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第四章 秘伝と導く音色
185 完成した楽譜
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修もピアニストだ。特別な場所で演奏して欲しいと頼まれたことはある。
だが、奉納というのは別だ。
「あ、あの……そういうものは普通、もっと伝統的な楽器を使うのでは?」
これに蓮次郎は細い目を更に細めて笑う。
「いえいえ。特別な場所で、想いがこもっていれば特に楽器の指定などありませんよ。そうでしょう? 高耶くん」
ここで高耶に振る。神楽部隊と懇意にしている高耶ならば説明出来ると考えたらしい。突然振られて驚きながらも、高耶は修を安心させるように引き継ぐ。
「そうですね……もちろん、音色が重要でもあります。響きやすい音というのはありますから。ですが、奉納しようとする想いがあれば伝わるものです。何より、ピアニストである修さんならば、響かない音を出す方が難しいでしょう」
ピアニストにまでなった者の出す音は、ピアノの良し悪しだけで決まるものではない。素人の弾く音の響きとプロの弾く音の響きは違うのだ。正しく響く技術と耳を持たなければプロにはなれない。
「……想いだけで構わないと?」
「はい。修さんのピアノでしたら問題なく」
「それなら……やらせていただきます」
修もプロとして自身の音に自信を持っている。それで問題ないのならば、尻込みする必要はない。求められた曲を弾くだけだ。
だが、高耶は申し訳なさそうに続けた。
「ありがとうございます。その……曲なのですが、これになります」
「っ!!」
高耶が脇に置いていた鞄から取り出した楽譜。それを差し出すと、修は目を丸くした。
「こ、これを?」
「はい……修さんが探していたあの楽譜です。ただし……少し手を加えています。曖昧になっていた最後の部分もこちらで調整させていただきました」
「っ、確認しても?」
「はい」
修は震える手で綺麗に清書された楽譜を持ち上げ、目で追っていく。
最初は他人である高耶が手を加えたということで、少し嫌そうな顔をしていた。当然だ。未発表とはいえ、他人の楽譜に手を加えるのはピアニストとして許せるものではない。
だが、曲を読み取り、目で追っていくにつれてその不快感は消えていく。これがきっと完成形だと思わずにはいられなくなったのだ。
出間咲滋の書いた楽譜には、いくつか迷いの見られる箇所があった。しかし、その部分がこの楽譜には見られない。最後の部分も、本当に最後まで曖昧な感じを受けていた。その違和感がこれにはなかったのだ。
「これ……これが完成形なのではありませんか?」
修にはそう思わずにはいられなかった。コレが本当に咲滋が書きたかった曲ではないのかと。
言われて高耶は苦笑を浮かべる。
「咲滋さん本人もそう認めてくれました」
「……本人……?」
「はい。咲滋さんはこの楽譜が完成出来ていないと思っていたのでしょう。未だ輪廻の輪に戻ることなく彷徨っておられました」
「まさか……会ったのですか?」
「ええ。降霊術で」
「っ!!」
高耶が修へ楽譜を渡した時に口にした言葉を思い出す。
『……ここが落ち着いたらもう一つ手があるので、それをできたらやってみます』
これが降霊術のことだったのだ。
「っ、では、父は!」
修は賢にも可能かと立ち上がって問う。しかし、これに高耶は首を横に振った。
「降霊術によって降ろせるのは、輪廻の輪に入る前の霊のみです。賢さんは正しく輪廻の輪に戻られました。喚ぶことはできません」
「あ……そ、そうですか……すみません。きちんと成仏したということですよね」
「はい。未練なく逝かれたということです」
「……父さん……」
もちろん、未練なく逝ける者は少ない。この場合の未練がないというのは、きちんと諦められたということだ。そこまでは高耶も説明しなかった。
「すみません。喜ぶべきことなのに……」
「いえ」
「あ、では、出間さんは……」
「こちらの楽譜の確認をしていただいたら、納得して逝かれました。ただ一つ、条件を出されましたが」
「条件?」
高耶はその時の咲滋の表情を思い出してクスリと笑った。
「不貞腐れた様子でしたが、この曲が世に出ないのだけは我慢ならないようで……修さんと私で演奏、発表して欲しいとのことです」
「私と高耶くんで……え、でも、これはピアノとヴァイオリンの二重奏ですよね?」
「はい。その……ヴァイオリンも弾けるんです」
「……弾けるんだ……」
これには、聞き役に徹していた陽や仁もびっくりだ。あれだけピアノが弾けて、更にヴァイオリンもとなると多才過ぎる。
「ち、因みにどなたに師事を?」
「あ~……ちょっと特殊な人で……そうですね。その人の弟子……私の兄弟子になるんでしょうか。それにレックラント・マーラフが居ますね」
「レッ、レックラント!? あの世界的なヴァイオリニストの!?」
「俺でも知ってるんだけど……」
「うわあ……もうホント……すごいわ……」
レックラントは今年七十。よくよく考えてみれば、そんな人の師匠はいくつになるのか不思議に思うだろう。だが、そんなことを考えられなくなるほどの衝撃だったようだ。
隣の蓮次郎がコソコソと高耶は耳打ちして確認する。
「何? もしかして、その師匠ってエルラント殿のこと?」
「そうです」
「なるほどね~」
何百年と生きてきたヴァンパイア。その重ねた年月で磨いたヴァイオリンの腕は相当なものだった。他にもトランペットなどの金管楽器も教えてもらっている。音楽大好きなヴァンパイアさんだ。
「ですので、プロだった咲滋さん程とはいかないかもしれませんが、弾かせていただきます」
「そんなっ。わ、私が足を引っ張らないように頑張らせてもらうよ!」
「よろしくお願いします」
奉納の会場は三日後。この別荘の庭で、陽が落ちてから行うことになった。
************
読んでくださりありがとうございます◎
だが、奉納というのは別だ。
「あ、あの……そういうものは普通、もっと伝統的な楽器を使うのでは?」
これに蓮次郎は細い目を更に細めて笑う。
「いえいえ。特別な場所で、想いがこもっていれば特に楽器の指定などありませんよ。そうでしょう? 高耶くん」
ここで高耶に振る。神楽部隊と懇意にしている高耶ならば説明出来ると考えたらしい。突然振られて驚きながらも、高耶は修を安心させるように引き継ぐ。
「そうですね……もちろん、音色が重要でもあります。響きやすい音というのはありますから。ですが、奉納しようとする想いがあれば伝わるものです。何より、ピアニストである修さんならば、響かない音を出す方が難しいでしょう」
ピアニストにまでなった者の出す音は、ピアノの良し悪しだけで決まるものではない。素人の弾く音の響きとプロの弾く音の響きは違うのだ。正しく響く技術と耳を持たなければプロにはなれない。
「……想いだけで構わないと?」
「はい。修さんのピアノでしたら問題なく」
「それなら……やらせていただきます」
修もプロとして自身の音に自信を持っている。それで問題ないのならば、尻込みする必要はない。求められた曲を弾くだけだ。
だが、高耶は申し訳なさそうに続けた。
「ありがとうございます。その……曲なのですが、これになります」
「っ!!」
高耶が脇に置いていた鞄から取り出した楽譜。それを差し出すと、修は目を丸くした。
「こ、これを?」
「はい……修さんが探していたあの楽譜です。ただし……少し手を加えています。曖昧になっていた最後の部分もこちらで調整させていただきました」
「っ、確認しても?」
「はい」
修は震える手で綺麗に清書された楽譜を持ち上げ、目で追っていく。
最初は他人である高耶が手を加えたということで、少し嫌そうな顔をしていた。当然だ。未発表とはいえ、他人の楽譜に手を加えるのはピアニストとして許せるものではない。
だが、曲を読み取り、目で追っていくにつれてその不快感は消えていく。これがきっと完成形だと思わずにはいられなくなったのだ。
出間咲滋の書いた楽譜には、いくつか迷いの見られる箇所があった。しかし、その部分がこの楽譜には見られない。最後の部分も、本当に最後まで曖昧な感じを受けていた。その違和感がこれにはなかったのだ。
「これ……これが完成形なのではありませんか?」
修にはそう思わずにはいられなかった。コレが本当に咲滋が書きたかった曲ではないのかと。
言われて高耶は苦笑を浮かべる。
「咲滋さん本人もそう認めてくれました」
「……本人……?」
「はい。咲滋さんはこの楽譜が完成出来ていないと思っていたのでしょう。未だ輪廻の輪に戻ることなく彷徨っておられました」
「まさか……会ったのですか?」
「ええ。降霊術で」
「っ!!」
高耶が修へ楽譜を渡した時に口にした言葉を思い出す。
『……ここが落ち着いたらもう一つ手があるので、それをできたらやってみます』
これが降霊術のことだったのだ。
「っ、では、父は!」
修は賢にも可能かと立ち上がって問う。しかし、これに高耶は首を横に振った。
「降霊術によって降ろせるのは、輪廻の輪に入る前の霊のみです。賢さんは正しく輪廻の輪に戻られました。喚ぶことはできません」
「あ……そ、そうですか……すみません。きちんと成仏したということですよね」
「はい。未練なく逝かれたということです」
「……父さん……」
もちろん、未練なく逝ける者は少ない。この場合の未練がないというのは、きちんと諦められたということだ。そこまでは高耶も説明しなかった。
「すみません。喜ぶべきことなのに……」
「いえ」
「あ、では、出間さんは……」
「こちらの楽譜の確認をしていただいたら、納得して逝かれました。ただ一つ、条件を出されましたが」
「条件?」
高耶はその時の咲滋の表情を思い出してクスリと笑った。
「不貞腐れた様子でしたが、この曲が世に出ないのだけは我慢ならないようで……修さんと私で演奏、発表して欲しいとのことです」
「私と高耶くんで……え、でも、これはピアノとヴァイオリンの二重奏ですよね?」
「はい。その……ヴァイオリンも弾けるんです」
「……弾けるんだ……」
これには、聞き役に徹していた陽や仁もびっくりだ。あれだけピアノが弾けて、更にヴァイオリンもとなると多才過ぎる。
「ち、因みにどなたに師事を?」
「あ~……ちょっと特殊な人で……そうですね。その人の弟子……私の兄弟子になるんでしょうか。それにレックラント・マーラフが居ますね」
「レッ、レックラント!? あの世界的なヴァイオリニストの!?」
「俺でも知ってるんだけど……」
「うわあ……もうホント……すごいわ……」
レックラントは今年七十。よくよく考えてみれば、そんな人の師匠はいくつになるのか不思議に思うだろう。だが、そんなことを考えられなくなるほどの衝撃だったようだ。
隣の蓮次郎がコソコソと高耶は耳打ちして確認する。
「何? もしかして、その師匠ってエルラント殿のこと?」
「そうです」
「なるほどね~」
何百年と生きてきたヴァンパイア。その重ねた年月で磨いたヴァイオリンの腕は相当なものだった。他にもトランペットなどの金管楽器も教えてもらっている。音楽大好きなヴァンパイアさんだ。
「ですので、プロだった咲滋さん程とはいかないかもしれませんが、弾かせていただきます」
「そんなっ。わ、私が足を引っ張らないように頑張らせてもらうよ!」
「よろしくお願いします」
奉納の会場は三日後。この別荘の庭で、陽が落ちてから行うことになった。
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