296 / 403
第六章 秘伝と知己の集い
296 多過ぎる
しおりを挟む
学校の校門まで、今日も迎えに来てくれた統二と校舎に入る。
その時、また何かを感じた。
「……」
顔を顰める高耶に気付いた者はいない。正体が分かるまであちらにも気付かれるわけにはいかないのだ。
「……」
高耶は指輪を確認する。最近、これが癖になっている。
そこに、俊哉が不思議そうに斜め後ろから声をかけてくる。
「なあ、高耶。その指輪どうしたん?」
「……視えるんだったな……」
「あっ、見えない系? マジか。で? 誰にもらったんだ?」
「……土地神だ。小学校の」
「へえっ。何か良いご利益あるのか?」
俊哉ならば聞いてくるだろうと思っていたため、特に気にすることなく答えた。
「神気を抑えてくれるらしい」
「「……え?」」
統二も振り返った。
「統二にも言っていなかったか……どうも、神気が漏れているらしくて、それを抑えるようにといただいたんだ」
「「……」」
立ち止まってしまった二人に、進むように背を押しながら続ける。
「きちんと自分で調整出来るようにするつもりではいるんだが、これが中々難しい……」
あれから、このままでは良くないと思い、瑶迦に相談しながら制御できる術を学んでいた。
だが、自然に出てしまうものを掴むのは難しい。知らない内に出るようになったもので、気付いていなかったものだ。余計に感知し難かった。
「久しぶりの難題で楽しいからいいんだけどな」
「「……」」
反応がないなと思いながらも、二人の背を押しながら進む。統二は何か考えているようだが、一応は向かうべき所へ足は動いている。
そうして、しばらく無言で進んでいると、クスクスとイヤらしい笑い声が聞こえてきた。それは、外のようだ。
掃除の時間でもあるらしく、外や廊下にも生徒たちが掃除道具を持って出ている。
すれ違う生徒達が高耶達の方を見るが、遠巻きに一礼だけして照れた顔で教室に入っていくため、廊下を行くのに足を止められることはなかった。
そんな中、聴こえた声。
他人が傷付く陰口や嫌味が大好きな妖が、この学校には多かった。そのため、少し遠い所でも、声が届いたのだ。
「……吹き虫が多いな……ちょっと多過ぎる……」
この高耶の呟きは、統二には聞こえたようだ。
「っ、え、あ……はい。あれ、臭うんで嫌なんですよね……けど、標的にならないと近付いて来ないので、退治しにくいですし……」
吹き虫は、嫌われ者の周りに巣を作る。見た目はカメムシに近いだろう。色は鮮やかな紫だ。
陰になる場所が好きで、自信を持てない者や、何かに耐えている者が猫背になって作る陰が特に好きらしい。
「え? なに? どんなやつ?」
ここで俊哉も復活した。
「カメムシ」
「ああっ、臭そうな、毒々しいやつ?」
「……ああ」
普通の人には、感じ取れない臭いを発しており、それが、無意識の内に憑いている者を嫌悪させる。
「そういや、この学校で良く見るなあ。小学校ではそんないなかったけど」
「思春期の子どもが通う場所だ。どうしてもな……」
なんでその子を嫌っていたのかというのは、何年か経つと分からなくなる。それは、その臭いを忘れるからだ。
避けられている子自身も、明確な理由なんて分からない。ただ、なぜか、いつの間にかそうなっているのだ。
「クラスに一人くらい、どうしても嫌われ者ができますから。それで鬱憤を晴らしてるってのもありますし、自分はあれより良いって、安心したいんでしょう。余裕ない証拠です」
「めっちゃ他人事じゃん。統二もやられる方だっただろ」
俊哉が指摘すると、統二は肩をすくめて見せる。
「あまりにも吹き虫が多いので、退治するためにも、都合が良かったんですよ。僕らの業界だと、中、高では、わざとやられる側に回るのが普通なんです」
「は? いじめられる側に、わざとなるのか?」
「狙ってなれるものでもないですけどね。原因なんて、最初の人でも覚えてないような事なので。ちょっと陰鬱な雰囲気出してみたりとか、いじめられてる子を助けてみたりとか。色々とやってみるんですよ」
どうしたらそうなるという、確実な方法は未だ見つかっていない。中には、体型を変えてみたり、わざと身なりを気にしないようにしてみたりと、どうにかしていじめられる側になろうと術者の子ども達は努力するのだ。
家によっては、これも修行の内であった。
「吹き虫が多いのって、気分悪くなったりするんで、自分達のためにも、そうやって標的になることで、集めて殲滅するんです。学年が上がれば、環境も変わりますし、だいたい、一年生のうちに殲滅を完了させて、その後は静かに落ち着いて生活するっていうのが、理想ですね」
「……いじめられるより、その虫の方が嫌ってことか……術者すげえな……」
嫌でも目に付く色と臭い。それが何よりも術者達には嫌なのだ。
「俊哉さんもあの臭いを知ったら、さっさと集めて焼却したいって思いますよ?」
「え? でもさあ、憑かれるんだよな? 近くにいたら臭うんじゃねえの?」
「標的になって、巣が近くにあると、臭わないんですよ」
「なに、その不思議機能……でも、まあ、それならわざとってのも頷けるわ……」
これもあり、術者は必死でいじめられる側に回ろうとするのだ。
「ん? けど、今は統二、普通じゃん?」
「ええ。一応、教室のは殲滅しましたから。兄さんにコツを教えてもらったんです。中学の頃とかは、退治するの苦手で、でも、意識しなくても自然といじめられる側になってたんで、卒業するまで地道に、プチプチと退治してました」
「いや、意図せずいじめられる側でラッキー! みたいな感覚どうなの?」
普通は悩むし、落ち込むし、嫌な気分になるだろう。だが、わざとなのでそういう事はないらしい。寧ろ、『みんな子どもねえ』と温かい目で見てしまいがちだという。
とはいえ、統二も中学の頃は、そんな余裕はなかった。
「いやいや。今でこそ吹き虫の事も知って、わざとでもいじめられる側にって考えるようになってますけど、秘伝家は術が苦手な人が多いので、はじめは知らなかったんです。だから、その時は普通に悩んでました! なので、いじめられる側に立つのは慣れてます!」
「……それもどうよ……術者って……」
俊哉は、少し同情気味に笑った。
「え? なら、高耶も?」
「……俺は、こうして……」
離れた所にいた吹き虫を、手で払うようにして消してしまった。
「……マジか。集める必要ねえってことか……」
「やっぱり兄さんはすごい……」
遠くからでも、ささっと祓えてしまうのが高耶だ。
「それにしても、多過ぎる……これは、良くなさそうだな……」
気になっていることと、無関係ではない気がした。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
その時、また何かを感じた。
「……」
顔を顰める高耶に気付いた者はいない。正体が分かるまであちらにも気付かれるわけにはいかないのだ。
「……」
高耶は指輪を確認する。最近、これが癖になっている。
そこに、俊哉が不思議そうに斜め後ろから声をかけてくる。
「なあ、高耶。その指輪どうしたん?」
「……視えるんだったな……」
「あっ、見えない系? マジか。で? 誰にもらったんだ?」
「……土地神だ。小学校の」
「へえっ。何か良いご利益あるのか?」
俊哉ならば聞いてくるだろうと思っていたため、特に気にすることなく答えた。
「神気を抑えてくれるらしい」
「「……え?」」
統二も振り返った。
「統二にも言っていなかったか……どうも、神気が漏れているらしくて、それを抑えるようにといただいたんだ」
「「……」」
立ち止まってしまった二人に、進むように背を押しながら続ける。
「きちんと自分で調整出来るようにするつもりではいるんだが、これが中々難しい……」
あれから、このままでは良くないと思い、瑶迦に相談しながら制御できる術を学んでいた。
だが、自然に出てしまうものを掴むのは難しい。知らない内に出るようになったもので、気付いていなかったものだ。余計に感知し難かった。
「久しぶりの難題で楽しいからいいんだけどな」
「「……」」
反応がないなと思いながらも、二人の背を押しながら進む。統二は何か考えているようだが、一応は向かうべき所へ足は動いている。
そうして、しばらく無言で進んでいると、クスクスとイヤらしい笑い声が聞こえてきた。それは、外のようだ。
掃除の時間でもあるらしく、外や廊下にも生徒たちが掃除道具を持って出ている。
すれ違う生徒達が高耶達の方を見るが、遠巻きに一礼だけして照れた顔で教室に入っていくため、廊下を行くのに足を止められることはなかった。
そんな中、聴こえた声。
他人が傷付く陰口や嫌味が大好きな妖が、この学校には多かった。そのため、少し遠い所でも、声が届いたのだ。
「……吹き虫が多いな……ちょっと多過ぎる……」
この高耶の呟きは、統二には聞こえたようだ。
「っ、え、あ……はい。あれ、臭うんで嫌なんですよね……けど、標的にならないと近付いて来ないので、退治しにくいですし……」
吹き虫は、嫌われ者の周りに巣を作る。見た目はカメムシに近いだろう。色は鮮やかな紫だ。
陰になる場所が好きで、自信を持てない者や、何かに耐えている者が猫背になって作る陰が特に好きらしい。
「え? なに? どんなやつ?」
ここで俊哉も復活した。
「カメムシ」
「ああっ、臭そうな、毒々しいやつ?」
「……ああ」
普通の人には、感じ取れない臭いを発しており、それが、無意識の内に憑いている者を嫌悪させる。
「そういや、この学校で良く見るなあ。小学校ではそんないなかったけど」
「思春期の子どもが通う場所だ。どうしてもな……」
なんでその子を嫌っていたのかというのは、何年か経つと分からなくなる。それは、その臭いを忘れるからだ。
避けられている子自身も、明確な理由なんて分からない。ただ、なぜか、いつの間にかそうなっているのだ。
「クラスに一人くらい、どうしても嫌われ者ができますから。それで鬱憤を晴らしてるってのもありますし、自分はあれより良いって、安心したいんでしょう。余裕ない証拠です」
「めっちゃ他人事じゃん。統二もやられる方だっただろ」
俊哉が指摘すると、統二は肩をすくめて見せる。
「あまりにも吹き虫が多いので、退治するためにも、都合が良かったんですよ。僕らの業界だと、中、高では、わざとやられる側に回るのが普通なんです」
「は? いじめられる側に、わざとなるのか?」
「狙ってなれるものでもないですけどね。原因なんて、最初の人でも覚えてないような事なので。ちょっと陰鬱な雰囲気出してみたりとか、いじめられてる子を助けてみたりとか。色々とやってみるんですよ」
どうしたらそうなるという、確実な方法は未だ見つかっていない。中には、体型を変えてみたり、わざと身なりを気にしないようにしてみたりと、どうにかしていじめられる側になろうと術者の子ども達は努力するのだ。
家によっては、これも修行の内であった。
「吹き虫が多いのって、気分悪くなったりするんで、自分達のためにも、そうやって標的になることで、集めて殲滅するんです。学年が上がれば、環境も変わりますし、だいたい、一年生のうちに殲滅を完了させて、その後は静かに落ち着いて生活するっていうのが、理想ですね」
「……いじめられるより、その虫の方が嫌ってことか……術者すげえな……」
嫌でも目に付く色と臭い。それが何よりも術者達には嫌なのだ。
「俊哉さんもあの臭いを知ったら、さっさと集めて焼却したいって思いますよ?」
「え? でもさあ、憑かれるんだよな? 近くにいたら臭うんじゃねえの?」
「標的になって、巣が近くにあると、臭わないんですよ」
「なに、その不思議機能……でも、まあ、それならわざとってのも頷けるわ……」
これもあり、術者は必死でいじめられる側に回ろうとするのだ。
「ん? けど、今は統二、普通じゃん?」
「ええ。一応、教室のは殲滅しましたから。兄さんにコツを教えてもらったんです。中学の頃とかは、退治するの苦手で、でも、意識しなくても自然といじめられる側になってたんで、卒業するまで地道に、プチプチと退治してました」
「いや、意図せずいじめられる側でラッキー! みたいな感覚どうなの?」
普通は悩むし、落ち込むし、嫌な気分になるだろう。だが、わざとなのでそういう事はないらしい。寧ろ、『みんな子どもねえ』と温かい目で見てしまいがちだという。
とはいえ、統二も中学の頃は、そんな余裕はなかった。
「いやいや。今でこそ吹き虫の事も知って、わざとでもいじめられる側にって考えるようになってますけど、秘伝家は術が苦手な人が多いので、はじめは知らなかったんです。だから、その時は普通に悩んでました! なので、いじめられる側に立つのは慣れてます!」
「……それもどうよ……術者って……」
俊哉は、少し同情気味に笑った。
「え? なら、高耶も?」
「……俺は、こうして……」
離れた所にいた吹き虫を、手で払うようにして消してしまった。
「……マジか。集める必要ねえってことか……」
「やっぱり兄さんはすごい……」
遠くからでも、ささっと祓えてしまうのが高耶だ。
「それにしても、多過ぎる……これは、良くなさそうだな……」
気になっていることと、無関係ではない気がした。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
112
お気に入りに追加
1,303
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を
紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※
3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。
2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝)
いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。
いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。
いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様
いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。
私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる