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第三章 秘伝の弟子
117 信頼される術者です
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水神は美しい姿をしていた。人と話すということで、わざわざ人の姿をしてくれたらしい。
しかし、その人ははっきりとした輪郭や色を持たない。それでも美しいと感じてしまうのだ。それが神という存在の持つ力だろうか。
水面をそのまま纏ったようなユラユラと形が留まり切らない服と体。女性とも男性とも思える中性的な容姿。髪は後ろに流れ、川の中に同化していた。
橋からは少し離れ、高耶達は水神と対面する。周りからは高耶達が見えないように、術を展開中だ。それをまずは許してもらう。
「このような時分にて、不作法をいたします」
《よい。ヌシらには迷惑をかけたようだ》
不思議な響きの声は、高耶には心地よいと感じるが、統二には少し刺激を感じているらしい。源龍が気遣って少しだけ後ろに下げてくれていた。
「いいえ。あのような術を仕掛けた術者を取り逃がしてしまい申し訳ありません」
《ヌシらは万能ではない。責めはしまいよ……》
思い上がるなと叱責されても仕方がないと思っていた。だが、水神は小さく首を振って許してくれる。
そして、水神は寂しそうな瞳を橋の下へ向ける。
《一つ心残りがあるとすれば……あれらを心安く穏やかに送ってやれなんだことだ……生きて戦う道具とされ、死しても道具とされてしもうた……》
「……未だ思念は残っております……せめて私共に送らせていただけますでしょうか……」
高耶が確認したかったのはこれだ。
水神が庇護下に置いていた霊達を勝手に浄化することは失礼に当たる。今回は他の場所へと移動させられたことで、浄化をしてしまうことになったが、一番良いのはここへ帰すことだった。
とはいえ術式の関係上、それは無理だったのだが、対応としては本来間違っていたのだ。
《事情も聞いた……何より、ヌシは信用に値する。あれらのこと、頼むとしよう》
「ありがとうございます」
頭を下げた高耶を数秒見つめ、水神は川へ帰っていった。
まだこちらを見ている気配は感じているが、干渉はしないということだ。
高耶は振り返って源龍へ告げる。
「許可もいただきました。あの場で鎮魂の儀を」
「うん。清掃部隊が片付け終わったらそのままできそうだね。丁度夜で都合も良い」
「ええ……統二? 大丈夫か?」
そこで惚けたように水神の消えた川をの方を見つめている統二に気付く。
「え、あ、すみませんっ」
「キツかったか?」
「えっと……一瞬だけ……それからはとても優しい……暖かい何かを感じました」
「そうか……」
高耶は安心して褒めるように笑みを浮かべた後、儀式をする場所の選定にと橋の下へ向かっていった。
統二が感じた何か。それは神の想いを少しだけ感じられたということだ。
神気に当てられてしまえば、それ以上神へ寄り添うことはできない。だが、その神気の先にある神の想いに触れられたのなら、それは一流の陰陽師となれる素質があるということに他ならない。
そこで源龍が嬉しそうに目を見開いた。
「統二君はすごいね……私がまだ君くらいの時なら倒れていたよ。寧ろ今も結構ギリギリかな」
「え? 榊様がですか?」
源龍は顔や態度には出さなかったが、ずっと平常心を心がけるように必死だったらしい。
「ふふ。普通はね。こんな風に神と直接対話するなんてあり得ないんだ。神にお伺いを立てる時はもっと大勢でしっかりと術を組んで対面するしね。神気って怖いものだから、弱い者なら一瞬で病む。人には毒だよ」
「……っ」
《脅し過ぎ。あんなの、慣れればいいんだよ。だいたい、僕らみたいなのを側に置いてるんだから、普通の人より耐性はできるし》
高耶が悪く言われているようで嫌だったのだろう。清晶が口を挟む。
「確かにそうなんだろうけど……高耶君にはもう少し、自分の力を自覚して欲しいかな。というか、多分私がこうやって付くように言われた理由がこれかもと思ったよ」
《安倍の当主だろ。あの女狐、鬱陶しいけど主様の事を考えてんのは分かってるし、いいけどさ》
不満そうにしながらも清晶が高耶の方へ歩いていくのを源龍は見送った。
源龍はただ、鬼渡となった妹が高耶に接触する可能性を考えて付けられたと思っていた。しかし、恐らく違うのだ。
高耶は陰陽師としても異常だ。どの家も血の力が弱まっていく中で、秘伝だけは今までも異常なほどに強かったと記録にあった。
それは生きた指導者となり得る充雪がいることも大きな要因だろう。他にも、力の使い分けが上手かったり、広い人脈や人だけではなく神からの信頼もある。
そういう、陰陽師達に欠けてしまったものを知るために源龍はここにいるのだ。
「こう自分で言うのもなんだけど、つくづく他の人じゃなくて良かったと思うよ」
「やっぱり兄さんって違いますか?」
「違うね。だから余計に同業者に反発されるんだよ。素直に高耶君という存在を受け入れられる者だけが恩恵を受けるんじゃないかな」
そう言って源龍は振り返って土手の上を見る。するとそこに、こちらへ下りてくる二人の壮年の男性がいた。Tシャツ姿の彼らは一見するとランニング中に川辺に涼みに来た人たちだ。
太く日に焼けた腕は、逞しくテカテカ光っている。
「失礼します! 榊様でいらっしゃいますかっ」
「はい。清掃部隊の方ですね。現場の確認ですか?」
それにしてはかなりのベテランが来たものだ。
暑苦しい雰囲気が物凄い。思わず統二は数歩距離を取っていた。
「ご、ご当主はっ。秘伝のご当主はどこにいらっしゃいますか!」
「もしかして、高耶君に会いに……?」
「「はい!! どちらに!」」
詰め寄られて、源龍は体を引きながら目を向けてしまった。
その目の動きを見て彼らは、橋の下のゴミ山から今まさに飛び降りてそれを見上げる高耶を捕捉した。
「っ……ごっ」
「「ご当主ぅぅぅぅっ!!」」
突撃していった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 6. 12
しかし、その人ははっきりとした輪郭や色を持たない。それでも美しいと感じてしまうのだ。それが神という存在の持つ力だろうか。
水面をそのまま纏ったようなユラユラと形が留まり切らない服と体。女性とも男性とも思える中性的な容姿。髪は後ろに流れ、川の中に同化していた。
橋からは少し離れ、高耶達は水神と対面する。周りからは高耶達が見えないように、術を展開中だ。それをまずは許してもらう。
「このような時分にて、不作法をいたします」
《よい。ヌシらには迷惑をかけたようだ》
不思議な響きの声は、高耶には心地よいと感じるが、統二には少し刺激を感じているらしい。源龍が気遣って少しだけ後ろに下げてくれていた。
「いいえ。あのような術を仕掛けた術者を取り逃がしてしまい申し訳ありません」
《ヌシらは万能ではない。責めはしまいよ……》
思い上がるなと叱責されても仕方がないと思っていた。だが、水神は小さく首を振って許してくれる。
そして、水神は寂しそうな瞳を橋の下へ向ける。
《一つ心残りがあるとすれば……あれらを心安く穏やかに送ってやれなんだことだ……生きて戦う道具とされ、死しても道具とされてしもうた……》
「……未だ思念は残っております……せめて私共に送らせていただけますでしょうか……」
高耶が確認したかったのはこれだ。
水神が庇護下に置いていた霊達を勝手に浄化することは失礼に当たる。今回は他の場所へと移動させられたことで、浄化をしてしまうことになったが、一番良いのはここへ帰すことだった。
とはいえ術式の関係上、それは無理だったのだが、対応としては本来間違っていたのだ。
《事情も聞いた……何より、ヌシは信用に値する。あれらのこと、頼むとしよう》
「ありがとうございます」
頭を下げた高耶を数秒見つめ、水神は川へ帰っていった。
まだこちらを見ている気配は感じているが、干渉はしないということだ。
高耶は振り返って源龍へ告げる。
「許可もいただきました。あの場で鎮魂の儀を」
「うん。清掃部隊が片付け終わったらそのままできそうだね。丁度夜で都合も良い」
「ええ……統二? 大丈夫か?」
そこで惚けたように水神の消えた川をの方を見つめている統二に気付く。
「え、あ、すみませんっ」
「キツかったか?」
「えっと……一瞬だけ……それからはとても優しい……暖かい何かを感じました」
「そうか……」
高耶は安心して褒めるように笑みを浮かべた後、儀式をする場所の選定にと橋の下へ向かっていった。
統二が感じた何か。それは神の想いを少しだけ感じられたということだ。
神気に当てられてしまえば、それ以上神へ寄り添うことはできない。だが、その神気の先にある神の想いに触れられたのなら、それは一流の陰陽師となれる素質があるということに他ならない。
そこで源龍が嬉しそうに目を見開いた。
「統二君はすごいね……私がまだ君くらいの時なら倒れていたよ。寧ろ今も結構ギリギリかな」
「え? 榊様がですか?」
源龍は顔や態度には出さなかったが、ずっと平常心を心がけるように必死だったらしい。
「ふふ。普通はね。こんな風に神と直接対話するなんてあり得ないんだ。神にお伺いを立てる時はもっと大勢でしっかりと術を組んで対面するしね。神気って怖いものだから、弱い者なら一瞬で病む。人には毒だよ」
「……っ」
《脅し過ぎ。あんなの、慣れればいいんだよ。だいたい、僕らみたいなのを側に置いてるんだから、普通の人より耐性はできるし》
高耶が悪く言われているようで嫌だったのだろう。清晶が口を挟む。
「確かにそうなんだろうけど……高耶君にはもう少し、自分の力を自覚して欲しいかな。というか、多分私がこうやって付くように言われた理由がこれかもと思ったよ」
《安倍の当主だろ。あの女狐、鬱陶しいけど主様の事を考えてんのは分かってるし、いいけどさ》
不満そうにしながらも清晶が高耶の方へ歩いていくのを源龍は見送った。
源龍はただ、鬼渡となった妹が高耶に接触する可能性を考えて付けられたと思っていた。しかし、恐らく違うのだ。
高耶は陰陽師としても異常だ。どの家も血の力が弱まっていく中で、秘伝だけは今までも異常なほどに強かったと記録にあった。
それは生きた指導者となり得る充雪がいることも大きな要因だろう。他にも、力の使い分けが上手かったり、広い人脈や人だけではなく神からの信頼もある。
そういう、陰陽師達に欠けてしまったものを知るために源龍はここにいるのだ。
「こう自分で言うのもなんだけど、つくづく他の人じゃなくて良かったと思うよ」
「やっぱり兄さんって違いますか?」
「違うね。だから余計に同業者に反発されるんだよ。素直に高耶君という存在を受け入れられる者だけが恩恵を受けるんじゃないかな」
そう言って源龍は振り返って土手の上を見る。するとそこに、こちらへ下りてくる二人の壮年の男性がいた。Tシャツ姿の彼らは一見するとランニング中に川辺に涼みに来た人たちだ。
太く日に焼けた腕は、逞しくテカテカ光っている。
「失礼します! 榊様でいらっしゃいますかっ」
「はい。清掃部隊の方ですね。現場の確認ですか?」
それにしてはかなりのベテランが来たものだ。
暑苦しい雰囲気が物凄い。思わず統二は数歩距離を取っていた。
「ご、ご当主はっ。秘伝のご当主はどこにいらっしゃいますか!」
「もしかして、高耶君に会いに……?」
「「はい!! どちらに!」」
詰め寄られて、源龍は体を引きながら目を向けてしまった。
その目の動きを見て彼らは、橋の下のゴミ山から今まさに飛び降りてそれを見上げる高耶を捕捉した。
「っ……ごっ」
「「ご当主ぅぅぅぅっ!!」」
突撃していった。
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読んでくださりありがとうございます◎
2019. 6. 12
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