289 / 403
第六章 秘伝と知己の集い
289 お役目
しおりを挟む
穏やかで賑やかなお茶の時間を終え、高耶は元気になった春奈と神棚の手入れをしていた。
「恥ずかしいわ……こんなに放っておいたなんて……許していただけるかしら……」
「忘れていたわけではないですし、繋がりは切れていません。大丈夫ですよ」
「っ、そういえば、陰陽師? なのよね。手際も良いし……お家でもやられているの?」
きちんと両手で持ち、神具を布で丁寧に拭う。そして、迷いなく並べていく高耶に、春奈は感心していた。
そんな高耶達の後ろでは、克樹と将棋盤を囲む子ども達がいる。
「いえ。陰陽師と言っても、元は武闘家の家系でして、武技を極めるために陰陽道に手を出した変わり者なので。祀っているのも、神格を得た先祖なのです」
「まあっ。ご先祖様を?」
「ええ」
この話を聞いていた優希が、得意げに口を開く。
「セツじいはねえ、むかしのおはなしとか、いっぱいおしえてくれるのっ」
「それは……そのご先祖様?」
「うんっ。お兄ちゃん、きょうはセツじいは?」
家や瑶迦の所では、充雪が見えるようにしていることもあり、優希は本当の祖父のように懐いていた。
宙を浮いている祖父だが、それをおかしく思うことももうないようだ。
因みにそれは、友人である可奈や美由も同じだった。
高耶は苦笑しながら答えた。
「今日は本家で稽古つけてるよ」
これに優希は手を打つ。
「ああ。おしおきけいこだねっ」
克樹が不思議そうに、言葉の意味を探す。
「おしおき……もしかして、悪いことをした人へのお仕置きのことかな?」
「うんっ! お兄ちゃんがとうしゅなのに、いうこときかなかったから、おしおきするんだって!」
本家での深淵の風の一件以来、充雪は時間を見つけては、抜き打ちで稽古を行ったりしているようなのだ。
あんなに会いたがっていた充雪に、今はかなり怯えているというのは、様子を見に行った統二の感想だ。最後の方は、子どものように涙目になっているらしい。
「とうしゅ……家の当主? 高耶くんが?」
「そうだよ! お兄ちゃんえらいの!」
「とうしゅ……かっこいい……っ」
昊がキラキラした目で見てきた。当主という言葉の意味は分かったらしい。思い当たることもあったのだ。
「そういえば、校長先生がごとうしゅって、タカヤ先生のことよんでた……っ」
「ああ……よく覚えてたな」
「うんっ。なんでだろうっておもってた」
どうしても那津は高耶を『御当主』と呼ぶのだ。それだけ敬意を示してくれていると分かるので、高耶も文句は言わないでいる。
「そんなにすごい御当主様なのね……確かに、あんなに式神さんを出したりしてるし……こういうのもきちんと出来るし……私、失礼なことしてないかしら?」
畏まられても困ると、高耶は慌てて否定する。
「いえいえっ。そんなことはありませんよ。ちょっと専門的なことも知っているってだけのことです」
「そう……? けど、本当に色々とありがとうございます。何も返せないのが心苦しいのですけど……」
「いいんですよ。それに、こちらもメリットはあるんです。春奈さんが巫女として隣にある神社と繋がりをきちんと持っていただけたら、こちらも助かるんですよ。実は……」
高耶はここはきちんと説明しておこうと、土地神のことについても話した。
「まあっ。そんなことが……それでピアノも?」
「ええ。昊くんがここで練習するだけでも、状態が良くなるんです」
それで良くなると聞いて、春奈は喜んだ。ピアノ好きとしては、練習でも音が聞けるのは大歓迎というわけだ。
その上、孫である昊にも会う口実が出来る。そして、そんな孫と一緒に自分の巫女としてのお役目で役に立てるのだ。孫と一緒にというのは、祖母として嬉しいのだろう。
「そうだったんですね。任せてくださいっ。きちんとお役目を果たしてみせます!」
「そんな、気負わずに……無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます。ですけど、私なんだか……とってもやりたいんですっ。神さまのお役に立てていたんだって、知れましたもの……っ、お祖父様からお役目を継いだこと……今まで以上に誇らしく思えますわっ」
長く続けていると、盲目的にもなるが、ふとした時になぜこんなことをしているのだろうと無気力になる時もある。春奈の場合は、そうした気力を失っていた状態だった。
目に見えない成果を信じるというのは、胆力がいるものだ。心が折れないように、頑張るのは辛い。
だが、式神という不思議な存在を教えてくれた高耶が説明したことで、神の存在が確かなものに感じられるようになった。それは、春奈にとって何よりの救いになったのだ。
そして、そんな祖母を見て、幼い昊も決意する。
「おばあちゃん……ぼくもてつだう。そういうおていれとか、おしえて?」
「っ、昊……っ、ええ。これから色々、教えるわね」
「うんっ」
涙ぐむ春奈には気付かなかったふりで、高耶は神棚に向かって静かに手を合わせた。
この家はもう大丈夫だと伝えるために。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「恥ずかしいわ……こんなに放っておいたなんて……許していただけるかしら……」
「忘れていたわけではないですし、繋がりは切れていません。大丈夫ですよ」
「っ、そういえば、陰陽師? なのよね。手際も良いし……お家でもやられているの?」
きちんと両手で持ち、神具を布で丁寧に拭う。そして、迷いなく並べていく高耶に、春奈は感心していた。
そんな高耶達の後ろでは、克樹と将棋盤を囲む子ども達がいる。
「いえ。陰陽師と言っても、元は武闘家の家系でして、武技を極めるために陰陽道に手を出した変わり者なので。祀っているのも、神格を得た先祖なのです」
「まあっ。ご先祖様を?」
「ええ」
この話を聞いていた優希が、得意げに口を開く。
「セツじいはねえ、むかしのおはなしとか、いっぱいおしえてくれるのっ」
「それは……そのご先祖様?」
「うんっ。お兄ちゃん、きょうはセツじいは?」
家や瑶迦の所では、充雪が見えるようにしていることもあり、優希は本当の祖父のように懐いていた。
宙を浮いている祖父だが、それをおかしく思うことももうないようだ。
因みにそれは、友人である可奈や美由も同じだった。
高耶は苦笑しながら答えた。
「今日は本家で稽古つけてるよ」
これに優希は手を打つ。
「ああ。おしおきけいこだねっ」
克樹が不思議そうに、言葉の意味を探す。
「おしおき……もしかして、悪いことをした人へのお仕置きのことかな?」
「うんっ! お兄ちゃんがとうしゅなのに、いうこときかなかったから、おしおきするんだって!」
本家での深淵の風の一件以来、充雪は時間を見つけては、抜き打ちで稽古を行ったりしているようなのだ。
あんなに会いたがっていた充雪に、今はかなり怯えているというのは、様子を見に行った統二の感想だ。最後の方は、子どものように涙目になっているらしい。
「とうしゅ……家の当主? 高耶くんが?」
「そうだよ! お兄ちゃんえらいの!」
「とうしゅ……かっこいい……っ」
昊がキラキラした目で見てきた。当主という言葉の意味は分かったらしい。思い当たることもあったのだ。
「そういえば、校長先生がごとうしゅって、タカヤ先生のことよんでた……っ」
「ああ……よく覚えてたな」
「うんっ。なんでだろうっておもってた」
どうしても那津は高耶を『御当主』と呼ぶのだ。それだけ敬意を示してくれていると分かるので、高耶も文句は言わないでいる。
「そんなにすごい御当主様なのね……確かに、あんなに式神さんを出したりしてるし……こういうのもきちんと出来るし……私、失礼なことしてないかしら?」
畏まられても困ると、高耶は慌てて否定する。
「いえいえっ。そんなことはありませんよ。ちょっと専門的なことも知っているってだけのことです」
「そう……? けど、本当に色々とありがとうございます。何も返せないのが心苦しいのですけど……」
「いいんですよ。それに、こちらもメリットはあるんです。春奈さんが巫女として隣にある神社と繋がりをきちんと持っていただけたら、こちらも助かるんですよ。実は……」
高耶はここはきちんと説明しておこうと、土地神のことについても話した。
「まあっ。そんなことが……それでピアノも?」
「ええ。昊くんがここで練習するだけでも、状態が良くなるんです」
それで良くなると聞いて、春奈は喜んだ。ピアノ好きとしては、練習でも音が聞けるのは大歓迎というわけだ。
その上、孫である昊にも会う口実が出来る。そして、そんな孫と一緒に自分の巫女としてのお役目で役に立てるのだ。孫と一緒にというのは、祖母として嬉しいのだろう。
「そうだったんですね。任せてくださいっ。きちんとお役目を果たしてみせます!」
「そんな、気負わずに……無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます。ですけど、私なんだか……とってもやりたいんですっ。神さまのお役に立てていたんだって、知れましたもの……っ、お祖父様からお役目を継いだこと……今まで以上に誇らしく思えますわっ」
長く続けていると、盲目的にもなるが、ふとした時になぜこんなことをしているのだろうと無気力になる時もある。春奈の場合は、そうした気力を失っていた状態だった。
目に見えない成果を信じるというのは、胆力がいるものだ。心が折れないように、頑張るのは辛い。
だが、式神という不思議な存在を教えてくれた高耶が説明したことで、神の存在が確かなものに感じられるようになった。それは、春奈にとって何よりの救いになったのだ。
そして、そんな祖母を見て、幼い昊も決意する。
「おばあちゃん……ぼくもてつだう。そういうおていれとか、おしえて?」
「っ、昊……っ、ええ。これから色々、教えるわね」
「うんっ」
涙ぐむ春奈には気付かなかったふりで、高耶は神棚に向かって静かに手を合わせた。
この家はもう大丈夫だと伝えるために。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
124
お気に入りに追加
1,303
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を
紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※
3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。
2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝)
いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。
いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。
いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様
いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。
私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる