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第五章 秘伝と天使と悪魔
190 やっぱり女の子は難しい
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橘蓮次郎は、常と変わらぬ穏やかな表情で現れた。店長が案内してきたようだ。
「ずいぶん早かったですね……」
高耶が目を丸くする。この近くにある扉を使ったとしても早い到着だ。
「たまたまここに向かっていたんだよ。高耶くんのお家に突撃しようと思ってね。手土産を買うために」
「……それ、本気で?」
確認したのは、蓮次郎の秘書の役目をしている男。静かに頷かれた。蓮次郎は冗談を言うことが多々ある。そんな中、真実の確認は彼に頼っている。彼は真面目な男だ。正しく教えてくれる。とはいえ、高耶相手にはほとんど冗談は言わない。
「時間が空いたからねえ」
「そう……でしたか」
「それで? 悪魔付きの道具が出たとか聞いたけど」
呪いとひと口にいっても、大きく二つに分かれる。『怨念』と『悪魔付き』だ。
怨念は身体的な影響を及ぼすもので、悪魔付きは精神的に影響を及ぼすものとしている。
恨む感情や特別な願いが込められたものが『怨念』として区別されており、これらは見た目から変化を及ぼす。例えば腕が動かない。目が見えなくなる。肌が変色するなどだ。
これに対し『悪魔付き』は突然人が変わったように凶暴になったり、好きだった人が嫌いになったり、狂気を感じるような変化が人格に現れる。
「はい。問題を起こした道具は浄化してしまったのですが、まだ同一のものは奥に残っているようです。それに橘の封印術がかかっているらしいので、確認していただけますか?」
「うん。それで……そちらが天使ですね?」
《瑠璃と名をいただいております》
優雅に瑠璃が胸に片手を当てて微笑む。少しだけ首を傾げる様子は魅力的だ。
「なんて可愛らしくも美しい。天使にお会いする機会は中々ありませんから。こうしてお会いできて嬉しいですよ」
《ふふ。高耶さんの式同様、以後お見知りおきくださいませ》
その魅力もそうだが、存在自体が人には少々刺激が強い。蓮次郎の秘書が陶然と見惚れてしまっているのがその証拠だろう。正気に戻っていた俊哉たちも呆っとし始めていた。
「瑠璃、少し力を抑えられるか?」
《失礼いたしました……これくらい? でしょうか?》
「ああ。悪い。蓮次郎さんの案内を頼む」
《お任せください》
ちょっと素敵なお姉さんくらいの刺激になった瑠璃に、蓮次郎と正気に戻った秘書がついて行った。
「はぁぁぁ……なにアレ……天使すげえな……」
「同性? の私たちでも見惚れたよ? 天使って言われて笑えるはずが笑えないんだけどっ」
「ホンモノじゃん? 絶対に本物だよ!」
俊哉は大きく息を吐き、瀬良智世と伊原久美は手を取り合って興奮していた。そして、静かに興奮しているのが小野田彰彦だ。
「っ……純白の翼……純白って色を初めて知った気がする……どうやってあの色を出せば……というか、もしかして高耶か?」
「彰彦……相変わらずみたいで良かったよ」
「ふっ。僕は僕さ」
「ああ、そういう所だよ」
通常の会話に『ふっ』とか入れてくるのが彰彦らしい。変わっていないようでなんだか安心した。
「お兄ちゃん。あのお姉ちゃん、ユウキはじめてあうよ?」
少し責め気味に、優希が見上げてくる。
「ん? ああ……あまり地上に下ろしてはダメなんだよ。魚さんが水の中でしか生きられないのと同じだ」
「へえ。てんしさんってふべんなんだね」
「そうだな」
分かってくれて良かったと高耶は優希の頭を撫でた。俊哉たち同級生組が『え? そういう話?』となっているが気にしない。
「……さて、店長。店はどうされますか? こちらだけ衝立とかを使って区切れるなら、営業できますけど」
「それは助かります。ですが……そうですね。野次馬が集まりそうですし……この階は締めてしまおうかと」
「それだと物産展の方に申し訳ないですね」
「そうですね……少し相談してきます。ご当主は……」
「しばらくここに居りますので」
「分かりました!」
百貨店であろうと、経営が難しくなっている現在では、たった半日でも手痛い損失になる。閉めるのは簡単だが一日閉めれば、それだけの『何かあった店』ということで、客入りが一気に減る可能性があるのだ。
なるべく継続して客を入れるというのが意外にも重要なことだった。
「なあ、高耶。こういう場合って弁償したりすんの?」
「俺らの業界の完全な不手際ならな。けど、今回は取り憑かれた男の方に責任が行くだろう。表に出してあった物が原因じゃないし、状況的に『少しおかしくなった男が暴れた』ってことになるからな。まあ、精神鑑定とかで責任能力がないって判断されたらどうにもならん」
「見えてる現状が事実だもんな……」
それが例え、妖の仕業であっても、視えず捕らえることもできないものを犯人にすることはできない。影響を受けていた者、個人の責任になる。
ここに蓮次郎が戻ってきた。
「まったく耳の痛い話だね。とはいえ……今回はこちらにも非はある。多少は賠償しなくてはね。大和さん。少しお話しをしましょう」
「あ、は、はい!」
「指輪お返ししておきます」
「ああ。すまないねえ、高耶くん」
「いえ」
「では、奥の控え室で」
大和いづきは、蓮次郎と秘書を伴い奥の控え室へ向かっていく。
高耶は瀬良智世の隣にいる青年に声をかけた。彼は、ずっと呆然として座り込んだままだった。
「いいんですか? ついていかなくて」
「え、あっ、こ、腰が抜けちゃって……でも、祖父に声をかけられなかったってことは、同席しない方がいいんだと思います」
「そうですか。なら、もう少し落ち着くまでここに居ましょう」
そこに瑠璃も戻ってくる。最終確認をしていたようだ。
《高耶さん。もう問題はないと思う》
「ありがとう。どうする? 戻るか?」
《またすぐに喚んでくれる?》
「そうだな……お前だけ喚ぶとアレが拗ねるだろ」
《もう十分拗ねてると思うけど》
「……考えとく」
《うん。待ってる》
ふわりと微笑んで、瑠璃は光に包まれると姿を消した。
「消えた!」
「すごすぎ……ってか夢?」
「オタな小野田なら分かんないけど、私らにあんな想像力あると思う?」
「ないわ~。天使とか、あんな美少女とかないわ~」
想像の域を超えていると、二人の女子は頭を抱えていた。
「優希。俺はここから動けなくなったから……珀豪と買い物はどうだ?」
「むぅ……なら、ときわお兄ちゃんもつけて。ユウキ、おじょうさまなかいものしたい」
「お、お嬢様な買い物……俊哉、分かるか?」
コソッと俊哉に尋ねた。
「アレだ。トキワお兄ちゃんって、あの執事か騎士かって奴だろ。そういうことだ」
「よくわからんが……ようは、常盤に執事みたいについてて欲しいってことか」
ちょっと納得した。
「分かった。【珀豪】【常盤】」
《うむ。買い物か?》
《お呼びで》
珀豪は相変わらずの革ジャンロック。一方の常盤は白いシャツにスラックスと爽やか青年コーデだ。
「やだ! カッコいい!!」
「うそっ。ステキ……っ」
女性陣は黄色い声を上げる。まあ、確かにカッコいい。そちらは気にせず、高耶は二人に最近持つようになったクレジットカードと現金をいくらか渡す。
「まず、下の階で二人はスーツを買って着替えてくれ。今日は、優希を『お嬢様』としてエスコートを頼む。好きなもの買ってやってくれ。優希、二人に似合うスーツ選んでおいで」
「うん!!」
《では、優希お嬢様。お手を》
「っ……はい」
常盤が片膝をついて手を差し伸べると、優希も上品に返事をして手を差し出した。気分はもうお嬢様らしい。
「悪い、珀豪。優希の買い物頼む。さすがに宝石とかはやめてくれ……母さんに怒られる……」
《承知した。主夫スキルを持つ我に任せるがいい。散財はさせんように上手く誘導してみせよう》
「助かる……」
これほど主夫として頼もしい式が居るだろうか。高耶はその辺の社長には負けないくらいの資金は持っているが、散財は困る。優希のお嬢様レベルが低いことを祈ろう。
「高耶って、やっぱすげえわ」
「見たこともないブラックカードだったんだけど……」
「え? 蔦枝くんって、どっかの社長の息子だったの?」
「是非とも僕にカンパを、寄付を! オタク道を極めるには金が必要なんだ!」
彰彦がすり寄ってきた。それを手で制しながら表情を歪める。
「彰彦、目がマジだ。近付いてくんなっ」
「高耶! 僕たち、依を戻そうではないか!」
「変な言い方すんな! ほら見ろ! 女子が引いてるだろ」
「オタクの道の脇には、必ずある光景だ! 問題ない!」
「ありまくりだ! 俊哉、どうにかしろ!」
「彰彦~、あんま迫ると投げ飛ばされるぞ~」
そうして、カオスな光景がしばらく続いたのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「ずいぶん早かったですね……」
高耶が目を丸くする。この近くにある扉を使ったとしても早い到着だ。
「たまたまここに向かっていたんだよ。高耶くんのお家に突撃しようと思ってね。手土産を買うために」
「……それ、本気で?」
確認したのは、蓮次郎の秘書の役目をしている男。静かに頷かれた。蓮次郎は冗談を言うことが多々ある。そんな中、真実の確認は彼に頼っている。彼は真面目な男だ。正しく教えてくれる。とはいえ、高耶相手にはほとんど冗談は言わない。
「時間が空いたからねえ」
「そう……でしたか」
「それで? 悪魔付きの道具が出たとか聞いたけど」
呪いとひと口にいっても、大きく二つに分かれる。『怨念』と『悪魔付き』だ。
怨念は身体的な影響を及ぼすもので、悪魔付きは精神的に影響を及ぼすものとしている。
恨む感情や特別な願いが込められたものが『怨念』として区別されており、これらは見た目から変化を及ぼす。例えば腕が動かない。目が見えなくなる。肌が変色するなどだ。
これに対し『悪魔付き』は突然人が変わったように凶暴になったり、好きだった人が嫌いになったり、狂気を感じるような変化が人格に現れる。
「はい。問題を起こした道具は浄化してしまったのですが、まだ同一のものは奥に残っているようです。それに橘の封印術がかかっているらしいので、確認していただけますか?」
「うん。それで……そちらが天使ですね?」
《瑠璃と名をいただいております》
優雅に瑠璃が胸に片手を当てて微笑む。少しだけ首を傾げる様子は魅力的だ。
「なんて可愛らしくも美しい。天使にお会いする機会は中々ありませんから。こうしてお会いできて嬉しいですよ」
《ふふ。高耶さんの式同様、以後お見知りおきくださいませ》
その魅力もそうだが、存在自体が人には少々刺激が強い。蓮次郎の秘書が陶然と見惚れてしまっているのがその証拠だろう。正気に戻っていた俊哉たちも呆っとし始めていた。
「瑠璃、少し力を抑えられるか?」
《失礼いたしました……これくらい? でしょうか?》
「ああ。悪い。蓮次郎さんの案内を頼む」
《お任せください》
ちょっと素敵なお姉さんくらいの刺激になった瑠璃に、蓮次郎と正気に戻った秘書がついて行った。
「はぁぁぁ……なにアレ……天使すげえな……」
「同性? の私たちでも見惚れたよ? 天使って言われて笑えるはずが笑えないんだけどっ」
「ホンモノじゃん? 絶対に本物だよ!」
俊哉は大きく息を吐き、瀬良智世と伊原久美は手を取り合って興奮していた。そして、静かに興奮しているのが小野田彰彦だ。
「っ……純白の翼……純白って色を初めて知った気がする……どうやってあの色を出せば……というか、もしかして高耶か?」
「彰彦……相変わらずみたいで良かったよ」
「ふっ。僕は僕さ」
「ああ、そういう所だよ」
通常の会話に『ふっ』とか入れてくるのが彰彦らしい。変わっていないようでなんだか安心した。
「お兄ちゃん。あのお姉ちゃん、ユウキはじめてあうよ?」
少し責め気味に、優希が見上げてくる。
「ん? ああ……あまり地上に下ろしてはダメなんだよ。魚さんが水の中でしか生きられないのと同じだ」
「へえ。てんしさんってふべんなんだね」
「そうだな」
分かってくれて良かったと高耶は優希の頭を撫でた。俊哉たち同級生組が『え? そういう話?』となっているが気にしない。
「……さて、店長。店はどうされますか? こちらだけ衝立とかを使って区切れるなら、営業できますけど」
「それは助かります。ですが……そうですね。野次馬が集まりそうですし……この階は締めてしまおうかと」
「それだと物産展の方に申し訳ないですね」
「そうですね……少し相談してきます。ご当主は……」
「しばらくここに居りますので」
「分かりました!」
百貨店であろうと、経営が難しくなっている現在では、たった半日でも手痛い損失になる。閉めるのは簡単だが一日閉めれば、それだけの『何かあった店』ということで、客入りが一気に減る可能性があるのだ。
なるべく継続して客を入れるというのが意外にも重要なことだった。
「なあ、高耶。こういう場合って弁償したりすんの?」
「俺らの業界の完全な不手際ならな。けど、今回は取り憑かれた男の方に責任が行くだろう。表に出してあった物が原因じゃないし、状況的に『少しおかしくなった男が暴れた』ってことになるからな。まあ、精神鑑定とかで責任能力がないって判断されたらどうにもならん」
「見えてる現状が事実だもんな……」
それが例え、妖の仕業であっても、視えず捕らえることもできないものを犯人にすることはできない。影響を受けていた者、個人の責任になる。
ここに蓮次郎が戻ってきた。
「まったく耳の痛い話だね。とはいえ……今回はこちらにも非はある。多少は賠償しなくてはね。大和さん。少しお話しをしましょう」
「あ、は、はい!」
「指輪お返ししておきます」
「ああ。すまないねえ、高耶くん」
「いえ」
「では、奥の控え室で」
大和いづきは、蓮次郎と秘書を伴い奥の控え室へ向かっていく。
高耶は瀬良智世の隣にいる青年に声をかけた。彼は、ずっと呆然として座り込んだままだった。
「いいんですか? ついていかなくて」
「え、あっ、こ、腰が抜けちゃって……でも、祖父に声をかけられなかったってことは、同席しない方がいいんだと思います」
「そうですか。なら、もう少し落ち着くまでここに居ましょう」
そこに瑠璃も戻ってくる。最終確認をしていたようだ。
《高耶さん。もう問題はないと思う》
「ありがとう。どうする? 戻るか?」
《またすぐに喚んでくれる?》
「そうだな……お前だけ喚ぶとアレが拗ねるだろ」
《もう十分拗ねてると思うけど》
「……考えとく」
《うん。待ってる》
ふわりと微笑んで、瑠璃は光に包まれると姿を消した。
「消えた!」
「すごすぎ……ってか夢?」
「オタな小野田なら分かんないけど、私らにあんな想像力あると思う?」
「ないわ~。天使とか、あんな美少女とかないわ~」
想像の域を超えていると、二人の女子は頭を抱えていた。
「優希。俺はここから動けなくなったから……珀豪と買い物はどうだ?」
「むぅ……なら、ときわお兄ちゃんもつけて。ユウキ、おじょうさまなかいものしたい」
「お、お嬢様な買い物……俊哉、分かるか?」
コソッと俊哉に尋ねた。
「アレだ。トキワお兄ちゃんって、あの執事か騎士かって奴だろ。そういうことだ」
「よくわからんが……ようは、常盤に執事みたいについてて欲しいってことか」
ちょっと納得した。
「分かった。【珀豪】【常盤】」
《うむ。買い物か?》
《お呼びで》
珀豪は相変わらずの革ジャンロック。一方の常盤は白いシャツにスラックスと爽やか青年コーデだ。
「やだ! カッコいい!!」
「うそっ。ステキ……っ」
女性陣は黄色い声を上げる。まあ、確かにカッコいい。そちらは気にせず、高耶は二人に最近持つようになったクレジットカードと現金をいくらか渡す。
「まず、下の階で二人はスーツを買って着替えてくれ。今日は、優希を『お嬢様』としてエスコートを頼む。好きなもの買ってやってくれ。優希、二人に似合うスーツ選んでおいで」
「うん!!」
《では、優希お嬢様。お手を》
「っ……はい」
常盤が片膝をついて手を差し伸べると、優希も上品に返事をして手を差し出した。気分はもうお嬢様らしい。
「悪い、珀豪。優希の買い物頼む。さすがに宝石とかはやめてくれ……母さんに怒られる……」
《承知した。主夫スキルを持つ我に任せるがいい。散財はさせんように上手く誘導してみせよう》
「助かる……」
これほど主夫として頼もしい式が居るだろうか。高耶はその辺の社長には負けないくらいの資金は持っているが、散財は困る。優希のお嬢様レベルが低いことを祈ろう。
「高耶って、やっぱすげえわ」
「見たこともないブラックカードだったんだけど……」
「え? 蔦枝くんって、どっかの社長の息子だったの?」
「是非とも僕にカンパを、寄付を! オタク道を極めるには金が必要なんだ!」
彰彦がすり寄ってきた。それを手で制しながら表情を歪める。
「彰彦、目がマジだ。近付いてくんなっ」
「高耶! 僕たち、依を戻そうではないか!」
「変な言い方すんな! ほら見ろ! 女子が引いてるだろ」
「オタクの道の脇には、必ずある光景だ! 問題ない!」
「ありまくりだ! 俊哉、どうにかしろ!」
「彰彦~、あんま迫ると投げ飛ばされるぞ~」
そうして、カオスな光景がしばらく続いたのだった。
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