秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
83 / 412
第二章 秘伝の当主

083 天才でも苦手な事もあります

しおりを挟む
2018. 12. 5

**********

珀豪は満足げにスーパーでの戦利品を提げ、高耶の後ろを歩いていた。

「珀豪はいつの間にあんなに慣れたんだ……」
「すごいですっ。尊敬しましたっ」

統二はその時の事を思い出すようにキラキラとした瞳で珀豪を振り返る。

《む。よければ今度コツを教えよう。ご婦人方の中に入っていくのは、少々難しいのでな》
「はいっ」

タイムセールの鐘が響いてすぐ、珀豪はスルスルとその場所へ近付き、群がる奥様達の間に体を滑り込ませながら長い手を差し出してヒョイっと目的の物をあっさりゲットしていた。

戻ってくる時も実にスタイリッシュに、何事もなかったかのようにスッと戻ってきて驚いた。

《ホント、何んで慣れてんの? この袋だってこれだけ買ってもちゃんと入るだけ持ち歩いてるとか引くんだけど》

珀豪の手には左右に一つずつ。大きいサイズの買い物袋と同じくらいの大きさのエコバックがある。そして、小のサイズの袋を清晶が持っていた。

《主殿に作ってもらったのだ。エコバックは持ち歩かねば意味がないではないか》
《なに作らせてんのさ……》

珀豪が持ち歩けるように、普段は折りたたんでベルトに引っ掛けられる仕様にした。まだ一つ腰に引っかかっている。

《因みに清晶が持っているのは、優希用のだ》
《うん……なんとなくわかってた……》

珀豪の持つ袋はシックな黒や青。それに対して可愛らしいヒヨコさんの絵が刺繍されているので、分からないはずがない。その袋の中身は、優希用のお菓子が入っている。

「高耶兄さんは裁縫も出来るんですね」
「あ、ああ……優希のカバンとか雑巾とか縫わないといけないし、ついでにな」

子どもの頃から手のかからない高耶は、新しい学年に上がる時に用意しなくてはならない雑巾も自分で縫っていた。元々、きっちりしたことが好きな上に、極めることに長けているのだ。

ミシンより手縫いの方が好きで、精神集中にももってこいな裁縫は、高耶にとって趣味以上に意味あるものだった。

「僕は小学校の家庭科の授業でくらいしかやったことないんですけど」
「集中力を高めるにはいいものだと思うぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、集中ってのを体に覚えさせるには良い。慣れてくると、その時の呼吸とか感覚が分かるようになる。術の練度も上がるぞ」

集中してと言われても、中々できるものではない。集中するという状態が分からない者が最近は多いのだ。

昔は書道やそろばん、ピアノといった集中することを学べる習い事が定番だったし、他に気を惹かれるような娯楽が少なかった。そのために集中するという状況を多く体験できたのだ。

しかし、今は見たいものや、やりたいことが多過ぎて、気が散漫になりやすい。そんな中でも集中できるというのが理想なのだが、それを知ることができないのでは意味がない。

算数や国語といった一般的な授業よりも、家庭科や音楽といった副科的な授業の方が集中する要素が多く、必要とされると思うのだが、そう考える者は残念ながら少ないのが現状だ。

現代は目先のことに囚われやすい。

陰陽術もそうだ。荒削りでもできれば良いと考えるようになっている昨今、術の練度を上げ、より良い状態を目指す気概が見られなくなっている。それでは本当に良い陰陽師にはなれない。

「難しい術になるほど、そういうのが生きてくるし、結果に顕著に表れるようになる。編み物とかもおススメだな」
「編み物もできるんですかっ」
「ん? ああ、母さんが毎年マフラーを欲しがるからな」

いつだったか、母の誕生日プレゼントにマフラーを編んで贈った。それから毎年、流行色を取り入れ、編み方も変えて贈っているのだ。もちろん、誕生日プレゼントとは別に。

《主殿は大抵の事は出来てしまうからな》
《けどなんでかテレビゲームだけは下手くそなんだよね》
「え?」
「……な、慣れてないんだよ……」

子どもの頃も、友人がやっているところは見ていたのだが、そういえばやった事がなかったと最近気付いた。そして、優希にせがまれてやってみたのだが、これが全く上手くいかないのだ。

《主さまが苦戦するところ、初めて見たよ》
《それは珍しいな。だが、あれの特訓はダメだぞ。動かなくなる》
《寧ろ主さまの場合、戦ってるのとか見てると動きたくなるみたいだね。アクション系がひたすらダメだった》
「……」
「高耶兄さん……」

自分ならと置き換えて考えてしまうのだ。そうなるとまるで夢の中で思うように手足が動かないのと同じ感覚になる。ゲームの楽しみ方というのが高耶は人と少し違うらしい。

ゲームの中で唯一本領を発揮できたのは音ゲーだけだった。シューティングゲームでさえ、優希に勝てなかったのだ。

「他の人がやってるのを見てる分にはいいんだ……自分でやるのはなんか違うっていうか……できないっていう違和感がすごくて……」
「……なんとなくわかりました」

何でもできてしまう高耶には、高耶にしか分からない苦悩と感覚があるのだと統二は深く理解した。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 547

あなたにおすすめの小説

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした

桜月雪兎
ファンタジー
アバント伯爵家の次女エリアンティーヌは伯爵の亡き第一夫人マリリンの一人娘。 彼女は第二夫人や義姉から嫌われており、父親からも疎まれており、実母についていた侍女や従者に義弟のフォルクス以外には冷たくされ、冷遇されている。 そんな中で婚約者である第一王子のバラモースに婚約破棄をされ、後釜に義姉が入ることになり、冤罪をかけられそうになる。 そこでエリアンティーヌの素性や両国の盟約の事が表に出たがエリアンティーヌは自身を蔑ろにしてきたフォルクス以外のアバント伯爵家に何の感情もなく、実母の実家に向かうことを決意する。 すると、予想外な事態に発展していった。 *作者都合のご都合主義な所がありますが、暖かく見ていただければと思います。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話

Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」 「よっしゃー!! ありがとうございます!!」 婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。 果たして国王との賭けの内容とは――

処理中です...