秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
285 / 416
第六章 秘伝と知己の集い

285 掃除しましょう

しおりを挟む
男性の名は久納くのう克樹かつきといった。

高耶はお茶を飲みながらそちらに目を向けて口を開く。

「立派な神棚ですね」
「っ、ああ。妻の家は神道の家系でね。隣の神社も管理していたんだが……親友を事故で亡くしてから気鬱になってしまって……」

外に出ることも嫌がるようになったらしい。笑うことも少なくなり、さらに昊の母である娘が仕事であまり来られなくなると、会話もあまりしなくなったという。

克樹かつきも昼間家に居ないのだ。外に出なければ、本当にほとんど誰とも話もしない生活になってしまった。

「最近は特に寝込みがちでね……昊が来ると、何とか無理してでも起きて来ていたんだが……」

それも出来なくなってきているらしい。だが、体が悪いわけではない。精神的なものだ。食事をきちんと取ってもらうくらいしか、克樹もできることがないと言う。

それもあり、エルタークに顔を出せなくなっていたのだ。

高耶は、今一度神棚の方を見る。

「……繋がりが切れ始めているので、余計でしょうね……」
「ん?」
「いえ。そうでしたか。だから、昊くんは、おばあちゃんにピアノを聴かせたいんだね」
「っ、うん……おばあちゃん、ピアノすきだったから」

確認は出来た。そして、ピアノを早速見せてもらうことになった。

「部屋は少し掃除したんだが、防音の部屋だから、あまり動かしていない換気扇しかなくて、少しまだ埃っぽいんだが……」

かなり埃っぽかった。

部屋の掃除も、あまりできていないのだろう。克樹は昼間、仕事に出掛けているし、家事が滞るのは仕方がない。

そこで高耶は考えた。

「……先に失礼ですが、奥様に許可をいただいてもいいですか? その……この辺りも掃除をしましょう。寝ておられるなら、空気の入れ換えもきちんとした方がいいですし」
「え、ああ……いや、すまない……恥ずかしいな……」
「いえ。お仕事をしておられますし、奥様も、日によっては、家事をやりたくない時もあるでしょうから」

それが聞こえたのだろう。女性が奥から顔を覗かせた。

「あの……お客様……?」
「あ、お邪魔しています。騒がしくて申し訳ありません」
「いえ……」
「お身体の調子はどうですか?」
「……あ……大丈夫……です……」

警戒しているのはわかる。

それに聞こえたはずだ。掃除をすると。女性は、夫など、家族に掃除など手伝って欲しいと思っていても、実際は手を出すと嫌な気分になる者もいる。

それは、家が彼女たちの守るべき領域、場所だからだ。勝手に触られるのは嫌なのだ。だから『この辺の掃除をして』と言われた場所だけやるのはある意味正しい。

他の所までやると、人によっては『私がやってる所が気に入らないのか』と思わせるからだ。必ず手をつける所はやっても良いか聞くべきだろう。

夫相手でもそうなのだ。他人にというのは、もっと嫌悪する。ホームヘルパーやハウスキーパーという職の人を雇った方が楽だと分かっていても、娘でさえも嫌だと思う人は多いのだ。だから、無理をする。

「ご挨拶がまだでしたね。秘伝高耶と申します。お孫さんに相談されまして、ピアノの調律に伺いました」
「っ、あ、そんな。祖母の春奈はるなといいます。そうだったんですね……古いピアノなので……」
「いえ。中を見てみないと分かりませんが、可能な限り弾ける状態にさせていただきます」
「ありがとうございます」

本当にピアノが好きなのだろう。少し笑ったのがわかった。

「それで、ピアノを見ている間、掃除などお手伝いをさせていただけないかと。もちろん、手を付けて欲しくない所は、触りませんので」
「そんな……」

恐縮する様子の春奈。そこで、克樹が尋ねてくる。

「ん? 高耶くんはピアノを見るんだろう? まさか、このお嬢さん達が?」

誰がやるのかという当たり前の問いかけだった。

そこで、高耶は笑って見せた。

「いえ。一つ、私の秘密をお見せしますね。【エリーゼ】」
《はい。お呼びにより、エリーゼ、参りました》
「「「え?」」」

克樹、春奈、昊が揃って目を丸くする。

驚くのは当たり前だ。メイドがいきなり現れたのだから。それも、金髪の明らかに日本人の顔でもない女性だ。

「私はいわゆる陰陽師の家系の者でして、彼女は式神みたいなものです。家事はお手のものなので、指示だけしていただければ掃除も洗濯も料理も問題ありません」
「……陰……陽師……」
《何でもお申し付けください。頑固な油汚れも、取れなくなったシミも、お子様のアレルギーを考えたお料理もお任せください!》
「え、あ、その……お願いします……」
《はい!》

混乱させたまま行こうとエリーゼは春奈を笑顔で魅了して、掃除を始めた。

「お兄ちゃん。ハクちゃんもよんで~。おちつくまで、みんなでしゅくだいやってる! ソラくんもしゅくだいあるでしょ?」
「っ、うん。もってきてる……けど……?」
「分かった。【珀豪】」
《うむ。エリーゼだけ喚んだので、何事かと思ったが……女性の領分に無理やり入るのはいかんな》

さすがは主夫だ。分かっている。

「ああ。とりあえず、エリーゼだけでいいだろう。優希達の宿題を見てやってくれ。ただ、その前に、ここの埃だけ外に出してくれ」
《承知した》

あっという間に珀豪は、部屋の中の埃を集め、外に捨てる。そして、空気の入れ換えもしてくれた。

《これで良いな。待たせたな優希よ》
「ううん。いいんだよ~。じゃあ、こっちでしゅくだいみて。あ、この子、ソラくんだよ」
《うむ。ソラよ。分からない事があれば聞いてくれれば答えよう》
「あ、はい!」

昊は、珀豪が優希を迎えに来ているのも見ていたのだろう。キラキラした目で見ながら素直に従った。

そして、気遣いのできる珀豪は、部屋の隅にあった将棋盤を目敏く見つけて克樹に声をかける。

《そちらの……》
「あっ、か、克樹といいます」
《克樹殿。将棋をやられるのか?》
「ええ……会社でもクラブがありまして……ただ、最近はあまり……」
《では、相手をしよう。どうだろか》
「それはっ。是非!」

神秘的な召喚というものを見たことで、克樹は抑えていたようだが、最後には興奮気味に返事をしていた。

「さてと……やるか」

高耶はこれで憂いなく、一人ピアノと向き合うことができそうだった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 557

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

今日は許される日です《完結》

アーエル
ファンタジー
今日は特別な日 許される日なのです 3話完結

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

悪役令嬢は蚊帳の外です。

豆狸
ファンタジー
「グローリア。ここにいるシャンデは隣国ツヴァイリングの王女だ。隣国国王の愛妾殿の娘として生まれたが、王妃によって攫われ我がシュティーア王国の貧民街に捨てられた。侯爵令嬢でなくなった貴様には、これまでのシャンデに対する暴言への不敬罪が……」 「いえ、違います」

処理中です...