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第三章 秘伝の弟子
092 近付かない方がいいです
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2019. 1. 30
**********
教職員用の玄関から入って校長室に向かうのには、職員室の前を通る必要がある。
下校した一二年の教師達も戻ってきているので、先ほどよりも職員室には人が増えていた。
高耶と優希に気付いて不思議そうに見てくる教師もいるが、高耶は堂々と迷わず校長室の方へ向かうので、動こうとはしない。
しかし、一人だけ男性の職員が前方の入り口から出てきて声をかけてきたのだ。
「何か当校にご用ですか」
見るからに神経質そうな人だ。目つきも疑っていますというものだし、とても線が細い。尖って幅の狭いメガネが、更に彼の印象を冷たいものにしていた。
「校長と約束があるんです」
「そんな予定はないはずです」
きっぱりと否定してくる。彼はどうやら校長達を補佐する主幹教諭という役職なのだろう。そのため、校長の予定も把握しているということだ。
「いえ、先ほど偶然お会いしてお話しをすることになったんです」
「保護者の方ですよね? ご意見ならば役員を通していただかないと困ります」
「……でしたら、今すぐに確認ください」
ものすごく融通が利かない人だ。まるで世に言うお役所仕事対応。これは性格的なものもあるのだろうが、偏見を持ちそうだった。
優希が怯えているので、高耶もかなりイラつき始めていた。
仕方なさそうに職員は校長室へ声をかけにいく。すると、校長が飛び出してきた。
「ごめんなさいねっ。湯木先生、彼は私のお客様です。通してください」
「っ、わかりました。ですが、学校に無闇に部外者を入れるのは控えてください。こちらに報告していただかなくては、何かあった時に対応できませんっ」
ムキになって文句を言う湯木と呼ばれた職員に、今度は時島が説明した。
「彼は私の昔の生徒です。少し相談したいことがあって呼んだんですよ。構わないでしょう」
「き、教頭がそうまで仰られるのでしたら……失礼します」
なぜかあっさり引いた。そんな職員の背中には、妖が引っ付いているのが見えたが、高耶は見て見ぬ振りをすることに決めた。あれは自業自得だ。
校長室に入り、ドアを閉めると校長が申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「ごめんなさいね~。あの人、女が校長ってのが気に入らないみたいで、何かにつけて文句つけてくるのよぉ。困っちゃうわ」
「なるほど……時島先生の言葉であっさり引き下がったのは当てつけですか」
上司であっても女の言うことは聞かないが、男の上役の言葉なら聞く。はっきり言って差別だ。
「そういうことよ。そんなに気に入らないならはっきり言ってくれればこっちも言い返してやるのにぃ」
「言いそうですね」
彼女は、はっきりと物を言うし、言わない者があまり好きではない。回りくどくてねちっこいヤツが大嫌いな人だ。まさに、先ほどの湯木は気に入らない人の部類だろう。
「ああいう人って憑いてるでしょ? だからか、昔からどうしても合わないのよね」
感じる力は多少あるため、そういう人に近付くと気分が悪くなるらしい。それでも割り切って付き合おうと頑張ってはみたが、ダメだったようだ。
これは体質みたいなものなので仕方がない。彼女もそう思って、最近は歩み寄る努力をきっぱり諦めたのだという。
「そうですね。あれはかなり頑固なのが憑いてましたし、近付かない方がいいです」
「ついてる……」
高耶の何気ない忠告の中に聞き逃せない言葉があったと、時島は引いていた。
こんな時に役に立つのが俊哉だ。彼はマイペースで、いつの間にか用意された茶菓子を遠慮なく食べていた。
「なに? あの人になんか憑いてんの? どんなやつ? 祓わねえの?」
興味津々だ。
「凝隷虫だな。あれだけ大きいのは祓う時にかなり痛みがあるから、小さくなるのを待つしかない」
「なにそれ……響き的に嫌な感じ……」
知りたいと言った割に引くのが早い。だが、きっと後で聞いてくるので説明しておく。
「凝は凝りって意味で、凝り固まった考えが大好きだ。隷虫は隷属する虫。全く周りが見えなくなっていく。自分の世界だけで完結させるようになるんだ。見た目は芋虫だな。沢山ある足が吸盤みたいにくっ付いて頭から首元、背中まで真っ直ぐに付く。小さい時は親指サイズぐらいなんだが、あの先生には特大サイズで三十センチだった」
「うげぇ……」
しっかりと想像できたようだ。実際はもっと気持ち悪い。色が悪いのだ。まるで、複数の原色を使ったマーブリングのようにカラフル。高耶ほど見えている者なら、匂いも感じる。
キツすぎる花の香り。ユリのように匂いのキツイ花を数種類混ぜたような匂いだ。
「あれだけの大きさに育てるには何年かかるんだか。けど、まだ良かった。二重コンボで口灯蛾が憑いてる場合は、さすがに近付きたくない」
「あ~、分かるわ! 空気悪くなるのよ。そういう人がいそうな会議とかの時は、マスクしてないとむせちゃって」
「そ、それはどんな……?」
俊哉は『うげぇ』と言った顔のまま尋ねてくる。中々に勇気あるやつだ。好奇心に忠実ともいう。
「蛾なんだが、いるだろ? やたら嫌味を言ったり、知ったかぶりを自慢げにするやつ」
「大学の教授にいるな……」
「そういう奴って、口角が歪んでたりしないか? 近所のおばさんとかで、いかにも嫌味しか言わなそうな意地悪な顔の人とか」
「いるな。絶対嫁をいじめてるだろってやつ」
面白そうだと復活してきた俊哉。
「大抵、あれにはこれが関わってる。顔に憑くんだが、鱗粉がそれを促進する薬みたいなもので、思ったことすぐに口にするようになるんだ。そんで、大きくなっていくと重さで顔が歪む」
「マジか……妖すげぇ……」
確かに、稀に見る妖の影響が目に見えて分かる事例だ。
「ご当主なんて見え過ぎちゃうから、そういう人の顔って、分かんないんじゃない?」
「そうですね……今の大学もそうですけど、中高の先生の中でも、最後まで顔が分からなかった人が居ます」
「えっ? なに、高耶。そんなことあんの!? 困んない?」
「だから、口灯蛾の大きさで区別してた。もうなんか、先生の名前なんだか、蛾の名前なんだか分からなくなるんだよ……」
それも近付くと鱗粉が飛んでくる。他人が吸うとその人の印象がどんどん悪くなっていくのだ。いかに吸わないように会話を早く切り上げるかが勝負だった。
「蔦枝はそういうのを祓えるんだろう? なんで祓わなかったんだ?」
時島はこの短時間で高耶の仕事のことを理解したらしい。当然、祓えるものと思ったのだろう。頭の固い人でなくて嬉しい限りだ。
「その人の自業自得ってものですし、祓ったところでまた同じことになりますから。結局は自覚しないといけないんです。それに、祓うところ見せて不審に思われるのも嫌なので」
祓うには、それなりのアクションが必要だ。まさか札を手に念じてピシっとやる所を堂々と見せられない。
「あっ、もしかして高耶がオタクルックにしてんのって、そういう怪しい動きしてもおかしく見えないようにとか?」
「……そこまで考えたことなかった……」
なるほど、そういう捉え方も有りなのかと珍しく俊哉に感心した。
「それにしても、あの先生がいるとなると……やっぱり時間がかかりそうです」
「あら、なぜ?」
「場を調整するにしても、浄化の力が入るので、アレに影響が出るんです」
祓うまではいかないが、それに近い状態になる。あそこまで育ったのも、ここの環境が影響しているのは明らかだ。
だが、校長はあっさりしていた。むしろ楽しそうだった。
「あ、痛いってことね。やっちゃっていいわよ?」
「……校長……仮にも生徒の前です……」
時島がさすがに苦言を口にする。
そこで、ようやく高耶の隣で小さくなっている優希に目が行った。
「あら、おほほほっ。可愛い妹さんねえ」
誤魔化しにかかっていた。
「こうはなゆうきです!」
「はい。ゆうきさんね。とっても元気ねえ。お兄さんのこと好き?」
「はい! おおきくなったらけっこんします!」
「そうなの! 楽しみねえ」
対応が手慣れているのには、さすがと言わずにはいられない。
その時、綺翔と常盤が戻ってきた。
「あっ、ショウちゃん!」
子猫姿の綺翔へ優希が飛び付いていく。
「うお~、子猫を可愛がる子どもとか可愛い過ぎるっ」
「和泉……」
「……俊哉、今すぐ目を閉じろ」
「えっ、なんで!?」
時島からも非難の目が向けられている。高耶からは鋭いものが行っているので、彼はドキドキだ。
「潰されちゃうわよ」
「目を!? ごめんなさい!」
はっきりと注意した校長により、俊哉は助かった。
高耶は、呆れながらも綺翔と常盤へ目を向ける。
「報告を頼む」
これを受けて常盤が人化すると、礼儀正しく、かしこまったように胸に片手を当てて口を開いた。
《私からご報告させていただきます》
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読んでくださりありがとうございます◎
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教職員用の玄関から入って校長室に向かうのには、職員室の前を通る必要がある。
下校した一二年の教師達も戻ってきているので、先ほどよりも職員室には人が増えていた。
高耶と優希に気付いて不思議そうに見てくる教師もいるが、高耶は堂々と迷わず校長室の方へ向かうので、動こうとはしない。
しかし、一人だけ男性の職員が前方の入り口から出てきて声をかけてきたのだ。
「何か当校にご用ですか」
見るからに神経質そうな人だ。目つきも疑っていますというものだし、とても線が細い。尖って幅の狭いメガネが、更に彼の印象を冷たいものにしていた。
「校長と約束があるんです」
「そんな予定はないはずです」
きっぱりと否定してくる。彼はどうやら校長達を補佐する主幹教諭という役職なのだろう。そのため、校長の予定も把握しているということだ。
「いえ、先ほど偶然お会いしてお話しをすることになったんです」
「保護者の方ですよね? ご意見ならば役員を通していただかないと困ります」
「……でしたら、今すぐに確認ください」
ものすごく融通が利かない人だ。まるで世に言うお役所仕事対応。これは性格的なものもあるのだろうが、偏見を持ちそうだった。
優希が怯えているので、高耶もかなりイラつき始めていた。
仕方なさそうに職員は校長室へ声をかけにいく。すると、校長が飛び出してきた。
「ごめんなさいねっ。湯木先生、彼は私のお客様です。通してください」
「っ、わかりました。ですが、学校に無闇に部外者を入れるのは控えてください。こちらに報告していただかなくては、何かあった時に対応できませんっ」
ムキになって文句を言う湯木と呼ばれた職員に、今度は時島が説明した。
「彼は私の昔の生徒です。少し相談したいことがあって呼んだんですよ。構わないでしょう」
「き、教頭がそうまで仰られるのでしたら……失礼します」
なぜかあっさり引いた。そんな職員の背中には、妖が引っ付いているのが見えたが、高耶は見て見ぬ振りをすることに決めた。あれは自業自得だ。
校長室に入り、ドアを閉めると校長が申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「ごめんなさいね~。あの人、女が校長ってのが気に入らないみたいで、何かにつけて文句つけてくるのよぉ。困っちゃうわ」
「なるほど……時島先生の言葉であっさり引き下がったのは当てつけですか」
上司であっても女の言うことは聞かないが、男の上役の言葉なら聞く。はっきり言って差別だ。
「そういうことよ。そんなに気に入らないならはっきり言ってくれればこっちも言い返してやるのにぃ」
「言いそうですね」
彼女は、はっきりと物を言うし、言わない者があまり好きではない。回りくどくてねちっこいヤツが大嫌いな人だ。まさに、先ほどの湯木は気に入らない人の部類だろう。
「ああいう人って憑いてるでしょ? だからか、昔からどうしても合わないのよね」
感じる力は多少あるため、そういう人に近付くと気分が悪くなるらしい。それでも割り切って付き合おうと頑張ってはみたが、ダメだったようだ。
これは体質みたいなものなので仕方がない。彼女もそう思って、最近は歩み寄る努力をきっぱり諦めたのだという。
「そうですね。あれはかなり頑固なのが憑いてましたし、近付かない方がいいです」
「ついてる……」
高耶の何気ない忠告の中に聞き逃せない言葉があったと、時島は引いていた。
こんな時に役に立つのが俊哉だ。彼はマイペースで、いつの間にか用意された茶菓子を遠慮なく食べていた。
「なに? あの人になんか憑いてんの? どんなやつ? 祓わねえの?」
興味津々だ。
「凝隷虫だな。あれだけ大きいのは祓う時にかなり痛みがあるから、小さくなるのを待つしかない」
「なにそれ……響き的に嫌な感じ……」
知りたいと言った割に引くのが早い。だが、きっと後で聞いてくるので説明しておく。
「凝は凝りって意味で、凝り固まった考えが大好きだ。隷虫は隷属する虫。全く周りが見えなくなっていく。自分の世界だけで完結させるようになるんだ。見た目は芋虫だな。沢山ある足が吸盤みたいにくっ付いて頭から首元、背中まで真っ直ぐに付く。小さい時は親指サイズぐらいなんだが、あの先生には特大サイズで三十センチだった」
「うげぇ……」
しっかりと想像できたようだ。実際はもっと気持ち悪い。色が悪いのだ。まるで、複数の原色を使ったマーブリングのようにカラフル。高耶ほど見えている者なら、匂いも感じる。
キツすぎる花の香り。ユリのように匂いのキツイ花を数種類混ぜたような匂いだ。
「あれだけの大きさに育てるには何年かかるんだか。けど、まだ良かった。二重コンボで口灯蛾が憑いてる場合は、さすがに近付きたくない」
「あ~、分かるわ! 空気悪くなるのよ。そういう人がいそうな会議とかの時は、マスクしてないとむせちゃって」
「そ、それはどんな……?」
俊哉は『うげぇ』と言った顔のまま尋ねてくる。中々に勇気あるやつだ。好奇心に忠実ともいう。
「蛾なんだが、いるだろ? やたら嫌味を言ったり、知ったかぶりを自慢げにするやつ」
「大学の教授にいるな……」
「そういう奴って、口角が歪んでたりしないか? 近所のおばさんとかで、いかにも嫌味しか言わなそうな意地悪な顔の人とか」
「いるな。絶対嫁をいじめてるだろってやつ」
面白そうだと復活してきた俊哉。
「大抵、あれにはこれが関わってる。顔に憑くんだが、鱗粉がそれを促進する薬みたいなもので、思ったことすぐに口にするようになるんだ。そんで、大きくなっていくと重さで顔が歪む」
「マジか……妖すげぇ……」
確かに、稀に見る妖の影響が目に見えて分かる事例だ。
「ご当主なんて見え過ぎちゃうから、そういう人の顔って、分かんないんじゃない?」
「そうですね……今の大学もそうですけど、中高の先生の中でも、最後まで顔が分からなかった人が居ます」
「えっ? なに、高耶。そんなことあんの!? 困んない?」
「だから、口灯蛾の大きさで区別してた。もうなんか、先生の名前なんだか、蛾の名前なんだか分からなくなるんだよ……」
それも近付くと鱗粉が飛んでくる。他人が吸うとその人の印象がどんどん悪くなっていくのだ。いかに吸わないように会話を早く切り上げるかが勝負だった。
「蔦枝はそういうのを祓えるんだろう? なんで祓わなかったんだ?」
時島はこの短時間で高耶の仕事のことを理解したらしい。当然、祓えるものと思ったのだろう。頭の固い人でなくて嬉しい限りだ。
「その人の自業自得ってものですし、祓ったところでまた同じことになりますから。結局は自覚しないといけないんです。それに、祓うところ見せて不審に思われるのも嫌なので」
祓うには、それなりのアクションが必要だ。まさか札を手に念じてピシっとやる所を堂々と見せられない。
「あっ、もしかして高耶がオタクルックにしてんのって、そういう怪しい動きしてもおかしく見えないようにとか?」
「……そこまで考えたことなかった……」
なるほど、そういう捉え方も有りなのかと珍しく俊哉に感心した。
「それにしても、あの先生がいるとなると……やっぱり時間がかかりそうです」
「あら、なぜ?」
「場を調整するにしても、浄化の力が入るので、アレに影響が出るんです」
祓うまではいかないが、それに近い状態になる。あそこまで育ったのも、ここの環境が影響しているのは明らかだ。
だが、校長はあっさりしていた。むしろ楽しそうだった。
「あ、痛いってことね。やっちゃっていいわよ?」
「……校長……仮にも生徒の前です……」
時島がさすがに苦言を口にする。
そこで、ようやく高耶の隣で小さくなっている優希に目が行った。
「あら、おほほほっ。可愛い妹さんねえ」
誤魔化しにかかっていた。
「こうはなゆうきです!」
「はい。ゆうきさんね。とっても元気ねえ。お兄さんのこと好き?」
「はい! おおきくなったらけっこんします!」
「そうなの! 楽しみねえ」
対応が手慣れているのには、さすがと言わずにはいられない。
その時、綺翔と常盤が戻ってきた。
「あっ、ショウちゃん!」
子猫姿の綺翔へ優希が飛び付いていく。
「うお~、子猫を可愛がる子どもとか可愛い過ぎるっ」
「和泉……」
「……俊哉、今すぐ目を閉じろ」
「えっ、なんで!?」
時島からも非難の目が向けられている。高耶からは鋭いものが行っているので、彼はドキドキだ。
「潰されちゃうわよ」
「目を!? ごめんなさい!」
はっきりと注意した校長により、俊哉は助かった。
高耶は、呆れながらも綺翔と常盤へ目を向ける。
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これを受けて常盤が人化すると、礼儀正しく、かしこまったように胸に片手を当てて口を開いた。
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