秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
277 / 403
第六章 秘伝と知己の集い

277 新鮮な気持ち

しおりを挟む
杉が申し訳なさそうに俯く。

「すみません……辞めてしまった子が多くて……それもピアノに苦手意識が強く残っているのか、やりたくないと……」

六年生まで来ると、それまでに辞めた子たちは多いが、意志もはっきりと示せるようになっており、今回だけでもチャレンジをと言ってもダメだったらしい。

やる気無しとのこと。

「習い事も他にやってしまっているので、時間が取れないというのもありまして……」
「録音……いや、ここまで来たら、なるべく生演奏で半分は欲しいですよね……最低でも、あと二人」

人数的にキツイため、録音になるだろうというものは、これまでの学年でもあったので、全部生演奏というのは無理でも仕方がない。

だが、それでも半分はなんとかしたかった。

「あと二人……あっ、日比谷ひびや賢也けんやくんと仙葉せんば久史ひさしくんも呼んでもらえますか」

これに、那津が反応する。この二人は、コックリさんの問題の時に、高耶達が助けた少年達である。

「え? ああっ。そうですわねっ。まだ下校には間に合うっ。呼んで来ますわっ」
「お願いします。ただ、この後用事があるようなら無理にはいいです」
「分かりました」

高耶はこれなら何とかなりそうだと胸を撫で下ろす。それを見て、修が問いかける。

「知り合いかい?」
「ええ。たまに、休みの日に優希達とも遊んでいるんです。ピアノも興味があって、時間が合えば少し教えています。興味があるから覚えも良くて」
「それはいいね」
「はい。いつか、ここの土地神にお礼をしたいとも言っていたので、良い機会です」
「へえ……」

ここの土地神が、コックリさんから自分達を守ろうとしてくれたのだと高耶から聞いて知った二人は、いつかきちんとお礼がしたいと優希達と話していたらしい。

修も色々察したのだろう。それならば問題なさそうだと笑った。

しばらくして、高耶が指名した二人を含めた六年生の子達がやってきた。

だが、逆に指名した二人とは別に、伴奏に決まっていた二人の方が自信なさげな様子だ。

「……その……私、やるって言いましたけど、そんなひけないんです……」
「私も……難しい曲とか……無理です……」

立候補した者たちのほとんどが、こうして自信なさげな子達だった。だが、ピアニストの演奏はそれを覆す。

「今は、失敗したら恥ずかしいなとか、弾けないかもしれないとか、そういう気持ちが大きいかもしれないけど、一度聴いてみてくれるかな。きっと、そんな気持ちもより、弾きたいと思うようになるよ」
「「……はい……」」

一方、呼んだ二人は実にリラックスしたような顔をしていた。

「賢也、久史、突然呼んで悪いな」
「ううん。大丈夫。ぼくやるよっ」
「ぼくも……お兄さんができるって思ったんだもんね?」
「ああ。二人なら問題ない」
「えへへ」
「うんっ」

よしよしと高耶は素直な少年達の頭を撫でておいた。

そうして、全部の学年の伴奏者が決まった。

子ども達を帰してから、高耶は資料と子ども達の書いた紙を取りまとめる。そこに修が生き生きとした表情で歩み寄って来た。

「結構な数だったけど、それほど時間がかからなくて良かったよ」
「ええ。一曲ごとは短いですからね。お疲れ様でした」
「いやあ、楽しかったよ。程よい緊張感もあって、何より、あんな真剣に聴いてくれる子達が近くに居たから新鮮で」

修の出る演奏会は、何百人規模のものだ。観客の表情もそうそう見えないし、その他多勢の様子で、感覚的にまとめられてしまう。

だから、たった数人のためだけに弾くというのは、新鮮な経験だった。個々の表情も感じられたのだから。

それに、修はここで感じたものがあった。

「なぜか……高耶くんと弾いた奉納の時の感覚を思い出したよ……なんでかな?」

土地神のために奉納した演奏。その時の感覚を思い出したらしい。これに、高耶は窓の外へと目を向けて苦笑する。

「この場所は、あのステージを作った場所と同じです。土地神へと力が注がれやすく、広がりやすい」
「ここの?」
「ええ。挨拶しておきましょうか」
「ん?」
「あ、あの?」

修との話を邪魔しないようにと黙っていた杉は戸惑い気味に目を向けてくる。那津は、子ども達を昇降口まで送りに行った。六年のものは、曲数も多く、長めだったので、丁度付き添いの先生が戻って来られる時間が経っていたのだ。

だから、あの時の事情を知る者はここにはいない。

高耶は窓を開けてから、ピアノへ向かった。そして、弾き始めたのは、この学校の校歌が基にあるこの土地の音だ。

もう優希を迎えに何度も来て、高耶はきちんとそれを正しく聴き取っていた。

「っ……すごい……」
「っ……」

杉が感動しながら口元を両手で押さえながら涙を浮かべ、修も言葉を失った。

そうして、曲を弾き終わる頃、窓から金や銀に煌めく大きな鳥が、優雅に羽ばたいて入ってきたのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...