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第二章 秘伝の当主
067 嫉妬とは面倒なものです
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2018. 8. 15
**********
連盟の代表である首領は全員で九名。それを統括するのが彼女。安倍焔泉だ。
「エンセン姉はん。今日は早よおすなぁ」
真っ先に来てこの場所を整える四十代頃の女性が柔らかく笑みを浮かべて入ってきた焔泉に声をかける。
彼女も首領の一人で、会合の場を整える事を請け負っている一族。時刃桂花という。代々、安倍家の守護をしている。
二人を見ていると、芸者か舞妓の姉妹関係なのではないかと思えてしまう。
「たまには、ええやろ? まぁ、半分は辛気臭ぉなっとるのを避けよ思ぅたんやけど……遅かったわ」
「ふふ。姉はんったら」
焔泉も会合の場のあの暗い雰囲気を避けたいと思ったらしい。とはいえ、通らずにはいられない。
あの中を突っ切るのは、特級の癖者である焔泉であっても嫌なものだったのだろう。
この会話を聞いて、達喜は胡座をかいた片方の足を叩きながら愉快そうに笑う。
「ようやくあやつらも、自分達の無能振りを認めたってとこだろ。いい事じゃねぇか。付け上がってんのを見るのは苛つくしな」
「そやけど、あの空気はいただけんわぁ。こっちまでなんか臭ってけぇへんかってな」
「確かに確かにっ。ありゃぁ、臭いそうだわいっ」
大笑いする達喜とコロコロ笑う焔泉。要するにどっちもざまぁみろとでも思っているらしい。
「高耶はんの所の直系も、苦戦してはるようやしなぁ。いい気味やわ」
「だなぁ。あのままクシャんと潰れてしまえばいいんだ」
「……」
らしいではなく、間違いなくざまぁみろと思っていた。
その上、今は高耶の事を焔泉は『高耶はん』と言った。からかっている時やふざけている時は『高坊』と呼ぶので、どうやら心底彼らの不幸がお気に召したようだ。
「姉はん。そろそろ始める頃合いですわ」
「揃ったようやな。ほな、のんびり始めまひょか」
長い夜が始まった。
◆◆◆◆◆
そもそも、なぜ他の陰陽師達が落ち込んでいたのかといえばなんのことはない。
高耶が日本中を回って鬼の封印場所と思しき所へ確認に行ったのは、まだ記憶に新しい。
その折、他の陰陽師達も、自身の家が関わったとされる場所を調査していた。プライドの高い彼らの事。
既に封印が跡形もない所や、明らかに虚偽であっただろう場所も、鬼の形跡があっただの、時期的にみてあそこで封印された鬼は、こちらの封印を破っていたものだったのだろうなど、『自分たちの家は確実に封印していた』アピールを量産してくれたのだ。
予想できなかったわけではないが、火急を要することであったために首領達も手一杯で、これの対応策を講じていなかった。
その結果、虚偽だらけの報告書が上がってきたというわけだ。それも、誇らしげに、やりましたよというドヤ顔付きで。
これに首領達はキレた。
「ほんに、あやつらはアホウじゃ」
そうして、改めて調査をし直したのがこのひと月だった。
「俺らを誤魔化せると思ってる時点でバカだろ」
「力が落ちるのは仕方ないと思ぅておったが、質が落ちたわ」
どれだけ計算して結婚を操作したとしても、薄まりゆく血はどうしようもない。それでも、大きな一族では、時折、隔世遺伝と思われる力の強い子が生まれる事があり、何とか保ってきたが、永久に続くとは言えない。
「力という比べられるものがあるのですから、見栄を張りたがるのも仕方がありませんよ」
そう彼らを擁護するのは、榊源龍だ。
「お主は心が広いのぉ。我よりも実は年上ではないか?」
「……やめてください……」
こうして年下である源龍をからかっている時点で年齢詐称疑惑はないと言えるだろう。
「まぁ、灸は据えたでな。再調査も問題あらへん。よぉやったと褒めなあかんか」
一体どんな灸の据え方をしたのか、気になる所だが、知りたくないものだ。
「そんで、逃げた鬼渡の者はどうじゃ?」
焔泉がこの件を任せている首領の一人に顔を向ける。
「どうも、関東方面に抜けたという情報が。あちらの方面の鬼の封印場所の警備を強化しております。それと……源龍に似ていたということで……識別鑑定をさせてもらいました」
識別鑑定とは、残された霊力の波動や遺留品によって血族の特定をするものだ。
「捕らえられてすぐに骨格判定も行い、榊家の血を疑っておりました……」
そこで男は源龍へ真っ直ぐ顔を向ける。
「構いません。続けてください。私も知りたいことですから」
「……すまん……」
誰も、源龍がこれに関わっているとは思っていない。彼の性格から考えても、それは有り得ない事だと首領達は分かっている。
ただ、それ以外の者達がどう思うかというのは別だ。能力や地位に固執する者達の妬みの感情は、そんな分かりきった事さえ無視するのだから。
「識別鑑定の結果、とても源龍殿に近い。あれは、類似のものであるというだけではなく、兄妹のようにというほどのものだった」
「……そうか……源龍、心当たりはないかぇ?」
焔泉に問われた源龍は、真っ直ぐに彼女を見て口を開いたのだ。
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連盟の代表である首領は全員で九名。それを統括するのが彼女。安倍焔泉だ。
「エンセン姉はん。今日は早よおすなぁ」
真っ先に来てこの場所を整える四十代頃の女性が柔らかく笑みを浮かべて入ってきた焔泉に声をかける。
彼女も首領の一人で、会合の場を整える事を請け負っている一族。時刃桂花という。代々、安倍家の守護をしている。
二人を見ていると、芸者か舞妓の姉妹関係なのではないかと思えてしまう。
「たまには、ええやろ? まぁ、半分は辛気臭ぉなっとるのを避けよ思ぅたんやけど……遅かったわ」
「ふふ。姉はんったら」
焔泉も会合の場のあの暗い雰囲気を避けたいと思ったらしい。とはいえ、通らずにはいられない。
あの中を突っ切るのは、特級の癖者である焔泉であっても嫌なものだったのだろう。
この会話を聞いて、達喜は胡座をかいた片方の足を叩きながら愉快そうに笑う。
「ようやくあやつらも、自分達の無能振りを認めたってとこだろ。いい事じゃねぇか。付け上がってんのを見るのは苛つくしな」
「そやけど、あの空気はいただけんわぁ。こっちまでなんか臭ってけぇへんかってな」
「確かに確かにっ。ありゃぁ、臭いそうだわいっ」
大笑いする達喜とコロコロ笑う焔泉。要するにどっちもざまぁみろとでも思っているらしい。
「高耶はんの所の直系も、苦戦してはるようやしなぁ。いい気味やわ」
「だなぁ。あのままクシャんと潰れてしまえばいいんだ」
「……」
らしいではなく、間違いなくざまぁみろと思っていた。
その上、今は高耶の事を焔泉は『高耶はん』と言った。からかっている時やふざけている時は『高坊』と呼ぶので、どうやら心底彼らの不幸がお気に召したようだ。
「姉はん。そろそろ始める頃合いですわ」
「揃ったようやな。ほな、のんびり始めまひょか」
長い夜が始まった。
◆◆◆◆◆
そもそも、なぜ他の陰陽師達が落ち込んでいたのかといえばなんのことはない。
高耶が日本中を回って鬼の封印場所と思しき所へ確認に行ったのは、まだ記憶に新しい。
その折、他の陰陽師達も、自身の家が関わったとされる場所を調査していた。プライドの高い彼らの事。
既に封印が跡形もない所や、明らかに虚偽であっただろう場所も、鬼の形跡があっただの、時期的にみてあそこで封印された鬼は、こちらの封印を破っていたものだったのだろうなど、『自分たちの家は確実に封印していた』アピールを量産してくれたのだ。
予想できなかったわけではないが、火急を要することであったために首領達も手一杯で、これの対応策を講じていなかった。
その結果、虚偽だらけの報告書が上がってきたというわけだ。それも、誇らしげに、やりましたよというドヤ顔付きで。
これに首領達はキレた。
「ほんに、あやつらはアホウじゃ」
そうして、改めて調査をし直したのがこのひと月だった。
「俺らを誤魔化せると思ってる時点でバカだろ」
「力が落ちるのは仕方ないと思ぅておったが、質が落ちたわ」
どれだけ計算して結婚を操作したとしても、薄まりゆく血はどうしようもない。それでも、大きな一族では、時折、隔世遺伝と思われる力の強い子が生まれる事があり、何とか保ってきたが、永久に続くとは言えない。
「力という比べられるものがあるのですから、見栄を張りたがるのも仕方がありませんよ」
そう彼らを擁護するのは、榊源龍だ。
「お主は心が広いのぉ。我よりも実は年上ではないか?」
「……やめてください……」
こうして年下である源龍をからかっている時点で年齢詐称疑惑はないと言えるだろう。
「まぁ、灸は据えたでな。再調査も問題あらへん。よぉやったと褒めなあかんか」
一体どんな灸の据え方をしたのか、気になる所だが、知りたくないものだ。
「そんで、逃げた鬼渡の者はどうじゃ?」
焔泉がこの件を任せている首領の一人に顔を向ける。
「どうも、関東方面に抜けたという情報が。あちらの方面の鬼の封印場所の警備を強化しております。それと……源龍に似ていたということで……識別鑑定をさせてもらいました」
識別鑑定とは、残された霊力の波動や遺留品によって血族の特定をするものだ。
「捕らえられてすぐに骨格判定も行い、榊家の血を疑っておりました……」
そこで男は源龍へ真っ直ぐ顔を向ける。
「構いません。続けてください。私も知りたいことですから」
「……すまん……」
誰も、源龍がこれに関わっているとは思っていない。彼の性格から考えても、それは有り得ない事だと首領達は分かっている。
ただ、それ以外の者達がどう思うかというのは別だ。能力や地位に固執する者達の妬みの感情は、そんな分かりきった事さえ無視するのだから。
「識別鑑定の結果、とても源龍殿に近い。あれは、類似のものであるというだけではなく、兄妹のようにというほどのものだった」
「……そうか……源龍、心当たりはないかぇ?」
焔泉に問われた源龍は、真っ直ぐに彼女を見て口を開いたのだ。
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