秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
185 / 419
第四章 秘伝と導く音色

185 完成した楽譜

しおりを挟む
修もピアニストだ。特別な場所で演奏して欲しいと頼まれたことはある。

だが、奉納というのは別だ。

「あ、あの……そういうものは普通、もっと伝統的な楽器を使うのでは?」

これに蓮次郎は細い目を更に細めて笑う。

「いえいえ。特別な場所で、想いがこもっていれば特に楽器の指定などありませんよ。そうでしょう? 高耶くん」

ここで高耶に振る。神楽部隊と懇意にしている高耶ならば説明出来ると考えたらしい。突然振られて驚きながらも、高耶は修を安心させるように引き継ぐ。

「そうですね……もちろん、音色が重要でもあります。響きやすい音というのはありますから。ですが、奉納しようとする想いがあれば伝わるものです。何より、ピアニストである修さんならば、響かない音を出す方が難しいでしょう」

ピアニストにまでなった者の出す音は、ピアノの良し悪しだけで決まるものではない。素人の弾く音の響きとプロの弾く音の響きは違うのだ。正しく響く技術と耳を持たなければプロにはなれない。

「……想いだけで構わないと?」
「はい。修さんのピアノでしたら問題なく」
「それなら……やらせていただきます」

修もプロとして自身の音に自信を持っている。それで問題ないのならば、尻込みする必要はない。求められた曲を弾くだけだ。

だが、高耶は申し訳なさそうに続けた。

「ありがとうございます。その……曲なのですが、これになります」
「っ!!」

高耶が脇に置いていた鞄から取り出した楽譜。それを差し出すと、修は目を丸くした。

「こ、これを?」
「はい……修さんが探していたあの楽譜です。ただし……少し手を加えています。曖昧になっていた最後の部分もこちらで調整させていただきました」
「っ、確認しても?」
「はい」

修は震える手で綺麗に清書された楽譜を持ち上げ、目で追っていく。

最初は他人である高耶が手を加えたということで、少し嫌そうな顔をしていた。当然だ。未発表とはいえ、他人の楽譜に手を加えるのはピアニストとして許せるものではない。

だが、曲を読み取り、目で追っていくにつれてその不快感は消えていく。これがきっと完成形だと思わずにはいられなくなったのだ。

出間咲滋いずまさくじの書いた楽譜には、いくつか迷いの見られる箇所があった。しかし、その部分がこの楽譜には見られない。最後の部分も、本当に最後まで曖昧な感じを受けていた。その違和感がこれにはなかったのだ。

「これ……これが完成形なのではありませんか?」

修にはそう思わずにはいられなかった。コレが本当に咲滋が書きたかった曲ではないのかと。

言われて高耶は苦笑を浮かべる。

「咲滋さん本人もそう認めてくれました」
「……本人……?」
「はい。咲滋さんはこの楽譜が完成出来ていないと思っていたのでしょう。未だ輪廻の輪に戻ることなく彷徨っておられました」
「まさか……会ったのですか?」
「ええ。降霊術で」
「っ!!」

高耶が修へ楽譜を渡した時に口にした言葉を思い出す。


『……ここが落ち着いたらもう一つ手があるので、それをできたらやってみます』


これが降霊術のことだったのだ。

「っ、では、父は!」

修は賢にも可能かと立ち上がって問う。しかし、これに高耶は首を横に振った。

「降霊術によって降ろせるのは、輪廻の輪に入る前の霊のみです。賢さんは正しく輪廻の輪に戻られました。喚ぶことはできません」
「あ……そ、そうですか……すみません。きちんと成仏したということですよね」
「はい。未練なく逝かれたということです」
「……父さん……」

もちろん、未練なく逝ける者は少ない。この場合の未練がないというのは、きちんと諦められたということだ。そこまでは高耶も説明しなかった。

「すみません。喜ぶべきことなのに……」
「いえ」
「あ、では、出間さんは……」
「こちらの楽譜の確認をしていただいたら、納得して逝かれました。ただ一つ、条件を出されましたが」
「条件?」

高耶はその時の咲滋の表情を思い出してクスリと笑った。

「不貞腐れた様子でしたが、この曲が世に出ないのだけは我慢ならないようで……修さんと私で演奏、発表して欲しいとのことです」
「私と高耶くんで……え、でも、これはピアノとヴァイオリンの二重奏ですよね?」
「はい。その……ヴァイオリンも弾けるんです」
「……弾けるんだ……」

これには、聞き役に徹していた陽や仁もびっくりだ。あれだけピアノが弾けて、更にヴァイオリンもとなると多才過ぎる。

「ち、因みにどなたに師事を?」
「あ~……ちょっと特殊な人で……そうですね。その人の弟子……私の兄弟子になるんでしょうか。それにレックラント・マーラフが居ますね」
「レッ、レックラント!? あの世界的なヴァイオリニストの!?」
「俺でも知ってるんだけど……」
「うわあ……もうホント……すごいわ……」

レックラントは今年七十。よくよく考えてみれば、そんな人の師匠はいくつになるのか不思議に思うだろう。だが、そんなことを考えられなくなるほどの衝撃だったようだ。

隣の蓮次郎がコソコソと高耶は耳打ちして確認する。

「何? もしかして、その師匠ってエルラント殿のこと?」
「そうです」
「なるほどね~」

何百年と生きてきたヴァンパイア。その重ねた年月で磨いたヴァイオリンの腕は相当なものだった。他にもトランペットなどの金管楽器も教えてもらっている。音楽大好きなヴァンパイアさんだ。

「ですので、プロだった咲滋さん程とはいかないかもしれませんが、弾かせていただきます」
「そんなっ。わ、私が足を引っ張らないように頑張らせてもらうよ!」
「よろしくお願いします」

奉納の会場は三日後。この別荘の庭で、陽が落ちてから行うことになった。

************
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 566

あなたにおすすめの小説

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

処理中です...