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第四章 秘伝と導く音色
156 当たり過ぎるのも困りもの
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彼女は、時折引きつるように痛む体を警戒しながら、ゆっくりと暗闇を進んでいた。痛みがあるとは言っても、外傷があるわけではない。その痛みは精神や魂から感じるものだ。
人とは少し違う性質の体。それは妖にとても近い。
眼下には黒い海。それを横目に、彼女は真っ暗な街灯一つない山を上へ上へと登っていく。目指すのは、頂上付近にある洞窟だ。その洞窟は、只人には見えないようになっている。
そこは霊穴だった。不意に霊界と繋がってしまう場所。小さな妖達は吸い込まれ、霊界を構成するものに変換されて消えていく。
時に強い霊が力を蓄えようと近付くこともある。だが、こういう場所には、陰陽師達が術を仕掛けており、一定時間そこに居ると霊界の方へ押し出されるようになっていた。そのため、不思議と危ない場所にはなり得ない。
とはいえ、彼女は仕掛けられている術も分かっている。抵抗する術も持っていた。回復し、力を蓄えるのに、これほどいい場所はない。
「ッ……もう……少し……っ」
辛い、寂しい、終わりにしたい。そんな思いを痛みが連れてくる。
自身が人ではない存在なのだと理解した時に感じた不快感に似ていた。
改変されてしまった存在。つい先日、それも身勝手な理由でだったのだと知った。
あの源龍と会ってから、あれほど自分に似た存在が何者なのかを調べた。これまで一切、目的とする世界を変えること以外、気にならなかったというのに。ただし、単に源龍を知ったからではなかった。
それは自身と、現れた鬼に真っ直ぐに相対した青年が気になっていたから。戦う時に纏う精錬な空気。敵である自分を助けようとする姿勢。真っ直ぐに向けられた鋭い視線。それらを彼女は忘れられなかった。
もう一度会いたいと心の奥底で思っていた。
そして、再会した時。隣に居る自身によく似た人間に無性に腹が立った。それは間違いなく嫉妬だった。そう自覚できなくても、源龍という存在が忌々しく思えた。
だから調べたのだ。
これによって、自身が何者であったのかが知れた。そして、こうなってしまった原因を知る。
「っ、し損じるなんて……」
捕らえられた叔父だというその男を殺そうと思った。忍び込み、息の根を止める。だが、怪我は負わせたが、死を確認する前に警備の者に見つかった。
そして、薫は精神に深い傷を負ったのだ。
「あんなやつに……っ」
傷を負わせたのは、着物を着た女性だった。優雅に扇子を開き、隠された唇がきっと笑みを浮かべただろう。その瞬間、強烈な衝撃が薫を襲った。何が起きたのか分からない。逃げるので精一杯だったのだ。
「やられるやら……」
もし、やられるのなら彼が良い。
そう思うことが最早、彼女にとっては異常なこと。名も知らぬ感情を抱えながら、目の前に現れた洞窟へと足を踏み入れる。
つかの間の休息を取るため。
また彼に会うために。
◆ ◆ ◆
高耶がそれを知ったのは、修に依頼を受けた翌日の昼頃。
夏休み最後の一週間。講義が不規則になり、休講で空いてしまったひと枠をどこで時間を潰そうかと思っていた時だった。
「メール……源龍さんと……」
源龍からと、安倍焔泉からのメールだ。
源龍からは、今電話してもいいかとあったので、そちらを優先することにする。大丈夫ですと返信すれば、すぐに電話がかかってきた。
『ごめんね。こんな時間に』
「いえ。何かありましたか」
高耶は人の少ない裏庭のベンチに座った。
『うん……昨日、捕らえていた叔父が……鬼渡に襲撃されたらしいんだ』
「鬼渡……彼女が?」
『幸い、命は取り止めたらしいけどね』
どうしてそうなったのかというのは分からない。
『その場に、安倍の当主が居合わせたらしくて。あの人の予想だと、自身の出生について知ったための行動じゃないかって』
「恨みに思ってということですか」
『恐らくね』
狙う理由は、他に思い当たらない。
「なら、今週末の依頼は同行できないですよね?」
当然のように、修の依頼にも源龍がついてくることになっていたのだ。だが、そのような事情があるのならば、源龍も動きにくいだろうと思った。
『いや、問題ないよ。寧ろ、囮にでもなれって感じに言われてね。高耶君のことも狙う可能性あるし』
「確かに、俺が何度も邪魔していますもんね」
囮にと言ったのは間違いなく焔泉だろう。高耶と居れば、出会う可能性は高くなると予想したのだ。
『そういうこと。まあ、一応報告ね。高耶君も気を付けて』
「ありがとうございます……そうだ。彼女と友人だった子の家に、預けた狛犬の様子を見に明日行く予定なのですが、それはどうしますか?」
神使専門のブリーダーからも、定期的な報告が欲しいと言われており、久し振りに確認に行く予定なのだ。それを源龍には伝えていなかったと思い出した。
『行くよ! 狛犬かあっ。是非!』
好きだったようだ。一気に声が明るくなった。
明日の約束を取り付け、電話を切った。そして、もう一件のメールを確認する。
『旅先でトラブル注意』
占いか。
危うく声に出るところだった。時折、焔泉からのメールはこういったものがある。
「気を付けた所で、避けられっこないだろ……」
困るのは、当たりすぎるためだ。この場合は『旅先でトラブル起きるよ♪』ということだ。注意なんてしても仕方がない。起きるものは起きる。
「はあ……せめて対策法を教えてくれないだろうか……」
決定事項なら、対応策をお願いしたいと切に願う高耶だった。
************
読んでくださりありがとうございます◎
人とは少し違う性質の体。それは妖にとても近い。
眼下には黒い海。それを横目に、彼女は真っ暗な街灯一つない山を上へ上へと登っていく。目指すのは、頂上付近にある洞窟だ。その洞窟は、只人には見えないようになっている。
そこは霊穴だった。不意に霊界と繋がってしまう場所。小さな妖達は吸い込まれ、霊界を構成するものに変換されて消えていく。
時に強い霊が力を蓄えようと近付くこともある。だが、こういう場所には、陰陽師達が術を仕掛けており、一定時間そこに居ると霊界の方へ押し出されるようになっていた。そのため、不思議と危ない場所にはなり得ない。
とはいえ、彼女は仕掛けられている術も分かっている。抵抗する術も持っていた。回復し、力を蓄えるのに、これほどいい場所はない。
「ッ……もう……少し……っ」
辛い、寂しい、終わりにしたい。そんな思いを痛みが連れてくる。
自身が人ではない存在なのだと理解した時に感じた不快感に似ていた。
改変されてしまった存在。つい先日、それも身勝手な理由でだったのだと知った。
あの源龍と会ってから、あれほど自分に似た存在が何者なのかを調べた。これまで一切、目的とする世界を変えること以外、気にならなかったというのに。ただし、単に源龍を知ったからではなかった。
それは自身と、現れた鬼に真っ直ぐに相対した青年が気になっていたから。戦う時に纏う精錬な空気。敵である自分を助けようとする姿勢。真っ直ぐに向けられた鋭い視線。それらを彼女は忘れられなかった。
もう一度会いたいと心の奥底で思っていた。
そして、再会した時。隣に居る自身によく似た人間に無性に腹が立った。それは間違いなく嫉妬だった。そう自覚できなくても、源龍という存在が忌々しく思えた。
だから調べたのだ。
これによって、自身が何者であったのかが知れた。そして、こうなってしまった原因を知る。
「っ、し損じるなんて……」
捕らえられた叔父だというその男を殺そうと思った。忍び込み、息の根を止める。だが、怪我は負わせたが、死を確認する前に警備の者に見つかった。
そして、薫は精神に深い傷を負ったのだ。
「あんなやつに……っ」
傷を負わせたのは、着物を着た女性だった。優雅に扇子を開き、隠された唇がきっと笑みを浮かべただろう。その瞬間、強烈な衝撃が薫を襲った。何が起きたのか分からない。逃げるので精一杯だったのだ。
「やられるやら……」
もし、やられるのなら彼が良い。
そう思うことが最早、彼女にとっては異常なこと。名も知らぬ感情を抱えながら、目の前に現れた洞窟へと足を踏み入れる。
つかの間の休息を取るため。
また彼に会うために。
◆ ◆ ◆
高耶がそれを知ったのは、修に依頼を受けた翌日の昼頃。
夏休み最後の一週間。講義が不規則になり、休講で空いてしまったひと枠をどこで時間を潰そうかと思っていた時だった。
「メール……源龍さんと……」
源龍からと、安倍焔泉からのメールだ。
源龍からは、今電話してもいいかとあったので、そちらを優先することにする。大丈夫ですと返信すれば、すぐに電話がかかってきた。
『ごめんね。こんな時間に』
「いえ。何かありましたか」
高耶は人の少ない裏庭のベンチに座った。
『うん……昨日、捕らえていた叔父が……鬼渡に襲撃されたらしいんだ』
「鬼渡……彼女が?」
『幸い、命は取り止めたらしいけどね』
どうしてそうなったのかというのは分からない。
『その場に、安倍の当主が居合わせたらしくて。あの人の予想だと、自身の出生について知ったための行動じゃないかって』
「恨みに思ってということですか」
『恐らくね』
狙う理由は、他に思い当たらない。
「なら、今週末の依頼は同行できないですよね?」
当然のように、修の依頼にも源龍がついてくることになっていたのだ。だが、そのような事情があるのならば、源龍も動きにくいだろうと思った。
『いや、問題ないよ。寧ろ、囮にでもなれって感じに言われてね。高耶君のことも狙う可能性あるし』
「確かに、俺が何度も邪魔していますもんね」
囮にと言ったのは間違いなく焔泉だろう。高耶と居れば、出会う可能性は高くなると予想したのだ。
『そういうこと。まあ、一応報告ね。高耶君も気を付けて』
「ありがとうございます……そうだ。彼女と友人だった子の家に、預けた狛犬の様子を見に明日行く予定なのですが、それはどうしますか?」
神使専門のブリーダーからも、定期的な報告が欲しいと言われており、久し振りに確認に行く予定なのだ。それを源龍には伝えていなかったと思い出した。
『行くよ! 狛犬かあっ。是非!』
好きだったようだ。一気に声が明るくなった。
明日の約束を取り付け、電話を切った。そして、もう一件のメールを確認する。
『旅先でトラブル注意』
占いか。
危うく声に出るところだった。時折、焔泉からのメールはこういったものがある。
「気を付けた所で、避けられっこないだろ……」
困るのは、当たりすぎるためだ。この場合は『旅先でトラブル起きるよ♪』ということだ。注意なんてしても仕方がない。起きるものは起きる。
「はあ……せめて対策法を教えてくれないだろうか……」
決定事項なら、対応策をお願いしたいと切に願う高耶だった。
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