秘伝賜ります

紫南

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第二章 秘伝の当主

076 それはまるで全面戦争

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2018. 10. 17

**********

秘伝本家は、山の中にある。

一般向けに解放されている道場は山の麓にあるのだが、本家の屋敷自体はその山の山頂にあった。

その昔、この山の頂上を充雪の父、夜鷹が修行場としていたのだが、その際に山頂の一部を吹っ飛ばしたらしい。

綺麗に山頂が整地され、これは都合が良いと家を建て、そこに腰を落ち着けてしまったのが始まりとされている。

山頂まで行くのに作られた階段は全部で数百段。というか、千と言っても過言ではない。数えるのも馬鹿らしい数の階段は、良い鍛錬になるのだが、それもいつの間にか車で登れる道を裏側に作ったらしく、全段歩いて登ろうとする者は今や皆無だそうだ。

だが、高耶はそんな階段をそろそろ日も傾いてきた時分にその日の光を背にしてテンポ良く登っていた。

「この辺危ないな。綺翔キショウ良いか?」
《諾》

登っている理由は、整備も放ったらかしにされている階段の補修のためだ。

人化した綺翔がせっせと補修と補強をする。今一緒にいるのは、同じく人化した清晶の二人だけだ。見た目の年齢が同じくくらいの少年、少女。いつも世話をやく兄や姉のような珀豪達がいないからか、どこか生き生きとしている。

高耶に頼られて嬉しいらしく、突然、気になって点検を始めた高耶を止めたりはしなかった。

この階段はただあるわけではない。忍耐力、体力、精神力を鍛えるために作られたものだ。昔は、鍛錬や時に走って登り切った者に何らかの資格を与える試験の一つとして使っていた。

今それをやっているかどうかは定かではない。しかし、いつかまた誰かが鍛錬のために利用するかもしれない。その為に補修は必要だった。

「しかし、荒れてるな……ブラシもかけたいところだが……」

石段は、長い間放置されたことによって落ち葉が堆肥のように腐り、土と共にこべりついてしまっている。

昔は美しかっただろうにと残念に思う。完璧に昔の状態を求めたがる高耶に、さすがに清晶が呆れていた。

《そんなことまでしてたら、朝になるよ。何しに来たか忘れてない?》
「あ~、まぁそうなんだが……」

実は、高耶が一番最初に過去を視る術を覚えた時に見たのがこの場所だったのだ。何人もの弟子達が掃き清め、何段も駆け上がる。その情景は酷く清廉で、憧れたものだ。

《まぁ、でもこうして時間潰したお陰で全員来られるみたいだけどね》
「ん?」

清晶が可愛らしい容姿の雰囲気をガラリと変えるように、意地悪く笑った。

「清晶? 悪い顔をしてるぞ?」
《元からこんなもんだよ》

時々、唐突に大人ぶるので、高耶も苦笑するしかない。確かに、この世界に存在が発生してからの年月を思えば、高耶よりも遥かに年上で、それこそ何千年と存在しているのだが、やはり見た目は重要だと思う。

「日も沈みそうだし、今日のところはこのくらいにして行くか」
《そうそう……早い所吊るし上げないとね……》
「ん?」

何やらボソっと言ったようだが、歩き出していた高耶にはよく聞き取れなかった。

「綺翔、ありがとな」
《……もういいの……?》
「ああ。続きは、また次の時にするよ。ここでまだ五分の一だしな」
《諾……》

登ってきた下の方を見れば、格段に綺麗になった階段がある。これならば、稽古のために駆け上がっても問題ないだろう。

たった五分の一とはいえ、ここまででも良い運動ができそうだ。

「どうする? 綺翔は……」
《行く》
「そ、そうか……」

綺翔にしては、珍しく強く、はっきりとした言葉だった。

階段を進み、門の前にたどり着く。しかし、いつもは閉じているはずの門は開いており、何やら中が騒がしい様子だ。

「なんだ? そういえば……監視がいなかったな……」

何かの対応に追われているのだろうか。本来ならば、階段を登る途中で、監視のための式神達を見るはずだった。けれど、今日はその姿を一つとして見ていない。

高耶が来れば、追い返そうとするし、本家の者が何人か出てくるのがお約束だというのに。

《もう始めてるし……》
《行く》
《ちょっと、僕が一番のはずだったのにっ》
「え、ちょっ!?」

綺翔が一瞬で人型から獅子の姿に変わる。そのまま門の中へと飛び込んで行った。それに続いて、清晶もユニコーンの姿になり突っ込んでいく。

手を伸ばした所で止められるものではなかった。

そこで、高耶はまさかと思い気配を読み取る。すると、なぜか他の高耶の式神達が中に勢揃いしているのだ。

「……なん……だと……?」

それだけではない。充雪もいるし、瑶迦の所の菫や橘達もいるのだ。

「は?」

事態が飲み込めず、門の前で立ち止まっている間にも、物凄い音が屋敷の中から響いている。

明らかに建物が崩壊した音だ。爆発音と悲鳴、怒号はさすがに山の下まで響いてしまうのではないかと気付いた時、同時にご丁寧にも山全体を覆う大きな遮音の結界が張られていることを知る。

「え……これって……安倍の……」

この力は安倍焔泉のもので間違いない。その時、電話が鳴った。まさしく焔泉からだ。

「……はい……」
『お、どうや? 楽しんでおるかぇ?』
「……これは……一体どういうことでしょう……」

楽しそうな声音に、高耶は引きつる頬を自覚する。

『いやなに、充雪殿がようやく本家にカチコ……んんっ、道場破りを仕掛けられると嬉しそうに報告しに来てくれてなあ。それならばと協力をな』
「……そうですか……」

カチコミと言ったらしい。確かに、あれは道場破りというよりも奇襲だ。

『本当はなぁ、充雪殿の社だけを式神達の力からでも守れるよう、厳重な結界を頼むと言わはっただけなんやけど、サービスしといたわ』
「……ありがとうございます……」

とんでもない人に借りを作ったのものだ。

高耶は遠い目をしながら、聞こえてくる音の中に充雪の楽しそうな声が混じっている気がして更に気が遠くなる思いだった。
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