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第三章 秘伝の弟子
095 バランスが大事なんです
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2019. 2. 20
**********
教室に湯木が入ってきたことに気付いた高耶は、特になんの対応もしようとはしなかった。
優希が酷く怖がっていたが、校長が抱き締めているようなので大丈夫だろう。
俊哉と時島はぐっと動こうとする自分たちの体を抑えていた。高耶は優希に動かないようにと言ったのだ。自分たちも動かない方が良いだろうと判断していた。まさにそれが正解だった。
高耶は変わらず美しく軽やかに聴き惚れるほどの曲へと校歌を生まれ変わらせていく。
それが湯木には苦痛を与えるのだ。
「ぐあっ……や、やめろっっ! いい加減にっッ」
高耶の肩を掴もうと手を伸ばす湯木。その顔は般若の如く恐ろしく歪んでいた。しかし、高耶は気にしない。
ピアノの横に辿り着いた。あと数歩で手が触れるという時、窓からするりと金色の子猫が飛び込んできて湯木の前に立ちはだかった。
「っ、キショウさ……っ」
俊哉の声が聞こえた。それを合図にするように、綺翔はその姿を本来の獅子のものへと変える。
《主様に触れるな》
「っ!?」
その威圧によって、湯木は泡を吹いて後ろへ倒れてしまった。
演奏もそこでフィナーレだ。
弾き終えて大きく息をつく。それから高耶は綺翔が湯木を踏もうとしているのに気付いて止める。
「綺翔。それで遊ばないように」
《……臭い……》
「それも分かるんだが……あ……」
あっと思った時には遅かった。綺翔はその形態のせいなのだろうか。鼻が良いのだ。ここに珀豪を呼ばない理由が臭いだ。
湯木に憑いている『凝隷虫』の発する臭い。その強烈な独特の臭いに珀豪や天柳は耐えられないだろう。
そして、綺翔は思いっきり湯木を蹴り飛ばし、教室の外へと放り出してしまった。
《……臭い……》
「わかった。わかってるから、そこの窓から鼻を出してなさい」
《……諾……》
獅子の姿のまま素直に窓を開ける。そして、顎を乗せるようにして外の空気を吸い、落ち着いた。図体は大きいがその様は可愛らしい。
「……キショウさん……?」
俊哉が呆然と呟いたのを聞いてそちらへ目を向ける。
優希はジリジリと綺翔に近付いてきており、先ほどまで湯木に怖がっていたのが嘘のようだ。美しい綺翔の毛並みは、抱き着きたくなるだろう。
校長と時島は口を開けて廊下に放り出されてしまった湯木を見ていた。助け起こそうとはしないようだ。
そして、俊哉は綺翔の本来の姿を見て呆然とではなく、陶然としていた。
「カッコ可愛いとか……キショウさんのためにある言葉だったんっスね!」
綺翔がチラリと俊哉を見てからこちらへ目を向ける。意味不明だというように困惑していた。
「あいつはもうダメだ。相手にしなくていいからな」
《諾》
素早い了承だった。
そこへ窓から小鳥が入ってくる。光を放ち、部屋の真ん中で弾けると人化した常盤が姿勢正しく立っていた。
《ご報告を》
「ああ。頼む」
《はっ》
高耶は常盤から報告を受け、神の守護範囲を特定する。校長からも話を聞き、どうやらこの学校の校区内は全て守護範囲に入っているようだ。
それならば、憑かれてしまっている生徒達の家まで浄化の力が及ぶ。湯木以外の問題は大半が解決したと言って良い。
「綺翔、土地神はどうだ?」
優希に抱き着かれて動かないようにしていた綺翔は、これに顎を窓枠から外して高耶の方を向いてから答える。
《回復は五分の一程度……時間はかかる》
「そうか……とりあえずこうやって数日、浄化するのが現実的か……」
どのみち、急激な浄化はできない。土地を調整しながら土地神がゆっくりと元の力を取り戻すまで確認しなくてはならない。
「あら、なら明日も聞けるのかしら?」
校長は嬉しそうだ。完全にコンサート気分なのだろう。時島も少し期待するように見えた。気に入ってもらえたらしい。しかし、明日は予定がある。
「明日は連盟の方の仕事を一つしなくてはならないので、そうですね……五時頃までに終われば連絡します」
「そうなの? 相変わらず忙しいのねえ。わかったわ。こっちでやっておくこととかはあるかしら?」
物分かりの良い人でよかった。協力的なのも助かる。こういうことは中々ない。ただ、かなり難しい。
「コックリさんをやられなければ、恐らくこれ以上悪化することはないと思うのですが……」
やるなと言われれば、やりたくなる者もいるだろう。遊びの一環となっているものを発見し、注意するのは難しい。何より、なぜダメなのかを説明できないものだ。
「見回りを強化するっていうのも、先生達に説明するのは難しいわね……それに、強制するの良くないのよね?」
「ええ……納得できないことがよくないです」
そこで、綺翔に見惚れていたはずの俊哉が不意に提案した。
「ならあの先生使えば良いじゃん。今までもコックリさん注意してたんじゃねえの? そういうのいかにも嫌いそうじゃん?」
あの先生と言って指を差したのは、未だに廊下でノびている湯木だ。
「よくわかったわね。コックリさんが流行ってるって知ったのも、湯木先生が何度も注意していたからなのよ」
「幽霊とか、彼はそういう非現実的なものが嫌いらしい。蔦枝が言っていた『妖やコックリさんのことを極端に信じていない者』というのに恐らく湯木先生が当てはまる」
条件の一つは湯木が関係していた。
「でしたら、あの人に見回りを任せれば抑制になります。それに、憑いている妖の影響でコックリさんに異常に反応するはずですから、発見も容易です」
きっと、既に生徒達の間では、湯木にコックリさんは見られてはならないという認識が生まれている。ならば、その湯木が頻繁に見回りをしていれば出来ないだろう。
「でも、それなら湯木先生が妖やコックリさんの存在を信じられれば状況が変わるってことでもあるわよね?」
そう。条件が一つでも欠ければ問題は解消される。これ以上悪い状態にはならなくなる。
「まあそうですが……ちょっと起きそうにないですからね。今は浄化で弱ってますから、これ以上衝撃を与えるのはよくないです」
「これも時間を置かないとダメなのね……難しいわ」
「ええ……全てにおいてバランスが大事なんです……」
面倒くさいが、常にバランスを見て物事を進めていかなくてはならない。それが陰陽道というものだ。
「すっげ、面倒くさいのな」
「はっきり言うな」
俊哉は相変わらずだ。
「ふふ。こっちは任せて。上手いこと言って湯木先生に見回りさせるとするわ」
そう言った校長は少し黒い笑みを浮かべていた。騙す気満々だ。
「ありがとうございます。仕事が終わり次第状況は見に来ますので」
「ええ。お願いするわ」
とりあえず一週間、調整のためにこのくらいの時間に訪ねると約束した。
しかし、状況は思わぬ形で悪化することになるのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
今週はできればもう一話上げたいと思っています。
お待ちください。
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教室に湯木が入ってきたことに気付いた高耶は、特になんの対応もしようとはしなかった。
優希が酷く怖がっていたが、校長が抱き締めているようなので大丈夫だろう。
俊哉と時島はぐっと動こうとする自分たちの体を抑えていた。高耶は優希に動かないようにと言ったのだ。自分たちも動かない方が良いだろうと判断していた。まさにそれが正解だった。
高耶は変わらず美しく軽やかに聴き惚れるほどの曲へと校歌を生まれ変わらせていく。
それが湯木には苦痛を与えるのだ。
「ぐあっ……や、やめろっっ! いい加減にっッ」
高耶の肩を掴もうと手を伸ばす湯木。その顔は般若の如く恐ろしく歪んでいた。しかし、高耶は気にしない。
ピアノの横に辿り着いた。あと数歩で手が触れるという時、窓からするりと金色の子猫が飛び込んできて湯木の前に立ちはだかった。
「っ、キショウさ……っ」
俊哉の声が聞こえた。それを合図にするように、綺翔はその姿を本来の獅子のものへと変える。
《主様に触れるな》
「っ!?」
その威圧によって、湯木は泡を吹いて後ろへ倒れてしまった。
演奏もそこでフィナーレだ。
弾き終えて大きく息をつく。それから高耶は綺翔が湯木を踏もうとしているのに気付いて止める。
「綺翔。それで遊ばないように」
《……臭い……》
「それも分かるんだが……あ……」
あっと思った時には遅かった。綺翔はその形態のせいなのだろうか。鼻が良いのだ。ここに珀豪を呼ばない理由が臭いだ。
湯木に憑いている『凝隷虫』の発する臭い。その強烈な独特の臭いに珀豪や天柳は耐えられないだろう。
そして、綺翔は思いっきり湯木を蹴り飛ばし、教室の外へと放り出してしまった。
《……臭い……》
「わかった。わかってるから、そこの窓から鼻を出してなさい」
《……諾……》
獅子の姿のまま素直に窓を開ける。そして、顎を乗せるようにして外の空気を吸い、落ち着いた。図体は大きいがその様は可愛らしい。
「……キショウさん……?」
俊哉が呆然と呟いたのを聞いてそちらへ目を向ける。
優希はジリジリと綺翔に近付いてきており、先ほどまで湯木に怖がっていたのが嘘のようだ。美しい綺翔の毛並みは、抱き着きたくなるだろう。
校長と時島は口を開けて廊下に放り出されてしまった湯木を見ていた。助け起こそうとはしないようだ。
そして、俊哉は綺翔の本来の姿を見て呆然とではなく、陶然としていた。
「カッコ可愛いとか……キショウさんのためにある言葉だったんっスね!」
綺翔がチラリと俊哉を見てからこちらへ目を向ける。意味不明だというように困惑していた。
「あいつはもうダメだ。相手にしなくていいからな」
《諾》
素早い了承だった。
そこへ窓から小鳥が入ってくる。光を放ち、部屋の真ん中で弾けると人化した常盤が姿勢正しく立っていた。
《ご報告を》
「ああ。頼む」
《はっ》
高耶は常盤から報告を受け、神の守護範囲を特定する。校長からも話を聞き、どうやらこの学校の校区内は全て守護範囲に入っているようだ。
それならば、憑かれてしまっている生徒達の家まで浄化の力が及ぶ。湯木以外の問題は大半が解決したと言って良い。
「綺翔、土地神はどうだ?」
優希に抱き着かれて動かないようにしていた綺翔は、これに顎を窓枠から外して高耶の方を向いてから答える。
《回復は五分の一程度……時間はかかる》
「そうか……とりあえずこうやって数日、浄化するのが現実的か……」
どのみち、急激な浄化はできない。土地を調整しながら土地神がゆっくりと元の力を取り戻すまで確認しなくてはならない。
「あら、なら明日も聞けるのかしら?」
校長は嬉しそうだ。完全にコンサート気分なのだろう。時島も少し期待するように見えた。気に入ってもらえたらしい。しかし、明日は予定がある。
「明日は連盟の方の仕事を一つしなくてはならないので、そうですね……五時頃までに終われば連絡します」
「そうなの? 相変わらず忙しいのねえ。わかったわ。こっちでやっておくこととかはあるかしら?」
物分かりの良い人でよかった。協力的なのも助かる。こういうことは中々ない。ただ、かなり難しい。
「コックリさんをやられなければ、恐らくこれ以上悪化することはないと思うのですが……」
やるなと言われれば、やりたくなる者もいるだろう。遊びの一環となっているものを発見し、注意するのは難しい。何より、なぜダメなのかを説明できないものだ。
「見回りを強化するっていうのも、先生達に説明するのは難しいわね……それに、強制するの良くないのよね?」
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そこで、綺翔に見惚れていたはずの俊哉が不意に提案した。
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あの先生と言って指を差したのは、未だに廊下でノびている湯木だ。
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「幽霊とか、彼はそういう非現実的なものが嫌いらしい。蔦枝が言っていた『妖やコックリさんのことを極端に信じていない者』というのに恐らく湯木先生が当てはまる」
条件の一つは湯木が関係していた。
「でしたら、あの人に見回りを任せれば抑制になります。それに、憑いている妖の影響でコックリさんに異常に反応するはずですから、発見も容易です」
きっと、既に生徒達の間では、湯木にコックリさんは見られてはならないという認識が生まれている。ならば、その湯木が頻繁に見回りをしていれば出来ないだろう。
「でも、それなら湯木先生が妖やコックリさんの存在を信じられれば状況が変わるってことでもあるわよね?」
そう。条件が一つでも欠ければ問題は解消される。これ以上悪い状態にはならなくなる。
「まあそうですが……ちょっと起きそうにないですからね。今は浄化で弱ってますから、これ以上衝撃を与えるのはよくないです」
「これも時間を置かないとダメなのね……難しいわ」
「ええ……全てにおいてバランスが大事なんです……」
面倒くさいが、常にバランスを見て物事を進めていかなくてはならない。それが陰陽道というものだ。
「すっげ、面倒くさいのな」
「はっきり言うな」
俊哉は相変わらずだ。
「ふふ。こっちは任せて。上手いこと言って湯木先生に見回りさせるとするわ」
そう言った校長は少し黒い笑みを浮かべていた。騙す気満々だ。
「ありがとうございます。仕事が終わり次第状況は見に来ますので」
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