秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
197 / 413
第五章 秘伝と天使と悪魔

197 鈍感でよかったね

しおりを挟む
ムクは可愛い手足を動かして、テーブルの上をトコトコ歩いていく。そうして、瀬良の前に立つと、そのつぶらな瞳で瀬良を見つめた。

「っ……かわいい……っ」
《ムク、カワイイ? ありがとう。ちょっとだけにらめっこ、いい?》
「っ、いいわ!」

気合いが入ったようだ。グッと口を引き結び、見つめ続ける。

《あれ?》
「どうしたの?」

コテンと不思議そうに首を傾げたムク。けれど、うーんと考えるように手を口元に持っていき、首を一つ振った。

《ん。なんでもない。もう大丈夫》
「っ、かわいすぎっ」
《ありがとう?》

顔を両手で覆って悶える瀬良に、ムクはどうしたのだろうと、再び首を傾げながらもお礼はする。そうして、高耶の方を向いた。

「どうだ? ムク」
《片親に神職の血がある》
「父親……は、いづきさんの所だから……瀬良、母親の前の姓はなんだ?」

神職であった片親の方は、母親の血だろう。ならば、姓を知ることでこちらで照会できる可能性は高い。

「えっと……コミヤだったはずだけど」
「字は?」
「え? 小さい宮じゃないかな? 気にしたことなかった」
「母ちゃんの実家とか行かねえの?」

俊哉の問いかけに、瀬良は首を横に振った。

「私が小さい時におじいちゃんとおばあちゃんがいなくなって、兄弟もいないから、実家はもうないって聞いてたの。だから、どこにあったかも知らない」
「よく気にならんかったなあ」
「え? 気になるもの?」

答えを親友の伊原に求めると頷かれていた。

「興味は湧くかも」
「そうなんだ?」

本当に気にならなかったようだ。そこで、ムクが呟く。

《キツネ……キツネの形が見えた》
「狐……」

高耶はまさかと蓮次郎へ目を向ける。頷かれた。

「もしかしたら、狐の都で狐都こみやかもしれませんね。または狐に見る谷で狐見谷こみやもあります。どちらも表に出さない名前ですけどね」

狐に関する名前は多い。それは信仰によるものだ。

「お狐信仰関係だと……慎重にやらないとまずいですね……」
「神子は神子でも、お狐様系はねえ……上手く引き合わせないと血筋全部持っていかれますから」

困ったなと揃って頭を抱える高耶と蓮次郎を見て、瀬良は顔色を悪くする。声をかけたのは、俊哉だ。

「なあ、高耶。具体的に何がまずいんだ?」
「お狐様は、家の繁栄と血筋を守るために契約するんだが、当主とは違い、その代で最も神力を受けやすい者を巫女や神子として世話係に任命する。その巫女がお狐様との唯一の窓口になるんだ」

ここまではいいだろう。なるほどという納得の表情が見える。瀬良の顔色も良くなってきていた。

「問題なのは、引き継ぎだ。これは口伝が多く、家によっても違う。事故や突然の病で巫女が亡くなった場合、それが途切れてしまう。そうなると、お狐様の方もどうしたらいいのか分からなくなり、悪いものとなって逆に血筋を絶やす方へ動くようになるんだ」
「っ、で、でも。分からないならどうしようもないじゃないっ。え? ちょっ、それってまさか、うちの問題なの?」

瀬良が混乱しながら思わず立ち上がる。そんな彼女に、蓮次郎は追い討ちをかけた。

「契約はここまでだとその時の巫女がきちんと手順を踏んで契約を解消しないと、繋がりが消えないんだよ。まあ、その解消の仕方も口伝だから、途絶えてたらどのみち難しいよね。目先のものに釣られた、君のご先祖様が悪い」

通常の神とは違う。契約による繋がりを得るものだ。それはとても扱いが難しい。

「それ、多いのか?」

俊哉が興味本位で高耶に確認する。

「もうほとんど残ってない。ここ二百年くらいで一気に減ったらしい。契約が履行出来ずに消えた血筋もあるが、一番多いのが……巫女や神子を一族の者が害したことによる自滅だ」
「自滅って……」

どういう意味か分からなかったのだろう。優希の居るここで言いたくはないが、ここまで来たらと思う。

「……引き継ぎが上手くいかずに契約不履行としてなら、その血筋はゆっくりと数十年かけて不幸が重なって消えていく。けど、一族の者が巫女を害したと判断された場合、それは裏切り行為だ。ある日……残らず殺される」
「っ、それ、揶揄とかじゃなく? その巫女はどうなんの?」

答えたのは蓮次郎だ。

「巫女の体を乗っ取るからね。力に耐えられずに死んじゃうんだよ。そこで血筋が消えて終わり。分不相応な力を求めた代償は軽くないんだよ」
「……」

自分たちの力ではない。神に準ずるものの力を使おうというのだ。勝手は許されない。

「……巫女は、視える力を持つんだ。だから、昔と違い迫害されやすい。その上、祀るために家族には理解できない行動も多い。家のためなのに、理解されないことに孤独を感じて、更に溝を広げていく……それで最期に家族を手にかけるなんて……救われないだろ……」
「……そういうのも、高耶は関わったりするのか?」
「ああ……それも仕事だ」
「……」

何度かあったのだと、俊哉は察していた。

少しの沈黙。それを破ったのは蓮次郎だ。

「まあ、ここで問題なのは、そちらのお嬢さんのお家だね。まず、神子と思われる弟さんに会ってみなきゃいけない。それで、母方の実家の場所の確認。御神体があるはずだからね。それがないと、引き継ぎが出来ない」
「やり方って、分かるんですか? 家によって違うって言ってましたよね?」

伊原が冷静に質問していた。

「そこは、高耶くんがいればなんとかなるから」

全員の目が高耶へ向けられた。

「……ええ……まあ、何とかします」
「ね? どのみち、引き継ぎをしないと、契約の解消もできないからね。ただ気になるのは……」
「離魂症ですね。お狐様の場合はよくないはずです」
「どうゆうこと?」

瀬良の代わりというように、伊原が疑問をすぐに返す。

「神の神子は『愛し子』だ。唯一、大切な存在。だから、自分たちの領域へ呼ぼうとすることで、魂が離れ易くなる。だが、お狐様の場合は『世話係』で『窓口』だ。その体は使っても良いもの。だから、弾き出して自身が入り込む」
「っ、じゃあ、あの子はっ」
「夢見が悪いのは、乗っ取られかけているからだ。何年も眠るだけの弊害しか出ていないのは……適任ではない?」

高耶は首を傾げ、ムクへ目を向ける。すると、ムクが瀬良を指した。

《巫女》
「は?」
《巫女。けど、視えない。だから半端モノ?》

ムクも混乱しているようだ。だが、何となく分かった。

「瀬良が本当の巫女ってことか。力が封じてあるとかか? そんな感じはないが……」
「っ、わ、私っ?」

高耶がジッと見つめるその視線から、瀬良は恥ずかしそうに目をそらした。蓮次郎もそれに続く。そして、納得の声を上げた。

「なるほど。あの大和さんのお孫さんだからと見ていましたが、もしや、君のご両親はオカルト系を全く信じない人種かな?」
「え、あ、そ、そうです……だから、おじいちゃんと仲が悪くて……っ」

申し訳なさそうに告げる瀬良に、蓮次郎は笑った。

「あっはっはっ。それは、それはっ。良かったですねえ。そのお陰で鈍感になって、なんとも中途半端な巫女や神子になったみたいですよ?」
「え? ど、どうゆうこと?」

バカにしているようにしか聞こえないが、あまりの内容に、瀬良も怒れない。

「君の弟さん、多分視えるんだよ。だから、神子じゃないけど視える弟と、巫女だけど視えない君。それで、お狐様もどちらが神子か判断しきれなくて、結果今まで無事だったってこと。たまにいるんだよね~。極端に信じない両親の影響でバグっちゃう子」
「……」

蓮次郎の口からバグっちゃうと聞いて、高耶は蓮次郎が心からこの状況を楽しんでいることを察してしまった。

*********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 550

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...