191 / 405
第五章 秘伝と天使と悪魔
191 視えない紋章
しおりを挟む
優希が珀豪と常盤を連れて出て行ってから十五分ほどが経っていた。そこに店長が戻ってくる。
「お待たせしました。まだ奥はお話を?」
高耶達は、ブースにあったパイプ椅子を瀬良智世の従兄弟に持ってきてもらって、適当に集まって話をしていた。
「ええ。もうじき出て来るかと……あっ」
そこに秘書の男だけが出てきた。
「失礼いたします。秘伝様。主が話があると。お願いできますでしょうか」
「分かりました。店長には」
「わたくしが対応させていただきます」
「では、お願いします。店長。彼は連盟の首領の一人、橘家当主の秘書です。今回の件についての対応を説明してもらってください」
「わ、分かりました!」
この階の半分ほどを締めるらしく、シャッターが下りたのは見えていた。損害の補償は多少することになる。その説明を秘書の男がしてくれるはずだ。
「俊哉。物産展の方は大丈夫かもしれんし、行っていいぞ」
「え! ま、まあ、居てもしょうがないか……高耶の仕事の邪魔にもなるもんな……終わったら一応、メールくれ」
「分かった」
ヒラリと手を振り、高耶は奥に向かった。
「失礼します」
「高耶くん。悪いね。こっちに座って」
「はい……」
蓮次郎にすすめられたのは、二人が向き合って座る側ではなく、ひとつだけポツンとある奥の椅子。
確かに三人で話すならば分かれて座るべきだが、なぜこっちなのかと思わずにはいられない。
そんな高耶の渋い顔に気付いたらしい蓮次郎がくくくと笑った。
「高耶くんは今時の子なのに、こういう席順とか凄く気にするよね」
「そういう橘さん……」
「蓮次郎」
「……蓮次郎さんは、気にする時と気にしない時の差がありますよね……」
わざわざ呼び方を訂正された。霧矢の別荘の時に、どうしてもと懇願されたのだ。『レンさん』呼びよりかはと妥協した結果だった。
蓮次郎としては段階を踏むつもりだと、聞いていた焔泉達は呆れていたことを、高耶は知らない。
「私は人の好き嫌いがはっきりしているからね。後は、年功序列を重んじる時と実力主義でいく時の違いかな」
「……そうですか……」
蓮次郎は、高耶の実力を高く評価している。もちろん、自分よりも上であると。前回の鬼の一件で、最近は更に高耶を上に置く傾向があった。
「それで。何か問題が?」
ここは早く本題に入ろうと、意識の切り替えを促す。
「うん。大和さん。あの写真を」
「は、はい」
大和いづきは蓮次郎相手に緊張しているらしい。動揺しながらも、写真を表示したスマホを差し出してきた。
受け取って確認する。写っているのは、西洋の鎧が一つ。色が統一されておらず、白銀と金の部分があってちぐはぐ感がある。
「これは? ん?」
ふと何かが頭をよぎった。
「鎧……」
じっくり見つめると、細かく彫られている紋章に目が言った。
「この紋章……さっきの剣の柄にありませんでしたか?」
「その通り。確認したけど、瑠璃殿が祓ったと言った物には、同じような紋章があったんだ」
「なら、これと同じ……同じような?」
「そう。ほら、この腕の所。この紋章と胸の紋章は違うよね」
教えられて、高耶は確認する。見比べると確かに違う。欠けているからとかではない。恐らく別物だ。そして、共通点を見つけた。
「金の部分と銀の部分では、紋章が違う?」
「そういうこと。それと、この紋章と色。私たちにしか視えないようだ」
「え……」
大和いづきに確認すると、確かに視えていないらしい。
「写真に写っても一般的に視えない。ウチの子にも視えなかった。けど、我々二人は視える。この特徴は……」
「間違いなく悪魔関係ですね」
怨念はその存在を主張する傾向があるため、たいてい、写真に写すと一般人にも視えるようになる。
だが、悪魔系は隠そうとする力が働くため、写真に写り難い。だが、力がある程度ある者には写っているように視えるのだ。
「それも、かなり高位だね。ウチの秘書はそれなりの力はある。いざという時の切り札的な存在だからね。けど、それでも視えなかった。瑠璃殿が祓う前の現物を見て、辛うじてという具合だ」
祓った後。それぞれの色と紋章は一般にも見えるようになったらしい。
「……」
それで思い出したことがあった。
「……この鎧で思い出しました。先日、エルラントさんが鎧の話をしていたんです。最近、白銀の鎧が発見されたと……好事家達は一様に美しいと絶賛したけれど、自分にはそうは見えなかったと。そもそもが全部白銀ではなかったのが妙だったと」
「それがコレだと?」
「胸の紋章だけが燃えるように、紅く視えたらしいです。娘達にはその色は視えなかったようで、エルラントさんにだけ」
「紅く……? あの方だけ……胸の……」
一際大きな紋章が中心にあるが、左胸の所に小さな紋章がある。
蓮次郎は視える力を増幅させる術を発動する。そして、しばらく写真を見つめると、それに気付いたようだ。
「っ!! 確かに紅い紋章が……っ。高耶くんには普通に視えたのかな?」
「いえ、薄っすらと。エルラントさんの言葉を思い出して、意識したらはっきりしましたけど」
「……これは今どこに?」
大和いづきに蓮次郎が確認する。
「イギリスです。検査機関に。好事家達が既に掛け合っていて、今の状況は分かりかねますが……」
「イギリス……となれば、あちらが気付く……」
あちらの大陸には祓魔師がいる。ならば気付くだろう。悪魔系ならば彼らは特に敏感だ。
その鎧については大丈夫だろう。だが、高耶は嫌な予感がしていた。
「あの……この金と銀……もしかして、別々で本当は二つあるとか……ないでしょうか……」
「っ!!」
蓮次郎は驚愕したように目を丸くする。これほどわかりやすい表情は初めてだった。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
「お待たせしました。まだ奥はお話を?」
高耶達は、ブースにあったパイプ椅子を瀬良智世の従兄弟に持ってきてもらって、適当に集まって話をしていた。
「ええ。もうじき出て来るかと……あっ」
そこに秘書の男だけが出てきた。
「失礼いたします。秘伝様。主が話があると。お願いできますでしょうか」
「分かりました。店長には」
「わたくしが対応させていただきます」
「では、お願いします。店長。彼は連盟の首領の一人、橘家当主の秘書です。今回の件についての対応を説明してもらってください」
「わ、分かりました!」
この階の半分ほどを締めるらしく、シャッターが下りたのは見えていた。損害の補償は多少することになる。その説明を秘書の男がしてくれるはずだ。
「俊哉。物産展の方は大丈夫かもしれんし、行っていいぞ」
「え! ま、まあ、居てもしょうがないか……高耶の仕事の邪魔にもなるもんな……終わったら一応、メールくれ」
「分かった」
ヒラリと手を振り、高耶は奥に向かった。
「失礼します」
「高耶くん。悪いね。こっちに座って」
「はい……」
蓮次郎にすすめられたのは、二人が向き合って座る側ではなく、ひとつだけポツンとある奥の椅子。
確かに三人で話すならば分かれて座るべきだが、なぜこっちなのかと思わずにはいられない。
そんな高耶の渋い顔に気付いたらしい蓮次郎がくくくと笑った。
「高耶くんは今時の子なのに、こういう席順とか凄く気にするよね」
「そういう橘さん……」
「蓮次郎」
「……蓮次郎さんは、気にする時と気にしない時の差がありますよね……」
わざわざ呼び方を訂正された。霧矢の別荘の時に、どうしてもと懇願されたのだ。『レンさん』呼びよりかはと妥協した結果だった。
蓮次郎としては段階を踏むつもりだと、聞いていた焔泉達は呆れていたことを、高耶は知らない。
「私は人の好き嫌いがはっきりしているからね。後は、年功序列を重んじる時と実力主義でいく時の違いかな」
「……そうですか……」
蓮次郎は、高耶の実力を高く評価している。もちろん、自分よりも上であると。前回の鬼の一件で、最近は更に高耶を上に置く傾向があった。
「それで。何か問題が?」
ここは早く本題に入ろうと、意識の切り替えを促す。
「うん。大和さん。あの写真を」
「は、はい」
大和いづきは蓮次郎相手に緊張しているらしい。動揺しながらも、写真を表示したスマホを差し出してきた。
受け取って確認する。写っているのは、西洋の鎧が一つ。色が統一されておらず、白銀と金の部分があってちぐはぐ感がある。
「これは? ん?」
ふと何かが頭をよぎった。
「鎧……」
じっくり見つめると、細かく彫られている紋章に目が言った。
「この紋章……さっきの剣の柄にありませんでしたか?」
「その通り。確認したけど、瑠璃殿が祓ったと言った物には、同じような紋章があったんだ」
「なら、これと同じ……同じような?」
「そう。ほら、この腕の所。この紋章と胸の紋章は違うよね」
教えられて、高耶は確認する。見比べると確かに違う。欠けているからとかではない。恐らく別物だ。そして、共通点を見つけた。
「金の部分と銀の部分では、紋章が違う?」
「そういうこと。それと、この紋章と色。私たちにしか視えないようだ」
「え……」
大和いづきに確認すると、確かに視えていないらしい。
「写真に写っても一般的に視えない。ウチの子にも視えなかった。けど、我々二人は視える。この特徴は……」
「間違いなく悪魔関係ですね」
怨念はその存在を主張する傾向があるため、たいてい、写真に写すと一般人にも視えるようになる。
だが、悪魔系は隠そうとする力が働くため、写真に写り難い。だが、力がある程度ある者には写っているように視えるのだ。
「それも、かなり高位だね。ウチの秘書はそれなりの力はある。いざという時の切り札的な存在だからね。けど、それでも視えなかった。瑠璃殿が祓う前の現物を見て、辛うじてという具合だ」
祓った後。それぞれの色と紋章は一般にも見えるようになったらしい。
「……」
それで思い出したことがあった。
「……この鎧で思い出しました。先日、エルラントさんが鎧の話をしていたんです。最近、白銀の鎧が発見されたと……好事家達は一様に美しいと絶賛したけれど、自分にはそうは見えなかったと。そもそもが全部白銀ではなかったのが妙だったと」
「それがコレだと?」
「胸の紋章だけが燃えるように、紅く視えたらしいです。娘達にはその色は視えなかったようで、エルラントさんにだけ」
「紅く……? あの方だけ……胸の……」
一際大きな紋章が中心にあるが、左胸の所に小さな紋章がある。
蓮次郎は視える力を増幅させる術を発動する。そして、しばらく写真を見つめると、それに気付いたようだ。
「っ!! 確かに紅い紋章が……っ。高耶くんには普通に視えたのかな?」
「いえ、薄っすらと。エルラントさんの言葉を思い出して、意識したらはっきりしましたけど」
「……これは今どこに?」
大和いづきに蓮次郎が確認する。
「イギリスです。検査機関に。好事家達が既に掛け合っていて、今の状況は分かりかねますが……」
「イギリス……となれば、あちらが気付く……」
あちらの大陸には祓魔師がいる。ならば気付くだろう。悪魔系ならば彼らは特に敏感だ。
その鎧については大丈夫だろう。だが、高耶は嫌な予感がしていた。
「あの……この金と銀……もしかして、別々で本当は二つあるとか……ないでしょうか……」
「っ!!」
蓮次郎は驚愕したように目を丸くする。これほどわかりやすい表情は初めてだった。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
122
お気に入りに追加
1,304
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる