秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
167 / 411
第四章 秘伝と導く音色

167 これはまずいです

しおりを挟む
高耶は、過去の音を聴き取り、何とか最後まで曲を完成させた。

「これがそうですが、もしかしたら途中でまた書き直している可能性もあります。一応、耳に付いたら全て書き出すようにしてみますね」
「ありがとう!」
「いえ、ただ……もしかしたら、賢さんの方にもあるかもしれません。何度か同じ五線紙でない感じがする時があったので……」

ピアノとバイオリンで作られた曲だ。別々で持っている可能性もある。確認の為に修が持っていた楽譜のように、ほんの数小節だけの物を渡している時もありそうだ。

あの部屋には他に高耶の求めるものはなかったと黒艶は確信していた。ならば、ここではない場所に持ち出している。

「っ、あ、そう……だね。これ以外も見つかるかもしれない……確認するよ」
「はい。あとは……ここが落ち着いたらもう一つ手があるので、それをできたらやってみます」
「頼みます」

その日は、日が暮れる前に解散となった。ただ、本格的な調査が必要なので、高耶が鍵を預かる。

「ではお預かりします。あとこれは鍵の借用書と、破損などないようにしますが、万が一の場合の誓約書です」
「用意がいいね……予想していたのかな?」
「いえ。万が一のために、仕事の時は用意しているんです」

高耶は迅速に対応するため、そういった書類も一応は持ち歩いている。小さなリュックに入る細いマイボトルに丸めて入れてあるというのは内緒だ。明らかに使い道を間違っている。丸まってしまうのはどうかと思うが、そこはまあ、迅速な行動のためにはやむを得ない。

「では、連絡待っています」
「はい。一週間ほどでなんとかなると思いますので」
「わかった。その……気を付けて」
「ありがとうございます」

心配そうな修に笑みを見せる。それを見て、陽が修の肩を叩いた。

「大丈夫ですよ。高耶くんは、怨霊さえ蹴り飛ばせるんだから。ねっ」
「はい」
「それ、すごいことだよね? 見たいんだけど」
「こらこら。明らかに邪魔になるだろうが。もう行くぞ」

なぜか仁は興味を持ってしまったようだ。そんな彼を、呆れながら陽が引っ張っていった。

「家のものは好きに使ってくれていいよ。それじゃあ……また」
「はい。また」

修が嬉しそうに笑い、背を向けた。走り出した車が見えなくなるまで見送り、高耶は家の中に戻った。

電気も自家発電でまかなっており、問題ない。中に入ると、リビングで夕日に染まり出した外の景色を見ながら、源龍が電話をしていた。

「ええ。そうです。はい……刑事部からも人を……その可能性があります」

もう少しかかりそうだ。高耶は所在無げにソファに座っているエリーゼに話しかける。最初のような元気がないのは、その両脇に黒艶と綺翔が座っているからというだけではないだろう。

「大丈夫か?」
《っ……も、問題ないわ……ちょい、びっくりしただけや……》
「もしかして、あっちのと会話したことないのか?」
《っ、あらへんわっ。お、居るいうことは分かっててん……》

かなり怯えている様子に、高耶は小さな子をいじめているように感じて屈み込む。目線を合わせるようにすると、動揺したのだろう。こちらへと目線を彷徨わせていた。

《こ、声も聞こえとったわ……けどな……会話はできんかったんよ……なんや、変な呪文を言うばっかで……怖ぁて近付かれへんかってん………》
「呪文……?」

その時、それが微かに聴こえてきた。高耶は立ち上がり、そちらへ近付いていく。そんな高耶には、綺翔がついてきていた。

通路の先まで行かなくてもそれは聞こえた。

「……なるほど。呪文か……」
《……祝詞……っぽいもの……》
「そうだな。やっぱり、先祖を神として祀っているのか……いや、だが……」

どうしてだろう。嫌な気分だ。それに、言葉が微妙に聞き取れないところがある。まるで、知らない言語を混ぜているようなそんな違和感。

「確かにこれは……近付きたくないな」

眉をキツく寄せる高耶の上に、霊界の調査に行っていた充雪が現れた。予定ではあと二日は帰ってこないはずだったので驚く。

「じぃさん。どうした?」
《……》

珍しく充雪は難しい顔をして、祝詞のようなものが響いてくる方をじっと見つめていた。

《……これは……鬼の言葉だ》
「っ、鬼の言葉?」
《混じってやがるぞ。鬼と……家守りだったものが》
「だった……もの……」

既に家守りではないものになっているという意味だ。それを理解した途端、高耶は悪寒を感じた。

《主……下がる》
《こっちとあっちを結界で遮断しろ。こっちに家守りがいるなら余計だ。霊穴が近くにあるせいで一気に力が増してやがる。取り込まれるぞ》
「っ、封印するのは?」
《いや、封印は反発される。結界にしろ》
「わかった」

高耶は一度呼吸を落ち着かせ、最高位の結界でその部分を除いたこちら側を囲った。

突然結界を張られたことで、源龍が驚いてこちらへ来る。

「高耶くん? どうなってるんだい?」

説明したのは充雪だ。

《あっちにいる家守りは、封じられていた鬼と混じったらしい。もう家守りとは言えないものになっている。よく自我を保っているもんだ……それが、近くに開いた霊穴の影響を受けておかしなものになりかけてんだ。そのままだと、こっちの家守りも取り込まれるところでな》
「……取り込まれたらどうなるのですか……?」
《表に出てくる》
「っ、なるほど。理解しました」

上手いこと今はあの場所だけに留まっている状態。奇しくも、エリーゼが管理する領域が蓋の役割をしており、出てくることができないらしい。ある意味、封印と同じ効果がある。

「では、エリーゼを逃すこともできませんね」
《支配が消えれば、領域を広げて出てくるだろうからな》

危険なもののそばにエリーゼを置いておくのは問題だと思っていた高耶としては、移動させる案がダメになったことに悩む。しばらく考え込んだ高耶は一つ頷いた。

「エリーゼの格を上げるしかないな」
「え?」

一体どういうことだと戸惑いの声を上げた源龍の横をすり抜け、高耶はエリーゼの前に膝をつく。

「エリーゼ。俺と一時的に契約しないか?」
《契……約……?》
「そうだ。主人の仮契約だ。それで俺の力を少し分けてやれる。アレは危険だ。解き放たれれば、君は消える」
《っ……そんな気ぃしとった……ウチ……消えるんやな……》

寂しそうに涙を浮かべて肩を落とすエリーゼ。ちょっと怖いと思ったのは内緒だ。血の涙でなくて良かった。

《お兄はん……助けて……くれるん?》
「ああ。どうだ?」

クッと顔を上げたエリーゼは、震える唇を懸命に動かしながら答えた。

《っ……お願い……しますっ》
「わかった」

高耶は小さい子どもが、必死に我慢して大人ぶって、それが耐えられなくなって助けを求める時と同じ顔だなと笑った。

************
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 545

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...