秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
156 / 403
第四章 秘伝と導く音色

156 当たり過ぎるのも困りもの

しおりを挟む
彼女は、時折引きつるように痛む体を警戒しながら、ゆっくりと暗闇を進んでいた。痛みがあるとは言っても、外傷があるわけではない。その痛みは精神や魂から感じるものだ。

人とは少し違う性質の体。それは妖にとても近い。

眼下には黒い海。それを横目に、彼女は真っ暗な街灯一つない山を上へ上へと登っていく。目指すのは、頂上付近にある洞窟だ。その洞窟は、只人には見えないようになっている。

そこは霊穴だった。不意に霊界と繋がってしまう場所。小さな妖達は吸い込まれ、霊界を構成するものに変換されて消えていく。

時に強い霊が力を蓄えようと近付くこともある。だが、こういう場所には、陰陽師達が術を仕掛けており、一定時間そこに居ると霊界の方へ押し出されるようになっていた。そのため、不思議と危ない場所にはなり得ない。

とはいえ、彼女は仕掛けられている術も分かっている。抵抗する術も持っていた。回復し、力を蓄えるのに、これほどいい場所はない。

「ッ……もう……少し……っ」

辛い、寂しい、終わりにしたい。そんな思いを痛みが連れてくる。

自身が人ではない存在なのだと理解した時に感じた不快感に似ていた。

改変されてしまった存在。つい先日、それも身勝手な理由でだったのだと知った。

あの源龍と会ってから、あれほど自分に似た存在が何者なのかを調べた。これまで一切、目的とする世界を変えること以外、気にならなかったというのに。ただし、単に源龍を知ったからではなかった。

それは自身と、現れた鬼に真っ直ぐに相対した青年が気になっていたから。戦う時に纏う精錬な空気。敵である自分を助けようとする姿勢。真っ直ぐに向けられた鋭い視線。それらを彼女は忘れられなかった。

もう一度会いたいと心の奥底で思っていた。

そして、再会した時。隣に居る自身によく似た人間 ・  ・ に無性に腹が立った。それは間違いなく嫉妬だった。そう自覚できなくても、源龍という存在が忌々しく思えた。

だから調べたのだ。

これによって、自身が何者であったのかが知れた。そして、こうなってしまった原因を知る。

「っ、し損じるなんて……」

捕らえられた叔父だというその男を殺そうと思った。忍び込み、息の根を止める。だが、怪我は負わせたが、死を確認する前に警備の者に見つかった。

そして、薫は精神に深い傷を負ったのだ。

「あんなやつに……っ」

傷を負わせたのは、着物を着た女性だった。優雅に扇子を開き、隠された唇がきっと笑みを浮かべただろう。その瞬間、強烈な衝撃が薫を襲った。何が起きたのか分からない。逃げるので精一杯だったのだ。

「やられるやら……」

もし、やられるのなら彼が良い。

そう思うことが最早、彼女にとっては異常なこと。名も知らぬ感情を抱えながら、目の前に現れた洞窟へと足を踏み入れる。

つかの間の休息を取るため。

また彼に会うために。

◆  ◆  ◆

高耶がそれを知ったのは、修に依頼を受けた翌日の昼頃。

夏休み最後の一週間。講義が不規則になり、休講で空いてしまったひと枠をどこで時間を潰そうかと思っていた時だった。

「メール……源龍さんと……」

源龍からと、安倍焔泉からのメールだ。

源龍からは、今電話してもいいかとあったので、そちらを優先することにする。大丈夫ですと返信すれば、すぐに電話がかかってきた。

『ごめんね。こんな時間に』
「いえ。何かありましたか」

高耶は人の少ない裏庭のベンチに座った。

『うん……昨日、捕らえていた叔父が……鬼渡に襲撃されたらしいんだ』
「鬼渡……彼女が?」
『幸い、命は取り止めたらしいけどね』

どうしてそうなったのかというのは分からない。

『その場に、安倍の当主が居合わせたらしくて。あの人の予想だと、自身の出生について知ったための行動じゃないかって』
「恨みに思ってということですか」
『恐らくね』

狙う理由は、他に思い当たらない。

「なら、今週末の依頼は同行できないですよね?」

当然のように、修の依頼にも源龍がついてくることになっていたのだ。だが、そのような事情があるのならば、源龍も動きにくいだろうと思った。

『いや、問題ないよ。寧ろ、囮にでもなれって感じに言われてね。高耶君のことも狙う可能性あるし』
「確かに、俺が何度も邪魔していますもんね」

囮にと言ったのは間違いなく焔泉だろう。高耶と居れば、出会う可能性は高くなると予想したのだ。

『そういうこと。まあ、一応報告ね。高耶君も気を付けて』
「ありがとうございます……そうだ。彼女と友人だった子の家に、預けた狛犬の様子を見に明日行く予定なのですが、それはどうしますか?」

神使専門のブリーダーからも、定期的な報告が欲しいと言われており、久し振りに確認に行く予定なのだ。それを源龍には伝えていなかったと思い出した。

『行くよ! 狛犬かあっ。是非!』

好きだったようだ。一気に声が明るくなった。

明日の約束を取り付け、電話を切った。そして、もう一件のメールを確認する。


『旅先でトラブル注意』


占いか。

危うく声に出るところだった。時折、焔泉からのメールはこういったものがある。

「気を付けた所で、避けられっこないだろ……」

困るのは、当たりすぎるためだ。この場合は『旅先でトラブル起きるよ♪』ということだ。注意なんてしても仕方がない。起きるものは起きる。

「はあ……せめて対策法を教えてくれないだろうか……」

決定事項なら、対応策をお願いしたいと切に願う高耶だった。

************
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...