秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
110 / 411
第三章 秘伝の弟子

110 神楽部隊もびっくりだ

しおりを挟む
その音は人の声のようで、低くもなく高くもなく響き、心を落ち着かせた。

「……これは、胡弓かな?」

源龍の呟きに、全員がその音に耳を澄ました。

「空気が……」

統二は、どこかイラついたような棘のある空気が徐々に消えていくのを感じ取っていた。これに珀豪が答える。

《これが場の調律だ。熟練の楽師でも一人では難しいものだがな。主殿の技術と神楽器(じんがっき)があれば容易い》
「特別な楽器なんですか?」

統二には、秘伝本家に伝わる技術についての知識はあるはずだった。

その技を会得することは叶わなくとも、どんな技があるのかということだけは、知ることのできる環境にあったのだ。

何より、高耶の力になろうとそういったものを統二は貪欲に知ろうとしていた。なのに、先ほど珀豪の言った神楽器についての知識はなかった。

楽器に関するもの自体、統二は知らない。

《あれは神に奉納された楽器の一つだ。もう既に神器とされたもの。それを召喚することを許されたのが主殿だ。神が認めた楽の音を出せる者と認められたということになる》

統二が知らなくても無理はない。楽器にまで手を出したのは秘伝の歴史の中で高耶が初めてなのだから。

これに源龍が感心した声で確認する。

「高耶君だから許されたということだね。うん……こんな素晴らしい音は聞いたことがないよ……神楽部隊もびっくりだ」
《あやつらならば、昔から主殿を仲間に入れようと手ぐすね引いておる。今更だ》
「それは初耳だよ?」

源龍も当然のように知らない。神楽部隊がとうの昔に高耶の実力を認めているなんてことは、実は誰も知らなかった。

神楽部隊は常に地方を巡礼するように回っている。会合にも顔を出さないのだ。そのため、連盟経由で高耶が連絡を取っていたとしても、協力ということで把握されており、特に仲が良いとか悪いとかは分かりっこないのだ。

《主殿の人脈は案外広いぞ。こちら側の人脈だけでなく、表側の人脈も強い。アルバイトでピアノ弾きをしているらしいが、そこで大企業の社長なんかに勧誘されていたりするからな》
「……そういえば、絶対普通じゃ手に入らないオペラのチケットとかもらったかも……」

仕事でそういうものを御礼としてくれる人もいるので源龍も不思議に思っていなかったが、そういうツテで手に入れたものだったのだと思い至る。

「いいなあ、ユウキちゃん。おにいちゃんカッコいいし……」
「えへへ。おにいちゃん、ピアノもじょうずだよっ」
「なら、ユウキちゃんのおにいちゃんにピアノおしえてもらいたいなあ」
「あのおにいさんがセンセイ……いいかもっ」

優希達は珀豪にもたれかかりながらそんな話をしていた。何というか、女の子ってやっぱりおませさんだなと近くで聞いていた俊哉などは思っていた。

「あ、軽くなった」

統二が思わずそう声を上げる。

《うむ。異界化が解けたな。ミナミさん、ユカリさん、もう外に出られる。送って行こう》

カナちゃんとミユちゃんの母親達に声をかけ、珀豪は寄りかかる子ども達をそっと促して立ち上がる。それと同時に人化した。

「っ、ひ、人になった……」

驚いたのは、二葉と小学生の少年二人。

「そういえば……しゃべってた……」
「すごいっ。ヘンシンしたっ」

否、一人は興奮していた。

そんな少年二人の方は、天柳が声をかける。

《ほら。あなた達は私が送るわ。お家はどこ? 住所言える?》
「う、うん」
「いえますっ」

住所を聞き出した天柳は、二人の家の方向も近いので問題ないと立ち上がった。

《じゃあ、帰るわよ》

天柳を見送る頃、職員室から校長と時島が戻ってきた。

「もう大丈夫なのね」
《うむ。我が彼女達を送って行く。少年二人は天柳が送って行った。その少年は……》

そうして目を向けたのは、統二の同級生である二葉だ。

「あ、駅まで僕が付いて行きます」
「っ……」

統二が名乗りを上げた。これに驚いている二葉を見て、俊哉も手を上げた。

「じゃあ俺も一緒に行くよ。どうせ俺も駅行くし。何より、こいついじめっ子っぽいし」
「っ!?」

俊哉の目は確かだった。そして、思ったことを遠慮なく口にするのも俊哉らしいところだ。

こうして、次々と校長室を出て行く。

残ったのは、校長と時島。源龍と黒艶、清晶だ。

《黒は先に還ったら?》
《せっかく出てきたんだ。戻ってくる主殿に抱き付いてからにしたいだろう》
《なんで抱き付くのさっ》
《主殿が好きだからに決まっているだろう。今、ちょっとずつ慣らしているのだ》

ふふふと笑う黒艶に、校長はまあまあと笑う。その隣で時島は苦笑しており、源龍は気まずげに目を逸らしていた。

《最終的には添い寝だな》
《なんでだよっ》

中々合いそうにない二人だ。黒艶が清晶をからかって遊んでいるようにしか見えない。

《主殿の年齢を考えろ。このままでは恋の一つもできん。ちょっとは女性の体というものに興味を示すようにせんとな。ただでさえ主殿を狙う女豹共は多いのだ。早い所伴侶を見つけられるようにせねばならん》
《だからって、なんで黒が……》
《決まっておろう。我が楽しいからだ》
《それが本音だろう!》

清晶の叫びを聞いてか、そこに人型の綺翔がやってきた。

《……遊んでる?》
《お、綺翔。主殿はどうした》
《見回りしたら……来る》

高耶は最終的な見回りをし、神や土地の状態も確認しているのだ。因みに現在は高耶の傍に常盤がついている。先にここへ行くように言われた綺翔は少し不満だった。

《そろそろあっちも起き出すから、早く撤退したいんだけど》
《そうだな。主殿が変な目で見られるのは許せん》
《ん……もう一度寝かせる?》

職員室にいる教師達の目がそろそろ覚めるのだ。瘴気も消え、場も正常に戻った以上、もうすぐだろう。

「そういえば、報酬はどうすればいいのかしら」

校長のこの言葉に、源龍が苦笑する。

「必要ないですよ。原因はともかく、土地神に関係する問題でしたからね。何より、連盟で取り逃がした違反者が関わっています。寧ろ、こちらの責任です」
「でも、助けてもらったのは確かよ?」
「そう言ってもらえるだけで十分ですよ」

今回のようなケースだと、理不尽にこちらへと責任を押し付けてくることの方が多い。逆に賠償をとか言われるのだ。そう考えればかなり有り難い考えだ。

「まだ何度か様子を見に来ることになりますから、それだけ許していただければ」
「来てくれるのは嬉しいわっ」
「ふふ。高耶君は人気者ですね」
《当然だ》
《当然でしょ》
《当然》

自慢気に頷いてそれぞれ答える式神達に、源龍達は楽しそうに笑った。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
まだもう少し事後処理などありますが
一応は一件落着です。
2019. 5. 8
しおりを挟む
感想 545

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...