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第六章 秘伝と知己の集い
282 ピアノのレッスン
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体育館に向かいながら、ソラ君と話しをする。
幸い、音楽室は特別教室棟にあり、体育館はその向こうだ。話しをしていても、授業中の教室の前は通らない。普通に話しができた。
「あまり気にしないようにな。優希達……あの三人は、夜でも朝でも練習できる場所があるから、少し多めに練習できただけだよ」
「……そんなところあるの? いえで?」
「ああ。特別な所があるんだ。休みの日は一日中、好きな時に弾ける。だから、君の練習が足りなかったとか、そういうことじゃないよ」
「……うん……」
彼にとっては、精一杯練習したのだというのは、聴けば分かった。
体育館では、舞台の袖にピアノが仕舞われていた。そこでそのまま使わせてもらう。
「これくらいなら、調律も必要ないかな。じゃあ、やってみようか」
「……はい」
どうしても苦手な所は出来てしまう。そこを気にせず弾ければ良いとしてしまうか、気にしてそこに囚われてしまうかは、人による。どちらも良くはない。
彼は気にする方だ。
「最初と最後はいいね。気になるのはこの中間部かな。音は拾えているから、後はどれだけイメージできるかだ」
「イメージ……」
「こうして、ピアノを弾いていない時に、完成した曲を頭で再生できるか?」
「……」
「一度弾いてみるから、楽譜を見ながら聴いて」
正しい曲をどれだけ自分の中に落とし込めるか。それが子どもには特に大きいだろう。
「見失わずに聴けたかな」
「うん……っ、どうしたら、こんなふうにひけるようになるの?」
「……」
『練習すれば』なんて答えでは納得しないだろうというのが、彼の必死な表情から伝わってきた。この答えは、何度だって聞いているだろう。
「沢山聴くことかな……それとイメージすること。自分が『こんな風に弾けたら』じゃなくて、『弾いてるんだ』ってイメージしてみる。そこに座って。今度は目を閉じて。俺が弾くのが、君が弾いてるつもりで聴いてごらん」
短い曲でも、最高の演奏ができたという満足感を得られるかどうか。それを感じられるかどうかが重要だと高耶は思っている。
達成感というのは、人を最も成長させる糧だろう。他人の評価ではなく、自分自身の中での満足感を得ること。これが、意外にも難しい。
「っ……」
「どうだった? 今までと少し違わなかったかな」
「っ、なんか……っ、すごくたのしかった」
興奮したように、目を輝かせる。何かをしっかりと感じているのが分かった。
「その気持ちを忘れずに。弾いてみようか」
「はいっ」
何かに真剣に取り組むことは、自分自身への挑戦が元だ。
その自分自身と向き合う姿勢や、やる気が神達にも伝わるもの。精神が鍛えられる場面は、伝わりやすいのだ。
「ここ、もう一度しっかりどう弾きたいか、どう弾くべきかをイメージしてみてやってみよう」
「はい!」
土地神が傍まで来ていることを感じながら、夢中になってピアノを弾く彼を見守った。
そろそろ授業時間が終わる。
「最後まで問題なく弾けるようになったな。物凄く集中できていたよ」
「もう……おわり?」
「ああ。時間だ。音楽室に一度戻ろう」
そうして部屋に戻る間、ソラ君は落ち着かない様子だった。
「どうした?」
「え、あ……せっかくひけるようになったのに……あしたからおじいちゃんのいえだから……こわれたピアノしかなくて……れんしゅうできないなって……」
弾けるようになったという手応えもきちんと感じていたのだろう。練習が出来ないことが不安そうだった。
「その壊れたピアノは、全く使えないのか?」
「おばあちゃんのピアノで……へんな音するから……ちゃんと、ぼうおん? してあるへやにあるんだけど……」
「それは惜しいね……良かったら見せてくれるかな。調律すれば大丈夫かもしれないし、帰りまでにお手紙を書いておくから、それをお家の人に渡してくれるかい?」
「なおせるの?」
「見てみないと分からないけどね。せっかくやる気になってるし、こういう時が一番練習するべき時だからね」
「っ、おねがいします!」
今のやる気に満ちた状態で、家で練習してもらえれば、土地神にも良い影響がある。
特に、今はこの子ども達を見守っているのだ。気にかけている子ども達の行動は、土地神の視野を広げる。端まで目が届くようになるだろう。
「おばあちゃんも、ピアノがすきで……足がわるくなってから、コンサートとかにもいけなくなったっていってたんだ……だから、ぼくがピアノひけるようになって、きかせたかったんだ」
「そうか……今回のも聞かせたいね」
「うん……」
この後、校長の那津にも一筆書いてもらい、連絡先も書いた。
すると、次の日の朝に連絡があった。どうやら、両親ではなく祖父母に直接手紙を渡したようだ。
そして、是非お願いしたいとのことで、優希達と共に家を訪ねることになった。
その家は、奇しくも神社のすぐ傍にあった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
幸い、音楽室は特別教室棟にあり、体育館はその向こうだ。話しをしていても、授業中の教室の前は通らない。普通に話しができた。
「あまり気にしないようにな。優希達……あの三人は、夜でも朝でも練習できる場所があるから、少し多めに練習できただけだよ」
「……そんなところあるの? いえで?」
「ああ。特別な所があるんだ。休みの日は一日中、好きな時に弾ける。だから、君の練習が足りなかったとか、そういうことじゃないよ」
「……うん……」
彼にとっては、精一杯練習したのだというのは、聴けば分かった。
体育館では、舞台の袖にピアノが仕舞われていた。そこでそのまま使わせてもらう。
「これくらいなら、調律も必要ないかな。じゃあ、やってみようか」
「……はい」
どうしても苦手な所は出来てしまう。そこを気にせず弾ければ良いとしてしまうか、気にしてそこに囚われてしまうかは、人による。どちらも良くはない。
彼は気にする方だ。
「最初と最後はいいね。気になるのはこの中間部かな。音は拾えているから、後はどれだけイメージできるかだ」
「イメージ……」
「こうして、ピアノを弾いていない時に、完成した曲を頭で再生できるか?」
「……」
「一度弾いてみるから、楽譜を見ながら聴いて」
正しい曲をどれだけ自分の中に落とし込めるか。それが子どもには特に大きいだろう。
「見失わずに聴けたかな」
「うん……っ、どうしたら、こんなふうにひけるようになるの?」
「……」
『練習すれば』なんて答えでは納得しないだろうというのが、彼の必死な表情から伝わってきた。この答えは、何度だって聞いているだろう。
「沢山聴くことかな……それとイメージすること。自分が『こんな風に弾けたら』じゃなくて、『弾いてるんだ』ってイメージしてみる。そこに座って。今度は目を閉じて。俺が弾くのが、君が弾いてるつもりで聴いてごらん」
短い曲でも、最高の演奏ができたという満足感を得られるかどうか。それを感じられるかどうかが重要だと高耶は思っている。
達成感というのは、人を最も成長させる糧だろう。他人の評価ではなく、自分自身の中での満足感を得ること。これが、意外にも難しい。
「っ……」
「どうだった? 今までと少し違わなかったかな」
「っ、なんか……っ、すごくたのしかった」
興奮したように、目を輝かせる。何かをしっかりと感じているのが分かった。
「その気持ちを忘れずに。弾いてみようか」
「はいっ」
何かに真剣に取り組むことは、自分自身への挑戦が元だ。
その自分自身と向き合う姿勢や、やる気が神達にも伝わるもの。精神が鍛えられる場面は、伝わりやすいのだ。
「ここ、もう一度しっかりどう弾きたいか、どう弾くべきかをイメージしてみてやってみよう」
「はい!」
土地神が傍まで来ていることを感じながら、夢中になってピアノを弾く彼を見守った。
そろそろ授業時間が終わる。
「最後まで問題なく弾けるようになったな。物凄く集中できていたよ」
「もう……おわり?」
「ああ。時間だ。音楽室に一度戻ろう」
そうして部屋に戻る間、ソラ君は落ち着かない様子だった。
「どうした?」
「え、あ……せっかくひけるようになったのに……あしたからおじいちゃんのいえだから……こわれたピアノしかなくて……れんしゅうできないなって……」
弾けるようになったという手応えもきちんと感じていたのだろう。練習が出来ないことが不安そうだった。
「その壊れたピアノは、全く使えないのか?」
「おばあちゃんのピアノで……へんな音するから……ちゃんと、ぼうおん? してあるへやにあるんだけど……」
「それは惜しいね……良かったら見せてくれるかな。調律すれば大丈夫かもしれないし、帰りまでにお手紙を書いておくから、それをお家の人に渡してくれるかい?」
「なおせるの?」
「見てみないと分からないけどね。せっかくやる気になってるし、こういう時が一番練習するべき時だからね」
「っ、おねがいします!」
今のやる気に満ちた状態で、家で練習してもらえれば、土地神にも良い影響がある。
特に、今はこの子ども達を見守っているのだ。気にかけている子ども達の行動は、土地神の視野を広げる。端まで目が届くようになるだろう。
「おばあちゃんも、ピアノがすきで……足がわるくなってから、コンサートとかにもいけなくなったっていってたんだ……だから、ぼくがピアノひけるようになって、きかせたかったんだ」
「そうか……今回のも聞かせたいね」
「うん……」
この後、校長の那津にも一筆書いてもらい、連絡先も書いた。
すると、次の日の朝に連絡があった。どうやら、両親ではなく祖父母に直接手紙を渡したようだ。
そして、是非お願いしたいとのことで、優希達と共に家を訪ねることになった。
その家は、奇しくも神社のすぐ傍にあった。
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