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第二章 秘伝の当主
082 これで一件落着?
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2018. 11. 28
**********
瑶迦は優雅に長い衣をさばきながらやって来た。
「よい光景ですね」
「……そう…….でしょうか……」
家が倒壊し、人が倒れている状況を見て出た感想とは思えない。だが、瑶迦は清々しいほどの笑みで頷く。
「ようやくお灸を据えられたのですもの。高耶さんは優しいから」
クスクスと笑われて、どう答えたらいいのかわからない。
「それと統二さんもこれで積年の願いが叶いましたわね」
「はいっ」
一体何を願っていたのだろう。統二の表情は喜びに輝いていた。だが、疑問はすぐに解消される。
「これで高耶さんを悪く言う者達と縁が切れて、晴れて高耶さんのためだけに動けるものね」
「は?」
「よっ、瑶迦様っ……っ」
今度は羞恥に染まった統二へと目を向けた。
「あ、えっと……め、迷惑ですよね……」
「いや、そんなことはないが……」
戸惑ってしまう。唐突に慕っていますアピールをされても、どう対応したらいいのかがわからない。
そんな心の機微を察した瑶迦が提案する。
「その内慣れますよ。高耶さんを慕う者は多いのですから、その練習だと思って」
「練習……」
どんな練習だ。
そこで瑶迦は秀一達へと向き直った。
「さてと、全く困った人達ですね。あなた達が自身で省み、改めるのを願っていたのですが……当主の手を煩わせるなどあってはならないことですよ?」
「っ……瑶姫様……」
その姿を実際に見たことがなくとも、代々伝わる写真や写し絵などで、彼女が瑶迦であるというのは秀一にもわかっていた。
かつて、世界に名を知らしめた、この国が生んだ三人の魔女。その一人が瑶迦だった。
土地神である為、あの地をそうそう離れられないという事情があり、滅多に表には出て来ないが、その力は瑶迦の住む屋敷を覆う結界を見ても明らかだ。そんな者の血を引いているというのは誇らしく、重要なことだった。
「充雪殿が認めた者を当主とするというのが秘伝家の掟。なぜそれを否定できると思ったのかしら?」
「そ、それはっ……」
秀一は焦っていた。瑶迦に尋ねられているということもそうだが、ここには連盟の代表の一人である達喜がいる。その上、秘伝家の神である充雪をはじめ、力ある式神達が囲んでいるのだ。どう弁明すべきか考えがまとまらない。
彼もバカではないのだ。これだけのことが出来る式を配下に置いている高耶に、今更ながらに格の違いというものを見せつけられた。
そうなってくると、どうして今まで自分たちはここまで意固地になって排斥しようとしていたのか。そんな疑問がようやく頭を出す。
「血がなんだと拘っているのは知っていますよ。濃い血だからこそ良いとか、そんな古い考えにいつまで固執しているのです? 生物学、遺伝子学、生態学、新たな発見の多い現代で本家の血がどうのと拘っているなど、無知にもほどがあるでしょう」
「……」
なんだか話が難しい方向へ転がっていく。
「そもそも、血縁の近い者との婚姻が認められないのは、遺伝子的に生まれる子どもに異常が……」
「……」
瑶迦の説教という名の講演演説は止まらなかった。そんな中、隣に下がって来た達喜が耳打ちする。
「すげぇな、魔女様が科学の講義してるぞ……」
確かに違和感がすごい。更にいえば、彼女は魔女なだけではなく、神なのだから。
「……瑶迦さんは読書家で、最近は海外の難しい医療の学会誌とかサイエンス系の専門誌を読むのがブームらしいです。エルラントさんから、ふた月に一度のペースで家に重い荷物が届くんですよ」
直接瑶迦の元へ届けることは出来ないので、高耶の家に届くのだ。お前も読めと数冊別で寄越されたこともある。英語やドイツ語など、語学の勉強にはなるのだが、専門用語が多すぎて理解どころか、完全に読むことすら出来ない。
「エルラントって吸血鬼の親玉じゃんか」
「その言い方、エルラントさん傷付くんで……」
「本人には言わねぇって、あいつ、コワイじゃん」
「それも傷付くと思います……」
エルラントは今日霊体になって刀に取り憑いていた少女の父親だ。見た目はエキゾチックで妖艶な黒艶が隣に立っても違和感がない王様のような人。実際、吸血鬼と呼ばれる者達の中でも最も古い家系の直系だった。
「お前は良いよ。気に入られてんだから。娘の婿にとか言われたろ」
「それを言われたのは一度だけです……」
彼には娘ばかりが五人いるのだが、年齢は当然全員が高耶より百年以上、上だ。因みにそれ以降は『養子になれ』だった。彼にとって『婿』と『養子』では意味合いが違うらしい。
「一度? マジで一度だけ?」
末の問題ばかり起こすゴスロリ少女は会えばその都度アタックしてくるが、エルラントの指示ではない。何を疑っているのか。そんな達喜にこちらもすすっと下がってきた充雪が答える。
《アレだ。『娘になどもったいないわ!』って言ってたからな。息子として可愛がりたいんだとよ》
「は……?」
初耳だ。そこに達喜が納得の声を上げる。
「あ~、なるほど。それなら、娘っ子達に独占されんもんな」
《同じことを言うのがあの姫だ》
「それも納得した」
「……」
なぜそれを納得できるのか謎だが、当たり前の認識らしい。
こうして、本家への奇襲は幕を閉じたのだ。
◆◆◆◆◆
「本当にいいんですか?」
「ああ。問題ない」
本家の事を瑶迦に任せた高耶は、統二を連れて自宅に向かっていた。屋敷が倒壊してしまっては、統二も休めない。もちろん、他は野宿でも構わなかった。ただ、彼だけは家に泊めることにしたのだ。父母には連絡済み。
統二はこれ以降、瑶迦の所で引き取られることになったのだが、事態の処理が終わるまで高耶のところで預かるとあの場で決定した。
緊張気味の統二だが、現在は自宅近くのスーパーで買い物中だ。
《野菜がまた高くなったな》
《けど買うんだ?》
《仕方がないだろう。栄養バランスの取れた食事は、子どもには大事だ》
《すっかり主夫じゃん……》
カゴを引いているのが清晶で、品を選ぶのが珀豪だ。他の式達は、先に家に帰っている。
清晶とは一緒に買い物でもするという約束をしていたので同行し、珀豪は主夫としての権限を行使していた。
「珀豪さんが料理を?」
《うむ。やってみると、案外はまるものでな》
珀豪の姿は孤高を体現したものと有名だった。それは、フェンリルの姿の時だけではなく、今のように人化した時もだ。
統二は最初、スーパーに寄ると言った珀豪をマジマジと見つめていた。その前に着物ではなく現代の若者のファッションを身に付けて人化したのも驚いたようだ。違和感が半端なかったのだろう。
だが、こうして食材を手早く選び、進んでいく珀豪を見ると、格好良さを残した中にも頼りになるという印象が強く出る。それは孤高とはかけ離れているが、気高さの中に優しさを見つけた時のような嬉しさがあった。
次第に統二の中の驚愕も、感心に変わる。高耶は少し呆れていた。馴染み過ぎるのも問題だろう。
「もう俺より売り場知ってるだろ」
《そうだな。このスーパーは……っ、ここでしばし待たれよ》
「っ、何かあったのです……っ」
その時、タイムセールの鐘が響いた。
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瑶迦は優雅に長い衣をさばきながらやって来た。
「よい光景ですね」
「……そう…….でしょうか……」
家が倒壊し、人が倒れている状況を見て出た感想とは思えない。だが、瑶迦は清々しいほどの笑みで頷く。
「ようやくお灸を据えられたのですもの。高耶さんは優しいから」
クスクスと笑われて、どう答えたらいいのかわからない。
「それと統二さんもこれで積年の願いが叶いましたわね」
「はいっ」
一体何を願っていたのだろう。統二の表情は喜びに輝いていた。だが、疑問はすぐに解消される。
「これで高耶さんを悪く言う者達と縁が切れて、晴れて高耶さんのためだけに動けるものね」
「は?」
「よっ、瑶迦様っ……っ」
今度は羞恥に染まった統二へと目を向けた。
「あ、えっと……め、迷惑ですよね……」
「いや、そんなことはないが……」
戸惑ってしまう。唐突に慕っていますアピールをされても、どう対応したらいいのかがわからない。
そんな心の機微を察した瑶迦が提案する。
「その内慣れますよ。高耶さんを慕う者は多いのですから、その練習だと思って」
「練習……」
どんな練習だ。
そこで瑶迦は秀一達へと向き直った。
「さてと、全く困った人達ですね。あなた達が自身で省み、改めるのを願っていたのですが……当主の手を煩わせるなどあってはならないことですよ?」
「っ……瑶姫様……」
その姿を実際に見たことがなくとも、代々伝わる写真や写し絵などで、彼女が瑶迦であるというのは秀一にもわかっていた。
かつて、世界に名を知らしめた、この国が生んだ三人の魔女。その一人が瑶迦だった。
土地神である為、あの地をそうそう離れられないという事情があり、滅多に表には出て来ないが、その力は瑶迦の住む屋敷を覆う結界を見ても明らかだ。そんな者の血を引いているというのは誇らしく、重要なことだった。
「充雪殿が認めた者を当主とするというのが秘伝家の掟。なぜそれを否定できると思ったのかしら?」
「そ、それはっ……」
秀一は焦っていた。瑶迦に尋ねられているということもそうだが、ここには連盟の代表の一人である達喜がいる。その上、秘伝家の神である充雪をはじめ、力ある式神達が囲んでいるのだ。どう弁明すべきか考えがまとまらない。
彼もバカではないのだ。これだけのことが出来る式を配下に置いている高耶に、今更ながらに格の違いというものを見せつけられた。
そうなってくると、どうして今まで自分たちはここまで意固地になって排斥しようとしていたのか。そんな疑問がようやく頭を出す。
「血がなんだと拘っているのは知っていますよ。濃い血だからこそ良いとか、そんな古い考えにいつまで固執しているのです? 生物学、遺伝子学、生態学、新たな発見の多い現代で本家の血がどうのと拘っているなど、無知にもほどがあるでしょう」
「……」
なんだか話が難しい方向へ転がっていく。
「そもそも、血縁の近い者との婚姻が認められないのは、遺伝子的に生まれる子どもに異常が……」
「……」
瑶迦の説教という名の講演演説は止まらなかった。そんな中、隣に下がって来た達喜が耳打ちする。
「すげぇな、魔女様が科学の講義してるぞ……」
確かに違和感がすごい。更にいえば、彼女は魔女なだけではなく、神なのだから。
「……瑶迦さんは読書家で、最近は海外の難しい医療の学会誌とかサイエンス系の専門誌を読むのがブームらしいです。エルラントさんから、ふた月に一度のペースで家に重い荷物が届くんですよ」
直接瑶迦の元へ届けることは出来ないので、高耶の家に届くのだ。お前も読めと数冊別で寄越されたこともある。英語やドイツ語など、語学の勉強にはなるのだが、専門用語が多すぎて理解どころか、完全に読むことすら出来ない。
「エルラントって吸血鬼の親玉じゃんか」
「その言い方、エルラントさん傷付くんで……」
「本人には言わねぇって、あいつ、コワイじゃん」
「それも傷付くと思います……」
エルラントは今日霊体になって刀に取り憑いていた少女の父親だ。見た目はエキゾチックで妖艶な黒艶が隣に立っても違和感がない王様のような人。実際、吸血鬼と呼ばれる者達の中でも最も古い家系の直系だった。
「お前は良いよ。気に入られてんだから。娘の婿にとか言われたろ」
「それを言われたのは一度だけです……」
彼には娘ばかりが五人いるのだが、年齢は当然全員が高耶より百年以上、上だ。因みにそれ以降は『養子になれ』だった。彼にとって『婿』と『養子』では意味合いが違うらしい。
「一度? マジで一度だけ?」
末の問題ばかり起こすゴスロリ少女は会えばその都度アタックしてくるが、エルラントの指示ではない。何を疑っているのか。そんな達喜にこちらもすすっと下がってきた充雪が答える。
《アレだ。『娘になどもったいないわ!』って言ってたからな。息子として可愛がりたいんだとよ》
「は……?」
初耳だ。そこに達喜が納得の声を上げる。
「あ~、なるほど。それなら、娘っ子達に独占されんもんな」
《同じことを言うのがあの姫だ》
「それも納得した」
「……」
なぜそれを納得できるのか謎だが、当たり前の認識らしい。
こうして、本家への奇襲は幕を閉じたのだ。
◆◆◆◆◆
「本当にいいんですか?」
「ああ。問題ない」
本家の事を瑶迦に任せた高耶は、統二を連れて自宅に向かっていた。屋敷が倒壊してしまっては、統二も休めない。もちろん、他は野宿でも構わなかった。ただ、彼だけは家に泊めることにしたのだ。父母には連絡済み。
統二はこれ以降、瑶迦の所で引き取られることになったのだが、事態の処理が終わるまで高耶のところで預かるとあの場で決定した。
緊張気味の統二だが、現在は自宅近くのスーパーで買い物中だ。
《野菜がまた高くなったな》
《けど買うんだ?》
《仕方がないだろう。栄養バランスの取れた食事は、子どもには大事だ》
《すっかり主夫じゃん……》
カゴを引いているのが清晶で、品を選ぶのが珀豪だ。他の式達は、先に家に帰っている。
清晶とは一緒に買い物でもするという約束をしていたので同行し、珀豪は主夫としての権限を行使していた。
「珀豪さんが料理を?」
《うむ。やってみると、案外はまるものでな》
珀豪の姿は孤高を体現したものと有名だった。それは、フェンリルの姿の時だけではなく、今のように人化した時もだ。
統二は最初、スーパーに寄ると言った珀豪をマジマジと見つめていた。その前に着物ではなく現代の若者のファッションを身に付けて人化したのも驚いたようだ。違和感が半端なかったのだろう。
だが、こうして食材を手早く選び、進んでいく珀豪を見ると、格好良さを残した中にも頼りになるという印象が強く出る。それは孤高とはかけ離れているが、気高さの中に優しさを見つけた時のような嬉しさがあった。
次第に統二の中の驚愕も、感心に変わる。高耶は少し呆れていた。馴染み過ぎるのも問題だろう。
「もう俺より売り場知ってるだろ」
《そうだな。このスーパーは……っ、ここでしばし待たれよ》
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