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第五章 秘伝と天使と悪魔
248 教える方は不安なようで
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ただ見ていることしかできなくなっていた祓魔師達には、どこまでいっても、高耶やイスティア達が何をしているのかさえ分からなかった。
寧ろ、その名が聞こえていても、イスティアとキルティス、エルラントの存在を認めることも難しい状態だ。
「……なあ、さっき、イ、イスティっ……魔術師の父と……最古の魔女と夜闇の王の名前が聞こえなかったか……」
イスティアは『魔術師の父』、キルティスは『最古の魔女』、エルラントは『夜闇の王』と呼ばれている。別に彼らは好き好んで二つ名を持つわけではない。
それぞれの名も一緒に伝わっているが、古い名には力が込もる。ある程度の力を持っていなければ、名から受ける圧力に耐えられないために仕方なく出来た呼び名だった。
何千、何百回と呼ばれ、世界に浸透した名は、それだけで力ある言霊として存在することになる。特に、大陸の方ではファミリーネーム呼びより名を呼ばれることが多く、力も込もりやすい。
名を呼ぶということは、その者個人の存在を認めるということだ。このまま行くと、高耶も二つ名がなくてはならなくなるのだが、今はまだ高耶自身、そこからは目を逸らしている。
二つ名を持たなくてはならない理由を知らなければ、特に日本では『厨二病』扱いされかねないのだから。とはいえ、その必要になる時はまだまだ当分先だろう。
もちろん、先んじて二つ名を用意することで、その時を遅らせることもできるのだ。それを見越して、高耶に二つ名をと密かに考えている者もいるのだが、高耶は感知していなかった。
これらの理由を知っている祓魔師達からすれば、二つ名を用意するというのは強さの証だ。
「……あいつ……普通に呼べるんだな……」
「いや、力が弱いからだろっ。あの方々の名を口に出来なくなって、はじめて一人前と認められるんだぞ? 俺らでもまだ一年経ってねえし」
「ああ……まあ、そうだな……」
未だに高耶の実力に納得しない者が半分。まさかとようやく気付きはじめたのが残り半分だ。これにより、彼らの師は、弟子の力量などを改めて計ることができた。
力を認められるというのは大事なことだ。相手の力量がある程度分からなければ、退き際を誤る。それは、術者だけでなく、依頼人にも被害が及ぶ危険なこと。
「……はあ……若いな……」
「そうですね……負けを……自分の方が劣っているのだと認めるのは、我々でも難しいことですからね……」
「辛くとも、悔しくとも、ある程度自分を納得させられる力がなければ、その先の成長は更に困難を伴いますよ? 彼らも、ここで気付かねば……」
「このような機会……中々ないと思って参加しましたが……早かったのでしょうか……」
年長の者たちは、至らない弟子たちに落胆し、自分達の指導を改めて考え直す。この場で彼らに出来ることは、それくらいしかないと、誰よりもわかっていた。
だから、揃って弟子たちへ声をかけた。
「理解できなくてもいい。この場で起きることを、しっかり見なさい」
「上位の天使も悪魔も、もう見ることはないでしょう。関わってはなりませんよ。今は結界によって私たちは守られています。もしも直接、相見えることがあれば、それは死を覚悟する時でしょう」
「あの存在を忘れてはいけません。けれど、決して求めてはならない……いいですね?」
こうして、明確に言葉にしても、若者達に響いていないのは、その目を見れば分かった。
だから、年長の者たちは目配せ合い、その一人が、レスターの元へ移動していった。
「代表……お願いがあります」
「どうしました……?」
「……最悪死んでも構いません。最後に機会がありましたら、若い者たちに、上位の方々の存在を感じさせてやってほしいのです」
「っ……なるほど……そこまでダメでしたか……」
「はい……」
この機会を逃せば、彼らに自覚させることは出来ないと判断したのだ。
「分かりました。お願いしてみましょう」
「はい」
祓魔師になったからには、その過程で死ぬことも覚悟させている。ただ、昔より、その覚悟も軽くなっているのも感じている。
このまま衰退するわけにはいかないのだ。天使と悪魔は、変わらず存在する。普遍の存在。何百年と受け継いできたその存在に対する知識や関係を、絶えさせるわけにはいかない。
これは、年長者たちにとっても覚悟の時だった。
そんな中、一時はこの場から離脱していた高耶が、とんでもないことを始めたのだ。
「まさか……契約? いや、無理だ……」
「あれは、天使だけでなく、悪魔もですよね……同時契約なんて、そもそも出来るんですか?」
ある程度理解できる年長者たちでさえ、信じられない光景。若者達には、完全に意味不明だろう。
一際眩しい光が魔法陣の中央に集束していく。それは、美しい光だった。ただ白光するのではない。キラキラと煌めいていたのだ。
そしてそれは、小さな子どもの姿を作り上げた。少女のようにも少年のようにも見える、三歳頃の幼い子ども。
藍より少し明るい紫かがった黒の髪と瞳。真珠のように淡く輝くような白い肌。纏っているのは、銀の布で出来た長衣。そして、大きく開いた背中からは、漆黒の翼が銀の光を纏って大きく広げられていた。
「……堕天使……」
美しくも、濃い色に染まったそれは、まさにその姿のように見えた。けれど、感じるのは確かな愛しさと、近寄り難い畏怖。これこそが、天使でもあり悪魔でもある存在だったのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
寧ろ、その名が聞こえていても、イスティアとキルティス、エルラントの存在を認めることも難しい状態だ。
「……なあ、さっき、イ、イスティっ……魔術師の父と……最古の魔女と夜闇の王の名前が聞こえなかったか……」
イスティアは『魔術師の父』、キルティスは『最古の魔女』、エルラントは『夜闇の王』と呼ばれている。別に彼らは好き好んで二つ名を持つわけではない。
それぞれの名も一緒に伝わっているが、古い名には力が込もる。ある程度の力を持っていなければ、名から受ける圧力に耐えられないために仕方なく出来た呼び名だった。
何千、何百回と呼ばれ、世界に浸透した名は、それだけで力ある言霊として存在することになる。特に、大陸の方ではファミリーネーム呼びより名を呼ばれることが多く、力も込もりやすい。
名を呼ぶということは、その者個人の存在を認めるということだ。このまま行くと、高耶も二つ名がなくてはならなくなるのだが、今はまだ高耶自身、そこからは目を逸らしている。
二つ名を持たなくてはならない理由を知らなければ、特に日本では『厨二病』扱いされかねないのだから。とはいえ、その必要になる時はまだまだ当分先だろう。
もちろん、先んじて二つ名を用意することで、その時を遅らせることもできるのだ。それを見越して、高耶に二つ名をと密かに考えている者もいるのだが、高耶は感知していなかった。
これらの理由を知っている祓魔師達からすれば、二つ名を用意するというのは強さの証だ。
「……あいつ……普通に呼べるんだな……」
「いや、力が弱いからだろっ。あの方々の名を口に出来なくなって、はじめて一人前と認められるんだぞ? 俺らでもまだ一年経ってねえし」
「ああ……まあ、そうだな……」
未だに高耶の実力に納得しない者が半分。まさかとようやく気付きはじめたのが残り半分だ。これにより、彼らの師は、弟子の力量などを改めて計ることができた。
力を認められるというのは大事なことだ。相手の力量がある程度分からなければ、退き際を誤る。それは、術者だけでなく、依頼人にも被害が及ぶ危険なこと。
「……はあ……若いな……」
「そうですね……負けを……自分の方が劣っているのだと認めるのは、我々でも難しいことですからね……」
「辛くとも、悔しくとも、ある程度自分を納得させられる力がなければ、その先の成長は更に困難を伴いますよ? 彼らも、ここで気付かねば……」
「このような機会……中々ないと思って参加しましたが……早かったのでしょうか……」
年長の者たちは、至らない弟子たちに落胆し、自分達の指導を改めて考え直す。この場で彼らに出来ることは、それくらいしかないと、誰よりもわかっていた。
だから、揃って弟子たちへ声をかけた。
「理解できなくてもいい。この場で起きることを、しっかり見なさい」
「上位の天使も悪魔も、もう見ることはないでしょう。関わってはなりませんよ。今は結界によって私たちは守られています。もしも直接、相見えることがあれば、それは死を覚悟する時でしょう」
「あの存在を忘れてはいけません。けれど、決して求めてはならない……いいですね?」
こうして、明確に言葉にしても、若者達に響いていないのは、その目を見れば分かった。
だから、年長の者たちは目配せ合い、その一人が、レスターの元へ移動していった。
「代表……お願いがあります」
「どうしました……?」
「……最悪死んでも構いません。最後に機会がありましたら、若い者たちに、上位の方々の存在を感じさせてやってほしいのです」
「っ……なるほど……そこまでダメでしたか……」
「はい……」
この機会を逃せば、彼らに自覚させることは出来ないと判断したのだ。
「分かりました。お願いしてみましょう」
「はい」
祓魔師になったからには、その過程で死ぬことも覚悟させている。ただ、昔より、その覚悟も軽くなっているのも感じている。
このまま衰退するわけにはいかないのだ。天使と悪魔は、変わらず存在する。普遍の存在。何百年と受け継いできたその存在に対する知識や関係を、絶えさせるわけにはいかない。
これは、年長者たちにとっても覚悟の時だった。
そんな中、一時はこの場から離脱していた高耶が、とんでもないことを始めたのだ。
「まさか……契約? いや、無理だ……」
「あれは、天使だけでなく、悪魔もですよね……同時契約なんて、そもそも出来るんですか?」
ある程度理解できる年長者たちでさえ、信じられない光景。若者達には、完全に意味不明だろう。
一際眩しい光が魔法陣の中央に集束していく。それは、美しい光だった。ただ白光するのではない。キラキラと煌めいていたのだ。
そしてそれは、小さな子どもの姿を作り上げた。少女のようにも少年のようにも見える、三歳頃の幼い子ども。
藍より少し明るい紫かがった黒の髪と瞳。真珠のように淡く輝くような白い肌。纏っているのは、銀の布で出来た長衣。そして、大きく開いた背中からは、漆黒の翼が銀の光を纏って大きく広げられていた。
「……堕天使……」
美しくも、濃い色に染まったそれは、まさにその姿のように見えた。けれど、感じるのは確かな愛しさと、近寄り難い畏怖。これこそが、天使でもあり悪魔でもある存在だったのだ。
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