秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
265 / 462
第六章 秘伝と知己の集い

265 練習相手

しおりを挟む
庭に出た高耶は、屋敷の結界から外に出ないように気を付けて立ち止まる。そして、勇一を振り返った。

「俺が出ると、奴が逃げる。確実にここに下ろすために……」
「囮になればいいですか」

勇一はこの時、高耶が何を望んでいるのかが分かったらしい。以前の勇一ならば、例え察したとしても、なぜ自分がとか色々と追及してきたはずだ。変わったなと改めて感じる。

「ああ。頼む。接触してくるギリギリを見極めて、こっちに戻ってくれ。くれぐれも、奴に触れないように。降りてきた所で奴に術をかける」
「分かりました」

ふうと大きく息を吐き、気合いを入れて勇一は結界から飛び出した。

「来い!」

空から黒い帯状になった風が降りてくる。それは、真っ直ぐ勇一に向かってきた。

あと一メートルという所で、高耶が叫ぶ。

「今だ!」
「っ、はい!」

勇一が結界内に飛び込む。それと同時に高耶は、『深淵の風』の鼻先に札を飛ばした。

接触すると、札が黒い帯状のそれを吸収していく。

「っ……」

間一髪を避けられた勇一は、結界の中で座り込み、それを見つめる。

これで終わるかに見えた。しかし、違うのだ。中に吸い込み終わった札は、黒く染まり、次第に膨れていく。

それを不思議そうに、不安そうに見つめる勇一に、高耶は忠告しておく。

「勇一、出るなよ。ここからは、悪いが俺がやる」
「っ、はい……っ」

何が起きているのか勇一も分からないのだろう。少しずつ後退る。札が、なぜか風船のように膨れ上がっていくのを見て、恐怖したのだ。

統二も家の中で顔を歪めていた。感じたのは嫌悪。とても嫌なものに見えるし、感じるのだ。

高耶はゆっくりと結界の外に出る。ソレと十分に距離を取り、ぷくぷくと膨れていく様を真っ直ぐに見つめる。それはまるで黒い粘土のように伸びて、歪に形を変え、やがて人の形を作った。

「え、お、俺……いや、父上……?」

それは、明るい日の下に居るにも関わらず、暗い夜の森の中で立つように影の落ちた人の姿。一見勇一に見えるが、秀一にも似ているように見えた。まだそれが確定せず、顔も体もボコボコと小さく蠢いている。

「直近の奪った精神から読み込んだ姿をいくつか混ぜて取ってるんだ。こいつは秘伝の精神を喰らった。だからまあ、本家の奴の顔には近くなる。それなりに見られる顔になりそうで良かったよ」
「それって……ここの人たちの姿を混ぜて平均した感じってこと?」

統二が確認する。これを聞いて、蓮次郎と焔泉は、寝ている者たちと出来上がっていく人の姿を見比べて、なるほどと頷き合っていた。未だそれは身体を整えている途中だ。

「ああ。血族でまとめてってことは珍しい。霊界に居るのだと、なんか気持ち悪い顔になったりするんだよ。目の大きさとか、鼻の大きさとかバランスがおかしくて、化け物にしか見えんのが出来る」
「へえ……え? 霊界に居るのって……兄さん? 霊界でもやったの?」
「ん? ああ。それこそ、大昔の武人の精神とか喰らってるのが居るから、練習相手にも良くてな」
「……れんしゅうあいて……」

統二は言葉の変換さえ頭が拒否したらしい。勇一も同じような顔をしている。これに充雪が世間話感覚で続ける。

《良い技持ってたりすんだよな~。忍系の術はほとんどこいつからもらったか?》

こんな会話に、高耶はニヤリと笑いながらも付き合っていく。もちろん、形を整えていく相手を警戒することはおこたっていない。

「たまに西洋の剣術とかあっていいよなっ」
《あっちのもな~。剣の形も違う上に、流派も多いからなっ。まだまだ知らんのが多いわい》
「ガチャみたいで楽しかったんだが、最近は寄って来ないんだよな。昔は、それこそハエのように集ってきたのによ……」
《こいつら、神気に敏感だからな~》
「「「「……」」」」

呑気な会話を耳にし、出会ったら最後とまで言われたものを、寧ろ探していたのではないかと、蓮次郎と焔泉さえ顔色を変える。

形が整うのももうすぐだ。そこで、統二が恐る恐る確認する。

「あの、兄さん……これ、実体を持った感じになってませんか……?」

わざわざ体を用意してやる必要性が、統二には分からなかったのだ。だが、きちんと理由はある。

「こいつは、風って言うくらいだからな。ほんの少しの隙間も通り抜ける。だから、形を作ってやる必要があるんだ。まあ、そのままでも、神気とか当たれば消滅していくんだが、やっぱ、綺麗に全部とはいかなくて、これが一番なんだよ」
《それな~、気功術とか、覇気を遠慮なく使える相手ってことで教えたのによ。もったいねえとか言って、依代を用意すんだもんよ~。子どもってのは発想が怖いよな》
「……」

高耶が用意したのは、紙の依代だ。陰陽師によっては、式神として小さな精霊に依代として体を与え、契約する者もいる。降霊術でも使う場合がある。

中には依代に怨霊や怨念を取り憑かせ、閉じ込めた上で浄化するという方法もあった。

実体となるなら、霊薬と同じではないかと思われるだろう。使い手によっては、依代に入ったものはそれ自身が持つ能力も使える。霊薬よりもいいと思える。だが、もちろん術者の力による顕現な上、無理やり呼び出したもののため、反動もあり、どれだけ優秀な術者でも一時間も保たなかった。

「いいだろ別に。どうせ倒すんだし、そもそも、人に試せねえ技が多すぎなんだよ」
《まあな……ちょい殺人術を仕入れすぎたか……》
「一時期、マジで暗殺者にでもされるんかと思ったぞ……反射で技出さないようにする方に神経使ったわっ」
《あっはっはっ。いやあ、アレだ。気を付けろよ?》
「当たり前だろ!」

高耶の数代前の時代、殺すための剣術を持った者や、大陸のほうからやって来た暗殺術に特化した者達が秘伝にたどり着いた。彼らは望んで殺人術としたわけではないし、それしか生きる術を知らなかった。そんな人たちだった。

彼らは死に場所を探していた。平和な時代になれば、彼らは必要ないもの。けれど、罪の意識もあり、そのまま寿命が来るのを待つことに迷いを抱いていた。そうして彷徨い歩いて、辿り着いたのが秘伝家。

充雪とその時の当主は、彼らを受け入れた。そして、彼らの技を殺人術ではなく、武術として昇華させたのだ。当然、威力はあるものになった。とはいえ、武術は使い方によってはどんなものでも危険なものだ。だから、秘伝家はそれを厭わなかった。

これにより、殺人級の技が多く秘伝に継承されてしまったのだ。

「……兄さんの言った練習相手ってそういうことなんだ……」
「そういうことだ。よしっ、確定したなっ。やるぞっ」
《……》

感情があるようには見えない、あるのは、勝って弱らせて依代から抜け、喰らうことのみ。

呼吸をするものでもないため、動きの予想がし難い。それは唐突に勢いよく駆けてくる。そして、いつの間にか手には黒い槍があった。それが一気に距離を詰め、高耶に迫っていた。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 673

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

処理中です...