、五十年くらいはまだ大丈夫だ。特に、川の神が傍に居る場合は、時間がゆっくりになっても、止まってはいないはずだ。子どもなら特に、少し成長が遅い子だってことでまだ戻って来やすい。まあ、これをご両親とか、親族が受け入れられるかどうかは別だ」
「……」

無事に戻って来たとしても、こちらの時間経過と同じ成長を見せていないことに、やはり違和感は感じるだろう。

「人ってのは、信じがたいこととか、理解できない現象って、目の前にあっても受け入れ難いものなんだ。特に大人は……」
「……」

槇は考えているようだ。それが本当だとして、受け入れられるだろうかと。

高耶も、狭間に居ると知っていて助けないのは、助け出したとしても、家族が受け入れられるかどうか分からないからだ。

戻って来て欲しいと思う想いは本物だろう。だが、そうして戻って来た時に、行方不明になった頃と同じ姿、状態だったらどうだろう。再会した時は、再会出来た喜びでいっぱいになって受け入れるだろうが、現実に立ち返った時、そのままでいられるだろうか。

「今、俺がその子を狭間の空間から助け出したとして、白木の両親は、行方不明になってほとんど成長していない姿で帰って来たその子を、普通に育てられるか?」
「……っ……分からない……」
「「「「……」」」」

俊哉も、満、嶺、彰彦も考えてみる。

何も無かったものとして、以前のままに愛せるだろうか。

「その子にとっては、行方不明になった直後から記憶は止まっているし、周りが……特に兄弟が次の日には一気に成長しているという事実も混乱させることになる。これをその子も受け入れられるかってことも重要だ」
「……」
「うわ~、そっちもあるのか……」

俊哉は頭を抱えた。

「……」
「あ~……助けて良かったねで終われねえんだ……」
「難しいな……」
「だからこそ、偽善という言葉があるのだろうな」
「彰彦……マジで今はそれ、刺さるから……」
「すまぬ」

この問題の難しさが理解できてきたようだ。

高耶としては、まだ他人事としている。

「まあ、ゆっくり考えてくれ。数ヶ月悩んだとしても、そうあちらの状態は変わらんから」
「……あ、ああ……分かった……」

悩む時間はまだまだあるのだから。







**********
読んでくださりありがとうございます◎
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